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第三章『王都』
80話 コンストラクタ家の聖女
しおりを挟む王都には至る所に広場がある。だいたいの場合、井戸や噴水など、いわゆる庶民の水場になっていることが多く、貴族街に近いこの辺りでも、洗濯に来ている子どもが多くいた。
当然、洗濯を終わらせてチャンバラをしている子どもたちもいて、周囲と安全な距離も取れる。ここなら思い切り訓練しても目立たないだろう。
そんな判断で、宿の隣の広場を訓練の場所に選んだ。
二人で準備運動がてらに素振りをしてから、柔軟体操を済ませる。
「じゃ、いっくよー!」
ストリナはぴょんぴょんと跳び跳ねている。
「こい!」
僕が答えると、間合いが一気に詰められた。毎回恒例の、いきなりの『縮地』だ。
今日はストリナは木剣、僕は槍に見立てた背丈より少し長い木棍である。剣と槍なら、槍の方が有利なのだが、僕よりストリナの方が強いため、これでちょうど良くなる。
毎回のことなので、軽く木剣をかわして、タイミングを合わせて槍で薙ぎ払う。
ストリナはすでに空中を蹴って、頭上を通り抜けている。槍を引きながら、そのまま背後を突く。
手応えはなく、槍の石突は空を突いた。
「おっと」
背筋がゾッとしたので、見えている前方に思いっきり転がる。
「タァッ!」
鋭い風切り音が背後で鳴る。冗談じゃない。いくら刃のない木剣でも、あんなのが頭に当たれば死んでしまう。
寒気は消えていないので、転がりながら跳ね上がって、ストリナの連撃を避けていく。我が家は可能な限り武器を防御に使わない方針なので、広場に響くのは剣と槍の風切り音だけだ。
連撃は続く。フェイントや本命でない斬撃などが織り交ぜられていて、まったく油断がならない。今日はなぜか空中を蹴る『雲歩』をあまり使ってこないが、その分剣閃が鋭い。
訓練中のストリナの斬撃は、いつも何か考えられていて日に日にかわしにくくなっていく。
やがて、僕は防戦一方に追い込まれてしまった。
それでもしばらくかわし続けていると、徐々に息が切れて、腕と足が疲れてくる。
「あ」
フッと、ストリナの木剣が幻のように胸元に現れる。今のはまったく見えなかった。ストリナの寸止めが決まって、勝負がつく。
「参った」
棍を手放して、両手を上げる。僕の負けだ。
「「「わああああああっ!」」」
気がつくと広場の外縁部で、たくさんの人が集まって歓声をあげている。どうやら、僕らを見て熱狂しているらしい。
よくわからないが、僕がストリナから逃げ回ってるのが面白かったのか?
とぎれとぎれの思考を何とかまとめながら、息を整える。ストリナも似たような状態で、荒い息を吐きながら地面にへたり込んでいた。
「ありがとう、おにーちゃん」
まだ小さな妹が、銀髪を汗でほっぺにはりつかせたまま笑いかけてくる。最近は聖霊ともどんどん仲良くなって、メキメキと護法神術の腕を上げているので、神術と仙術を両方同時に使われたら多分もう勝ち目はない。
「リナはすごいなー。強くなった」
「うん! まものをたくさんぶっころして、おにーちゃんをまもるの」
「こらリナ! そんな乱暴な言葉遣いしたらダメでしょ」
井戸の横で、冷たい手拭いで顔の汗を拭ってやりながら、ストリナをたしなめる。
野次馬たちはまだ遠巻きに見守っているので、若干やりにくい。
「どなたかと思えば、イント坊っちゃまとストリナお嬢様ではありませんか。シーゲンの街ぶりでございますね」
野次馬たちの中から進み出てきたのは、見覚えのある商人だった。村からシーゲンの街まで、護衛料を払わずに行こうとして、途中助けた商人だ。あの時の従者と、身なりの良い冒険者が左右についている。
「ああ、あの時の。えーと……」
あの時はこの人を助けてしまったせいで、クソ親父から任務不履行扱いにされて護衛料をもらえず、しかも投げナイフも失くして買い直したので、まったく儲からなかった。だから、この人にあんまり良い印象はない。
「ハーディでございます。あの時は助けていただきありがとうございました。おかげさまで護衛もきちんと雇えるようになりました」
ハーディさんは、地面に座り込んだ僕らの前で、片膝をついてかしこまっている。よく見ると、着ている服も飾りがいっぱいついていて高そうだ。
「それは良かったね。儲かってる?」
僕は儲からなかったけど。
「ええ。コンストラクタの村と王都を、もう1往復ぐらいできたら、馬車がもう一台増やせそうです。それもこれも、あの時お二人に助けていただいたおかげです」
馬車の値段はわからないが、すごく儲かっているのはわかった。そして、馬車が増えれば、もっと儲かるのも理解できる。うらやましい。
「そりゃ良かったよ。ああ、そう言えば、村に行くならちょっと運んで欲しい荷物があるんだ。いつまで王都にいるの?」
冒険者ギルドと約束した塩と石鹸を王都まで持ってこないといけないし、王都からは磨いていないレンズを村に運んで、狩りに行けない日や怪我の後遺症なんかで狩りに行けない人に磨いてもらおうと思っている。
それに、塩づくりに必要な燃料も、森がなくなる前に何とかしなければならない。この世界にも炭はあるので、買い集めて村に届けたい。
「そうですね。6日後に開幕する国王杯を見終わったら、出発しようかと思っています」
国王杯というのは、クソ親父が出場する武闘大会のことだ。毎年恒例らしく、僕らが滞在を開始して以降、徐々に宿屋の客が増えてきているのは、見物客だったのだろう。
1日では終わらないらしいので、その頃ならちょうど良さそうだ。レンズ増産の話は、今朝手紙に書いてヤーマン親方のところに届けてもらったし、それまでにはある程度まとまった量を生産できるだろう。
「村にお伺いするのに、空荷というわけには行きませんから、ご要望があるなら願ったり叶ったりです。何を運べば?」
村からは護衛という名目で、数人狩人さんが来ていた。元王都の冒険者だった人たちで、今は休暇で冒険者として活動している。一応、彼らにも村に運びたいものがないか、聞いておく必要があるだろう。
「明日そこの宿まで取りに来てください。紙にまとめておくんで」
「おや、私たちと同じ宿にお泊りなんですね。偶然ですな」
ハーディさんは驚いたらしかった。通常、領地持ちの貴族は王都に屋敷を構えているらしいので、それでだろう。舐められるのが嫌いなクソ親父が、屋敷を持たなかった理由がよくわからない。
「そうなんだ。連絡が取りやすくて良いね。じゃあそういうことで」
一時的に避難していたらしい洗濯の子どもたちは、訓練が終わって再び広場内に戻ってきはじめていた。だが、野次馬たちの人だかりはまだ解消されていない。
ストリナが好奇の目にさらされる前に、宿に戻ろう。マイナ先生を置いてきてしまったし。
「ええ。ではまた明日」
僕らは立ち上がった。息はもう平常に戻ったが、まだ身体はだるい。
「あの~」
野次馬さんの一人が、おずおずと声をかけてくる。
「はい?」
チンピラの件もあるので、木棍を握りしめて答える。
「そちらの方は、コンストラクタ家の聖女様だと思うのですが、冒険者以外は治療してくださらないのでしょうか?」
義母さん曰く、ストリナは霊力を枯渇寸前まで使っているので、ここのところ神術の行使回数がさらに増えたらしい。そのため、ストリナは治療院ギルドと冒険者ギルドで、治療活動と称した神術の訓練を行っていた。
もちろん、治療費も取っているし、スポーツドリンクも売っているので、収益も出ている。
それにしても、『聖女様』と来たか。確かに聖霊と契約しているし、間違いではないかもしれないけど、うちの妹はどんどん有名になっていく。
「予定はありませんが、患者さんはお一人だけですか?」
声をかけてきた男性は、腕に血の滲んだ包帯を巻いている。
「いえ、実は噂を聞きつけて集まった者は他にもおりまして……」
野次馬のほうを見ると、確かに怪我をしている人が多くいるようだ。噂が広がるほど長く訓練していたつもりもなかったが、どうやら集中して時間を忘れていたらしい。
「リナ、どうする?」
「やる!」
ストリナは間髪入れず答え、やる気は満々だ。全力で打ち合うのは、いくらストリナでも疲れるだろうに。
だが、やるならやるで、ある程度人手がいる。行列を整理する数人に、銀貨を回収する人、できればスポーツドリンクを売りたいので、作る人と売る人がいる。
10人ぐらい欲しいところだが、今は村の人もクソ親父たちも出払っているし、僕とストリナだけでは足りない。
「ハーディさん、ちょっと儲けていきませんか? 安いですが、報酬はちゃんと払います」
振り返ってハーディさんに声をかける。計算ができる人材を逃しはしない。
「おお。それは願ったり叶ったりですな。あれをやるなら我々も手伝いましょう」
シーゲンの街の冒険者ギルドで、僕らを見ていたのだろう。二つ返事で承諾してくれた。これで僕とストリナを入れて5人。
「イント君、終わった?」
マイナ先生とパッケを呼びに行こうと思ったら、マイナ先生がパッケを連れて宿からこちらに出てきた。これで7人。
「終わったよ。でもこれから臨時で治療活動をしなくちゃいけないんだ。人が足りないから、ちょっと手伝ってよ」
「それは構わないんだけど、ヴォイドさんにお客さんが来てるの。こちらはアノーテさんとペーパさん」
マイナ先生が、後ろについてきた二人を紹介してくれた。
一人は金髪色白ポニーテールの超美人だ。細身のシルエットがはっきりとわかる赤い鎧を着て、やや小ぶりの片手剣を左右に差している。年齢は二十前後と言ったところか。
「アノーテだ。よろしく頼む」
美しい顔だが、なぜか少し違和感がある。耳の形だろうか。少し尖っている気がする。
「アノーテ師の弟子のペーパだ」
隣の男の人が一礼する。こちらは肌が浅黒く、頭に布を巻いてた。ここらではあまり見かけない鷲鼻が印象的だ。
「イント・コンストラクタです。こっちは妹のストリナです。え~と、アノーテ様というと、昔父のパーティにいた?」
自己紹介を返しながら、アノーテさんの剣を見る。
コンストラクタ村の領主の館に装飾は少ない。少ないが、まったくないわけではなく、食堂の四方の壁には、長剣と杖と弓と双剣がそれぞれ飾られている。
その双剣と、アノーテさんの腰の剣は意匠がまったく同じだった。
「そうだ。君の父とは、冒険者時代にパーティを組んで戦った仲だよ」
やはり。しかし、計算が合わない。聞いていた話では、アノーテ様はクソ親父より年上だったはずだ。こんなに若いはずはない。
「ああ、もう一人紹介したい子が来ているんだ。ちょっと紹介させてほしい。お~い!」
アノーテ様は、少し離れた場所に立っている少年に声をかけた。
呼ばれた銀髪の少年は、しぶしぶといった態で、こちらにやってくる。年齢的には、僕より少し年上といったところか。なぜか見覚えがあるが、どこでだったかは思い出せない。
観察していると、キッと睨まれた。
「息子のショーンだ。どうせヴォイドが帰ってくるまで暇だから、何かやるなら、我々も手伝うよ」
「あ、よろしくお願いします」
良く分からないが、これでちょうど10人。お客様に手伝ってもらうのはどうかとも思うけど、親父のパーティメンバーなら親戚みたいなものか。ここはお願いしてしまおう。
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