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1:傾国の魔女は教育したい

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 北の小国ボーウィン。王城内、王子の私室。

「初めまして、ジーク王子。私がジーク様の教育係を勤めますイルナです。よろしくお願いしますね」
「え……あ……うん……」

 幼い、金髪碧眼の少年――この国の王子であるジーク――が顔を真っ赤にして顔を伏せた。

 彼の目の前にいるのは、男装の背の高い、黒髪の妙齢の美女だった。彼女は、知的さを表すモノクルを掛けており、優しく微笑んでいた。

 その姿は男装で肌の露出も少ないが、それゆえに纏う妙な色気は、幼い少年にとっては少し刺激が強すぎた。

「あの……前の先生は?」
「メイヤー老は腰痛が最近酷いそうで、教育係を引退されたの。その代わりが私です」
「そ、そうなんだ……」

 そんなジークの様子を見て、このボーウィンの王であるジルスがため息をついた。引っ込み思案で、奥手なジークの様子を見て、将来を心配していた。

 少し、刺激が強いぐらいが丁度良い。そう思ってイルナを教育係に起用したのだった。

「ジーク。イルナは、かの魔術大国ウーヴ・レイの王家の血筋に連なる方で、とても立派な方だ。良く学ぶように」
「は、はい父上!」
「よろしい。ではイルナ、苦労を掛けると思うが頼んだぞ」
「もちろんです。必ずや――立派な王子に、そしてにしてみせます」

 妖艶に微笑むイルナを見て、ジルスは頷くと去っていった。

「さて……怖いお父さんがいなくなったところで! 何して遊びます!?」

 急に性格が変わったかのように、イルナは人懐っこい笑みを浮かべると、ジークへと手を伸ばした。

 それは、まるで彼をどこか遠くへ誘うかのような手だった。

「え……でも……今からは歴史の勉強の時間でその後は読み書きに算学……」
「そんなもんはどうでもいいです! 勉強なんてしなくて良いんですよ! メイヤー老から引き継ぎを受けましたけど、ジーク様は最低限の読み書きは出来るのでしょう? なら他は要りません! 遊びましょう! 王とは本来そういうものです!」
「で、でも……メイヤー先生は、〝王たる者はあらゆる分野に精通していなかればならない〟って……」

 ジークが上目遣いでイルナを見つめる。しかし、イルナはそれを鼻で笑った。

「前時代的過ぎますね! 何の為に配下がいると思うのです? ジーク様、考えてみてください。何十年も掛けて経済について勉強してきた大臣に、付け焼き刃の勉強が敵うと思いますか? 本で得た戦術の知識が、長年南の蛮族と戦ってきた軍師よりも優れていると言えますか?」
「……思わない」
「その通り! 良いですか、そういうのは専門家に任せておけば良いのですよ! 王は君臨してどっしり構えていれば良いんですよ。勉強なんて最低限で構いません」
「そうなんだ……うん、分かった」

 ジークが少しだけ顔を明るくしたのを見て、イルナは微笑んだ。

「さあ、こっそり窓から抜け出して遊びに行きましょう。なんでもやりたいことを言ってくださいね」
「うん!」

 イルナに唆されて、ジークが頷いた。

 こうして、教育係のイルナによる、ジーク育成が始まったのだった。
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