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第5章 家族の物語
第3話
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冬の間に起きていた大事件の話。
思ったより長くなった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
応接間を後にした俺は、一息入れる間もなくすぐにミステルを出立した。アルノーとマティアスをお供に、向かった先フォルビア城。予定より少し遅くなったけれど、夜が更ける頃にどうにか着いた。正直に言うと、来たくは無かったのだけど。
「ちゃんと来たね。えらい、えらい」
先行していたクレスト卿がわざわざ出迎えてくれる。適当な理由で断ることも出来たが、この人相手にそれをすると後が怖い。仕方なく足を運んだ次第だった。相棒をマティアスに任せ、俺とアルノーはヒース卿の執務室へ向かった。
「おう、来たか。すまんな、足を運んでもらって」
既に遅い時間なのだが、ヒース卿は机の上には書類の束を積み上げて事務仕事の真最中だった。俺達が執務室へ入ると、仕事の手を止めてソファーへ移動し、俺達とクレスト卿にも席をすすめた。
「後はお任せすると申し上げたはずですが?」
「そうは言うが、かわいい奥さんと義弟の為にもちゃんと見届けた方が良いだろう。後の安心にもつながる」
「……」
正論なので、俺はただ黙り込むしかなかった。その日は夜が遅いこともあり、翌日の予定を確認しただけで終わり、客間に案内された。朝から動き詰めだったので疲れていた。俺は衣服を緩めただけで寝台に横になると、討伐期に起きた事件を振り返った。
昨秋、オリガとティムの従姉妹だと言う姉妹が保護を求めてミステルに来た。オリガ達を保護した時に課せられた借金の返済が終わらず、生活が苦しくて頼って来たらしい。それならフォルビア正神殿にいる母親を真先に頼るべきなのだが、余裕がないからと断られたと言い張っていた。正神殿が困窮した人の保護を断る事は全くあり得ないことなのだが……。
真相はともかく、過去に聞いていた話もあって俺はこの姉妹にあまりいい印象を持っていない。それでも冬が間近に迫っている中を追い返すことは出来ず、ミステルで避難民という扱いでの滞在を許した。ただ、この扱いに彼女達は納得していなかった。
そして事件は討伐期に起こった。負傷者が出て、俺達もミステルに駐留するようになってからの事だ。討伐を終えて帰還し、休んでいたところに夜這いをかけられそうになった。ずさんな計略と領主館に逗留している職人達の機転のおかげで未遂に終わったが、後の調査で分かったのは、昨年処分を下したシュタールの商人達が彼女達に協力していた事だった。
総督府への出入り差し止めは彼等が思っていた以上に打撃を与えた。そこで俺に取り入り、処分を軽くしてもらおうと考えたらしい。そこで単純に思いついたのが女性を送り込むという最悪の手段だった。
一方、あの2人は実家を逃げ出した後、やはり母親を頼ってフォルビア正神殿に身を寄せていた。だがそこでの清貧な生活が彼女達には合わなかった。やがてオリガが俺と結婚し、領主夫人になったことを知る。オリガを羨《うらや》み、そしていつか自分達が入れ替わってやろうと思うようになったらしい。
だが、闇雲に飛び出してもアジュガにはたどり着けない。2人が知恵を巡らせて思いついたのは、神殿に訪れる裕福そうな人を味方に付けることだった。やがて知り合ったのはシュタールの商人。総督府への出入り禁止を言い渡され、フォルビアに活路を見いだそうとしていた矢先のことだった。
俺に女性をあてがおうとしていた計画を知っていた彼は、仲間に姉妹を紹介した。そこで商人達は計略を練り、たとえ断られてもすぐに送り返される心配のない秋になってから彼女達を、警備が比較的緩いミステルへ送り込んだのだ。
『何か思っていたのと違う』
『すぐに愛人にしてくれるんじゃなかったの?』
ミステルへの出入りも禁止されている商人は、情報収集をさせている部下を彼女達に付けて協力させていた。俺が全く相手にしなかったことから、彼女達はその不満をその部下へぶつけていた。それでも凹むことなく、彼は町の情報を集め続けた。
そうしている間に諸般の事情で俺達の隊もミステルへ移ることになる。それを知ったその男は、姉妹に夜這いを仕掛けてみてはどうかと提案したのだ。領主館は職人達が滞在していて潜入するのは比較的容易い。夜、休んでいる所へ忍んでいくのも難しくないだろう、とそそのかされ、2人は俄然やる気になった。
そしてその日、夜遅くに討伐から帰った俺は這うように寝台へ潜り込んだ。何しろ討伐頻度が最も高い冬至を過ぎたばかり。この数日は毎日出動し、その合間に書類仕事をこなす日々を送っていた。体の疲れは頂点に達しており、眠るのが何よりの休息となっていた。
その休息の時間を何かの騒ぎで妨げられる。疲れている体を寝台から引きはがし、眠い目をこすりながら何事かと様子を見に部屋を出る。すると、階段に通じる通路の先に人だかりができている。俺たち家族のための私的な区画なのだが、ありえない光景だった。
「何事だ?」
近寄ってみると、あの2人が警備の兵と職人達に取り囲まれていた。少し遅れて竜騎士達も集まって来た。俺の姿を見た2人は必死に助けを求め、あろうことか彼等に襲われそうになったとまで言い出した。その辺りの真偽はともかく、招かれてもいない彼女達が領主の私的な空間にいること自体が罪になる。その事を指摘すると彼女達はあからさまに狼狽した。
「そんなこと聞いていないわ」
「私達は言われた通りにしただけよ」
背後に何者かがいて、意図的に侵入したのを白状したようなものだ。2人の拘束を命じて後は部下に任せて休もうと思ったが、開き直った2人は悪びれることなく好き勝手言い始めた。
「オリガより私の方が可愛いから気に入ってもらえると思ったのよ」
「地味なオリガと別れさせて、かわいい私を奥さんにしてもらうつもりだったの」
オリガを貶める2人に腹が立ち、シュテファンが止めなければ力任せに殴っていた。
「俺の妻はオリガだけだ。外見だけじゃなく性格も醜いお前達に誰が触れたいと思うものか」
俺をそう言い捨てると、後の事を部下に任せて自室に戻った。あまりにも腹が立ち、このままでは眠れそうにない。こんな時期に普段はしないが、蒸留酒を煽る様に飲んでから寝台に潜り込んだ。
幸いにして翌朝までに討伐の出動要請は来ず、ゆっくり休めた俺は朝のうちに報告を聞いておくことが出来た。2人は職人の手伝いを希望して領主館の工房に来ていたのだが、その割には全くやる気がなく、職人達は不審に思っていたらしい。そして夜中にコソコソ動き出したことから、警備兵と連携して2人を捕えたとのことだった。
そして捕えた2人の尋問はあの後すぐに行われ、少し仮眠を取らせてから次の日も朝早くから行われていた。最初の内は甘えたことを言って見逃してもらおうとしていたが、ザムエルに鍛えられた今のミステル警備兵には通用しない。上手く飴と鞭を使い分け、2人から必要な情報を引き出した。そして程なく2人に協力していた商人の部下の身柄も確保できた。
事の次第をシュタールのラファエルさんに報告すると、彼は速やかに動いてくれて関わった商人達を捕え、営業停止処分にした。もうこれで彼等は再起できなくなる。シュタール一帯の流通に関して不安が残るので、あまりやりたくなかった手段だが仕方がない。後はラファエルさんが伝手を頼って何とかすると言っていた。
そして、問題のあの2人。俺は彼女達を2人の実家に戻すことにした。2人は泣いていやがったが、こちらがそれを聞いてやる義理は無い。2人が心を入れ替えるまで実家の敷地から出るのを禁じ、年老いた祖父母の面倒を見させることにした。
しかし、牢に入れてあるとはいえ、俺は2人にこれ以上ミステルに居てもらいたくなかった。それを理解してくれたクレスト卿はすぐにヒース卿に連絡を入れてくれ、真冬にもかかわらず飛竜で送還する手続きを済ませてくれた。そして事件から10日も立たないうちに、防寒具に包まれその上から厳重に縄をかけられた2人は、飛竜の背中に荷物の様に積まれてフォルビアへ送られたのだった。
いつの間にか眠っていたらしく、気付けば朝になっていた。いつもの様に体をほぐしてから着替え、朝食を済ませると約束の時間通りに着場へ向かった。既にアルノーとマティアス、そして今日の見届け役のクレスト卿が待ってくれていた。
「では、参りましょうか」
俺達が向かったのは、あの姉妹の実家だ。オリガとティムと出会った後に村の方に使いで幾度か来て以来になる。村の長寛な雰囲気は変わらないが、ただ一つ変わっていたのは、村はずれにある田舎家の周囲が厳重な塀で囲まれていたことだ。ここがあの姉妹の実家だ。
村に着くなり、村長とその息子、そして村の主だった人達が俺の前に出て来て謝罪する。この村の住民が他領とはいえ領主の地位にある俺に不敬を働いたのだ。ただ、俺は彼等を責めるつもりは無く、全ての責任はあの家の親子に取らせる旨を伝えて安心させた。
「あの姉妹が改心するまで、敷地から一歩も出すな。但し、父親は今まで通り外で働くことを認める」
借金が払えず、農地も家畜もすべて売り払われ、かろうじてあの家だけが残っていた。それでもまだ村八分の処置は解除されない。仕方なく2人の父親は小作人として働いた金で少しずつ返済している状態だった。そして今回、娘2人が事件を起こした。
家の周囲の塀は春になってすぐに作り始められた。同時に村の方にも今回の一件が報告され、その処分も同時に通達されていた。これにより、一家への風当たりは一層強くなるに違いない。そして先日、厳重な塀と頑丈な門が完成したので、あの2人が今日、この家に連れ戻される。俺達はそれを見届けに来たのだ。
今回の事、オリガには全て話してあった。本当は過去の事を思い出させたくなくて黙っていようかと思ったのだが、結婚する時に隠し事はしないと約束した。俺は嘘が下手だし、逆に他から知らされれば彼女を余計に傷つけることになる。従姉妹達に課した処分も含めてすべて話し終えると、オリガは「そう……」と寂しげにうつむいていた。
ちなみにティムにはまだ言っていない。大事な時に余計な動揺を与えたくなかったので、彼には夏至祭が終わってから伝えることになっている。その辺はクレスト卿とヒース卿が根回しして下さっていた。
そんな事を思い出していると、罪人用の馬車がその厳重な門の前に到着した。そして馬車の中から意外に元気そうな2人が連れ出される。彼女達は俺の姿を見てあっという表情をして近寄って来ようとしたが、警備の兵士がそれを許さず、敷地の中へと押し込める。そして門は厳重に閉ざされた。
それからほどなくして敷地の中から激しい口論が聞こえてくる。3世代による壮絶な家族喧嘩が始まったのだろう。その内容は聞くに堪えず、彼等があの当時と全く変わっていないのがうかがい知れる。
彼等は分かっていないのだろうか? あの時、オリガとティムに優しくしていればこうはならなかったことを……。そしてこんなにも困窮することは無かった事を……。
でも、それでは俺が最愛の妻に出会う事は無かった。そしてこの国は優秀な竜騎士を得ることもなかった。だから、この境遇には感謝すべきなのかもしれない。
「もういいでしょう? 帰ります」
いつ終わるか分からない不毛なののしり合いは聞いているだけで疲れる。後は村の自警団に全て任せ、俺達はさっさとその場を後にしたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
腰と首は治療のおかげでだいぶ良くなりました。
まだ無理は禁物ですけど。
これからも、ぼちぼち更新頑張って行きます。
思ったより長くなった。
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応接間を後にした俺は、一息入れる間もなくすぐにミステルを出立した。アルノーとマティアスをお供に、向かった先フォルビア城。予定より少し遅くなったけれど、夜が更ける頃にどうにか着いた。正直に言うと、来たくは無かったのだけど。
「ちゃんと来たね。えらい、えらい」
先行していたクレスト卿がわざわざ出迎えてくれる。適当な理由で断ることも出来たが、この人相手にそれをすると後が怖い。仕方なく足を運んだ次第だった。相棒をマティアスに任せ、俺とアルノーはヒース卿の執務室へ向かった。
「おう、来たか。すまんな、足を運んでもらって」
既に遅い時間なのだが、ヒース卿は机の上には書類の束を積み上げて事務仕事の真最中だった。俺達が執務室へ入ると、仕事の手を止めてソファーへ移動し、俺達とクレスト卿にも席をすすめた。
「後はお任せすると申し上げたはずですが?」
「そうは言うが、かわいい奥さんと義弟の為にもちゃんと見届けた方が良いだろう。後の安心にもつながる」
「……」
正論なので、俺はただ黙り込むしかなかった。その日は夜が遅いこともあり、翌日の予定を確認しただけで終わり、客間に案内された。朝から動き詰めだったので疲れていた。俺は衣服を緩めただけで寝台に横になると、討伐期に起きた事件を振り返った。
昨秋、オリガとティムの従姉妹だと言う姉妹が保護を求めてミステルに来た。オリガ達を保護した時に課せられた借金の返済が終わらず、生活が苦しくて頼って来たらしい。それならフォルビア正神殿にいる母親を真先に頼るべきなのだが、余裕がないからと断られたと言い張っていた。正神殿が困窮した人の保護を断る事は全くあり得ないことなのだが……。
真相はともかく、過去に聞いていた話もあって俺はこの姉妹にあまりいい印象を持っていない。それでも冬が間近に迫っている中を追い返すことは出来ず、ミステルで避難民という扱いでの滞在を許した。ただ、この扱いに彼女達は納得していなかった。
そして事件は討伐期に起こった。負傷者が出て、俺達もミステルに駐留するようになってからの事だ。討伐を終えて帰還し、休んでいたところに夜這いをかけられそうになった。ずさんな計略と領主館に逗留している職人達の機転のおかげで未遂に終わったが、後の調査で分かったのは、昨年処分を下したシュタールの商人達が彼女達に協力していた事だった。
総督府への出入り差し止めは彼等が思っていた以上に打撃を与えた。そこで俺に取り入り、処分を軽くしてもらおうと考えたらしい。そこで単純に思いついたのが女性を送り込むという最悪の手段だった。
一方、あの2人は実家を逃げ出した後、やはり母親を頼ってフォルビア正神殿に身を寄せていた。だがそこでの清貧な生活が彼女達には合わなかった。やがてオリガが俺と結婚し、領主夫人になったことを知る。オリガを羨《うらや》み、そしていつか自分達が入れ替わってやろうと思うようになったらしい。
だが、闇雲に飛び出してもアジュガにはたどり着けない。2人が知恵を巡らせて思いついたのは、神殿に訪れる裕福そうな人を味方に付けることだった。やがて知り合ったのはシュタールの商人。総督府への出入り禁止を言い渡され、フォルビアに活路を見いだそうとしていた矢先のことだった。
俺に女性をあてがおうとしていた計画を知っていた彼は、仲間に姉妹を紹介した。そこで商人達は計略を練り、たとえ断られてもすぐに送り返される心配のない秋になってから彼女達を、警備が比較的緩いミステルへ送り込んだのだ。
『何か思っていたのと違う』
『すぐに愛人にしてくれるんじゃなかったの?』
ミステルへの出入りも禁止されている商人は、情報収集をさせている部下を彼女達に付けて協力させていた。俺が全く相手にしなかったことから、彼女達はその不満をその部下へぶつけていた。それでも凹むことなく、彼は町の情報を集め続けた。
そうしている間に諸般の事情で俺達の隊もミステルへ移ることになる。それを知ったその男は、姉妹に夜這いを仕掛けてみてはどうかと提案したのだ。領主館は職人達が滞在していて潜入するのは比較的容易い。夜、休んでいる所へ忍んでいくのも難しくないだろう、とそそのかされ、2人は俄然やる気になった。
そしてその日、夜遅くに討伐から帰った俺は這うように寝台へ潜り込んだ。何しろ討伐頻度が最も高い冬至を過ぎたばかり。この数日は毎日出動し、その合間に書類仕事をこなす日々を送っていた。体の疲れは頂点に達しており、眠るのが何よりの休息となっていた。
その休息の時間を何かの騒ぎで妨げられる。疲れている体を寝台から引きはがし、眠い目をこすりながら何事かと様子を見に部屋を出る。すると、階段に通じる通路の先に人だかりができている。俺たち家族のための私的な区画なのだが、ありえない光景だった。
「何事だ?」
近寄ってみると、あの2人が警備の兵と職人達に取り囲まれていた。少し遅れて竜騎士達も集まって来た。俺の姿を見た2人は必死に助けを求め、あろうことか彼等に襲われそうになったとまで言い出した。その辺りの真偽はともかく、招かれてもいない彼女達が領主の私的な空間にいること自体が罪になる。その事を指摘すると彼女達はあからさまに狼狽した。
「そんなこと聞いていないわ」
「私達は言われた通りにしただけよ」
背後に何者かがいて、意図的に侵入したのを白状したようなものだ。2人の拘束を命じて後は部下に任せて休もうと思ったが、開き直った2人は悪びれることなく好き勝手言い始めた。
「オリガより私の方が可愛いから気に入ってもらえると思ったのよ」
「地味なオリガと別れさせて、かわいい私を奥さんにしてもらうつもりだったの」
オリガを貶める2人に腹が立ち、シュテファンが止めなければ力任せに殴っていた。
「俺の妻はオリガだけだ。外見だけじゃなく性格も醜いお前達に誰が触れたいと思うものか」
俺をそう言い捨てると、後の事を部下に任せて自室に戻った。あまりにも腹が立ち、このままでは眠れそうにない。こんな時期に普段はしないが、蒸留酒を煽る様に飲んでから寝台に潜り込んだ。
幸いにして翌朝までに討伐の出動要請は来ず、ゆっくり休めた俺は朝のうちに報告を聞いておくことが出来た。2人は職人の手伝いを希望して領主館の工房に来ていたのだが、その割には全くやる気がなく、職人達は不審に思っていたらしい。そして夜中にコソコソ動き出したことから、警備兵と連携して2人を捕えたとのことだった。
そして捕えた2人の尋問はあの後すぐに行われ、少し仮眠を取らせてから次の日も朝早くから行われていた。最初の内は甘えたことを言って見逃してもらおうとしていたが、ザムエルに鍛えられた今のミステル警備兵には通用しない。上手く飴と鞭を使い分け、2人から必要な情報を引き出した。そして程なく2人に協力していた商人の部下の身柄も確保できた。
事の次第をシュタールのラファエルさんに報告すると、彼は速やかに動いてくれて関わった商人達を捕え、営業停止処分にした。もうこれで彼等は再起できなくなる。シュタール一帯の流通に関して不安が残るので、あまりやりたくなかった手段だが仕方がない。後はラファエルさんが伝手を頼って何とかすると言っていた。
そして、問題のあの2人。俺は彼女達を2人の実家に戻すことにした。2人は泣いていやがったが、こちらがそれを聞いてやる義理は無い。2人が心を入れ替えるまで実家の敷地から出るのを禁じ、年老いた祖父母の面倒を見させることにした。
しかし、牢に入れてあるとはいえ、俺は2人にこれ以上ミステルに居てもらいたくなかった。それを理解してくれたクレスト卿はすぐにヒース卿に連絡を入れてくれ、真冬にもかかわらず飛竜で送還する手続きを済ませてくれた。そして事件から10日も立たないうちに、防寒具に包まれその上から厳重に縄をかけられた2人は、飛竜の背中に荷物の様に積まれてフォルビアへ送られたのだった。
いつの間にか眠っていたらしく、気付けば朝になっていた。いつもの様に体をほぐしてから着替え、朝食を済ませると約束の時間通りに着場へ向かった。既にアルノーとマティアス、そして今日の見届け役のクレスト卿が待ってくれていた。
「では、参りましょうか」
俺達が向かったのは、あの姉妹の実家だ。オリガとティムと出会った後に村の方に使いで幾度か来て以来になる。村の長寛な雰囲気は変わらないが、ただ一つ変わっていたのは、村はずれにある田舎家の周囲が厳重な塀で囲まれていたことだ。ここがあの姉妹の実家だ。
村に着くなり、村長とその息子、そして村の主だった人達が俺の前に出て来て謝罪する。この村の住民が他領とはいえ領主の地位にある俺に不敬を働いたのだ。ただ、俺は彼等を責めるつもりは無く、全ての責任はあの家の親子に取らせる旨を伝えて安心させた。
「あの姉妹が改心するまで、敷地から一歩も出すな。但し、父親は今まで通り外で働くことを認める」
借金が払えず、農地も家畜もすべて売り払われ、かろうじてあの家だけが残っていた。それでもまだ村八分の処置は解除されない。仕方なく2人の父親は小作人として働いた金で少しずつ返済している状態だった。そして今回、娘2人が事件を起こした。
家の周囲の塀は春になってすぐに作り始められた。同時に村の方にも今回の一件が報告され、その処分も同時に通達されていた。これにより、一家への風当たりは一層強くなるに違いない。そして先日、厳重な塀と頑丈な門が完成したので、あの2人が今日、この家に連れ戻される。俺達はそれを見届けに来たのだ。
今回の事、オリガには全て話してあった。本当は過去の事を思い出させたくなくて黙っていようかと思ったのだが、結婚する時に隠し事はしないと約束した。俺は嘘が下手だし、逆に他から知らされれば彼女を余計に傷つけることになる。従姉妹達に課した処分も含めてすべて話し終えると、オリガは「そう……」と寂しげにうつむいていた。
ちなみにティムにはまだ言っていない。大事な時に余計な動揺を与えたくなかったので、彼には夏至祭が終わってから伝えることになっている。その辺はクレスト卿とヒース卿が根回しして下さっていた。
そんな事を思い出していると、罪人用の馬車がその厳重な門の前に到着した。そして馬車の中から意外に元気そうな2人が連れ出される。彼女達は俺の姿を見てあっという表情をして近寄って来ようとしたが、警備の兵士がそれを許さず、敷地の中へと押し込める。そして門は厳重に閉ざされた。
それからほどなくして敷地の中から激しい口論が聞こえてくる。3世代による壮絶な家族喧嘩が始まったのだろう。その内容は聞くに堪えず、彼等があの当時と全く変わっていないのがうかがい知れる。
彼等は分かっていないのだろうか? あの時、オリガとティムに優しくしていればこうはならなかったことを……。そしてこんなにも困窮することは無かった事を……。
でも、それでは俺が最愛の妻に出会う事は無かった。そしてこの国は優秀な竜騎士を得ることもなかった。だから、この境遇には感謝すべきなのかもしれない。
「もういいでしょう? 帰ります」
いつ終わるか分からない不毛なののしり合いは聞いているだけで疲れる。後は村の自警団に全て任せ、俺達はさっさとその場を後にしたのだった。
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腰と首は治療のおかげでだいぶ良くなりました。
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お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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