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第四章『領主代行』

118話 消えた幼馴染

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「閣下、シーゲン家の小娘の確保が終わりました」

 『黄泉の穴』と呼ばれる魔境にある鍾乳洞の奥で、20人ほどの男たちが集まっている。陽の光は差さないが、松明が数十本焚かれて、行動するには充分な明るさが保たれていた。

「ほう、早えじゃねえか。護衛はどうした?」

 報告した男の後ろには、子どもぐらいの大きさの麻袋を担いだ男が続いている。顔を見られるわけにはいかないので、正しい対処だろう。

「小娘が用を足しに離れましたので、その隙に」

「くくっ。そいつは臭そうだ。しかし、護衛も気を抜きすぎだな」

 護衛たちも護衛対象が急にいなくなって、今頃慌てているだろう。だが、ただ娘を行方不明にしただけでは、落とし穴に落ちて魔物に食われたと解釈されて終わる可能性もある。何せここは急に人がいなくなることにかけては定評がある魔境なのだ。

「よし、手紙を屋敷に届けろ」

「どのような文面の手紙がよろしいですか?」

 麻袋は、そのまま奥に運ばれていく。

「そうだな……。西の国境に騎士団が増派されるとしたら、どこだ?」

 居残った男は、少し考える。

「シーゲン子爵が団長になった第十五騎士団の他で言うと、第三騎士団と第十三騎士団あたりでしょうか?」

 騎士団長はそれぞれ、第三騎士団がベシク子爵で、第十三騎士団がパール伯爵か。共に古典派貴族だ。

 最近、古典派は派閥的な失策が多く、挽回するには戦働きしかない。しかし、古典派はナログ共和国からの国土奪還戦争の際、初期に敗走して、兵力温存に走った弱兵との認識が国内外問わず強い。

 そして、一方の第十五騎士団はその国土奪還戦争の際に大活躍した成り上がりの新興貴族たちが再結集した騎士団で、戦争時にろくな支援しなかった古典派貴族に対する不信感は強い。ここを分断するのはたやすいだろう。

「ふむ。んじゃ解放の条件として、身代金として金貨五万枚と、次の戦では先陣を切るな、という条件をだしとけ」

 男の顔が、炎のゆらめきにあわせて曇っていく。

「金貨五万枚? いくらなんでもそんな額は出せないと思いますが?」

「それぐらいわかっている。交渉させれば良いんだよ。目的は金じゃねぇ」


◆◇◆◇


「え? ユニィが誘拐された?」

 僕がその知らせを聞いたのは、コンストラクタ村とシーゲンの街の中間地点に設置した、最初のクレーンの試運転をしている最中だった。

 知らせを持ってきたのは、シーゲンの街の冒険者ギルドで活動していたストリナとシーピュたちだ。

「そうらしいです。さっき、エルス様から協力要請が来ました」

 シーピュは、声をひそめて報告してくる。

 確かユニィは今日、『黄泉の穴』に拠点を作るための視察に行っていたはずだ。フォートラン伯爵の領地からも人が来ていたので、ユニィもついて行ったのだろう。

「誘拐犯の規模は?」

「それが、いなくなった時誰も気づかなかったらしく、わからねえんでさ。でも、捜索中に手紙が届いたらしいですぜ。エルス様は、誘拐犯には譲歩しないと言っているようです」

 珍しく、僕の中で焦りがこみあげてきた。ユニィは女の子で、誘拐されたとなれば何をされるかわからない。何もされなかったとしても、何かされたのではないかと思われれば、それだけでスキャンダルになるだろう。

 それに、母親であるエルス様が譲歩しないと言ったのも気になる。ユニィは間違いなく愛されていたけど、シーゲン家がもしも本当に譲歩を拒否したら、ユニィはどうなる?

 僕は置いていた背負い袋から、投げナイフと、矢筒と鉢金、あとはその横の弓を背中にくくって槍を手に持つ。

「急ごう。パッケとシーピュは僕と来て。リナは村から援軍を」

「やだ。おにいちゃんがいくなら、あたしもいく」

 言いかけた僕の要求を、ストリナはピシャリとはねのける。

 うん。まぁそう言うだろうとは思っていた。よく考えなくても、ストリナって僕より強いし、すでに人斬ったことあるし、回復系の神術も使えるし、一緒に来てくれたら心強いことこの上ない。

「坊ちゃん、村への連絡はやっときますぜ。坊ちゃんとお嬢ちゃんは『黄泉の穴』に向かってくだせぇ」

 村から護衛に来ていた狩人さんがそんなことを言い出したので、僕はその言葉に甘えることにした。

「ありがとう。じゃ、ここの護衛の半分を村に派遣して、援軍を連れてきて。村に残すのは最低限の兵力でいい。あとは冒険者にも緊急依頼を。シーゲン家の部隊と合流したら、あちらの指示に従って。
 残り半分は『黄泉の穴』に向かうけど、ついて来れる人だけついてきて!」

 僕は最低限の指示だけして、地面を蹴る。横を見ると、同じ速度でストリナがついてきている。

「来るのは構わないけど、絶対危ないことはしないこと!」

「うん!」

 ストリナは嬉しそうにうなずいて、強く地面を蹴った。前に教えたストライド走法だが、一歩が異様に大きい。

「ええええ! 坊ちゃん、馬を使わないんですかい!」

 シーピュが文句を言いながらついてきた。こちらはピッチ走法に近い。

「走った方が速いだろう。さぁシーピュ、走りながら坊ちゃんに概要を説明して差し上げろ」

 パッケが走りながらシーピュの背中を叩く。パッケの走り方は前世では見られない独特なものだ。手を振っていないのは、すぐに剣を抜けるようにするためと親父が言っていたっけ。

「あんまり走るの得意じゃないんですけどね」

 シーピュは、狩人頭のアブスさんの徒弟の狩人だったはずだが、最近はなぜかパッケが訓練している。僕かストリナの専属護衛になっていることが多いので、そっちの方がありがたいが。

「まず、いなくなったのは砦建設予定地にあるキャンプです。トイレに行ったまま、戻らなかったようです。周囲に争った痕跡はなし。冒険者ギルドの先遣隊のおかげで、あのあたりの洞窟は全部把握済みだったらしいんですが、どこからもユニィ様の痕跡は見つかっていません」

 事態は思ったより深刻かもしれない。

「それで手紙には何と?」

 走りながら呼吸を整え、霊力を圧縮して加速していく。大丈夫、まだ息は切れていない。まだいける。

「ちょっ。坊ちゃん、速い速い」

 文句を言いながらも、シーピュは当然のようについて来る。パッケとストリナもだ。

「それはいいから、手紙の内容は?」

「身代金として金貨五万枚、あとは第十五騎士団は次の戦争では先陣を切るな、だそうです」

 シーピュもまだ息を切らしていない。まだ加速できそうだ。

「エリス様からの協力要請の内容は?」

 村の建設予定地へ資材を運ぶ馬車とすれ違ったので、声のトーンを落とす。僕らの速度を見て驚いたのか、馬がいなないて首を振っていた。

「わかりません。『黄泉の穴』に来てほしいというだけで。同様の依頼が、冒険者ギルドの緊急依頼にも出されていました」

「ということは、誘拐はすでに表沙汰に?」

 誘拐が公表されてしまえば、無事に取り戻せたとしても、誘拐された事実は消せなくなってしまう。ユニィの将来は閉ざされてしまいかねない。

「いえ、名目はユニィ様の捜索ですね」

 少しホッとするが、事態は何も改善していない。

「よし、山を横断しよう。パッケ、案内して!」

「坊ちゃんも無茶を言いますね。『黄泉の穴』に近づくと、地面は穴だらけで信用できません。ちゃんと樹の上を行ってください。では!」

 執事服のジャケットをひるがえして、パッケが宙を蹴って舞い上がり、ストリナがそれに続く。

「ぼ、ぼっちゃーん」

 シーピュが情けない声をあげているが、僕はそれを無視して、パッケの助言通り枝の上に跳び上がる。

 僕が今まともに使える仙術は、霊力を圧縮する『拘魂(こうこん)』、圧縮した霊力で身体強化を行う『制魄(せいはく)』、あとは一瞬だけ身体強化をさらに強化して加速・霊力放出で減速する『縮地(しゅくち)』の3つだけだ。

 樹の上を行く場合、身体強化だけでは不安なので、『縮地』に近い身のこなしが必要になるだろう。

 木の枝を蹴って加速し、次の枝で少し減速してまた蹴る。その繰り返し。ぶっつけ本番だが、幼馴染のためだ。やるしかない。

「ぶべっ!」

 後ろから、シーピュの悲鳴が聞こえた気がするが、彼も僕よりは強い。きっと気のせいだろう。

 僕は繰り返しブレる視界の中、パッケとストリナの背中を追い続けた。
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