【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清

文字の大きさ
8 / 129
第一章 社畜と女子高生と湾岸タワマンルームシェア

8.女子高生とお母さん

しおりを挟む


 豊洲のららぽーとを出たあと、俺と理瀬、エレンはそれぞれ別の方向へ帰っていった。

 俺は少し迷っていた。江連エレンとの会話は、豊洲のタワーマンションで女子高生とサラリーマンが同棲するなんてありえない、と再確認したようなものだったからだ。俺と理瀬はエレンに対して、病気のところを助けたことや料理を教えたことは話せたが、今から同棲を始めるなんて言い出せるわけがなかった。

 やっぱり、こんなことは早くやめて、理瀬とは縁を切った方がいいんじゃないか。

 そう思いながら、理瀬に送るLINEのメッセージを決めかねていると、先に理瀬から送られてきた。


『先に戻ります。五分後くらいに戻ってきてください』


 どうやら理瀬は、俺とのシェアハウスをやめようとは思っていないらしい。

 置いてきた荷物や愛猫三郎太のこともあり、結局俺は理瀬の家に戻らざるをえなかった。

 部屋に戻ると、理瀬はリビングで三郎太を膝にのせてぼうっとしていた。外出用の服のままで、なんとなくだが疲れているように見える。


「……やっぱり、一緒に住むのはまずいんじゃないか」


 俺は理瀬の対面に座り、つとめて優しく話しかけた。


「どうしてそうなるんですか」

「俺と常磐さんの間だけで済めばいいけど、エレンちゃんみたいな同級生とかに知られたらまずいだろ。料理教える代わりに同じ家に住むサラリーマンだなんて言えない」

「私は変なことだとは思ってません。世間一般的には認められそうにないこともわかってます。でも、私はそうしたいんです」

「……どうしてそんなに俺にこだわるんだ?」

「宮本さんは、私を止めてくれるからです」


 どうやら、やっと本音を言ってくれるらしい。

 俺みたいなサラリーマンなんかと一緒に住みたいという本当の理由が、料理を教えてもらうとか猫がほしいとか、そんなしょうもない理由であるわけがない。


「……数ヶ月前の仮想通貨の異常な暴騰で何億円もの利益を確定させてから、私はどう生きていいかよくわかりませんでした。母の影響で投資を始めたとはいえ、それは将来の勉強のためで、普通の人が一生かけて稼ぐようなお金がいきなり手に入るとは思わなかったんです」

「普通はそういう時、親に相談するものだと思うけど」

「お母さんにはもちろん相談しました。でもお母さんは投資家で、仮想通貨の相場のことも知っていて『投資の世界ではたまにそういうこともあるから、運がよかったと思って好きに使いなさい』としか言いませんでした。お母さんは、私が当時あまり知られていなかった仮想通貨への投資という選択肢にたどり着いて、利益を得たことを評価してくれて、宝くじが当たったような幸運ではなく私の実力だと言ってくれました。それは嬉しかったのですけど」


 少し辛そうに語る理瀬。三郎太がそれを不思議そうに見上げている。


「そのあとお母さんは『もうあんたは一人で生きていけるだけの財産があるから、あとの人生は好きにしなさい』って言って、アメリカのシルバーウーマン・トランペット本社に赴任したんです」


 ここは俺の解せないところだった。

 理瀬の母親はバリバリのキャリアウーマンとはいえ、高校生の娘を一人置いて海外に赴任するものだろうか。俺も共働き家庭で育ち、母親はそれなりに仕事をしていたが、俺が熱を出した時は仕事を休んで帰ってきてくれたり、どちらかというと家庭優先の生活をしていた。

 だが中の下程度だった俺の家庭と、日本でも最上位クラスの理瀬の家庭では常識が違うかもしれない。高収入を得るためにプライベートが犠牲になるのは仕方ないことだ。理瀬は母親のことを悪く思っていないようだし、安易に母親のことを否定したら理瀬を傷つけてしまう。

 だから俺は、黙って話を聞くことにした。


「お母さんがアメリカの本社に行きたがっているけど、私を育てるために諦めていることは前々から知っていました。初めての一人暮らしは不安でしたけど、早い子は十代で自立するし、なによりお金があるから多少の問題は解決できる、という理由で心配はしてなかったみたいです。家を買う手続きとか、保護者の同意がいるものだけ手伝ってもらって、私の一人暮らしが始まりました。その結果、私は体を壊して宮本さんに助けられました。はじめての一人暮らしは、想像していたよりずっと寂しいものだったので」


 気持ちはわかる。

 俺も大学生になって一人暮らしを始めた頃は、毎日のようにゲームや麻雀で友人と集まっていた。あの頃はただ単に遊びたいだけだと思っていたが、今になって思えば、みんな初めての一人暮らしが寂しかったのだ。

 家族や友人と一緒にいられる居場所がなければ、人間は意外に脆いもの。


「今からでも遅くないから、お母さんに戻ってきてもらうことはできないのか」

「それも考えました。胃潰瘍の痛みがひどかった時はそうしようかと思いました。でも時々連絡をとってくるお母さんはアメリカの生活をすごく楽しんでいて、今まで私のためにこれを我慢していたのだと思うと、今更戻ってきてほしいなんて言えません」

「親に遠慮する必要なんかない。正直に今までのことを言えばいい。一人で言うのが辛いなら、俺も協力する」

「私は、私の力で今の自分をなんとかしたいんですよ」


 理瀬の強い言葉で、俺はいままで理瀬に感じてきたものがわかったような気がした。

 理瀬は、強い。

 高校時代の俺とは比べ物にならないほどに。

 ストレスに押しつぶされそうになりながら、それをはねのけようと抗っている。

 なんとなく世間の流れに身を任せ、大学に進み、会社に入って社畜という敷かれたレールの上を走るだけの人生を送っている俺と、理瀬は根本的に違う人種だ。

 そして俺が、理瀬から離れられないのは、ただ心配なだけではない。

 俺のような社会に流されるだけの弱い人間と、理瀬のように『何かを持っている』強い人間が一体どう違うのか、この目で確かめたかったからだ。


「これでお母さんを日本に戻してしまったら、お母さんはアメリカで得られる大きな利益を失います。だから私が寂しく思わなければいいんです。そのために部屋を貸すという対価を払って宮本さんに住んでもらう。高校生が一人で生活していたらわからないことを教えてもらう。私はそれなりのコストを払って生活を立て直し、宮本さんは対価として会社近くの住まいを得る。お母さんの仕事はそのまま。私の考え、どこか間違っていますか」


 理瀬の言葉がだんだん強くなってゆく。

 俺は、会話の内容はどうあれ、理瀬が悲しむ姿を見たくなかった。


「いや。常磐さんの話は間違っていないよ。そこまで決意が硬いのなら、俺は常磐さんを応援する。しばらく俺はここに住むから、俺を頼ってくれていい」

「本当、ですか……」

「遠慮するな。常磐さんが考えたとおり、会社の近所に住めるというメリットは俺にとってすごく大きい。それに高校を卒業したら誰だって一人暮らしを始めるんだ。その時までに一人暮らしができるようになればいい。それでいいだろう?」

「はい……それまで手伝ってもらえると、嬉しいです」


 理瀬は三郎太を抱きしめながら、弱々しくつぶやいた。その姿はまだあどけない、大人になれていない高校生の姿にちがいなかった。

 俺はこの子から、普通の人間にはない何かを見つけられるのだろうか。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ

みずがめ
ライト文芸
 俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。  そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。  渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。  桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。  俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。  ……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。  これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。

処理中です...