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第1章 魔王ラグナル(脱力中)
モンシロチョウ
しおりを挟む今の季節は秋口で、お昼は爽やかな風が吹く、ちょうど過ごしやすい天気だった。
ショコラはリリィに用意してもらったバスケットを持って、裏庭でお茶の準備をしていた。リリィは料理人がいない間キッチンを預かっているらしく、晩ごはんのメニューに毎日頭を悩ませている。
裏庭は奥まで行けば畑なのだが、館に近い部分は普通に花が植えてあったり、ティータイムを楽しむためのテーブルなどがある。元々は奥までぜんぶ庭だったらしいのだが、いつの間にか近くの農家に土地を貸して、畑として耕すようになったらしい。その分、収穫した作物をもらったりしている。
ラグナルが芋を掘っていたのも、許可を得てのことだった。
鉄製の白いテーブルにクロスを敷いて、ショコラはお菓子を並べ、ティーポッドから可愛らしいカップに紅茶を注いだ。
ラグナルは肘をついて、その様子を眺めている。
「はい、ご主人様。お待たせしました」
紅茶にお菓子を準備して、ショコラはほっと一息つく。
すると、ラグナルがじいっとショコラを見つめながら、言った。
「ショコラは?」
「え?」
「ショコラもお茶、するでしょ?」
「わ、わたしは仕事中なので……」
慌てて手をふると、ラグナルは勝手にカップに紅茶を注いだ。
「座って」
「でも……」
「お腹減った。早くして」
そう言われてしまえば、座るしかない。
(お仕事中なのに、いいのかなぁ)
そんなことを思いながら、席に着いた。
爽やかな風が、ショコラの髪をさらう。
ラグナルは満足げに、目を細めながら紅茶に口をつけた。
「おいしい」
「ほ、本当ですか?」
ショコラは耳をぴょこっとたてた。
お茶を入れるのは、かなり昔やったことがあるのだが、数年ぶりすぎて忘れかけていた。リリィにコツをきいて淹れているのだが、まずかったらどうしようとずっと不安だったのだ。
「君も飲めば」
言葉には、暗に早く飲めという強制が含まれていた。ショコラは礼を言って、カップに口をつけた。
あたたかな甘みのある液体が、口の中を満たす。
「はぁ~おいしいです」
たくさん働いたからだろうか。
体に染み込むような、ほのかな甘みが嬉しい。
ショコラが目を細めてしっぽをふっていると、名前を呼ばれる。
「口、開けて」
「?」
ショコラは言われるがまま、口を開ける。
「はい、あーん」
するとそこに、ラグナルによって小さなクッキーが放り込まれた。
「!」
驚いたものの、咀嚼するしかない。
それもまた、さっくりと甘くて美味しかった。
全身から力が抜ける。
「ありがとうございます、ご主人様」
「ん」
二人はしばらく、ほのぼのとティータイムを楽しんだ。
ラグナルも心地良いのか、溶けかかっていた。
そんな姿を見て、ショコラは疑問に思う。
(ご主人様が魔王様のお仕事をしているところ、想像つかない……)
王座に座ってぐで~っと溶けているラグナルしか、思い浮かばなかった。
それとも、今は休息中だから、こんななのだろうか。
うーん、とハテナマークを浮かべてラグナルを見ていると、彼は首をかしげた。
「なに?」
「あ、いえ……ご主人様は、ずっとこんな感じなのかなぁ、と思って」
「そうだけど?」
(そ、そうなんだ……)
「まあ、昔はちょっと違ったけど」
「? どんな風にですか?」
「……」
ラグナルは少し考えた後、へら、と笑って言った。
「……忘れちゃった」
ショコラはがくっとなったのだった。
◆
二人はしばらく経ってから、木陰のベンチに移動した。
「ねえ」
「はい?」
「眠い」
ショコラはどういう意味かと目を瞬かせていた。
「お部屋に戻りますか?」
「ううん。戻らない」
どうしたものかとショコラは眉を寄せる。
ラグナルがそわそわしているのを見て、あ、と声を上げる。
「膝枕しますか?」
「うん」
心なしか、ラグナルの顔がパッと輝いた気がした。目もキラキラしている。
(ご主人様、子どもみたい)
ちょっと笑いながら、横になってショコラの腿に頭を乗せるラグナルを見る。
ラグナルは幸せそうだった。
「撫でて」
「りょ、了解です」
触ってもいいのかと躊躇したが、ラグナルがそうしろというのだから、仕方がない。ショコラはそっと、サラサラとしたラグナルの髪を撫でた。
(うわぁ、やわらかい)
ラグナルの髪は、サラサラのツヤツヤだった。
どんなケアをしたら、こんなにやわらかくてストレートな髪になるのか。
ショコラはその手触りに驚いた。
ショコラの髪は、何をやってもぴょこんぴょこんと跳ねてしまう。
ショコラが頭を撫でていると、ラグナルはウトウトして、次第に寝入ってしまった。
すうすうと眠るラグナルを見届けると、外の景色を見回す。
畑の外には、ずっと遠くまで緑が広がっている。
農夫が土を耕し、鳥が虫をついばんでいた。
(なんて穏やかなんだろう……)
昨日も、今日も、そして明日も、ずっとこんな感じらしい。
ショコラの一日は、想像していたよりもずっと穏やかに過ぎていくことになる。
モンシロチョウがショコラの鼻に止まった。
くしゅんっ、とくしゃみをすると、今度は蝶はラグナルの鼻に止まった。
ラグナルはちっとも目を覚まさない。
それがなんだかおかしくて、ショコラはクスクスと笑ってしまったのだった。
第1章 おしまい
ここまでお読みいただきありがとうございます。誤字脱字・変な文章等ありましたらご報告いただけるとありがたいです…。
応援ありがとうございます!
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