群青の軌跡

花影

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第5章 家族の物語

第2話

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すみません、ちょっと短めです。



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 皇都へ向けて出港した船を見送った俺は、すぐにミステルに引き返した。俺と護衛として同行してくれていたシュテファンとアルノーが着場に到着すると、ローラントとマティアス、そして教育部隊の5名が整列して迎えてくれた。その後ろには竜騎士見習い候補として勉強中のカイの姿もある。
 今回、皇都へ向かう一行と荷物をアジュガからミステル、そして船着き場へ移動させるのに彼等には随分と世話になった。特に教育部隊は夏の終わりまで休暇を取ってもらうつもりだったのだが、今回の計画を知った彼等は自分達の勉強にもなるからと休暇を先延ばししてまで自主的に協力してくれていた。
 しかし、幼児3人を含む総勢13名の移動は、彼等の協力を得ても数日がかりとなった。アヒムを筆頭にミステルを任せている文官や侍官にも余計な仕事を増やしてしまった。帰りはもう少し手間を省けないか考えてみなければならない。
「船は無事に出航したようじゃの」
 そして何故かミステルへ居ついてしまったギード爺さんの姿もある。実は本宮の係官から定期的に嘆願の手紙が届いているので、帰らなくていいのかと聞いてみたが、向こうはもう若い者に任せたと言って動こうとはしなかった。陛下もアスター卿も好きにさせていいと言って下さっているし、新しい試みも始まるので俺としては今後も力を貸してもらえるとありがたい。
 そんなギード爺さんの指導に加えて駐留する教育部隊の飛竜で経験を積むことで、係官達の技能もいちじるしく成長している。俺としては満足なのだけど、本宮の基準から言えばまだまだらしい。ついでにカイの面倒も頼んだところ、嬉々として基礎を叩き込んでくれている。
「ドレスラー家も勢ぞろいだったから随分賑やかだったよ」
「お目付け役は苦労するかもしれんの」
 船に同行して護衛をしているのは第3騎士団のキリアン卿の部隊だ。彼も妻子を船に同乗させてもらっているのだが、あれだけの子供がいるとさぞかし苦労するに違いない。出航前に会った先輩の顔を思い出し、後でオリガに疲労回復の薬湯を作ってもらおうと思った。
 ちなみにティムは夏至祭の飛竜レースと武術試合に出場するため、リーガス卿と先に皇都入りしている。今回彼は、並々ならぬ決意の下に参加する。事前に届いた通知によると、今回の上位入賞者から礎の里へ留学される姫様の護衛を選ぶことになるからだ。
 本人の強い意向もあって、今回俺は口出しはせずにただ見守るだけになる。しかし、彼の実力は十分なので心配はしていない。気合が空回りしなければ、どちらも優勝を狙えるはずだ。
「爺さんは本当に行かないのか?」
「行ったらこちらに戻って来られなくなるじゃろう。ワシはこっちで弟子どもを鍛えておる」
「ありがたいけど、ほどほどにね」
 俺がそう言うと、ギード爺さんは笑いながら竜舎の中へ入って行った。係員たちは戦々恐々としているが、彼等と一緒に教えを受けているカイはやる気に満ちているみたいで率先してその後に付いて行っている。うん、良い傾向だ。この分なら夏至祭が終わった後に第3騎士団へ預けても大丈夫かもしれない。向こうへ着いたらリーガス卿と話をしてみよう。



 ミステルの領主館はツヴァイク領から来た職人達のおかげで見違えるほど居心地のいい館に生まれ変わっていた。昨年はミステルへ来ることが出来なかったオリガもその変化に驚いていて、随分と喜んでいた。
 職人のまとめ役をしてくれているルトガー親方の話によるともっとこだわりたいらしいのだが、あまり長引かせても俺達に不便をかけるから来年には全ての工事を終わらせる予定らしい。それでも気に入らないところは言えば直すと申し出てくれたが、そんな場所は全く見当たらないというのが俺達の答えだった。
 そして現在、領主館の1階からは職人達の掛け声と作業する音で活気にあふれていた。アジュガの金物、ツヴァイクの木工、ドムスの織物、各地から来た職人が精力的に動き、その傍らでは意欲ある若者がその手伝いをしながら彼等の技術を見逃すまいとしている。彼等は職人達の作業が終了した後、少しだけ学ぶ機会を与えられている。彼等がいつかミステルを支えるような職人になってくれたら嬉しい。
 現在、ここで教えを受けているのはミステルの住民だけだが、最近ではうわさを聞き付けたのか、他領からも問い合わせがある。ただ、受け入れるこちらに余裕が無いので、諦めて頂いていた。
 そんな工房の活気を感じながら向かった先は領主館の応接間だった。そこには12~13歳くらいの子が3人、保護者と供に待ってくれていた。1人はカイやレーナがいたところとは別の孤児院にいた男の子で、保護者として孤児院の院長が来ている。もう1人の男の子はミステル近郊の農場の息子で父親が同席し、最後は女の子で、酒場で働いている母親が同席している。
実は春分節が終わった後、ミステルに住むこのくらいの年代の子供達を領主館に招いていた。表向きは工房と竜舎を見学し、職人や係員の仕事に興味を持ってもらうため。そして本当の狙いは、カイの様に竜騎士の資質を持つ子供がいるか見定めるためだった。そして今日はその時に資質があると判明した子達に来てもらっていた。
「お待たせしました」
 俺が応接間に入っていくと、彼等は緊張した面持ちで立ち上がった。くつろいでもらおうと声をかけてみたが、同席している保護者も含めて皆、表情が強張っている。
「今日はわざわざ来てくれてありがとう。楽にしていいよ」
 そう声をかけてみたものの、すぐには無理だろう。本題は後回しにし、お茶を用意してもらって緊張が解けるまで少し雑談をすることにした。竜騎士になってからの経験談を話すと、子供達の表情が変わって来る。中には積極的に質問してくる子も出て来た。ちょうど頃合いかもしれない。雑談はこの程度にして、そろそろ本題に入ることにした。
「今日来てもらったのはね、この間飛竜に会ってもらった時に君達に竜騎士の資質があると分かったからなんだ」
 俺がそう言うと、子供達もその保護者達も一様に驚いた表情を浮かべている。まあ、今まで飛竜とは無縁の生活を送って来たのだから当然だろう。
「じゃあ、俺……じゃなくて僕、竜騎士になれるの?」
 勢いよくそう質問してきたのは孤児院出身の子だ。他の2人も期待の籠った目で俺を見ている。
「すぐには無理だよ。先ずはたくさん勉強して、それからたくさん食べて、たくさん体を動かして丈夫な体を作る。そして、自分の相棒と巡り合い、たくさん訓練をして相棒と絆を深めたら竜騎士になれる」
 勉強と聞いて最初に質問してきた子供が顔をしかめている。体を動かすのは好きそうだが、勉強はどうやら苦手の様だ。
「だけどね、竜騎士になっても、いい事ばかりじゃないんだ」
 かつての俺がそうだったように、市井の人々にとっては竜騎士は憧れの存在だ。雲の上のような存在で、なることが出来たら不自由の無い生活が送れると思われている。けれども、竜騎士は妖魔を討伐する責務がある。命がけの職務であることを知ってもらわなければならない。更には未だに残る身分への偏見。それを払拭するためには人一倍の努力が必要になって来る。
「竜騎士になれる資質はまれで、誰もがなれるわけではない。憧れる気持ちが強いかもしれないけれど、危険の少ない平穏な生活の方が幸せだと感じる人がいるのも確かだ。だからこそよく考えて欲しいんだ。
 今日もこの後、飛竜と触れ合う時間を作るから、その時に竜舎に関わる人達の話も聞けるだろう。いろんな人にたくさん話を聞いて、それから家の人達とたくさん話をしてから決めて欲しい」
 これだけの資質がある子はなかなかいない。俺としてはみんな竜騎士になってほしいと言うのが本心だ。だけれど、強要はしないと決めている。自分が進む道は自分で選んで欲しいと思うからだ。
 俺の言葉に子供達だけでなく、その保護者も真剣な表情で聞き入ってくれていた。とりあえず、俺が伝えたいことは全て伝えられたと思う。後はそれぞれがよく考えて答えを出してくれたらいい。
 まだ彼らと話をしていたいが、俺はまだ予定が詰まっている。後の事はアヒムとシュテファンに任せ、来てくれた一同に挨拶して部屋を後にした。






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首と腰を痛めちゃって、執筆がなかなか進まない状態が続いております。
お休みまではしませんが、しばらくは1話の文字数が少なめになるかもしれません。
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