9 / 129
第一章 社畜と女子高生と湾岸タワマンルームシェア
9.後輩社員と初デート
しおりを挟む俺の後輩・篠田彩香は、秀才で完璧主義タイプの人間だ。
与えられた業務はどれもそつなくこなす。締切を破ったり、忘れたりすることはまずない。一つの仕事に熱中すると首が回らなくなり、他の仕事を遅らせて取引先から怒りの電話をしょっちゅうもらう俺とは正反対のタイプ。
ある日、篠田と俺で取引先へ訪問して、取引先に言われていた機器の完成図面を忘れた時、俺は篠田のことが心配になった。
会社に帰った後すぐメールで送る、と約束して事なきを得たが、篠田らしくないミスだった。本人も取引先に言われてから忘れたことに気づき、相当焦って謝罪していた。
帰りの車中、俺は助手席で黙りこくっている篠田に話してみた。
「篠田。お前、最近何かあったのか?」
「は、はい?」
明らかに動揺している篠田。最近何かあったらしい。
「ミスを責めるつもりは全くないんだが、図面忘れるなんてお前らしくないからなあ」
「……私には、何もないですけど。宮本さんのほうがヘンなんです」
「俺が?」
「宮本さん、最近彼女できたでしょ」
「……は?」
彼女ができた訳ではないが、俺はすこしうろたえてしまう。
仮想通貨の大暴騰で数億円の利益を勝ち取ったスーパー女子高生・常磐理瀬の家に住み始め、約一週間が過ぎたころだったからだ。
「どうしてそう思う?」
「宮本さん、最近なんかいい匂いしますもん」
「えっ?」
アラサー社畜の俺は、日に日に劣化している自分の体臭なんか気にしたくもない。篠田が俺の体臭を気にしている、と考えたらなんかゾッとする。やべ。俺臭くないかな。
だがこれは少し考えると答えが出た。理瀬の家では彼女と同じ石鹸やシャンプーを使っているから、その香りのことだろう。俺からいい匂いが発生する訳ないし。
「シャンプー変えたんだよ。たまたま安売りしてたやつ」
「それだけですか?最近の宮本さん、朝会社に来た時すごく元気そうですもん。パソコンつける前に他の人と笑い話なんかしてなかったでしょ。いつも死にかけた感じでパソコン立ち上がるまでぼうっと画面見つめてたのとは大違いです」
俺自身は気づいていなかったが、篠田の言っていることは本当だ。
通勤時間の短縮は、俺の社畜生活に劇的な変化をもたらした。これまで通勤に必要としていた往復三時間がそのまま睡眠時間になり、食事は理瀬に料理を教えるという名目でバランスのいいものを毎日とっている。1K六畳で愛猫三郎太や放置している荷物のため狭苦しいボロアパートから新築タワーマンション高層階の3LDKに移ったことで、近所からの騒音はほとんどなくなり、気密がいいためか暖房がよく効き、広く開放的なリビングでぼうっとする休憩時間は、会社での疲れを翌日までにすべて清算してくれた。
社畜とJKの同居ということもありためらっていたが、正直、倫理観を踏みにじってでも手に入れたい快適な生活だった。
しかし、これを篠田に話したら事案発生、社畜人生終了が確定する。
「ほんとにシャンプー変えただけだよ。彼女なんかいない」
「……ふーん、そうですか」
篠田はあまり納得していないようだった。
俺と篠田は四年近く同じ部署にいて、俺にずっと彼女がいないことを篠田は知っている。
俺が会社であまり本音を話さないことも、きっと篠田は気づいているだろう。
いつもならこれで流すところだが、いま彼女ができたと思われたらまずい。
疑いが立った時、彼女として認識されるのは常磐理瀬だからだ。
ここは一つ、疑いを晴らすために行動しなければならない。
「なあ篠田、今週の日曜ヒマか?」
「えっ、今週どころか次のお正月くらいまで予定ないですけど」
「ほぼ一年じゃねえか……ヒマだったらたまには二人でどっか遊びに行くか」
「えっ……えええええっ!?なんでいきなり宮本さんから!?」
ラノベキャラの高校生じゃあるまいし、男女二人で遊びに行くことの意味くらい俺も篠田もわかっている。
篠田が俺の部署に来てから今まで、一度も二人で出かけたことはなかった。
「お前、俺に彼女いるって疑ってるんだろ?でも彼女いたら、日曜に他の女と遊びに行ったりしないよな?」
「宮本さんなら普通にありそう……」
「どんだけ俺のこと信用してないんだよ……まあ、お前が嫌なら別にいいけど」
「い、嫌なんかじゃないです!ぜひご一緒させてください!」
こうして、俺と篠田の初デートが決まった。
ちなみにこの後、週末まで篠田のらしくないミスはさらに増えた。昼休みは他の女子社員とデートスポットや服の話ばかりしていたらしい。わかりやすいヤツだ。
* * *
日曜。
俺は篠田に、自宅の最寄り駅である蘇我駅まで来てもらい、車で拾った。
「すごい、マークXじゃないですか……宮本さん、渋い車乗ってるんですね」
いきなり俺の愛車の名前を言い当てる篠田。
会社の社有車にはない車種だし、女なら知らないと思っていたので驚いた。
俺は車が好きで、入社してすぐの頃ローンを組んでトヨタ・マークXを買った。ミニバンやSUV全盛期の今の時代に純粋なセダン、燃費も税金も高いうえオーナーの年齢層が高めの車なので、女にはまずモテないと思っていたが篠田は興味津々だ。
「よく車の名前がわかったな。滅多に走ってないのに」
「私の地元のほうでたまに走ってます。エアロつけて車高下げたやつですけど」
「あー、それはなんとなくわかる」
篠田はいま都内の女子寮に住んでいるが、出身は栃木県。都内まで電車一本とはいえけっこう田舎だ。
栃木が田舎だとけなしたい訳じゃない。俺の四国の地元は栃木以上の田舎だし、地方民共通の常識というものがある。篠田とそれを共有するとは思わなかったが。
「宮本さんはああいう風にカスタムしないんですか?」
「しないよ。俺も地方出身だからヤンキーのVIPカーは知ってるけど、そういう乗り方はしない。俺はこの車のマークⅡから変わらないパワートレインに惹かれたんだ」
「ゼロクラウンと同じプラットフォームで、国産のV6FRセダンってもはやマークXくらいなんですよね」
「お前、よく知ってるな」
「宮本さんが会社で車乗ってる時に言ってたんですよ。宮本さん、社有車の中で車の話ばっかりするから、私まで車に詳しくなっちゃいました。寮に駐車場ないから、自分で持つのは諦めてますけど」
俺が言ったことを、篠田は覚えていて、俺は忘れている。
何となく申し訳ない気持ちになる。ふつう女は興味を持たない車の話を、篠田はまるで引き出しの隅っこへ大事にしまうように覚えてくれているのだ。
「すごく気持ちよく走りますね、この車」
「最近はハイブリッド車とかダウンサイジングターボの4気筒とかが増えたけど、6気筒エンジンのなめらかな吹け上がりは最高だぞ」
「運転してみてもいいですか?」
「それはやめてくれ。俺にしか保険かかってないから」
「じゃあ、私が宮本さんと結婚したら乗れるようになりますか?」
「家族になっても本人限定の保険にするからダメ」
「ひどい!私だって運転くらいできますから!」
篠田は楽しそうに、運転に集中している俺の顔色をうかがっている。
走り出してすぐの頃はよく見ていなかったが、私服の篠田はきれいだった。
いつも職場ではスカートスーツを模範的に着ていて、それはそれで綺麗なのだが。
髪を下ろし、暖色系のセーターとスカートを綺麗に着こなし、大人っぽさと若さが両立している。このところ制服かパーカーかジャージしか着ない女子高生ばかり見ている俺としては、『きれいにしている女性』を見ただけではっとしてしまう。
しかも俺の車の助手席に篠田が座っている。ちょっと手を伸ばせば届きそうな位置に。
四年近く一緒に仕事をしているというのに、あらためて異性としての美しさを篠田から感じてしまい、俺だけちょっと気恥ずかしくなった。
「篠田の私服始めて見たけど、けっこう綺麗だな」
「えっ!えっえっ!何言ってるんですか宮本さん!もう!ヘンですよ!」
篠田は顔を真っ赤にして、足をじたばたさせている。
女を褒めるときは顔や身体でなく、そのファッションを褒める。そうすれば九十九パーセントの女は喜ぶ。基本的なことだ。モテない俺でもそれくらいは知っている。
「がんばって選んでよかったです!あとでレイカちゃんにお礼言っとかないと」
レイカちゃんとはうちの部署にいる、篠田よりも後輩の女の子だ。篠田と違って職場でもカーディガンなんかでファッション性を出す子だった。
「レイカちゃんに選んでもらったの?」
「はい。昨日レイカちゃんと一緒に買いに行ったんです。私、服屋さんに行くといろいろありすぎてどれ着ていいかわかんなくなって、結局安くていつも買うユニクロになっちゃうので」
「でも着こなしは綺麗じゃん。職場のスーツもよくあんなにぴっしり着れるよな。スーツなんか普通、維持がめんどくさくてヨレヨレになるもんだが」
「それは男の人だからだと思いますけど……私、中身はポンコツだから服くらいちゃんと着なさい、って昔から家族に言われて育ったので、着こなしだけは完璧ですよ」
綺麗な服は世の中にたくさんあるが、それを着て、それが似合っているように振る舞うのはけっこう大変なことだと思う。その点篠田は完璧だった。新品でよれ一つない服と、篠田のつやのあるロングの黒髪、はりのある肌、すこしだけ丸っこい身体つきは、完璧にうまくマッチングしていた。
服選びを手伝ってもらったとはいえ、外出のために努力するという発想があるだけで女子力を感じてしまうのは、女子力ゼロの女子高生と一緒に住んでいるからだろうか。
「ところで、今日はどこに行くんですか?結局ドライブとしか決めてませんけど」
「ああ、ちょっと走ったところに俺のお気に入りの美術館があるんだ」
「お気に入りの美術館……?み、宮本さんが……?」
「俺が美術館好きで悪いかよ」
まあ、会社の風土がどちらかというと体育会系で、美術館に行く男子社員なんか皆無だから、篠田がそう思うのも仕方ないけど。
社畜でも、デートの日くらいはカッコつけていいだろ?
11
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ
みずがめ
ライト文芸
俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。
そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。
渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。
桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。
俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。
……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。
これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる