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第6章 共に生きるには

5 ウサギの成長

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 結局〝魔女の家〟は潰れたまま動かさないことにした。3人だけで片付けるのはすごく大変だし、陣がダメになっているなら、慌てても仕方ないからね。
 レンファは薬をつくる材料が無事かどうか確かめただけで、他の荷物のことはどうでも良いみたいだった。たぶん、なんでもかんでも〝ゴミクズ〟として陣に入れていたから、大事に思う荷物そのものが少なかったんだと思う。

 欲しい荷物があるとすれば『魔女の秘薬』をつくるための材料と、少しの着替え。あとは食料ぐらいかな。
 特に薬の材料は――あのシナシナ乾燥にんじんもそうだ――作るのに時間がかかるから、できれば回収したかったんだって。でも棚ごと潰れてめちゃくちゃになっているから、ダメだったらしい。
 またイチから集めて、作り直すしかないんだろうな。それってすごく大変そう。

「――どうするのよ、〝魔女業〟は」

 僕らは並んで、落ち葉でふかふかの道を歩いて帰た。とりあえず家に戻って、これからのことを考えようって話になったからだ。
 セラス母さんが首を傾げると、レンファは腕組みして小さく唸った。

「やっぱり街を怖がる人間が居る以上は、まだ世の中に必要だと思うんです――とは言え、もうお代にゴミクズを集めても仕方がありません。お金や物資を対価に受け取るのも、ちょっと……今世の私は無免許で薬を売っているようなものですから、何やら悪いことをしているような気持ちにさせられてしまいます」
「真面目ねえ……人生で認可を受けているのだから、知識に問題はないのに」
「あとで面倒が起きるのが嫌なだけですよ」
「じゃあ、タダで薬を横流しする慈善事業でもするつもり?」
「……果たして、ソレを慈善と呼んで良いんですかね」

 僕にはよく分からないけれど、薬を売りたかったら普通は資格シカクが必要らしい。たぶん薬にも、母さんが言っていた規格キカクみたいなものがあるんだろうな。
 だけどレンファは薬売りよりも、対価のゴミクズ集めが目的だった。陣がダメになった今、ゴミクズをもらっても置き場所に困るし――じゃあお金が欲しいかって言うと、そうでもないらしい。

「レンファって、欲しいものがないの?」

 前にセラス母さんに「アレクは欲しいものがないの?」って聞かれた時、僕が欲しいと思ったのはレンファだった。
 だって、今は母さんやゴードンさんが居るから、家にも服にもご飯にも、家族にも困ってない。あと他に困っていることと言えば、やっぱり女の子と恋してから死にたい! これだけだもん。

 困っていることが少ないのって、幸せすぎて大変だ。逆にカウベリー村に居た時は困ったことばかりだったから、ただ欲しがってばかりだった。だから失くすモノなんてひとつもなかったけど、今は失くすモノばかりだな。

「欲しいもの――」

 すぐに答えが返って来るかと思ったけど、レンファは真剣に悩んでいるみたいだった。ずっと必死に集めていたゴミクズが要らなくなっちゃったから、もしかしてレンファも困ってる? これからどうして良いのか、本当に分からないのかも。

「なんでしょうね。今は、食べ物でしょうか……冬に備えて作り置きしていた魚の干物が、昨日全部ダメになりましたから」
「そうか、それは大変だね……! だってもう寒いから、食べ物を集めるのが難しいもん」

 冬に食べるものがない辛さは、僕もよく知っている。それまで豊かだった森が枯れて、動物も隠れて、魚をとろうにも川の水が冷たすぎて無理だろう。
 僕は去年の冬を、村のゴミ捨て場の生ごみで食い繋いだ。でも僕がゴミを漁ると、後でカラスまでゴミを散らかしに来るんだってさ。そのせいで今年からはゴミの日を決めて、集め終わったらすぐに焼いちゃうようになったんだ。

 だから僕は、今年の冬は絶対に越せないだろうなって思っていたんだよ。結局ここに来たから、元気いっぱいに次の春を迎えられそうなんだけどね。

「じゃあ、とりあえず……春までウチに居れば良いんじゃない? 温かくなれば食べ物も増えるし、日が長くなれば家だって建て直しやすいでしょう」
「家を建て直すって――そんな資金ありませんよ」
「お金がなくたって、親切な人が助けてくれるかも知れないでしょ。ほら、魔女業を続けるなら、ウチよりも森の奥まったところの方が安全だろうし」
「……ゴードンを顎で使おうとしているなら、却下ですよ。セラスは彼をいいように使い過ぎです。惚れた弱みと言えば、それまでなんでしょうけれど」

 レンファがじっとりと目を眇めると、セラス母さんはおかしそうにカラカラ笑う。でもいきなり「あ!」って大きな声を出して、僕の顔を見るからビックリした。
 僕が首を傾げたら、母さんは「大変」って言って、なんだか焦っているみたいだ。

「ゴードンで思い出したわ。アレク、今日は街へ行かなくちゃ」
「えっ?」
「医者に左目を診せるって約束したでしょう? 早く帰ってお昼ごはん食べて、それでゴードンが来たら、すぐに馬車に乗せてもらわないと」
「ああ~……そっかあ……街、行くって言ったね、昨日――」

 電気がビリリで痛い、怖そうな街へ――。
 僕はなんだかしょんぼりして、唇を尖らせた。まるで八つ当たりするみたいに足元の落ち葉を蹴り上げて歩いていると、レンファが「目?」って不思議そうな顔をした。
 ああ、そう言えばレンファには、まだ僕の左目のことを説明してなかったな。わざわざ隠して仲間外れにするのも変だから、僕は説明しようと足を止めた。

 だけど、レンファがずんずん大股で歩いて来てビックリする。相変わらず無表情だから、ちょっと怖い。
 僕は思わず数歩後ろに下がったけど、真っ白い手が伸びてくる。その手に両頬をギュムッと強く挟まれて、身動きが取れなくなった。キツネみたいに可愛い顔がグッと近付いて来て、僕はなんだか落ち着かない気持ちになる。

 ――村の気持ちの悪いお姉さんに触られた時とは何かが違う、変なドキドキ。息が詰まって苦しい。

 僕はレンファを見ていられなくて、サッと目を逸らした。でも、逸らした瞬間の目の動きが左右で違っていたのか、間近から「なんで……いつから?」って震えた声が聞こえる。
 もう僕は何がなんだか分からなくなって、気付けば「結婚してください!!」って大声で叫んでいた。
 でも、挟まれた両頬の奥の骨からミシャッって音が聞こえた気がして、すぐに「ごめんにゃひゃい!!!」って謝った。
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