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第四章『領主代行』

119話 シーゲン家の領主代行

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 仙術による身体強化は、呼吸を安定させればかなり長持ちする。

 しかし、『雲歩』を一時間近く維持するのは、パッケとストリナでも少々厳しかったらしい。無事に『黄泉の穴』のキャンプに辿りつけたものの、二人とも汗びっしょりだ。

 僕はといえば、二人以上に疲弊している。やはり霊力消費の大きな『縮地』の連続発動には無理があり、途中からやり方を変えた。加速をほどほどに加減して、減速をやめた。木の枝にタイミングを合わせるのが難しかったものの、疲労は『縮地』よりはマシだったはずだ。

 それでも、もう動きたくないレベルまで疲れている。だがそれでも、これからユニィの捜索に入らなければならない。

「あらあら。よく来てくれました。随分お早いお着きですね。さっそくですが、パッケ殿にはお話がありますので、こちらへ」

 迎えてくれたのは、ユニィのお母さんでもあるエルス様だった。いつもドレス姿だったので一瞬誰かと思ったが、鎧を着こんでいて印象が違ったせいだろう。

 パッケは、大人の意地なのか、ハンカチで汗を拭った後はいつものパッケに戻っている。

「申し訳ありませんがエルス様、私は護衛ですので、お二方から離れられません。お話があるならこちらでお願いします」

 休憩している冒険者や兵士が、チラチラとこちらに視線を送ってくる。僕らが子どもだから目立っているのか、二人が空から降りてきたのが珍しいのか、いずれにせよ異様に目立ってしまったらしい。

「あら。それは失礼。では、皆さんこちらへ」

 エルス様は近くの天幕に僕らを案内してくれる。室内にはハンモックと箱しかない。

 天幕に入った途端、エルス様はポロポロと泣き始めた。

「エルス様、ユニィ様は?」

 パッケは、素早くエルス様をハンモックに座らせる。

「連れ去られた場所と連れて行った方向は特定したんだけど、捜索に入った冒険者たちが帰ってこなかったの。魔物にやられたみたいでっ」

「シーゲン家の兵士は優秀だ。そんじょそこらの魔物なら狩れるでしょう」

 エルス様の涙は止まらない。

「それが、目撃されているのは赤熊と雷竜なの。狩れたとして、どれだけの犠牲がでるか……」

 赤熊なら見たことがある。前は運良く一撃で倒せたが、それができなければ流した血を操ってどんどん強くなるらしい。雷竜は見たことがないが、倒せたら英雄だとユニィが言っていたほどの魔物だ。

「厄介ですね。誘拐犯は捜索をかく乱する目的で潜伏先を?」

「それならまだ良かったんだけど、赤熊に喰われた身元不明遺体も見つかってて。もしかしたら、ユニィも、もう……」

 厄介でおさまる話でもなさそうだ。

 いつもの癖で自分の武装を確認する。手元には主武装のミスリルメッキの槍、腰に同じくミスリルメッキがされた長めの短剣、背中に弓と矢筒を背負っていて、矢数は二十本。あとは身体の各所に隠した投げナイフが計八本。
 鎧はきっちり体にフィットしてるし、籠手も万全だ。

 訓練の成果を出せるギリギリの完全武装。

「その話はもういいです。潜伏先を絞り込めているのなら、早くそこへ行きましょう」

 エルス様とパッケの会話に割って入った。待てば待つほど、状態が悪くなる。

「赤熊がいるわよ? 今、戦力を集めているから……」

「こちらには赤熊討伐可能な戦力がいます。場所を教えてください」

 赤熊は、脳か心臓が弱点だ。一撃で殺せば問題ないし、こっちにはシーピュもパッケもいる。赤熊狩りの経験者だ。

「一度できたからといって、同じことが二度できるとは限らないでしょう。それにあなたは他家の人間だから、手伝ってくれるだけで良いの」

 少し、イライラしてくる。

「他家なのは関係ありません。ユニィを探しに行かせてください」

 手遅れになる前に、何とかさせてほしい。そのために急いでここに来た。

「ユニィはイント君に見られたくないって思うかも」

 泣きながら言うエルス様に、怒りが沸き上がってくる。アンは村の子どもたちに文字や計算を教えていたが、習いに来るのはほとんどが魔物に手足を喰われて農作業や狩りができなくなった子どもたちだった。

 もちろん、助からずに殺されてしまった村人はその何倍もいて、このままではそちらにユニィが仲間入りしてしまう。

「その時はその時です。後のことは、後に考えましょうよ」

 前世の僕は、教室で倒れて死んだ。先生は生徒に心臓マッサージを指示し、しかし誰もできる人間はいなかった。授業で習っていたにも関わらず。

 僕は偶然、転生という奇跡で今こうしているが、ユニィに同じ奇跡が起きるとは考えにくい。

「今は僕らにできることをやりましょう。まずはユニィを探しに行かせてください」

 生きて帰ってこれたら、やりようはある。きっとある。多分ある。まずは生きて連れて帰ることだ。

「そう、そうね……」

 ようやく、エルス様が顔をあげた。

「そこまで言うなら、案内するわ。何かあったら、責任は取ってくださいね」

 またイライラしてくる。失敗して事態を悪化させる責任もあれば、何もしないで事態を悪化させる責任もあるだろう。

 どちらかを選べというなら、僕は失敗して事態を悪化させる方を選ぶ。

「責任でも何でも取ります。だから、早く案内をお願いします」

 パッケにハンカチを渡されて、エルス様は少しだけ困った顔をしたが、意を決して涙を拭い、立ち上がった。

「その言葉、忘れないでくださいね。では行きましょう」

 棍を握って立ち上がった姿に、もう迷いはなかった。いつものフワッとした華やかな空気がなりをひそめ、一本筋が通った武人の雰囲気に変わる。

 シーゲン子爵の妻で、現在の領主代行であるエルス•シーゲン。少しだけ一緒に訓練したので、棍さばきが鋭いのは知っているが、急ぐ僕らをちゃんと案内できるだろうか?
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