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第一章『死の谷』

22話 砦の建設と植木算

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「たぁっ!」

 棍で突くと、僕の太腿ほどのトカゲの骨が砕けた。トカゲは背骨を折られ、真っ二つになったが、まだ動きを止めない。

 前世のイメージで考えると、アンデットというのは夜にしか動けないような感じがするが、スケルトン系やゾンビ系のアンデットは昼でも鈍いながら動く。

「ホント、どういう仕組みなんだろう?」

 筋肉がないのに動くわけがない。じっくり観察すると、骨には所々に綿毛のような白いフワフワしたものが付着している。

 追い打ちでさらに砕くと、骨の髄の中にホコリのようなものが詰まっているのが見えた。カビのように見えるが、何だろう?

「いやー、助かりますわ。あ、ちょっとこの縄の端っこ持ってもらえません?」

 2匹ほど処理をして、こちらに向かってくるものがいなくなったところで、アブスさんはそんなことを頼んできた。完全にリラックスしている。

 動きが鈍いとはいえ、魔物であることに違いはない。しかも、昨日は見かけなかったタイプの魔物が2体だ。

 危機感がなさすぎやしないだろうか。

「何でスケルトン増えてるの?昨日はいなかったのに」

 アブスさんから縄の端っこを受け取りながら、聞いてみる。

「ああ、奴ら群れで行動するんでさ。大方、谷の奥に何か大物が来たんでやしょ。隊長も行ったし、早めに柵を作っちまわねぇと、次の波に耐えられねぇかもしれやせんぜ?」

 そういえば、記憶が戻った夜、襲ってきていた魔物にも同類のゾンビが混ざっていたっけ。定期的に谷から魔物が溢れるのは、つまり強力な魔物からその他の魔物たちが逃げる現象なのだろう。

 時折やってくる小物のスケルトンを砕きながら、僕らは温泉の天幕を大きく囲うように杭を打ち、縄を張っていく。

「今日はここまで作れたら充分でやしょ。何歩でした?」

 『死の谷』側の温泉を囲むコの字型に縄が張られたところで、アブスさんがそんな事を言ってきた。

「アブスさんの歩数で225歩だよ。柵ってどうやって作るの?」

 僕が質問すると、アブスさんは少し考えて、地面に指で絵を書いてくれた。

「柱は一歩ごとに一本。高さは人間の背の高さぐらいで横の棒は5段でこう、互い違いに柱3本ぐらいに縄で結んで固定していくんでさ。あとは内側に倒れないように柱を支えるつっかえ棒を入れて……」

 つまり村の周りにある柵と同じものだろう。一歩ごとに一本という事は、0歩目含めて柱は226本、つっかえ棒が柱と同じ数なので226本だ。
 横の棒は柱3本に結び付けるということなので、柱の間2つ分を貫く形になる。
 柱の間は「226ー1=225」あるので、単純計算すると「225÷2」で1段で113本必要だ。それが5段なら横棒は565本も必要になる。

「え?それだと今日中とか無理じゃない?それだと柱226本、つっかえ棒226本、横棒565本、合計すると1,017本も必要だよ?」

「え?坊ちゃん、今ので材料の本数が計算できたんで?」

 前世なら小学4年生の算数で習う範囲である。名前はよく思い出せないけど、植木算とかつるかめ算とか呼ばれていたはずだ。小学生程度で驚かれても面食らってしまう。

 まぁ4年生と言えば9歳か10歳なので、8歳の僕が解けるのはおかしいかもしれないが、塾とかに行っていたら8歳で解けてもおかしくはない。

「もちろん。マイナ先生に習ったんだ」

 とは言え、急に賢くなるのは色々疑われそうなので、適当に誤魔化しておく。

「はぁ~。噂には聞いとりましたが、あの先生は凄いんですなぁ。うちの姪っ子も魔物に襲われて歩けなくなってなってから元気がなかったんですが、先生に読み書きを習ってからずいぶん明るくなったんでさ」

 うちはかなり脳筋な村だから、そんな子には生きにくかろう。別の選択肢は必要だ。

「それは良かったね。村が発展したら、みんな読み書き計算できるようにしたいよね」

 そんな話をしながら縄張りを終えて、キャンプに戻ると大量の丸太が積み上げられていた。

 手近な森から伐りだされたのだろう。拠点の周囲の斜面は、細いものとアンデット避けになる月桂樹と食べられる実が果樹以外は全て伐採されている。

 拠点から見た森は、木々がまばらにはえる、随分と寂しい光景になってしまっていた。

 確か乱伐は環境に影響を与えるって地理の教科書に載っていたような気がする。その辺も、誰かが教えてあげた方が良いだろう。

 拠点から森がかなり離れてしまったが、その境目では巨人のような木こり(?)が大剣を二振りして木々を次々伐採している。伐採にかかる時間は、その木こりが木の前に立ってから、一本10秒ほどだろうか。ものすごく早い。

「えーと、伐採速度早すぎない?」

 さすがに前世で見たチェンソーより早いのは、納得いかないのだが。

「ああ、あいつは木こり頭のモリーでさ。腕っ節だけなら隊長の弟子ん中でも2番手のパワーファイターなんで、木どころか重装騎兵でも一撃で真っ二つにできちまいますよ」

 さすが魔物や悪魔がいるファンタジーっぽい世界なだけあって、人外もあちこちにいるらしい。

 切り倒された木は、その場で別の村人に枝を払われ、丸太の状態でこちらに運ばれてくる。二人一組で肩の上に乗せているが、誰も重そうな素振りは見せない。

 彼らもまた人外側なのだろう。

「んじゃ、坊っちゃんはその若さで数が数えれる天才ですから、ちょっとそいつらに指示出しおねげえします」

 アブスさんが指し示した方を見ると、丸太を一定の太さ長さの柱に加工している村人たちがいた。その光景を見て、僕はまた驚いた。

 加工自体は大雑把なものだったが、方法が分厚い鉈で丸太を縦に割るという強引なものだったからだ。ミシミシと音を立てて丸太が割れていく光景に、僕は自分の目を疑いそうになる。

「それは良いんだけど、なんかみんなすごいね。どうなってるの?」

「ああ、ここに来てる奴は大半、仙に至ってますから。坊ちゃんたちほどではねぇですが、腕は立ちますよ」

 僕たちほどではない、わけはないように思う。父上が言いふらしているらしいが、親バカすぎて笑ってしまう。6歳の妹であるストリナにもあんまり勝てないのに、大人に勝てるはずもない。

 こちらの世界は、文字が読めなかったり計算が弱かったりする人はたくさんいるが、もしかしてほとんどの人が神術や仙術を扱えるのではなかろうか。魔物が多いせいか、攻撃力に偏りすぎている気がする。

「イント君戻ったの?」

 マイナ先生は暇そうに大きめの石の上に座っていた。ターナ先生は一緒ではないようだ。半日ぐらい姿を見ていない気がするがどこへ行ったのだろうか?

「はい。縄張り終わったんで戻りました。マイナ先生は何を?」

 確か塩作りをしていたように思うけど、と竈場の方を見ると、村人が代わりに作業をしていた。なるほど、それで手が空いたのか。

「こんなに仙術を使える人がたくさんいる村は他にないから、観察してたの。シーゲン様の城にもいるらしいんだけど、さすがコンストラクタ領ね」

 シーゲン子爵は、僕の父であるヴォイド・コンストラクタ男爵の寄親、つまり上司である。そして前の戦争の時も大隊長と小隊長の間柄だったそうだ。

 この村の半数は父上の元部下だそうなので、向こうに同じような技能を身に着けた人がいてもおかしくない。

「みんな元軍人さんだったり元冒険者さんだったりだから。さすがだよね」

 僕は全面的に同意して頷いたが、マイナ先生は納得していないような顔をしていた。

「うーん。仙術士って神術が効きにくい神術士の天敵なんだ。こちらの大陸にはほとんどいないって聞いていたんだけど」

 マイナ先生は何を言っているのだろう?村の人は現実に仙術を使う人がたくさんいる。人口の少ない村だけど、それでも決して少ないとは言えない。

「聞いた事がいつも正しいとは限らないんじゃない? 実際この村にはたくさんいるよ?」

 僕には仙術と神術の見分けはつかない。ただ、思い返してみると、日常的に前世では見られなかった術を使う村人はたくさんいたように思う。

「そうなのよね。この村は明らかに術士の割合が多いのよね……よっと」

 マイナ先生は石の上で立ち上がると、僕の視線より少し高い位置から飛び降りてきた。貫頭衣の裾がはためいてドキリとしたが、中にズボンが見えてがっかりする。

「イント君、また何か頼まれてるんでしょ? 手伝うよ」

 よく考えて見れば、毒虫がいる山の中で肌を露出するとか自殺行為だし、僕も革鎧の下は似たような格好だし、がっかりする理由なんてない。ないったらない。

「イント君? 聞いてる?」

「あ、いや、えーと、ああ、部品の数をね。数えてってアブスさんから頼まれたんだ。砦の柵の分なんだけど」

 反応が遅れて怪訝そうな顔をするマイナ先生に、僕は慌てて説明をする。ズボンをはいていたからがっかりしたとか、絶対に悟られてはならない。
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