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第1章「始まり」

第24話「油断大敵」

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 目の前に現れたのは中ランクの魔物の中では、迷宮区最下層にいるボス魔物を除けば最強クラスに近い「ディザスターウルフ」だった。

 特徴的な牙に、剛健な体。
 体長は俺と黒崎さんをはるかにしのぐほどの大きさで、アックスホーンとは比べ物にならない大きさだった。

 こんなの、最初に出会ったら腰抜けて食い殺されるんじゃないかってくらいに怖いが——今の俺は何の恐怖も感じなかった。

 しかし、目の前に立つ黒崎さんの表情は少しだけ歪んでいた。
 S級でも少し怖がるほどの魔物。それがCランクの「ディザスターウルフ」。

 その強さはB級以上の探索者でも太鼓判を押すほどに強く、鉄製の武器も通らないほど硬い皮膚を持っている。

 もちろん、探索者単体で倒せるような魔物ではない。

 元より、探索者は4~10人のパーティを組んで迷宮区を攻略する。それは、スキルとランクが同じ魔物に対しても同じことで、探索者単体の力量ではかなわないため人数差で討伐する。

 ランクが同じでも探索者一人と比べれば魔物の方が強い計算になる。

 そこら辺は個体値にもよるがとにかく、魔物のランクとスキルのランクは話が少し別になるため圧倒的な差がない限りらくらく倒せるとは言いづらい。

 そう考えると先のアックスホーンよりも厳しい戦いになる。
 この前、黒崎さんが言っていた言葉。

『スキルっていうのはバランスよくできているのよ。だからこそ、軽く使える技程度のもので、本気で戦わない限り勝てないわよ』

 きっと、彼女はそれを分かっていて真剣な眼差しをしているのだろう。

 学生の探索者というのは死亡事故が多い。
 それは自分の能力を過信し、自分中心で突き進んでしまうことが多いからである。

 S級なんて言われて持て囃されればそう思わないことの方が難しいって言うのに彼女はただひたすら現状を見つめていた。

 本当に、なんて凄い人なのだろう。
 俺の前方5メートル。
 両手に構えた水晶のように光った氷剣。

 そして、そんな彼女を憎しみがあるのかと思うほどに厳しく鋭い視線で刺すように見つめていた。

 これが、戦いの間合いかと思わせられて、俺は生唾をのみこんだ。

 すると、最初に動き出したのはディザスターウルフのほうだった。

「ガゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ‼︎‼︎‼︎」

 狼の遠吠えのように虚空に雄叫びを響かせると地面を蹴り出し、アックスホーンよりも早い速度でその巨体を走らせた。

 まさに重戦車。
 自衛隊の機動戦闘車や戦車を見ているようだった。

 エンジン音のような雄叫びに、ドシドシと響き渡るような破壊音。
 全てが壮大で、心臓に響くものだった。

 これは、C、B級の探索者では無理なわけだ。

 咄嗟にクサビくんとジンくんの顔を思い出したが、俺と戦った時のようなスピードと機転ではこの巨体を操る化け物に勝てるわけがない。スキルの相性もあるとは思うが?。

 それでもやっぱりだ。

 ジンくんの方ならパーティを組んで戦えばワンチャンあると思うけど、楔くんの方は無理だ。どっちにしろ、二人では火力不足だ。

 何せ、黒崎さんの氷剣も少し歯切れが悪そうだったからだ。
 刃の通りが悪いように見えた。

 ただ、そこは彼女の機転の良さが伺える。

 アックスホーン相手に使っていた氷剣を繋ぎ合わせ数倍の大きさに変えて両手でつかみ、あたりに霧散していた冷気を操ってウルフの足元を捕まえる。

 さすがの巨体も凍って動かせないなら意味はない。

 大きな的でしかない。
 瞬時に決着はつく。

 ぐわんと揺れながら黒崎さんの回転一撃が炸裂する。

 まさに、一刀両断。
 剛健なディザスターウルフの皮膚をまるで魚の腑を割く包丁のように刃を滑らせた。

 勢いよく飛び散る鮮血の吹雪に合わせて、大きな頭が地べたにドスっと落とされる。

 絶命した魔物と目があい、その悲壮感漂う表情がなんとも言えない気持ちにさせる。精神力が向上したおかげで怖くなるとかはなかったが、それでもやはり生き物が死んだ時の表情は少しだけ胸にくるものがある。

「……っふぅ」

 吐息が聞こえる。
 黒崎さんは氷剣を霧に戻して、今度は空中に氷の矢を作り出した。

 すると、その瞬間未知のありとあらゆるところからディザスターウルフとアックスホーンが無数に現れた。

「っち。やっぱりね……っ」

 悪態をつくも、彼女は止まらない。





 まさに、一方的な蹂躙だった。

「っはぁ、っはぁ、っはぁ。これで、やったかしらっ」

 黒崎さんの氷剣が当たりに咲き誇って、辺りには無数の頭と死体が転がっていた。

 もう、疲れてもおかしくないだろうにそれでも立っている黒崎さんの後ろ姿はとても美しかった。

 凛と咲く花、それでいて何にも負けない雑草のような硬さもある。

 これがS級。
 そう訴えている様で俺はまったく動けなかった。

「っ——ねぇ、周りにまだいるか見れるかしら?」

 そう言われて俺は慌てて周りを確認する。
 特段、敵はいない。
 気配もない。

【神様の悪戯により、『周辺探知』を獲得しました】

 周辺探知か、これはありがたい。
 発動させるとすべてを感じる。
 足音、石が擦れる音。半径100メートルほどのすべての音が聞こえるが……何も聞こえてこない。

「多分、いませんっ!」
「そ、そう……なら大丈夫かしらねっ」

 そう伝えると肩の荷が下りたのか、その場に氷剣を突き刺して腰を曲げた。

「ふぅ……さすがに疲れるわね」

 まったく、その通り。よく頑張るものだ。
 
 黒崎さんが休んだその瞬間だった。

 途轍もない速さで何かが飛翔した。

 黒崎さんの背中、俺を向く彼女の後ろの空を覆うように大きな巨体《なにか》が距離を詰める。

 まさに、一瞬。
 黒崎さんの音速スピードにはかなわないまでも目では負えないすさまじい速さだった。

 やばい。死んでしまう。これは、やばい。

 その瞬間、俺は今までにないほどの力で地面を蹴っていた。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

〇ディザスターウルフ(C)
・ステータス
 攻撃力:680
 防御力:589
 魔法力:390
 魔法抵抗力:560
 敏捷力:560
 精神力:300



【スキルリスト】
『神託予見』『知覚向上』『魔物特性《モンスターブック》』『高速移動lv.1』『自信向上』『極寒性気色悪つまらないセクハラ』『信仰心』

『周辺探知』←new!
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