王さまに憑かれてしまいました

九重

文字の大きさ
上 下
18 / 25
第三巻 児童書風ダイジェスト版

18 反乱

しおりを挟む
「出会え!」
宰相の大声を合図に20人ほどの武装した騎士が舞踏会会場になだれ込んできます。宰相を中心に円陣を組んだ騎士たちは、会場に居る人々にギラリと光る剣を突きつけました。
見回せばいつの間に入り込んだのでしょう? 同じ制服を着た騎士たちが全ての扉を締め切りこの部屋を外部と遮断しています。舞踏会の会場内で警備についていた近衛兵たちも、騒動の中でふいをつかれ、捕まっていました。
貴族も使用人も全員、宰相の騎士たちに脅されて壁際に追い詰められています。
(陛下! これは……)
(ああ。マリア・バルバラたちの予想通り、宰相がシモンの抜けた監視網の穴をついて自分の私兵を潜り込ませたのだ。……宰相であれば今日の警備体制の情報を知ることは簡単だろうからな)
ルードビッヒは苦々しい表情を浮かべています。
(宰相め、上手く乗せられおって。……これで奴は退くに退けぬぞ)
王宮に私兵を引き込み、王太子に向かって剣を向ける――――これは立派な反乱でした。
「宰相、言いたいことがあるのなら聞こう。父を心から敬愛していたあなたが、その父の言葉に反してまで私を引き落とそうとするのだ。そこには確固とした理由があるのだろう?」
その中で、アレクは凛として宰相に声をかけます。
「もちろんです」と、宰相は答えました。
「私とて何の確証も無しに王家に弓引くような真似はいたしません」
宰相は右手を上げ、何かを招くような身振りをしました。それに応え、目立たない風貌の一人の男が、両手に抱えるようにして長い箱を持ち近づいて来ます。彼は別の男が運んできた台の上に、恭しくその箱を置きました。
(あれは!)
箱を見たルードビッヒが息を呑みます。
(知っておられるのですか?)
(あれは、王家の秘宝だ。何故、こんなところにあれが出てきておるのだ!?)
ルードビッヒの声は、メチャメチャ焦っていました。
箱に向かって一礼した後、丁寧に箱の蓋を開けた宰相は、中から一本の杖を恭しく取り出します。
「それはっ!」
前トーレス伯爵夫人が、ルードビッヒそっくりの驚きの声を上げました。
「ほう。流石は王家の姫君。前トーレス伯爵夫人は、これが何かご存知のようですね」
宰相は満足そうに笑います。
「それは、王家の秘宝だわ。――――宰相、何故あなたが門外不出のその杖を持っているのです?」
前トーレス夫人が厳しい声で宰相を糾弾します。ゆらりと揺れた羽扇が、ピシッ! と宰相を指し示しました。
「いいえ。今は、そんなことを聞く必要はないわね。……宰相、あなたはルードビッヒ陛下がお亡くなりになった混乱に乗じ、王家の私有財産を故意に流出させた。あなたが今持っているその杖こそが、言い逃れようのない証拠品です! 王家の財産を勝手に持ち出した罪は大きいわ。素直に縛に着きなさい!」
キリリと命じる前トーレス伯爵夫人。その姿は威厳に溢れ、人を従える力を持っています。
ところが、罪を暴かれたはずの宰相は、小ばかにしたようにククッと笑いました。
「王家とはいっても所詮は直系ではない傍系の姫。この杖が王家の秘宝であることは知っていても、どんな杖かはご存知ないようですな」
余裕に満ちた宰相の態度に、前トーレス伯爵夫人も微かに焦りを覚えます。
「そんなことはどうでも良いことでしょう! 問題なのは――――」
「どうでも良くはありません! この杖が何か教えてさしあげましょう。……これは、代々の王が、生まれてきた子供が真に自分の子かどうかを確認するための杖――――王家の血を持つ者のみに光を与える魔法の杖だ!」
叫ぶなり、宰相は杖を高々と掲げました。
舞踏会会場の煌びやかなシャンデリアの明かりを受け、杖についている玉がキラリと光ります。
誰もが目を見開いて杖を凝視しました。
そのまま宰相は言葉を続けます。
「この杖を手にした私は、密かに杖をアレクサンデルさまに近づけてみた。……しかし、杖はわずかな光すら放たなかった。……つまり、アレクサンデルさまは、王家の血を引いておられないのだ!」
爆弾発言をする宰相。
(違う! それは違うぞ宰相!)
ルードビッヒの声は、コーネリア以外誰にも聞こえません。
アレクは、ギュッと唇を噛みました。
「世迷いごとを! 宰相、お前のような罪人の言葉を誰が信じるものか!」
そう叫んだのは、オスカーでした。
宰相は、オスカーに憐れむような視線を向けます。
「お優しいオスカーさま。あなたは、アレクサンデルさまと王太后に騙されているのです。……今この場でそれを証明してご覧にいれましょう。――――さあ、オスカーさま。どうかこの杖をお受け取り下さい。最初にあなたさまが間違いなく王の子だと示すのです。そしてその後アレクサンデルさまに杖をお渡しください。……そうすれば、誰の目にも真実は明らかになる」
宰相はそう言うと、オスカーに向かって杖を差し出しました。
思わずオスカーは後退ります。
「断る! お前の狂言になど乗らぬぞ!」
「狂言だなどととんでもない。私は真実しか申し上げておりません。さあ、どうかお手をこちらに」
嫌がるオスカーに迫る宰相。
どちらも譲らぬ言い合いに、思わぬ宰相の味方が現れました。
「オスカー、宰相の言う通りその杖を受け取ってみてくれないか? 私は常々自分の出自を確かめてみたいと思っていたのだ。……これは丁度良い機会だと思う」
なんと、それはアレクでした。
敬愛する兄のアレクに言われてしまっては、オスカーも従う他ありません。
渋々杖を受け取ります。
宰相の言う通り、杖はボーっと光りました。
「おお! やはり、オスカーさま、あなたは正しく王家の血を引くお方です!」
感激して声を震わせる宰相。
「さあ、今度はあなたの番です。アレクサンデルさま――――杖をお受け取りください」
宰相は、アレクに杖をオスカーから受け取るようにとすすめました。
(止めよ、アレク! 今の状態のその杖を、お前が持って光るはずがない!)
ルードビッヒが必死に止めようとします。しかし、何の力も無い幽霊に、そんなことができるはずがありません。
無情にも、杖はアレクに渡され――――光っていた杖は、スッと輝きを消しました。
「はっ、はっ、はははっ! 見よっ! これが何よりの証拠だ。アレクサンデルさまは王家の血を引いておられない! ルードビッヒ陛下のお子ではないのだ!」
高らかに笑う宰相。
――――杖を持つアレクの顔は……静かでしだ。“氷の王太子”と呼ばれる通りの、何一つ表情のない彫刻のような顔でアレクは光らぬ杖を見つめています。
「アレク……」
心配するコーネリアの声にも、その表情は動きませんでした。
「これでわかったであろう! ここにいるのは王太子などではない。王の子を騙る不届き者だ。ルードビッヒさまの正妃でありながら不貞を働いた王太后共々、捕えてしまえ!」
居丈高に下された宰相の命令を受けて宰相の騎士たちが動きます。
まず数人の騎士たちが王太后を捕らえようと近づきました。
「違う! 違います! これは何かの間違いです! アレクサンデルは間違いなくルードビッヒ陛下のお子です。こんなはずがないわ!」
王太后は、叫び後退ります。
(止めよ! クソッ! これは“違う”のだ!)
ルードビッヒは彼女を庇おうとして、実体のない体で騎士たちの前に立ちはだかりました。
当然その体は素通りされますが、それでも諦めず前に立ち、何度も何度も王太后を守ろうとします。
ルードビッヒのその姿に、コーネリアは居ても立ってもいられなくなりました。
「止めてっ! 止めてください。その杖は“違う”んです! ――――アレク! 彼らを止めて!」
必死で叫ぶコーネリア。
アレクが、ハッと気づいたようにコーネリアを見ました。
「ここは危険だ。リア、君は私から離れた方が良い」
そんなことを言い出します。
彼の青い瞳には、何もかもを諦めてしまったような光が浮かんでいました。
「もうっ! 何を言っているんですか。しっかりしてください!」
たまらずコーネリアはアレクを怒鳴りつけます。
「そんな杖がなんです! ルードビッヒ陛下は、アレクを自分の子だと断言されていたでしょう? 陛下のお言葉より、その杖を信じるなんて言語道断です! 陛下がお可哀相です! 言ったでしょう、その杖は、“違う”んです!」
大声で叫ぶコーネリア。
その勢いに、みんなびっくりしました。
「リア……杖が“違う”って、何が?」
その中で、アレクが、そう聞いてきます。
聞かれたコーネリアは、ルードビッヒにたずねました。
(陛下、何が違うんですか?)
(使い方だ。杖の使用方法が間違っておるのだ!)
ルードビッヒは、コーネリアに杖の正しい使い方を教えてくれました。
「使い方が違うんだそうです。……えっと、まずそれを証明しますね。アレク、その杖をマリア・バルバラさまに渡してみてくれますか?」
ルードビッヒに指示をもらいながら、コーネリアは証明をはじめました。
不審そうにしながらも、アレクは杖をマリア・バルバラ――――前トーレス伯爵夫人に渡します。
「まあ!」と、驚きの声を上げる前トーレス伯爵夫人。
彼女が持っても、杖は少しも光らなかったのです。
みなさんご存知でしょうが、いけにえの姫と呼ばれる前トーレス伯爵夫人は、誰一人疑う者のない正真正銘王家の姫です。
「あら? この杖は、王太子さまだけじゃもの足りなくって、私にまで王家の血が流れていないと言っているのかしら?」
嫌味たっぷりの前トーレス伯爵夫人の言葉に、宰相は真っ青になりました。
「こんなっ! こんなはずでは!」
狼狽した宰相は、箱を持ってきた男をチラリと見ます。
(フム。あの男は怪しいな。どこかで見たような気もするのだが……)
ルードビッヒが、考え込みます。
コーネリアは、説明を続けました。
「――――王家の秘宝の杖は、確かに代々の王が、生まれてきた子供が真に自分の子かどうかを確認するための杖です。それは間違いありません。……ただし、それは王家の血だけに反応するものではないんです。王家の秘宝は、杖だけではありません。杖と杖の入っていた箱が揃って、はじめて王家の秘宝なのだそうです」
そう言ってコーネリアは、台の上に置かれた漆黒の木の箱を指さしました。
全員が一斉に木の箱を見つめます。
「――――杖は、箱から取り出した人の血を引く者に反応して光る杖なんです」
コーネリアの言葉に、宰相はポカンと口を開けました。
「先ほど箱から杖を出したのは宰相さまです。ですから、今、杖が反応するのは宰相さまと血縁関係にある方になります。……オスカーさまは、宰相さまのお孫さまですから杖は光ります。そして、アレクやマリア・バルバラさまは、宰相さまと血がつながっていないので光らないんです」
そう言ったコーネリアは、前トーレス伯爵夫人に杖を箱に戻すようにとお願いしました。杖は、いったん箱に戻すとリセットされるのだそうです。
「今度は、オスカーさまが杖を箱から取り出してください」
「はっ? 私がか?」
「はい。オスカーさまならば、間違いなくルードビッヒ陛下のお子さまだと宰相閣下が信じてくださいますから」
言われたオスカーは、なんだかおっかなびっくりに箱から杖を取り出します。
「え? ……今度は光らないぞ」
オスカーの手の中の杖は、まったく光を放ちませんでした。
「杖は、取り出した本人には光らないのです。光るのは、取り出した人と血のつながった人に対してだけです」
そう言われれば、先ほど箱から杖を出した宰相に対して、杖は光っていませんでした。
「そのまま杖を直ぐにアレクに渡してもらっても良いのですけれど……そうですね、その前に宰相さまにお渡しいただけますか? 今度は杖が光るはずですから」
コーネリアの言葉が正しければ、オスカーのおじいさんである宰相が持てば、杖は光を放ちます。
反対に宰相が正しければ、王族ではない宰相に杖は光らないはずでした。
そう説明されて納得したオスカーは、グイッと杖を宰相に差し出します。
嫌がる宰相に無理やり杖を持たせました。
杖は――――煌々と光を放ちます。
「おうっ」という感嘆の声が、周囲からあがり、宰相は……グラリとよろけました。
「念のためにお聞きします。宰相さまは王家の血を引いていらっしゃいますか?」
コーネリアの質問に、弱々しく首を横に振る宰相。
あとは――――
「では、宰相さま。その杖をアレクに渡してください。……アレクとオスカーさまはご兄弟です。杖はしっかり光るはずです」
そうなることをコーネリアは微塵も疑っていませんでした。
宰相は、ぎゅうっと杖を握り締めます。
「どうして私が素直に渡すと思っているのだ。――――このまま逃げ出すかもしれないぞ?」
そんなことを言い出します。
コーネリアはキョトンと首を傾げました。
一瞬上を向いたコーネリアは、ルードビッヒが大丈夫だというように苦笑している姿を確認してから、ニッコリと宰相に笑いかけました。
「宰相さまは、そんなことをなさいません」
「……っ! ずいぶん自信たっぷりに言うのだな? そなたは私を知らないだろうに」
「もちろんです。私は平民ですから。……でも、私、宰相さまをよく知っているお方を知っているんです」
それはいったい誰なのか? と、宰相は聞きたそうでした。
何かを言いかけ…………でも、止めました。
「そうだな。ここで逃げても、もう無駄だ。――――私は無駄なことはしない主義だ」
そう言うと、コツコツと歩いてアレクの側に近寄り、杖を差し出します。
「どうぞ。…………王太子殿下」
静かに頷く、アレク。
胸を張り、彼は杖を受け取りました。
アレクの手の中――――王家の秘宝の杖は、煌めく光を放ち続けます。
光る杖を持つ若き王太子。
その姿はまさしく一幅の絵画のようで威厳と気品に溢れていました。
こうしてコーネリアは見事に杖の間違いを指摘し、アレクが正真正銘王太子だということを証明したのでした。
その後、宰相は捕まりました。
王太子に対し反乱を企てたのですから当たり前です。
しかし、牢に連れて行かれようとした宰相を、何故かコーネリアが引き止めました。
「宰相さまにどうしてもお聞きしたいことがあります。……宰相さまは、いったいどなたから王家の秘宝のことをお聞きになったのですか?」
それは、当然の質問でした。
王家の秘宝の秘密を宰相は知りません。この国で知っていたのはルードビッヒだけでした。
「私は――――」
口を開こうとして宰相はためらい、チラリと視線を傍らに立つ目立たない男に流します。
「教えてください。宰相さま。――――ルードビッヒ陛下をお慕いしていたあなたが、どなたに何を入れ知恵されて間違った王家の秘宝の使い方を信じこみ、こんな事件を起こしてしまわれたのか? ……王家秘宝の杖の秘密を知る者は、どこの国でも王位継承権を持つ男子だけなのです」
ルードビッヒはコーネリアにそう教えてくれました。
ということは、宰相に秘密を教えた者は、他国の王族につながる者の可能性があるということです。
驚いたように目を見開いた宰相は、慌てて隣の男を見ました。
男は、「チッ」と舌打ちを漏らします。
「まさかっ!」
宰相が怒鳴った途端、男はドン! と宰相を突き飛ばし、目にもとまらぬ速さで身を翻すと、近くに立っていた王太后さまを人質に取りました。
「王太后さまっ!」
「動くな!」
王太后の動きを左手一本で封じ、右手で喉に短剣を突きつけます。
なんと男の正体は、隣国クモールの情報長官でした。
「王太后の命が惜しければ、全員その場を一歩も動くな! 残念なことに私は短剣の扱いに慣れていないのでね。……動揺すれば、手が滑ってしまうかもしれないぞ」
クツクツと笑いながら脅す男。
みんなどうすれば良いのかわかりません。
美しい顔を恐怖で強張らせながら……しかし王太后さまは、凛として言葉を発しました。
「私のことはかまいません。今すぐこの不埒者を捕まえなさい!」
「黙れっ!」
情報長官の短剣がキラリと光ります。
ゴクリと喉を鳴らした王太后さまは、それでも健気に言葉を続けました。
「今日、私は、期せずして長年かけられていた疑惑を払拭することができました。……もはやこの世に思い残すことはありません。胸を張って天におわす陛下の元に参れます」
「母上――――」
うっすらと涙ぐむ王太后。
「アレクサンデル。あなたにもこの母のせいで長年辛い思いをさせましたね。どうか、立派な王になるのですよ」
王太后さまの覚悟はとうについているようでした。
「黙れと言っている!」
激昂したツェプターが怒鳴ります。
アレクはギュッと拳を握りました。唇を引き結び、顔を上げます。
……青い目に決意の光が宿りました。
(いかん! アレクは攻撃を命じるつもりだ。コーネリア、止めてくれ!)
「ダメよ! アレク、攻撃してはダメ!」
ルードビッヒの言葉を受け、コーネリアはアレクの前に飛び出しました。
「リア――――」
「アレク、お願い、お母さんを犠牲にするようなことはしないで」
そんなことをしたら、誰よりアレクが傷つくはずです。お母さんを救えなかった自分自身を責めてしまうに決まっているのです。
(その通りだ。こんな相手のために王妃が命をかける必要はない。……どうせこの男の望みは自分が無事に逃げることだろう。さっさと逃がしてやればそれで良いのだ)
ルードビッヒは、そんなことを言いました。
(え? 逃がして良いんですか?)
(ああ、こんな奴、捕まえてもろくなことがない)
苦々しそうに表情を歪めると、ルードビッヒはその理由を説明します。
コーネリアは大きく頷きました。アレクや他の皆に対して大きく声を張り上げます。
「クモールの情報長官だかなんだか知りませんけれど、こんな人を捕まえることと王太后さまのお命を比べられるはずがありません。――――他国の城に潜入している大物の間諜なんて情報漏洩防止の魔法がかけられているに決まっています! その人を捕まえて尋問したってまともな情報なんて得られるはずがありません。骨折り損のくたびれ儲けです! だいたい、間諜なんて排除したと思っても直ぐにまたその代わりが現れる“雑草”みたいなものなのでしょう!」
「雑草……」と、期せずして全員が声をそろえて呟きました。
両手をグッと握りしめ、ここぞとばかりにコーネリアは力説します。
「そうです! 例え情報長官なんていう偉い肩書がついていたって、雑草は雑草です。むしろ育ち過ぎた大きい雑草を直接引っこ抜くのは力がいるし、とっても大変なんですよ」
遥かホルテンの自宅での農作業を思い出しながら、コーネリアはしみじみと語ります。
男の姿に、憎き雑草の幻影を重ね、ギッ!と睨み付けました。
「この人は、今回の失敗でクモールに帰ればきっと厳しい処罰を受けるに違いありません。放っておけば勝手に枯れてくれる雑草相手に手間をかけるのは、もったいないです!――――そんな雑草と王太后さまの命を比べるだなんて……不敬にもほどがあります!」
堂々と言い切ったコーネリア。
(……コーネリア、流石のわしもそこまで面と向かって“雑草”などとは言わないぞ)
ルードビッヒまでもが、呆れてしまいました。
何とも言えない、複雑な空気が流れます。
全員がコーネリアと情報長官を見ていましたが、男を見る視線の多くには何故か憐れみが含まれていました。
「――――よくも、好き放題言ってくれたな」
地を這うような低い声が情報長官の口から洩れます。
「そこまで言うのなら仕方ない。私では“不敬にもほどがある”と、お前が言う王太后を人質にするのは止めて、代わりに……お前を人質としよう。大人しくこちらに来てもらおうか!」
右手の短剣は王太后に突きつけたままで、男は顎をしゃくってコーネリアを呼びつけました。
「リア! ……誰がそんなことをさせるものかっ!」
アレクが大声で叫び、近づこうとします。
「動くな!」
「アレク! 動かないでください」
情報長官とコーネリアが同時に声を出しました。
「リア!」
「……私なら、大丈夫です」
(そうですよね。陛下?)
(ああ。ツェプターの目的はあくまでここから無事に脱出することだ。人質になったからといって、直ぐに殺されることはないだろう。……それに、その前に奴を捕まえる絶好のチャンスがある。王妃の喉から奴の短剣が離れた時だ。その隙をつけばいい。……コーネリア、そなたならできるはずだ。――――ユリアヌスを呼べ)
コーネリアの確認に、ルードビッヒはそう答えました。
(え?……ユーリをですか。ユーリはご領主さまのお邸でお留守番でしょう?)
(ユリアヌスは、わしのレインズだ。当然この王宮の防御魔法にも存在を登録され出入り自由になっておる。――――コーネリア、今日のそなたは、攫われるように王宮に連れて来られた。そんなそなたをユリアヌスが放っておくはずがない。今頃は、勝手知ったるこの城に入り込んでおるだろう。そなたは、ただユリアヌスを呼べば良いだけだ)
そんなに簡単に行くのだろうか? と、コーネリアは不安になってしまいます。とはいえ、今の彼女には他の手段を考える時間がありませんでした。
「早く来い!」
イライラと、怒鳴る男の様子に、覚悟を決めてコーネリアは歩きだします。
アレクはもちろん、ホルテンやシモン、オスカーも、どうにも出来ない苛立ちを堪えて、ジッとコーネリアを見つめていました。
一歩一歩、男に近づいたコーネリアは、彼の直ぐ近くで立ち止まります。
「来ました。……もういいでしょう? 王太后さまを放してください。どうせこの距離では、私は逃げられませんもの」
確かに、ほんの少しツェプターが手を伸ばせば、直ぐにコーネリアは捕まるでしょう。ただの少女でしかないコーネリアが大人の男から逃げられるはずもありません。
そう思った情報長官は、王太后の喉から短剣を離し、ドン! と突き飛ばすと、その手をコーネリアへと伸ばしました。
コーネリアは――――渾身の力で“指笛”を吹きます!
ピィーッ!という高い音が響きました。
「貴様! 何をっ!」
男がコーネリアを止めようと動くより一瞬早く、二人の間に稲妻のような光が走ります!
忽然と宙から黒い影が躍り出ました。
ドンッ! と情報長官に体当たりした影は、ひらりとコーネリアの前に降り立ちます。
右手に鋭い痛みを感じた男は、たまらず握っていた短剣を取り落とし、その場にガクリと膝をつきました。
グルルという低いうなり声に、血の滴る右手を押さえながら顔を上げる情報長官。
「……っ! レインズ!」
青い稲光を身に纏わせた、黒いレインズ――――ユリアヌスが、そこにいました。
今の一瞬の間に、男はユリアヌスの攻撃で利き腕の右手を切り裂かれています。
冷たく光る二つの青い瞳が、ツェプターの動きを封じていました。
「ユーリ! 来てくれたのね。」
コーネリアが安堵の声を漏らします。
「今です! シモンさま。ツェプター情報長官を拘束してください!」
コーネリアは、叫ぼました。
ハッ!と我に返ったシモンが急いで魔法を発動しようとします。
チッ!と舌打ちをする情報長官。
次の瞬間!
眩しい光が、弾けました。
突然の光に目がくらみます。
誰もが視界を失う中、男の声が響きました。
「今はこれまでだ。残念だが退かせてもらおう。……だが、ただでは退かん。置き土産に爆弾を仕掛けさせてもらった。直ぐに爆発するぞ。せいぜい逃げ惑うのだな!」
ハハハ! と大きな高笑いを残し、情報長官の気配は消えて行きます。
「逃がすなっ!」
「爆弾っ!?」
「キャァァァァァッツ!」
舞踏会会場は、大パニックになりました!
いまだよく目も見えない中、この場から逃げ出そうとする大勢の人々が、やみくもに扉に殺到します。
――――その中で、
ホルテンは、決してコーネリアを見捨てたわけではありませんでした。
むしろ彼は、この爆弾騒ぎの中でコーネリアを助けなければと直ぐに決意したのです。
簡単な魔法が使えるホルテンは、即座に視力回復魔法を自分にかけ、コーネリアを保護するために、いち早く駆けつけようとしました。
ただ、はっきりした彼の視界の中に――――最初にシモンの姿が飛び込んできたのです。
彼女は、ホルテンが妹同然に思う可愛い女性です。
だから、ホルテンは、当然のこととして――――ふらつくシモンを、自分の方に引き寄せました。側近くに体を寄せて、逃げるように伝え、それから直ぐにコーネリアの元に駆けつけるつもりだったのです。
それは、本当に、決して、コーネリアよりシモンを優先させたわけでもなんでもなく……
しかし、ホルテンがシモンを引き寄せたその瞬間――――
「リアっ!!」
王太子アレクサンデルが、すごい勢いで我が身を顧みずにコーネリアの元へ一直線に駆け寄っていきました!
ホルテンの目の前で――――コーネリアを抱きしめ、庇うように己の胸の中に収めるアレクサンデル。
コーネリアの手も縋るようにアレクサンデルの背中に回ります。
ホルテンの中に、大きな喪失感が広がりました。
そして、次の瞬間
ドンッ! という爆発音と共に、爆風が巻き起こったのでした。
しおりを挟む

処理中です...