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本編・取り違えと運命の人
037 夏の嵐 ⑥
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「おしゃれなお店……」
エリザさんが教えてくださったお店は、この町ではちょっと珍しい、都会の匂いがするクールな外観をしていた。抑えた色調だから、窓から見える内装の明るさが映えるのかもしれない。
中で若い店員さんが服をたたんでいる。遠目だから性別は分からない。男性ならやや小柄だけど、女性なら背の高い、少年っぽさのある中性的な雰囲気。
知らないお店に入るのは勇気がいるけど、入らないことには話が始まらない。深呼吸して、ドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
よく響く涼やかな声。
「もしお気に召したものがありましたら、お声掛けください。試着室にご案内いたします」
身長がリカルドと同じくらいだし、華奢な体型でショートカットだから遠目には少年のように見えたけど、近くだと逆に女性らしさが強く印象に残る。ゆったりとした身のこなしと丁寧な言葉使いがそう感じさせるのかもしれない。
「あ、いえ、そうじゃないんです。私、お針子なんですけど、ぜひ商品のお取り引きをさせていただきたいと思って、本日はおうかがいしたんです」
「ありがとうございます。店長を呼んでまいりますので、少々お待ちください」
しばらく待っていると、店の奥の扉が開いた。中から、背の高い黄色い髪の男性が出てくる。この、緑の瞳……!
「えええ!! あんたなんでこんなとこにいんのお?!!!」
「ご挨拶だな、ジュリエッタ」
男はニヤリと笑みを浮かべた。
天敵、というか、私に男性の嫌な面を刷り込んだ張本人の一人、兄フラヴィオ。突然の登場に動揺を隠しきれない。
「な、なんで、この町に……」
「暖簾分けしたから」
「母さん一人になるじゃない!」
「ああ、それは大丈夫。親父が戻ってきたから」
「えええ?!」
「お前さあ、親父が浮気するとか、おかしいと思わなかった?」
「それは……」
父親だから信じたいのもあったけど、少しおかしいとも本当は思っていた。女性から迫られてもめたことは何度もあったけど、いつもへらへら躱してて、父さんから女性に手を出したことはなかったから。
「あれ、狂言。相手の女性、ほんとは別の恋人がいたんだってさ」
「え……?」
「恋人が海外に留学しちゃう前の、最後の逢瀬で身ごもったんだって。恋人が身分の高いお貴族様だったから、恋人の親に知られたらお腹の子供をどうされるかわからないし、女性、親父の師匠の娘で小さい頃から知ってるし、師匠は鬼籍で女性に身寄りはないし、親父、師匠にめちゃくちゃ恩義があったらしくて、絶対助けなきゃって思ったらしい」
いきなりそんなこと言われても、頭が理解に追いつかない。
「いろんな女から迫られてもよろめかなかった親父が手を出したとなれば、本気だと思われてカモフラージュしやすいから、少なくとも出産までは守れるだろうと考えたんだと」
「他に、いくらだって手はありそうなのに……」
「親父、ばかだから、他の手をまるで思いつかなかったらしいのと、自分は生きてれば誤解を解くチャンスもあるけど、お腹の子供はなにかあったらどうしようもないから、とにかく無事生まれるまで守らなきゃって思ったんだってさ」
フラヴィオが心底楽しそうに笑っている意味がわからない。だって。
「……なにそれ……ほんと、ばかじゃないの……。自分は、妻からも子供達からも軽蔑されるのに……」
「そう、ばか。知ってて見殺しにするより自分がクズだと思われる方がずっといい、そこは優柔不断な親父なりに譲れない線だったらしい。そして、嘘はばれてる人数が多いほど成立しなくなるから、俺達にも隠さなきゃって思ったんだと。俺、クズな親父は許せなかったけど、ばかな親父は大好きだなと思った。お袋もそうだったんだろ。つーか、お袋、割とすぐ真相に気づいて、秘密裏に親父と逢瀬を重ねてたらしいけど」
「えええ!!」
「でで、この間ついに女性の本当の恋人が帰ってきて、やんごとなきご実家とめちゃくちゃやりあって絶縁して、愛と自由を勝ち取ったんだってよ。だからお袋は親父と再び暮らすようになった。それだけ」
なに、その、三文芝居みたいな筋立て……。
エリザさんが教えてくださったお店は、この町ではちょっと珍しい、都会の匂いがするクールな外観をしていた。抑えた色調だから、窓から見える内装の明るさが映えるのかもしれない。
中で若い店員さんが服をたたんでいる。遠目だから性別は分からない。男性ならやや小柄だけど、女性なら背の高い、少年っぽさのある中性的な雰囲気。
知らないお店に入るのは勇気がいるけど、入らないことには話が始まらない。深呼吸して、ドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
よく響く涼やかな声。
「もしお気に召したものがありましたら、お声掛けください。試着室にご案内いたします」
身長がリカルドと同じくらいだし、華奢な体型でショートカットだから遠目には少年のように見えたけど、近くだと逆に女性らしさが強く印象に残る。ゆったりとした身のこなしと丁寧な言葉使いがそう感じさせるのかもしれない。
「あ、いえ、そうじゃないんです。私、お針子なんですけど、ぜひ商品のお取り引きをさせていただきたいと思って、本日はおうかがいしたんです」
「ありがとうございます。店長を呼んでまいりますので、少々お待ちください」
しばらく待っていると、店の奥の扉が開いた。中から、背の高い黄色い髪の男性が出てくる。この、緑の瞳……!
「えええ!! あんたなんでこんなとこにいんのお?!!!」
「ご挨拶だな、ジュリエッタ」
男はニヤリと笑みを浮かべた。
天敵、というか、私に男性の嫌な面を刷り込んだ張本人の一人、兄フラヴィオ。突然の登場に動揺を隠しきれない。
「な、なんで、この町に……」
「暖簾分けしたから」
「母さん一人になるじゃない!」
「ああ、それは大丈夫。親父が戻ってきたから」
「えええ?!」
「お前さあ、親父が浮気するとか、おかしいと思わなかった?」
「それは……」
父親だから信じたいのもあったけど、少しおかしいとも本当は思っていた。女性から迫られてもめたことは何度もあったけど、いつもへらへら躱してて、父さんから女性に手を出したことはなかったから。
「あれ、狂言。相手の女性、ほんとは別の恋人がいたんだってさ」
「え……?」
「恋人が海外に留学しちゃう前の、最後の逢瀬で身ごもったんだって。恋人が身分の高いお貴族様だったから、恋人の親に知られたらお腹の子供をどうされるかわからないし、女性、親父の師匠の娘で小さい頃から知ってるし、師匠は鬼籍で女性に身寄りはないし、親父、師匠にめちゃくちゃ恩義があったらしくて、絶対助けなきゃって思ったらしい」
いきなりそんなこと言われても、頭が理解に追いつかない。
「いろんな女から迫られてもよろめかなかった親父が手を出したとなれば、本気だと思われてカモフラージュしやすいから、少なくとも出産までは守れるだろうと考えたんだと」
「他に、いくらだって手はありそうなのに……」
「親父、ばかだから、他の手をまるで思いつかなかったらしいのと、自分は生きてれば誤解を解くチャンスもあるけど、お腹の子供はなにかあったらどうしようもないから、とにかく無事生まれるまで守らなきゃって思ったんだってさ」
フラヴィオが心底楽しそうに笑っている意味がわからない。だって。
「……なにそれ……ほんと、ばかじゃないの……。自分は、妻からも子供達からも軽蔑されるのに……」
「そう、ばか。知ってて見殺しにするより自分がクズだと思われる方がずっといい、そこは優柔不断な親父なりに譲れない線だったらしい。そして、嘘はばれてる人数が多いほど成立しなくなるから、俺達にも隠さなきゃって思ったんだと。俺、クズな親父は許せなかったけど、ばかな親父は大好きだなと思った。お袋もそうだったんだろ。つーか、お袋、割とすぐ真相に気づいて、秘密裏に親父と逢瀬を重ねてたらしいけど」
「えええ!!」
「でで、この間ついに女性の本当の恋人が帰ってきて、やんごとなきご実家とめちゃくちゃやりあって絶縁して、愛と自由を勝ち取ったんだってよ。だからお袋は親父と再び暮らすようになった。それだけ」
なに、その、三文芝居みたいな筋立て……。
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