王さまに憑かれてしまいました

九重

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第三巻 児童書風ダイジェスト版

19 帰還

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(そもそも王宮の防御魔法をかいくぐり強力な爆発物を持ち込むことなど不可能なのだ。少し考えればわかることだろうに、派手に騒ぎおって。……空騒ぎにもほどがある)
呆れたようにルードビッヒは、ぼやきます。
「それだって! 爆弾は爆弾じゃないですかっ! 大きなものではなかったですけれど、当たり所が悪ければ大けがをしたかもしれないんですよ! なのにっ、私なんかを助けるために飛び出して来るなんて! ……アレクのバカ、バカ、バカ!」
混乱し、ルードビッヒの言葉への返事も全てひっくるめて、アレクにすがり、その胸をポカポカと叩きながら泣き叫ぶコーネリア。
「ごめん。リア、お願いだから泣き止んで。だって仕方ないだろう? 気がついたら飛び出していたんだ。……まあ、防御魔法の結界もあるし大丈夫だろうとは思ってはいたけれど……でも、それでもリアが少しでも傷つくのは、嫌だったから」
ニコニコと嬉しそうに殴られながら、泣いているコーネリアを抱きしめるアレク。
既におわかりでしょうが――――二人には、かすり傷一つありませんでした。
ルードビッヒの言うように、王宮の防御魔法が危険な爆発物を持ち込ませなかったことが大きな理由です。
情報長官の残した爆弾は、爆風こそ強かったものの、飛来物はヒラヒラと舞う紙切れのようなものだけで、音と煙だけが派手なパーティーのアトラクションに使われるようなものだったのでした。
当然、どこにどう当たっても大けがの心配なんて一つもありません。
それにコーネリアは、防御魔法付きの懐中時計を持っていました。
爆風がコーネリアに届くと同時に、即座に防御魔法を展開した懐中時計は、二人のみならず、近くに居たホルテンやシモン、宰相と王太后、前トーレス伯爵夫人やオスカー、第三妃といった面々までをも見事に守ったのです。
誰もけが人はなく、逃げたと思った情報長官も、ユリアヌスにばっちりしっかり捕まりました。
大団円の結末。
その中で、ホッとしていたコーネリアは、真剣なアレクに捕まりました。
「リア、君に聞きたいことが沢山できた。…………話してくれるよね?」
超至近距離でアレクはキレイに笑ったのでした。

その後、王太子アレクサンデルの私室に場所を移したコーネリア。
今この部屋の中には、アレクとホルテン、宰相とユリアヌスがいます。
もちろん、天井付近にはフヨフヨと漂うルードビッヒもいます。
ついにコーネリアは、本当に本当のこと――――自分が死んでしまった王さまのルードビッヒに憑かれてしまったことを、彼らに打ち明けました。
「……バっ! バカなっ!! そんな話を信じられるものかっ! 戯言もたいがいにせよっ! 第一、畏れ多くも陛下が、何故お前のような平民の少女に憑かれる!? ――――何の見返りも求めず心から案じてくれたのはお前だけだ――――だとっ!!そんなバカな話があるかっ!」
話しを聞いた宰相は、大声で叫びました。
その頬は赤く、目は興奮に血走っています。
コーネリアは――――「そうなんです!」と、勢いよく宰相に叫び返しました。
「な?」
「そうなんです。私もそう思います! ルードビッヒ陛下は立派な国王さまです。その陛下のご無事を見返りなく求めるのが私だけだなんて、そんなことあるはずがありません!! 陛下のご無事を祈った人は他にもいっぱいいるはずなんです」
真剣にコーネリアは言い募ります。
自分で自分の話を否定するような発言をするコーネリア。
彼女は、胸の前で両手をギュッと組み合わせました。
(コーネリア?)
驚くルードビッヒの方を、そのまま見上げます。
「違う。違うんです。……きっと、陛下は私が祈ったからではなく……私が泣きそうに辛い表情をしていたから……きっと……だから……私に、憑いてくださったんだと、そう思います」
そうでしょう?とコーネリアはルードビッヒを見つめます。
ルードビッヒは、困ったようにコーネリアを見返しました。
あの時……コーネリアが瀕死のルードビッヒを見たあの日。
コーネリアは、自分がずいぶんヒドイ顔をしていたのだろうと――――今になれば、わかります。
両親が死に、保護された施設から成人したという理由で出され、たった一人、かつて家族三人で暮らした“我が家”へと戻った頃。
残っていた畑で作物を作り、それを市場で売り、その後食堂でバイトするという忙しい日々を、彼女は送っていました。
「お隣のご夫婦も、裏のおばあちゃんも、市場の人も、バイト先の食堂のおかみさんも、みんな、みんな親切で、優しくしてくれましたけれど……」
それでも、コーネリアが――――たった一人で暮らす16歳の少女が、寂しくないはずなどありませんでした。
自分は普通なのだと――――
自分と同じような境遇の人は世の中に沢山いて、中には自分よりずっと恵まれない人だっているのだと――――
繰り返し繰り返し、心に言い聞かせ、忙しさに没頭していた日々。
「……時々、アレクを思い出して……でも、現実にはアレクはいなくって……当たり前ですよね。隣国と戦争をしていて、お父さんが戦場に出ているのに、アレクが私を訪ねて来られるはずなんてないんです。……でも、当時の私には、そんなことは、わかるはずもなくって……せめて、そういう辛い気持ちを他の誰かに相談して、慰めてもらっていれば良かったのに、私は、そんなみっともないことできないって思って…………きっと、あの時の私は、世界中の不幸を全部自分一人で背負っているみたいな、そんな情けない顔をしていたんだと思います」
バカですよね……と、コーネリアは顔を歪ませて笑いました。
アレクは、そんな彼女を辛そうに見ながら、強く首を横に振ります。
施設を出るコーネリアに、きっと様子を見に行くからと約束したのは彼でした。その直後に戦がはじまり、とてもそんな余裕がなかったのは本当ですが、でもそれはアレク側の理由でしかありませんでした。
施設を出て一人暮らしをはじめたコーネリアの寂しさや心細さを思えば、自分がした無責任な約束と、その約束が果たされないことで傷ついた少女の心に対する申し訳なさで、アレクの心はいっぱいになります。
できることならば、自分で自分を殴りつけたいと、アレクは思いました。
「多分そんな時、……死に逝く陛下は、“私”を見たんです」
世にもヒドイ、泣きそうな情けない顔をした、一人の少女。
自分の国を守るために命をかけて戦い、文字通りその命と引き換えに国を守り、息をひきとろうとしていたルードビッヒ――――そんな国王が最期に見た自分の民が、とんでもなく不幸な顔をした少女だったとしたら……
「きっと、陛下は――死んでも死にきれない――と、思われたと思います」
コーネリアは、瞳を潤ませました。
「……陛下は、お優しいから。ご自分が死にそうなのに、通りすがりの民が泣きそうな顔をしているのを、お気にかけて……だから、陛下は、――――ルードビッヒ陛下は、私に憑いてくださったんだと、そう思います」
ついにコーネリアは、泣き出しました。ポロポロと涙が白い頬を伝います。
「そうですよね? 陛下」
周囲の者には何もないように見える宙に向かって、コーネリアはたずねました。
(ち、違うぞ! コーネリア。……わしは、そんな聖人君子ではない! わしは、本当にわしは、わしの無事を心から祈ってくれたそなたに感謝して、そなたの元に来たのだ! ……それは、確かにそなたの顔色の悪さは気になったが……だが、それでもそなたは、あんな泣き出しそうな顔で、わしの無事を祈ってくれた! だからこそ、わしは!)
懸命に否定するルードビッヒ。
コーネリアは……泣きながら、クスリと笑いました。
「そうですね。……私は泣きそうで、……陛下は死にそうで、……でも、それでも私たちは、お互いのことを心配したんです。……私たち、似た者同士なのかもしれませんね?」
(コーネリア!!)
感極まって、ルードビッヒはコーネリアを抱きしめようと突進します!
――――当然、その体は、スカッとコーネリアを突き抜けました。
いつも通りのどこか抜けたルードビッヒの様子に、コーネリアはホッと息を吐きます。
「陛下、大好きです!」
クルリと振り返り、コーネリアはそう言いました。
情けなさそうな顔で、ルードビッヒもコーネリアを振り返ります。
(コーネリア。……そういうセリフは、もっとわしがピシッと決められた時に言ってくれるものではないのか?)
「そんな時、ありませんでしょう?」
(コーネリア!)
フフフとコーネリアは笑いました。
何も無い空間に、一人で話しかけ、泣き、笑う少女。
事情を知らぬ人が見れば、そんな様子は奇異にしか映らないでしょう。
――――でも、長くルードビッヒの側近く仕え、他の者たちよりも数段深くルードビッヒの人となりを知り、そんなルードビッヒに惹かれていた忠臣たちは――――存在するはずのないルードビッヒの影を見た…………ような気がしたのです。
何も言えず黙り込むホルテンと宰相をしり目にアレクは、すっと立ち上がるとコーネリアの側に近寄ります。
背後から彼女の肩にそっと手を置きました。
「え?……アレク。」
「父上は、今、リアが見ている方にいるの?」
アレクは、静かにそう聞いてきます。
コーネリアは目を見開きました。
「信じてくれるんですか?」
「リアの言うことなら、どんなことでも信じると言っただろう?」
本当に信じてもらえるとは思っていなかったコーネリアでした。
慌てて彼女はルードビッヒが居る方を指し示します。
「陛下は、あそこです」
アレクは、コーネリアの指す何もない空間にジッと目を向けました。
――――そして、深々と頭を下げます。
「父上、リアを救っていただいたこと、感謝いたします。私が、無責任にも果たせぬ約束をしてしまい、そのために一層深く傷つけてしまった彼女の側にいて、慰めてくださったこと、感謝の念にたえません」
「アレク! そんな、アレクは何も悪くないわ。だって、ちゃんと会いに来てくれたもの。私が、わがままで寂しかっただけなの! アレクは、何も……」
慌ててアレクの頭を上げさせようとするコーネリア。
ルードビッヒは、フンと鼻を鳴らしました。
(別に、お前のためにコーネリアに憑いたわけではない)
「陛下っ! 何を、憎まれ口をきいていらっしゃるんです! アレクが――陛下のお子さまが、“ありがとう”って言っているのですよ!」
コーネリアの言葉で、ルードビッヒの言いそうなことに見当をつけたのでしょう。
アレクはフッと苦笑します。
「いいんだ。……私は、父上にとって不肖の王太子だったのだから」
その言葉に目を見開いたコーネリアは、力いっぱい「違います!」と叫びました。
「そんなことはありません! 陛下はいつだってアレクを気にかけていらっしゃいました。アレクのためにと私に頭を下げられたことだってあるんですよ!」
(コーネリア!)
「本当のことでしょう!」
見えないルードビッヒに向かい怒鳴るコーネリアを、アレクは驚いて見つめます。
「本当に?」
「本当です!」
信じられないように何もない空間を見つめるアレク。
「…………絶対、陛下は今、耳まで真っ赤にしていらっしゃるでしょうね」
背後でホルテンがポツリと呟きました。
「ああ。拗ねてそっぽを向いておられるやもしれん」
呆然としながらも宰相が頷きます。
コーネリアは驚いて振り返りました。
「え? ……皆さま、見えるんですか!?」
ルードビッヒの様子は、今ホルテンたちの言ったそっくりそのままでした。
「見えなくともわかる」
生真面目な表情でホルテンは頷きます。
そのまま頭を下げました。
「ルードビッヒ陛下、ご帰還をお待ちしておりました。……お帰りなさいませ」
最後の言葉をのどに詰まらせながら、ホルテンは話します。
「遅すぎますでしょう!」
涙声で宰相が怒鳴りました。
「父上」
アレクの声は真剣です。
「――――お帰りなさいませ」
アレクたちの姿に――――ルードビッヒの存在を信じてもらえたことに、コーネリアの胸は、感動に打ち震えます。
死んでしまった国王は、こうして王宮に帰還を果たしたのでした。

その後、コーネリアは無事アレクと結婚し、王妃さまになりました。
もちろんそれは言う程に簡単なことではありませんでしたが、なんといってもコーネリアにはルードビッヒが憑いています。
子宝にも恵まれ、めでたしめでたしだったのですが――――
人生、山あり谷ありという言葉を、みなさんは知っているでしょうか?
人生には、山のような場所も谷のような場所もあって、いろいろなことがあるのだという言葉なのですが……

――――ルードビッヒは、ある日突然姿を消してしまったのでした。
広い王宮にも、王都の中にも、どこにもその姿はありません。
もちろんコーネリアは探して探して探しまくりました。
それでもルードビッヒは見つかりません。
今度は、コーネリアは泣いて泣いて泣きまくりました。
アレクが懸命にコーネリアを慰めます。
「リア。大丈夫だよ。……きっと、いつか父上は、君の元に帰って来る。……どんな形であっても」
「……本当に?」
「ああ。約束する。……父上が君を泣かせたままでいるはずがないからね」
「アレク――――」
自信たっぷりに言い切るアレク。
そんなアレクの胸に、コーネリアはそっと頬をよせました。
一人ではこらえきれない寂しさも、二人ならたえることができます。
ホルテンや他の人々も、みんなコーネリアを慰めてくれました。
誰もが優しく切ない時間が、降り積もり――――
コーネリアが、ルードビッヒに瓜二つの王子さまを産んだのは、その一年後のことでした。
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