68 / 129
第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ
7.社畜と女子高生と昔の彼女とラブホテル
しおりを挟む「ラブホ久しぶりーっ!」
三人で部屋に入ると、照子はベッドに飛び込み、ぼふん、とバウンドしてみせた。
「大学生の頃に剛と入った以来やなー。五年ぶりかな?」
「いちいち覚えてねえよ」
「うちは覚えとる! 剛、ケチやけんなかなかラブホ入ってくれんのじょ。『家でもできるだろ』とか言って。いっちょもムードないよな、剛って」
「バカ、変なこと言うな、理瀬が困ってんだろ」
理瀬は少し顔を赤くして、目をそらしていた。勢いでラブホに入ったことも、俺と照子の昔話も、何から何までついていけないという感じだ。
「……私、ここにいていいんでしょうか」
「いけるいける! 未成年かどうか疑われてる時はフロントの監視カメラで店員さんに見られて、止められるけん」
「照子、大学生になってからラブホ入った時、年齢確認された事あるよな」
「むがー! それ言われん!」
「でもやっぱり、こういうのは悪いことじゃ……」
「いけるいける! 『天気の子』でも中学生や小学生がラブホ泊まりよっただろ? あれと同じじゃ」
「あれは大雨で家に帰れないっていう設定ですし、そもそも映画の中の話ですよ」
「よっしゃ、お風呂はいろ!」
酔っているからか、照子はハイテンションだ。いきなり立ち上がると、風呂場に行って「うわ広っ! 理瀬ちゃんも一緒にはいろ!」と強引に誘った。
理瀬は「えっ、えっ」と戸惑っていたが、照子に押し切られた。
「剛、のぞいたらあかんじょ」
「お前のなんかのぞきたくないし、理瀬のを覗いたらもう犯罪だからな。絶対ないわ」
「ひど! 理瀬ちゃん、うちがおるけん剛に変なことはさせんじょ。安心してお風呂入って!」
「は、はあ」
「あ、剛、携帯鳴っとったよ」
そう言い残して二人は風呂場に消えた。
携帯を確認すると、エレンから鬼のように着信が来ていた。俺を残して風呂に入る意味がわからなかったが、おそらく照子はこのために時間を空けたのだろう。なにせあいつは勘がいい。俺のしたいことを直感で当てられる、恐ろしい奴だ。
エレンに通話をかけると、一瞬で出た。
『おじさん! 今どこですか! 店の奥の席にいたのは知ってます!』
「理瀬と一緒にいる」
『一緒なんですね! じゃあ私も行きます!』
「あ、いや。それはまずい」
『なんでですか! ってか、一緒にいた女の人、YAKUOHJIですよね!? 超会いたいんですけど! いや今はそれより理瀬が心配ですけど!』
「場所が、悪くて……」
『場所? あれ、なんかシャワーみたいな音聞こえる……あーーーーーっ、 おじさん、坂降りたところのラブホ入ってますね!?』
「は、はは」
『……今まで通報しますって半分ネタで言ってましたけど、今回は本気でしないといけないみたいですね』
「ま、待て! 誤解するな! 照子と理瀬と三人だから! 無理やり入ろうとしたのは照子で、俺は止めたけど聞かなかったんだよ!」
『女と一緒にラブホ入る男の人の言い訳って、何も信用できないですね』
「まあそれはそうだろうけど! 信じられないなら、後から理瀬に説明してもらえ! とにかくこれ以上場をややこしくしたくないんだよ! 理瀬が落ち着いたらさっさと出るから!」
『……わかりました。あとで通報するとして、今は理瀬のことが心配です』
「いや通報はしないで……マジで……お願いします……」
『とりあえず、おじさんを理瀬の保護者として信用したうえで話します。さっき理瀬が山崎さんに腕を掴まれた時、すごく怖がってたの見ました?』
「ああ、見た。明らかに様子がおかしかった」
『あれ、理由があるんです』
「何だ?」
『昔、理瀬がいじめられてたこと、話しましたよね』
「ああ……」
やはりそちらの話か、と俺は思う。
いじめを受けて、心に傷が残らないことは絶対にない。俺も中学生の頃、同級生のとある奴からいじめを受けたことがある。ほんの一週間で収まったが、そいつの悪意の他にも助けてくれないクラスメイトや先生、特に気づかない教師の様子など、何もかもが絶望的に思えた。
『理瀬、同級生のある女の子にいじめられてて……その子、ほんとにガラが悪くて、高校生の不良グループみたいなのと付き合いがあったんです。理瀬、上履き隠したりするだけでは全然動じないので、ある日一人で帰ってるところを不良の男子高校生にナンパさせたっていう事件があったんです』
「……腕を引っ張られたのは、その時の記憶か?」
『はい。腕を掴まれたから大声を出して逃げた、って理瀬は言ってました。その時は平然と言ってましたけど、絶対怖かったと思います』
いくら頭のいい理瀬でも、体格的に絶対勝てない男子高校生に絡まれたら、恐怖を覚えるだろう。犯罪の定義や通報の仕方を知っていても、力でねじ伏せられたらどうしようもない。
『今、理瀬はどんな感じですか?』
「照子がフォローしてくれてるおかげで、だいぶ落ち着いてる。一応、家までは俺が送るよ。お前にもあとから連絡するように言っておく。するかどうかはわからんが」
『ですよね……とりあえず、心配してたって伝えてもらえますか』
「わかった。エレン、わざわざ教えてくれてありがとうな」
『お礼なんていいです。私がダブルデートしようなんて言わなかったら、こんなことにならなかったはずなのに』
「こうなることを予測できた奴はいないよ。女の子と手をつなぐことの重みは、人によってまちまちだ。山崎とかいう奴も悪気はなかっただろう」
『はい。山崎さんには、あの子ちょっと男の人苦手なんですよねーって、適当に謝っておきました。今はリンツとも別れて、私はお店の控室にいます。何かあったら呼んでください』
「わかった」
風呂場の扉が開く音がしたので、「とりあえず切るわ」と言って俺はスマホをしまった。
照子がバスタオル一枚で出てきて、ベッドの上にばたっと仰向けに寝た。
「あったまるう~」
「お前、ほんとに行儀悪いよな……濡れたままベッドに寝るんじゃない」
「どうせ一回人が入ったらシーツ全部掃除するけん、別にええんじょ。ふわー、天井が回っとる」
「酔ってるのにすぐ風呂なんか入るからだ。ほら」
俺は冷蔵庫に入っていた無料のミネラルウォーターを照子に渡した。
「ありがとー」
照子はぐびぐびと飲んでいた。
「理瀬ちゃん、恥ずかしがらんと出てきなー!」
飲み終わった後、照子は風呂場に向かってそう言った。
嫌な予感がする。
風呂場のほうを見ると、理瀬が体を半分だけ出して、俺と照子を見ていた。
バスタオル一枚だけの、裸みたいな姿で。
10
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる