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第三章『王都』
79話 人材不足と銀行
しおりを挟む「冒険者ギルドはあれで良いとして、発見した塩の開発って、王家がやってくれるのかな?」
高級宿の一室で、ソファに寝転がる。部屋にはマイナ先生と二人きりだ。
「塩開発は連名なんでしょ? 王家の後ろ盾でやるコンストラクタ家の事業って扱いだから、やってくれるってことはないんじゃない? それに、そこ王家がしちゃうと、さっきの金貨三千枚とか丸損だよ」
マイナ先生は向かいのソファから、手元の資料を食い入るように読みながら、返事をしてくれる。賢人ギルドでの論文発表がそろそろらしく、原稿を読み直しているのだ。
「それはそうなんだけど、こんな状況のうちにできると思う?」
頼みの綱のクソ親父は、「お前に任せる」という言葉だけを残して、義母さんやシーゲン子爵を連れて武闘大会の練習に行ってしまった。
残っている大人はパッケだけだけど、今は使用人用の部屋で休憩してもらっている。パッケにも相談してみたが、苦笑いして首を横に振っただけだった。こういう話はあまり得意ではないらしい。
「今回の事業、王家からは金貨2万枚は貰えるんでしょ? それで人雇ったら良いんじゃない?」
確かに、マイナ先生の家にも使用人はたくさんいたし、シーゲン子爵の家にもたくさん使用人がいた。でも、うちに使用人はアンとパッケしかいないし、村に帰っても、頭脳労働できそうな領民は村長と治療院の院長ぐらいしかいない。
「雇うなら王都の人だけど、コンストラクタ村まで来てくれると思う? 俸禄も今後ずっと払えるか微妙だし」
いっちゃ何だが、うちの村はど田舎だ。王都と比べて暮らしにくいことは間違いない。敵が多くて将来性のない弱小貧乏貴族に仕えてくれる人がいるとは思えない。
「ヴォイド様は冒険者に人気があるから、たくさんいそうだけどね」
村の人に聞いて回った限り、元から文字を読める人は全体の10%弱だった。うちは冒険者から兵士になって、そのまま移住してきた人が人口の半分を占める村だ。
「冒険者さん、文字が読めるかなぁ。最低限、読み書き計算できないといけないと思うんだ」
そういう人は、多分冒険者のような危険な仕事にはつかない。
「うーん。じゃあ、賢人ギルドの独立していない弟子の人に声かけてみる?」
賢人ギルドなら、それは良いかもしれない。
「どんな人がいるの?」
マイナ先生が資料から顔をあげる。ちょっと目つきが険しい。
「男の人がほとんどかな~。何人かはごはんに誘ってくれたりする程度には仲良くなってるから、話ぐらいならできると思うけど」
うん。それはなんというか、駄目な気がする。
「それ、雇ったらずっとマイナ先生が口説かれやしないかと、心配し続けないといけないやつだ」
そんな相手は絶対雇わない。
「イント君も妬いてくれるんだ。カワイイなぁ」
マイナ先生は、表情を緩めて嬉しそうにこちらのソファに移ってくる。僕の頭を持ち上げて、そこに座ってしまう。頭をおろすと、自然に膝枕の形ができあがる。柔らかな感触が幸せすぎて、これはもう動きたくない。
「子ども扱いはやめてよー」
冒険者ギルドでは、随分と待たされた。多分、王家と連名でなければ、面会を別日に設定されて追い返されていたかもしれない。
本当は使用人を使者に送って、面会の日時を定めるのが通例なので、それも間違いではないのだが、やはり子どもは不利な気がする。
「叡智の天使様には相談したんですか?」
マイナ先生が見下ろしてきた。顔の3分の1が胸で隠れているのが、何ともいえず絶景だ。
「天使さん? そういえば最近呼んでないな」
『呼ぶ必要はないのであるな。契約にない仕事など、良い迷惑なのである』
待ち構えていたように、テーブルの上に自称天使の黒山羊執事が現れる。
『その割には早かったね』
正確に言えば、まだ呼んでいない。話題が出た瞬間に現れるとは、実は待っていたのではなかろうか。
「え? それ何語? あ、天使さんか。しまった。今日はあの宝具持ってないや」
僕が前世の言葉で、テーブルに声をかけたことで、マイナ先生のテンションが一気に上昇する。
『契約者以外に姿をさらすのはお断りなのである』
自称天使さんは、プイと横を向いてしまう。
「なんか姿をさらすのは嫌なんだって」
通訳すると、マイナ先生は顔をクシャっとして悔しがった。
「それは残念ね。わたしもお話してみたいのに」
無意識になのか、頭をガシガシと撫でられる。
『何やら幸せそうであるが、お邪魔なら吾輩は帰るのである』
膝枕がうらやましいらしい。
『ちょっと待った。国王様の命令で塩の生産をやらなきゃならないんだけど、部下がいないんだ。どうしたら良いと思う?』
帰ろうとする自称天使さんを呼び止める。そもそもその場で消えることもできるのに、歩いて立ち去ろうとするなんて、呼び止めてくださいと言っているようなものだ。
『経営相談は受け付けていないのであるな。吾輩に答えられるのは、叡智の書の内容についてだけである』
またまた。
『そうは言いつつ、何かあるでしょ? 僕らが働かなくても、事業をうまくいかせる方法が』
マイナ先生の膝の上から動かない僕を、自称天使さんがジト目で見てくる。しばらくそうした後、空中に『政治・経済』の教科書を出現させた。
『こちらの世界とあちらの世界では仕組みが違うので、ここから先考えるのは汝の仕事なのである。目の毒であるので、吾輩は帰るのである』
そう言って自称天使は、蝋燭の灯を吹き消した時のように消える。
残された『政治・経済』の教科書は、ちょうど銀行の説明ページが開かれていた。銀行というのは、誰かからお金を預かって、それを誰かに貸して、その利子の差額を収益とする業態のことだ。
『なるほど銀行かぁ』
預金は財産だが、銀行はその預金を誰かに貸すことができる。つまり、貯める目的と世間にお金を巡らせる目的双方に使うことができるのだ。
つまり預金者の預金の額面を維持したまま、魔法のように新たに貸し出すお金が生まれてくる。
これを、『信用創造』という。これを応用すれば、銀行は預金者に貸し出ししてそれを自分の銀行の預金にすれば、際限なく預金残高を増やすことが可能になる、らしい。
「叡智の天使様はなんと?」
僕が納得していると、マイナ先生が僕をつついてきた。前世の言葉はマイナ先生には通じないのだ。
「”ギンコウ”を作れば良いと」
「”ギンコウ”って何?」
僕には語彙力がないから、銀行の翻訳の仕方がわからない。
「ざっくり言うと、お金の余裕のある人からお金を集めて、そのお金を必要な人に貸し出す組織だね。今回の場合、誰か塩を生産してくれる人にお金を貸して、その人から利子を取る、とかかな?」
説明すると、マイナ先生からは苦笑いをされた。
「ああ~。なるほど。金貸しをやろうってことね。でもそれ、危険よ? 教会と商業ギルドと貴族院から承認を得なくちゃなんないらしいわ。特に利子を取るのは教会の戒律違反になるから厳しいかもしれないわね」
関係先は3つ、いや、うちの家の説得を含めれば4つか。
「うわっ。そりゃめんどくさい」
僕は思わず顔をしかめてしまった。
「そうだね。でも、塩を産出する領主にお金を貸して開発してもらって、貸した分だけ見返りを貰うというのは、良いアイデアかも。いくら王様が認めてくれても、他の貴族が勝手に領地の中を開発して、収益を出すのは反発されそうだし」
なるほど。確かに領主自ら開発すれば、反発の起こりようがない。開発資金を貸し付ければ、恩を売るキッカケにもなる。
「そうだよね。ついでに、塩生産のノウハウも提供したらもっと恩を売れそう」
「うん。とっても良いアイデア。でも、まずは元手じゃないかしら。確かに王家からの金貨2万枚は莫大な金額だけど、これだけの事業ともなると、それだけじゃ足りないんじゃない?」
マイナ先生は心配性だなぁ。でもまぁ、当然の心配か。
「実は、うちのクソ親父、仕官してから一回も俸禄を受け取ってなかったみたいなんだ。それが貯まりに貯まってて、こないだ僕が受け取りの手続きしたんだよね」
沈黙が降りてくる。説明が染み込むまで、マイナ先生の太腿の感触を堪能しながら待つ。
「ええっ!? ヴォイド様って、仕官してから10年以上経ってるよね? 一回も受け取ってないって、どういうこと? いったいいくらになるの?」
たっぷり十呼吸ぐらいしてから、マイナ先生が再起動した。
「僕もクソ親父が何考えていたかはわかんないよ。俸禄以外にも従軍恩給とか国境領支援金とか、王太子殿下の救出報償金とか、僕らが生まれた時の祝い金とかいろいろあって、申請したのは金貨4万枚分ぐらい。時効とかあるらしいから多少減りそうだけど」
また、マイナ先生の魂がどこかに家出してしまう。気持ちは痛いほどわかる。
今度は、なかなか帰ってこない。
「おにーちゃん、くんれんしよ~」
扉をあけて、ストリナが入ってくる。そういや、ストリナは親父たちとは一緒に行ってなかったっけ。
ヒマそうだし、たまには相手してあげるか。
「あ、マイナ先生、ちょっと行ってくるね。膝枕ありがと」
僕は膝枕から起き上がって、ストリナと一緒に部屋を出る。僕が部屋を出ても、マイナ先生は固まったままだった。
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