王さまに憑かれてしまいました

九重

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第二巻 児童書風ダイジェスト版

12 本当のことがいえない少女と嘘つきな王太子 

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「まさかっ……リア!?」
背後からかけられた声に、コーネリアはピタリと立ち止まります。
恐る恐る振り返り――――そこに、見ただけで胸がギュッと軋むような大好きな人の姿を見つけました。
「アレク――――」
コーネリアの視線の先には、ホルテンで別れて以来、もう二度と会うこともないだろうと思っていたアレクの姿があります。
王宮の無駄に広すぎる廊下の人気のない一角。
そこでコーネリアは、アレクと出会ってしまったのでした。
突然の出会いに、コーネリアは動揺します。
(ど、どうしましょう? ……陛下)
(どうするもこうするもあるまい。同じ王宮におるのだ。偶然に出会う可能性がないわけではないことくらい、わかっておっただろう?)
何を今さら慌てているのだと、ルードビッヒは呆れます。
それは確かにそうですが、コーネリアの感覚からすれば、大きすぎるくらいに大きい王宮の中、自分がアレクと偶然バッタリ出会う可能性など芥子粒くらいの小さなものだろうと、思っていたのでした。
アレクだって、まさかコーネリアがお城にいるなんて、思ってもみなかったはずです。
信じられないように呆然とするアレク。
そこに、コツコツと足音が近づいてきました。
慌ててアレクは近くの部屋に、コーネリアを引っ張り込んで鍵をかけます。
「……リア。本当に本物のリアなのかい?」
アレクはまだ信じられないようでした。
「いったいどうして君がこんなところに?」
真剣な表情でコーネリアにたずねてきます。
「あっ……あの、私……今、その、ご領主さまのところで働いているんです!」
あたふたしながらも、コーネリアは答えます。
「ご領主さま――――て、ホルテン侯爵か。……本当に? いったいどうして?」
「あ……その、ちょっと複雑な事情が……あって」
とても説明できないコーネリアでした。
そんなコーネリアの様子を見て、驚愕一色だったアレクの表情に、懸念の色が浮かんできます。
「リア。……大丈夫? 何か困った事態になってしまっているのではない? ……ホルテン侯爵が、君のような少女に無体な真似をするとは思えないけれど……でも君は、侯爵家や王宮のような場所に勤めたがるような娘ではないのに……。理由は教えてもらえないの? 何か、私に力になれることはない?」
青い瞳が心配そうにコーネリアを見つめてきます。
そこにいるのは、王太子なんかじゃないコーネリアの大好きな優しいアレクでした。
それが嬉しくて、心配させたことが申し訳なくて、コーネリアは首をブンブンと横に振って、自分は大丈夫だと伝えます。
それでも気がかりそうなアレク。
「本当に平気なの! 確かに私がここにいるわけは、ちょっと複雑怪奇で話すことはできないけれど、でも、私は納得してここで働いているの。……ご領主さまも他の皆さまもとても優しいし……私は大丈夫よ!」
コーネリアは努めて明るくそう言いました。
アレクの表情は晴れません。
コーネリアは、焦って言葉を続けました。
「そ、それより……アレク。アレクは、いったいどうして、ここにいるの?」
コーネリアは、王太子であるアレクがどうして一人でこんなところを歩いているのか?と質問したつもりでした。
しかし、コーネリアに自分が王太子だと――――いや、貴族だともバレていないと思っているアレクは、当然それをどうして王宮なんかにいるのだと聞かれたと思ったようです。
「あ、その……リア、私は……私は、その……一応貴族なんだ」
途切れ途切れの告白に、コーネリアは目をパチクリとしました。
(え?……アレクは、王太子さまですよね?)
(そなたにそうだとは知られたくないのだろう。察してやれ、コーネリア)
どうやらアレクは、自分を下級貴族の一人だと言い張りたいようでした。
「だから、その……リア、あまり身分なんて関係なく、今まで通り接してくれると嬉しいな」
おずおずと笑いながらそう言ってきます。
(えっと……王太子さまだって知っていますよって、教えた方がいいんでしょうか?)
(止めてやれ。自分が貴族だとわかるだけでも、そなたが態度を変えるのではないかと、不安に思っているのだ。その上、王太子だなどとわかってしまえば、そなたは確実に自分から離れていってしまうだろうと、アレクはそう恐れておる)
ルードビッヒの言うとおりです。
確かに、コーネリアは、アレクが王太子だとわかったあの時、“もう二度とアレクには会えない”と思いました。平民である自分と国王になるアレクとの接点など何もないのだと。
今だってコーネリアは、直ぐにでもこの部屋を出て、アレクの前から駆け去ってしまいたいのです。
(……だって、一緒にいればいるほど、私は、アレクと離れたくなくなるもの)
そんな願いは叶うはずがないと、わかっているのに……夢見てしまうのです。
ごく当たり前の普通の人のように、アレクと幸せになる未来を――――
そんな日は、決して来ないのに。
コーネリアの胸は、ズキズキと痛みました。
やっぱり、このまま側に居てはいけないのだと、そう思います。
アレクの正体を自分は知っているのだと告げて、今までの非礼を詫びて、ここから去ってしまおうと、決心しました。
覚悟を決めて、頭を上げるコーネリア。
彼女の前には、縋るようにこちらを見てくるアレクと――――ルードビッヒがいます。
(…………陛下)
(逃げるな、コーネリア)
ルードビッヒは、そう言いました。
(頼む、アレクサンデルの前から、逃げないでやってくれ)
そう言って、頭まで下げてきます。
(陛下!)
(今、お前に去られれば、こやつは、このまま……“氷の王太子”のままで、一生を過ごしてしまう。本当の喜びも知らず。心を凍らせたままで。……それではダメなのだ。傷つくことを恐れて心を逃がしては、人は幸せにはなれない。そんな男には何も成せない。……アレクサンデルには、コーネリア、そなたが必要だ。……何もせずとも良い。ただそなたが側にいるだけで、こやつは笑えるようになる。……頼む、コーネリア)
ルードビッヒは苦しそうな目で、自分の息子を見つめました。
そこにいるのは、王さまでも何でもない、ただの子供を心配するお父さんです。
「リア……?」
急に黙り込んでしまったコーネリアに、不安そうにアレクが呼びかけてきます。
その姿を見て、やっぱりコーネリアの胸は痛いほどに軋みました。
大好きな大好きな、初恋の人。
(…………陛下。私、失恋確実なんですよ)
アレクは王太子です。
王さまになる人なのです。
コーネリアがアレクのお嫁さんになれる可能性は、百パーセントありません。
(コーネリア……)
それでも、今この瞬間、アレクはコーネリアを必要としてくれていました。
(私が、アレクにふられてしまったら……慰めてくれますか?)
(当然だ! もし、アレクサンデルがそなたを離すようなことがあれば、わしが全身全霊をかけて、呪ってくれる!)
フッと、コーネリアは笑いました。
ルードビッヒの呪いは、全然、何にも、全く、効果がありません。
(わかりました。だったら安心です)
近い将来、コーネリアがアレクに失恋しても、アレクは大丈夫でしょう。
そしてコーネリアにはルードビッヒが憑いていてくれるのです。
だから……
「リア?」
急に笑ったコーネリアに少し驚いてアレクが心配そうに聞いてきます。
「うん。大丈夫です。アレクが貴族だった知って、ちょっとびっくりしちゃって……でも、アレクはアレクですものね」
「リア!」
不安そうだったアレクの表情が、パッと明るくなりました。
「これからも、今まで通り仲良くしてくれますか?」
「うん、うん。もちろんだよ、リア!……ありがとう」
少し悲しそうに、でも、本当に嬉しそうにアレクは笑います。
その笑みに、やはり心がギュッとなるコーネリアでした。

それからコーネリアとアレクは、少し話をしました。
「……本当に、無理やりじゃないんだね?」
ホルテン侯爵の元で働く理由を詳しく話せないコーネリアを心配して、アレクは何度も同じ質問を繰り返しています。
その度にコーネリアは、「もちろんよ!」と大きく頷きました。
「ご領主さまは、本当に優しい方です。真面目で、繊細で、心から尊敬できる素晴らしい方なの!」
コーネリアは、うっとりと手放しでホルテンを褒めます。
アレクは、ちょっとムッとしました。
「ホルテン侯爵が繊細だとは、聞いたことがないけれど?」
「みんな誤解しているんです。ご領主さまくらい心細やかな方は他にはいません。使用人でしかない私にもとっても親切にしてくださるんですもの」
コーネリアは、今度はちょっと頬を染めました。
アレクの眉間に、一本深いしわが寄ります。
それには気づかず、コーネリアはアレクに安心してもらいたい一心で、ここぞとばかりにホルテンの良いところを訴えました。
「ご領主さまの人徳だと思うのだけれど……財務長官室には本当に多くの方が毎日お見えになるんです。書類を運んでくる若い男の人がほとんどで、どなたも優しくて、使用人の私にも気さくに話しかけてくださって。いろいろおみやげまで持ってきてくれる人もいるんですよ」
一生懸命なコーネリア。
アレクの青い瞳が、物騒に光りました。
「……若い男が、おみやげを?」
「あ、でも、そんなに大したものじゃないのよ。果物とかお菓子とか、可愛い小物とか……昨日いただいたのは、小さな花束だったわ」
コーネリア目当てに財務長官室に集まる貴族の若者たち。彼らは、少しでもコーネリアの気を引きたくて、いろいろプレゼントを持ってきます。それも、コーネリアが気兼ねなく受け取ってくれるような、さり気ない、でも心のこもった、小さな品を。
それがとても嬉しいコーネリアです。
「きっと、ご領主さまに対する感謝を、直接渡すことが出来ないから、代わりに私にくださっているのだと思うのだけれど……本当に、ご領主さまは誰からも好かれる素晴らしい方なんです!」
もっとも彼らの好意は、なかなかコーネリアには伝わっていないようでした。
ルードビッヒが大きなため息をつきます。
しかし、賢い王太子のアレクには、彼らが何を思ってコーネリアにプレゼントしているのかよくわかりました。
だからアレクは、とんでもないことを言いだします。
「それはとても楽しそうだね。……私も、行っても良い?」
「え?……アレクが!」
コーネリアはびっくりしました。
「そうだよ。――――でも、私には正式に財務長官室を訪れる理由がないからね。だから行くのは、王宮で各長官を集めた会議が行われる日にするよ。その日ならホルテン……っ侯爵も、執事のジムゾンもいないだろう。……きっとその日は、他のみんなも用が無くても来るんじゃないのかな?」
その通りでした。
なんでそんなことがアレクにはわかるのでしょう?
不思議に思いながらも、コーネリアは素直に頷きました。
アレクは「やっぱり」と小さく呟きます。
「そうだと思った。だったら私が入り込んでも誰も不思議に思わないね。……ただ、そうだね、万が一ということがあるから、少し変装して行こうかな?……私がいつもと違う格好をして行っても、驚かないでくれる?」
「え、ええ。……それはもちろんだけれど――――」
本当にそんなことができるのかと、コーネリアは思いました。
なのに、コーネリアの許可をもらったアレクは、嬉しそうに微笑みます。
「ありがとう。リア。これからは君と王宮でも会えるんだね。……すごく嬉しい」
キレイな青い瞳を細め、美し過ぎる笑みを浮かべて、アレクは甘く囁きます。
凄まじいその破壊力に、コーネリアは懸念を忘れ、ボッと頬を赤く染めました。
 氷の王太子の熱すぎる笑みに、ルードビッヒは、天を仰ぎます。
(……本当に、こいつはアレクサンデルなのか?)
あまりの豹変ぶりに、大きくため息をつく故国王陛下でした。 
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