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第一巻 児童書風ダイジェスト版
2 スパイ
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コーネリアがニトラ兄弟と出会ってから半年が経ちました。
今日も今日とて、コーネリアは忙しく働いています。
「コーネリア、そのお皿を拭いたらそろそろ表に出ておくれ。仕事上がりのお客さまたちが混み合いはじめたよ」
「はぁ~い」
コーネリアは、働く食堂の女将に呼ばれ、大きな声で返事をします。
(コーネリア。そなた、まだ仕事を続けるのか? ニトラ兄弟の懐中時計は順調に売れておるのだろう? きちんと分け前を受け取れば、そなたが働く必要などあるまいに)
相変わらずコーネリアの周りをフヨフヨと漂いながら、王さまが不満そうに話しかけてきます。
あれから無事に懐中時計を作り上げたニトラ兄弟は、コーネリアに分け前として売り上げの利益の一部を渡すと申し出てくれたのですが、彼女はそれを断って、自分の取り分を施設に寄付して欲しいと頼んだのでした。
王さまは、まだそれを不満に思っているようです。
(分け前なんて受け取れるはずがありません。私はなんにもしていないんですから)
(コーネリア、そなたは無欲過ぎる! そんなにあくせく働かずとも楽に生きる道が目の前にあるというのに)
若い娘なのに毎日朝から晩まで働きづくめのコーネリアを、王さまは嘆きます。
コーネリアは、何を言っているのかと反対に王さまを諌めました。
(人間、元気に働けるときには働くものです。その内、年をとれば否が応でも体が動かなくなって働けなくなるんですよ。今働かないでいつ働くんです?)
本当に働き者のコーネリアでした。
そんな彼女の仕事は、食堂のお客さんに料理や飲み物を運ぶことです。
「コーネリア、これを右奥のテーブルのお客さんに。頼むよ」
「はい」
そこには、あまり見慣れない若い男が座っていました。
(あ、ちょっとステキかも。細いけれど筋肉とか結構鍛えていそうですよね。重い荷物も運べそうだし、鍬とか持ったら、いっぱい畑を耕せそうです)
(フム……あの筋肉の付き方は、長剣ではなくもっと軽い短剣などを素早く扱うスピード重視の鍛え方だな。鍬はあまり得意ではないやもしれぬぞ?)
(えぇ、本当ですか?……残念)
コーネリアの男性に対する興味の観点は、普通の女の子としては少々ズレているかもしれません。
それに真面目に返す王さまの観点も、元より一般的なものではありませんでした。
目の前の食事を運んできたウェイトレスに、そんな人物評価をされているなどとは少しも知らない若い男は、「ありがとう」と言って、コーネリアから頼んだ料理を受け取ります。
「ちょっと聞きたいんだけど――――」
そのままコーネリアに声をかけてきました。
(うわっ!優しそうな声。低くてステキ)
(フム……北寄りの“なまり”が少々あるな。気が付けぬくらいではあるが……)
「噂の懐中時計を発明したというニトラさんの工場がどこか知っているかい? せっかくホルテンに来たからにはぜひ見に行きたいんだ」
男の言葉を聞いたコーネリアは、またかと思いました。懐中時計が評判になるにつれ、実はこういうお客さんが、最近増えてきているのです。
「場所は知っています。でも工場見学はできないと思いますよ。そういう方が沢山押し寄せて、仕事の邪魔だって、イザークはぼやいていましたから」
コーネリアの答えを聞いた男は、思わずといった風に体を乗り出しました。
「イザークだって? 君はイザーク・ニトラと知り合いなのか?!」
「あ……はい」
「お願いだ! 私に彼を紹介してくれ」
男はガバリ!と頭を下げてきました。
「えっと……」
目の前の男を見て、コーネリアは考えます。
(まあ、紹介するくらいならかまいませんよね)
(やめた方が良い)
ところが王さまが反対します。
(そやつは、他国のスパイだ)
なんと王さまは、またもやサラリと爆弾発言をしてくれました。
しかし……
(――――と思う)
そう続けられた王さまの一言に、コーネリアはホッと息を吐きます。
「いやだ。驚かさないでください」
思わず言葉が口をついて出ました。
「あ、いや、急にすまない。実は私は時計には興味があって――――」
その言葉を自分の急なお願いへの返事だと思った男は、慌てて謝り、熱心に自分がイザークの工場を見たいと思う理由を話し出します。
それを困ったように見つめつつ、コーネリアは心の中で王さまと会話しました。
(どうしてこの人が、スパイだなんて思われたんですか?)
(フム。まず一番は言葉のなまりだ。こやつにはわずかだが北の地方のなまりがある。他にも、こやつの筋肉の付き方が、力ではなく身軽さに重点を置いたものであるということや、あとはちょっとした動作や気配の隠し方、見ていないようでいて全てに目を配っている眼球の動き……などかな)
王さまは男がスパイではないかと疑われるところを教えてくれます。
(スゴイですね)
コーネリアは感心しました。
(フム。必要に差し迫っておったからな。王宮にはスパイも暗殺者もごまんとおるぞ)
カラカラと王さまは笑います。
王宮とは、なんて怖いところなのでしょう。コーネリアはとても笑えません。
(どうしましょう?)
引きつった顔のまま、王さまに聞きました。
(まあ、まだこやつがスパイだと決まったわけではない。こちらに害がないのであれば放っておくのが一番であろうな)
あっさりと王さまはそう答えます。
(そんなんで良いんですか?)
(かまわぬ。それにスパイというものは、排除したと思っても直ぐにまたその代わりが現れるものだ。いちいち相手にしていては、こちらが疲れるばかりだ)
(そうですか。…………それって、まるで雑草みたいですね)
それはたいへんだったでしょうと、コーネリアは王さまに同情します。
(…………雑草)
王さまはポカンとしました。
スパイを雑草に例えるなんてコーネリアくらいかもしれません。
呆れる王さまには気づかずに、コーネリアは男に向き合います。
「お客さん。――――確かに私はイザークを知っていますけれど、自分でもよく知らない人は紹介できません。工場の場所はお教えしますからご自分で行ってみてください」
はっきりとそう言って断りました。
男はまだ必死に頼んできましたが、コーネリアはペコリと頭を下げてその場から離れます。食堂には他のお客さんもいっぱいいて、一人のお客さんの相手だけをしているわけにはいかなかったのです。
コーネリアは忘れていました。――――雑草が、取っても取っても生えてくる厄介な草だということを。
そしてそれから一週間。
「…………いらっしゃいませ」
「コーネリアさん! 良かった今日も会えた。嬉しいよ」
満面の笑みをコーネリアに向けるお客は――――スパイ容疑のかかるあの男です。
「君は、よく知らない人を紹介できないんだろう? だったら私をよく知ってもらえば良いんだよね?」
あの翌日、店に来た男は、なんとそう言ったのでした。
「君は、コーネリアさんだよね? 私はマルセロ・ネーフェ。22歳。マールと呼んでくれないかい? こう見えても作家なんだよ。あちこち旅をして旅行ガイドみたいなものを書いている」
(フム。スパイをするのにもっともやり易いベタな職業じゃな)
(…………もう、どうでもいいです)
コーネリアはがっくりとうなだれました。
以来マルセロは、毎日通って来てはコーネリアに嬉しそうに話しかけてくるのです。
(でも、どうしてスパイがホルテンなんかに居るんでしょう?)
ホルテンは王都から遠い田舎です。他国のスパイが探るようなものがあるとは、とても思えません。
(こやつは言ったであろう? 時計工場が見たいと。そしてこれ程熱心にイザークに会いたいと乞うておる。目的はどう見ても時計だろう)
王さまはそう答えます。
なんと、精度が高く持ち運びに便利な懐中時計は、戦いに役立つのだそうでした。
(戦い……)
(いや、わしもまさかあの若造がこれほどまでに完璧な懐中時計を作るとは思っていなかったのだがな)
人は見かけによらないと王さまは感心します。
(そんなっ! 懐中時計を狙ってスパイが来ているのですか?)
(うむ。おそらく他の諸国からのスパイも幾人かはホルテンに入っておるだろう)
コーネリアはびっくりして泣き出しそうになりました。
(それって、私がイザークたちを危険な立場に追い込んだってことですよね?)
懐中時計の設計図をイザークに渡したのは、他ならぬコーネリアです。そのためにイザークたちが他国のスパイに狙われるような立場になったのだとしたら、それは全て自分のせいだと、コーネリアは思います。
(贋金づくりに手を染めるより、余程危険はないだろう)
だからといって、スパイに狙われて良いのかと問われれば、決してそうではないでしょう。
自分で自分を責めるコーネリアの前に、フヨフヨと王さまは飛んできました。
(落ち着け。だからこそ、特許権は放棄させただろう)
(え?)
特許権とは、何かを発明した人が、それを作ったり売ったりする権利を独占できる権利のことです。
確かにイザークは懐中時計の特許権を放棄していました。
そしてそうするようにコーネリアからイザークに勧めろと言ったのは王さまでした。
(懐中時計の製造法は既に公表されておる。実物も出回り、お金を積めば誰でもそれを手に入れることが可能だ。……イザークが懐中時計の製造法を理由に、危険に見舞われる恐れはない)
確かにその通りです。誰もが知っている製造法を盗むものなどいないでしょう。
(スパイの目的は、イザークを害することではない。懐中時計という素晴らしい発明をした天才が更なる発明をする可能性を考慮し、見張っておるだけだ)
強く言われ――――コーネリアは、ホッとします。
(良かったぁ~)
肩からドッと力が抜けました。
そんなコーネリアの様子に、王さまは苦笑します。
(まあ、ともあれイザークは当分注目されることだろう。有名料のようなものだ。それくらいの苦労は我慢してもらわなければな。……………それにイザークばかりではない。ホルテンも自分の領地からそんな天才が生まれたのだ。今頃いろいろ言われておるだろうな。王都にばかり居るわけにもいかなくなろう)
王さまの言うホルテンとは、この町の名前ではなく、領主のアフラ・ゲイル・ホルテン侯爵のことです。
どうやらご領主さまはホルテンに来るようです。
もっとも、ご領主さまが帰って来ようと来まいと自分のような一般庶民には関係のないことだとコーネリアは思います。
「――――コーネリアさん。三番町のお菓子屋には行ったことがありますか? あそこのチーズケーキは絶品だと思いませんか?」
マルセロがニコニコと話しかけてきました。
今は見たこともないご領主さまより、目の前のスパイかもしれない男の方が重要問題のコーネリアでした。
今日も今日とて、コーネリアは忙しく働いています。
「コーネリア、そのお皿を拭いたらそろそろ表に出ておくれ。仕事上がりのお客さまたちが混み合いはじめたよ」
「はぁ~い」
コーネリアは、働く食堂の女将に呼ばれ、大きな声で返事をします。
(コーネリア。そなた、まだ仕事を続けるのか? ニトラ兄弟の懐中時計は順調に売れておるのだろう? きちんと分け前を受け取れば、そなたが働く必要などあるまいに)
相変わらずコーネリアの周りをフヨフヨと漂いながら、王さまが不満そうに話しかけてきます。
あれから無事に懐中時計を作り上げたニトラ兄弟は、コーネリアに分け前として売り上げの利益の一部を渡すと申し出てくれたのですが、彼女はそれを断って、自分の取り分を施設に寄付して欲しいと頼んだのでした。
王さまは、まだそれを不満に思っているようです。
(分け前なんて受け取れるはずがありません。私はなんにもしていないんですから)
(コーネリア、そなたは無欲過ぎる! そんなにあくせく働かずとも楽に生きる道が目の前にあるというのに)
若い娘なのに毎日朝から晩まで働きづくめのコーネリアを、王さまは嘆きます。
コーネリアは、何を言っているのかと反対に王さまを諌めました。
(人間、元気に働けるときには働くものです。その内、年をとれば否が応でも体が動かなくなって働けなくなるんですよ。今働かないでいつ働くんです?)
本当に働き者のコーネリアでした。
そんな彼女の仕事は、食堂のお客さんに料理や飲み物を運ぶことです。
「コーネリア、これを右奥のテーブルのお客さんに。頼むよ」
「はい」
そこには、あまり見慣れない若い男が座っていました。
(あ、ちょっとステキかも。細いけれど筋肉とか結構鍛えていそうですよね。重い荷物も運べそうだし、鍬とか持ったら、いっぱい畑を耕せそうです)
(フム……あの筋肉の付き方は、長剣ではなくもっと軽い短剣などを素早く扱うスピード重視の鍛え方だな。鍬はあまり得意ではないやもしれぬぞ?)
(えぇ、本当ですか?……残念)
コーネリアの男性に対する興味の観点は、普通の女の子としては少々ズレているかもしれません。
それに真面目に返す王さまの観点も、元より一般的なものではありませんでした。
目の前の食事を運んできたウェイトレスに、そんな人物評価をされているなどとは少しも知らない若い男は、「ありがとう」と言って、コーネリアから頼んだ料理を受け取ります。
「ちょっと聞きたいんだけど――――」
そのままコーネリアに声をかけてきました。
(うわっ!優しそうな声。低くてステキ)
(フム……北寄りの“なまり”が少々あるな。気が付けぬくらいではあるが……)
「噂の懐中時計を発明したというニトラさんの工場がどこか知っているかい? せっかくホルテンに来たからにはぜひ見に行きたいんだ」
男の言葉を聞いたコーネリアは、またかと思いました。懐中時計が評判になるにつれ、実はこういうお客さんが、最近増えてきているのです。
「場所は知っています。でも工場見学はできないと思いますよ。そういう方が沢山押し寄せて、仕事の邪魔だって、イザークはぼやいていましたから」
コーネリアの答えを聞いた男は、思わずといった風に体を乗り出しました。
「イザークだって? 君はイザーク・ニトラと知り合いなのか?!」
「あ……はい」
「お願いだ! 私に彼を紹介してくれ」
男はガバリ!と頭を下げてきました。
「えっと……」
目の前の男を見て、コーネリアは考えます。
(まあ、紹介するくらいならかまいませんよね)
(やめた方が良い)
ところが王さまが反対します。
(そやつは、他国のスパイだ)
なんと王さまは、またもやサラリと爆弾発言をしてくれました。
しかし……
(――――と思う)
そう続けられた王さまの一言に、コーネリアはホッと息を吐きます。
「いやだ。驚かさないでください」
思わず言葉が口をついて出ました。
「あ、いや、急にすまない。実は私は時計には興味があって――――」
その言葉を自分の急なお願いへの返事だと思った男は、慌てて謝り、熱心に自分がイザークの工場を見たいと思う理由を話し出します。
それを困ったように見つめつつ、コーネリアは心の中で王さまと会話しました。
(どうしてこの人が、スパイだなんて思われたんですか?)
(フム。まず一番は言葉のなまりだ。こやつにはわずかだが北の地方のなまりがある。他にも、こやつの筋肉の付き方が、力ではなく身軽さに重点を置いたものであるということや、あとはちょっとした動作や気配の隠し方、見ていないようでいて全てに目を配っている眼球の動き……などかな)
王さまは男がスパイではないかと疑われるところを教えてくれます。
(スゴイですね)
コーネリアは感心しました。
(フム。必要に差し迫っておったからな。王宮にはスパイも暗殺者もごまんとおるぞ)
カラカラと王さまは笑います。
王宮とは、なんて怖いところなのでしょう。コーネリアはとても笑えません。
(どうしましょう?)
引きつった顔のまま、王さまに聞きました。
(まあ、まだこやつがスパイだと決まったわけではない。こちらに害がないのであれば放っておくのが一番であろうな)
あっさりと王さまはそう答えます。
(そんなんで良いんですか?)
(かまわぬ。それにスパイというものは、排除したと思っても直ぐにまたその代わりが現れるものだ。いちいち相手にしていては、こちらが疲れるばかりだ)
(そうですか。…………それって、まるで雑草みたいですね)
それはたいへんだったでしょうと、コーネリアは王さまに同情します。
(…………雑草)
王さまはポカンとしました。
スパイを雑草に例えるなんてコーネリアくらいかもしれません。
呆れる王さまには気づかずに、コーネリアは男に向き合います。
「お客さん。――――確かに私はイザークを知っていますけれど、自分でもよく知らない人は紹介できません。工場の場所はお教えしますからご自分で行ってみてください」
はっきりとそう言って断りました。
男はまだ必死に頼んできましたが、コーネリアはペコリと頭を下げてその場から離れます。食堂には他のお客さんもいっぱいいて、一人のお客さんの相手だけをしているわけにはいかなかったのです。
コーネリアは忘れていました。――――雑草が、取っても取っても生えてくる厄介な草だということを。
そしてそれから一週間。
「…………いらっしゃいませ」
「コーネリアさん! 良かった今日も会えた。嬉しいよ」
満面の笑みをコーネリアに向けるお客は――――スパイ容疑のかかるあの男です。
「君は、よく知らない人を紹介できないんだろう? だったら私をよく知ってもらえば良いんだよね?」
あの翌日、店に来た男は、なんとそう言ったのでした。
「君は、コーネリアさんだよね? 私はマルセロ・ネーフェ。22歳。マールと呼んでくれないかい? こう見えても作家なんだよ。あちこち旅をして旅行ガイドみたいなものを書いている」
(フム。スパイをするのにもっともやり易いベタな職業じゃな)
(…………もう、どうでもいいです)
コーネリアはがっくりとうなだれました。
以来マルセロは、毎日通って来てはコーネリアに嬉しそうに話しかけてくるのです。
(でも、どうしてスパイがホルテンなんかに居るんでしょう?)
ホルテンは王都から遠い田舎です。他国のスパイが探るようなものがあるとは、とても思えません。
(こやつは言ったであろう? 時計工場が見たいと。そしてこれ程熱心にイザークに会いたいと乞うておる。目的はどう見ても時計だろう)
王さまはそう答えます。
なんと、精度が高く持ち運びに便利な懐中時計は、戦いに役立つのだそうでした。
(戦い……)
(いや、わしもまさかあの若造がこれほどまでに完璧な懐中時計を作るとは思っていなかったのだがな)
人は見かけによらないと王さまは感心します。
(そんなっ! 懐中時計を狙ってスパイが来ているのですか?)
(うむ。おそらく他の諸国からのスパイも幾人かはホルテンに入っておるだろう)
コーネリアはびっくりして泣き出しそうになりました。
(それって、私がイザークたちを危険な立場に追い込んだってことですよね?)
懐中時計の設計図をイザークに渡したのは、他ならぬコーネリアです。そのためにイザークたちが他国のスパイに狙われるような立場になったのだとしたら、それは全て自分のせいだと、コーネリアは思います。
(贋金づくりに手を染めるより、余程危険はないだろう)
だからといって、スパイに狙われて良いのかと問われれば、決してそうではないでしょう。
自分で自分を責めるコーネリアの前に、フヨフヨと王さまは飛んできました。
(落ち着け。だからこそ、特許権は放棄させただろう)
(え?)
特許権とは、何かを発明した人が、それを作ったり売ったりする権利を独占できる権利のことです。
確かにイザークは懐中時計の特許権を放棄していました。
そしてそうするようにコーネリアからイザークに勧めろと言ったのは王さまでした。
(懐中時計の製造法は既に公表されておる。実物も出回り、お金を積めば誰でもそれを手に入れることが可能だ。……イザークが懐中時計の製造法を理由に、危険に見舞われる恐れはない)
確かにその通りです。誰もが知っている製造法を盗むものなどいないでしょう。
(スパイの目的は、イザークを害することではない。懐中時計という素晴らしい発明をした天才が更なる発明をする可能性を考慮し、見張っておるだけだ)
強く言われ――――コーネリアは、ホッとします。
(良かったぁ~)
肩からドッと力が抜けました。
そんなコーネリアの様子に、王さまは苦笑します。
(まあ、ともあれイザークは当分注目されることだろう。有名料のようなものだ。それくらいの苦労は我慢してもらわなければな。……………それにイザークばかりではない。ホルテンも自分の領地からそんな天才が生まれたのだ。今頃いろいろ言われておるだろうな。王都にばかり居るわけにもいかなくなろう)
王さまの言うホルテンとは、この町の名前ではなく、領主のアフラ・ゲイル・ホルテン侯爵のことです。
どうやらご領主さまはホルテンに来るようです。
もっとも、ご領主さまが帰って来ようと来まいと自分のような一般庶民には関係のないことだとコーネリアは思います。
「――――コーネリアさん。三番町のお菓子屋には行ったことがありますか? あそこのチーズケーキは絶品だと思いませんか?」
マルセロがニコニコと話しかけてきました。
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