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第4章 夫婦の物語
閑話 アヒム2
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更新がおそくなってすみません。
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今年の冬は例年に比べて寒さや飢えによる死者の数は随分と抑えられていた。新たな領主であるルーク卿が町中のゴミ拾いの対価として住民に配った保存食や、神殿の協力の下、定期的に行った炊き出しが功を奏したのだろう。
順調に冬を乗り切られると思われたが、冬の終わりに妖魔の襲撃を受けた際、街道に面した町の正門が壊れてしまった。妖魔が町に流入するのはかろうじて食い止めたが、応急処置をして春まで締め切ってしまう事となった。その為に応援要請を受けて出動する兵団は遠回りを強いられることになってしまったが、町の安全には替えられなかった。
春になり、ようやく門の修理に取り掛かった。ルーク卿からは住民にも何か手伝わせて賃金を払うようにとご指示があった。ゴミ拾いの時同様、告知して労働者を集めたが、大して作業も手伝わずに賃金だけせしめて帰ろうとする輩が続出した。頭を抱えていると、どこからともなくブルーノ氏の手下が現場に現れるようになり、小狡い事を考える輩は現れなくなった。
ルーク卿はミステルを竜騎士が集う町にするという目標を掲げていた。せっかく立派な砦があるのだからそれを活用したいのだろう。だが、その道のりはまだまだ長そうだ。ともかく竜舎を管理する優秀な係官が必要だ。先の領主の折に働いていた者を集めて教育することとなったが、皆、素人同然だった。
「ワシはギードじゃ。ルーク卿の頼みで係官の指導をするために来た」
ルーク卿の伝手で来てくれたのは本宮で竜舎の主とも言われている人物だった。そんな高名な方に来ていただいたけど、皆素人同然だけど大丈夫だろうか? 賃金払えるだろうか? 私の心配をよそに、若干の脱落者を出したものの、教育は順調に行われていた。
ルーク卿の試みは、肥料となる灰を格安で売った農家でも始まっていた。ルーク卿曰く、飛竜が好む香草を育ててもらうらしい。一見すると雑草にも見えるが、手折ると爽やかな香りがするとのことだった。送られて来たその種を香草の絵姿と一緒に農家に預け、農地の一角に植えてもらった。
休止していた上水施設の建設も再開した。こちらも正門同様住民から作業者を募った。正門での失敗を教訓にして、こちらは大きな問題は起こらずに作業を進められた。こういった事業の管理をしているうちにやがて季節は春から夏へと変わっていった。
視察に来られるルーク卿に先駆けてアジュガからザムエル兵団長と代官のウォルフ殿がミステルに来られた。今まで領内の改革を優先で行ってきたため、領主館の整備は疎かになっていた。今回はルーク卿の奥様も来られるので、領主館の整備と警備の強化を手伝って頂くことになっていた。
「この部屋ですか……」
「何か不備でもございますか?」
侍官のハインツの案内で通された領主の部屋にウォルフ殿は顔を顰めた。その反応に部屋の装飾を誇らしげに語っていたハインツは恐る恐るといった様子で尋ねる。
「この部屋ではルーク卿も奥方様も寛ぐことが出来ない。別の部屋を見せて下さい」
ハインツは納得できない様子だったが、渋々別の部屋へ移動する。客間を含めていくつか見て回ったが、どこも華美な装飾が施されていて、ウォルフ殿が納得する部屋は無かった。
「どこも最高級の部屋です。何が気にいらないんですか?」
業を煮やしたのか、ハインツがウォルフ殿に詰め寄る。慌てて制するが、ウォルフ殿は至って冷静だった。
「私がルーク卿からご指示を受けて選んでいるのは、ルーク卿と奥様が寛げるお部屋です。高級かどうかは関係ありません」
「しかし、領主様が泊まられる部屋ですぞ」
「物見遊山であればこういった部屋でも受け入れて下さるでしょう。ですが、お2人はミステルをより良くするために、仕事として来られるのです。滞在中は時間の許す限り執務を行われるご予定となっております。ですから、ごゆっくりと寛げる部屋をご用意するのが私の役目です」
「貧相な部屋では申し訳ないではありませんか」
「高級かそうでないかではなく、お好みの問題だと申し上げております。失礼ながらミステルの皆様よりも付き合いが長い分、私の方がお2人の好みを熟知しております。あのような過度な装飾のあるお部屋は、お2人の好みではないのです」
食い下がるハインツにウォルフ殿は淡々とした口調で説明されるが、ハインツに納得した様子はない。それならばウォルフ殿が選んだ部屋と両方使えるように整え、ルーク卿に選んで頂こうと話をまとめた。
先の領主の頃から勤め、この領主館の事を熟知していることから彼に管理を全て任せていた。貴族とはこういったものだという固定概念にここまで囚われているとは思わなかった。それに気付けなかったのは私の落ち度だ。領内の改革に注視しすぎた弊害がこんなところにも出てしまった。
「ご不快な思いをさせて申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。ルーク卿の事を分かって頂ければ、彼も納得して下さるでしょう」
この後ようやく比較的装飾を抑えた客間を見つけ、この部屋を滞在中に使って頂くことに決めて家具や装飾品の類の入れ替えを行った。他にもルーク卿の執務室と奥様が日中寛がれるのに適した小部屋の改装を行い、お2人を迎える準備を整えた。
この改装をハインツは快く思っていない様子だったが、ルーク卿の命令と聞いて渋々従っていた。彼としては家具を粗雑に扱うのが我慢できない様子だった。しかし、内乱終結からこれまでの報告書を見る限りこのミステルの領主館に価値のあるものは残っていないはず。ハインツにもそれは知らされているはずなのだが……。
そして、ルーク卿と奥様がミステルへ到着した。私は先ず、ハインツが最高級と謳う領主の部屋へお2人を案内した。しかし、すぐに呼び出され、部屋を替えて欲しいと頼まれた。予想で来ていた事でもあり、私はすぐにウォルフ殿が選んだ部屋へ案内する。こちらはどうにか許容範囲だったらしく、無事に落ち着かれた。この結果にハインツは悔しそうにしていた。
ルーク卿は着いた日から精力的に動かれてミステルの改革に勤しまれた。しかし、奥様には無理をさせたくないご様子だった。滞在2日目は自警団の鍛錬ということもあり、奥様は領主館でゆっくり過ごされることになっていた。
私も仕事があるので、ウォルフ殿に付き添いを頼んで領主館内を見て回られることになったのだが、その途中でまたもやハインツが問題を起こしてしまった。集まる様にとの伝言を受けて慌ててルーク卿の執務室に行くと、主だった方々に囲まれてふてくされたハインツの姿があった。何があったのかざっと話を聞くと、領主館を荒らすなと奥様に詰め寄ったらしい。
「先ずは言い分を聞こうか」
鍛錬着から衣服を改めて執務室に来たルーク卿は、ハインツに向き直ると先ずは彼の言い分から聞いた。それにより、彼の甚だしい勘違いが判明した。
元々、彼は先の領主の嫡男メルヒオールの従者をしていた。それでも先の領主が更迭された後も、罪に問われることなく領主館と砦の維持の為に侍官として残る事となった。ただ、元の領主家族、とりわけ嫡男だったメルヒオールへの忠誠心は強く残ったままだった。
昨秋、労役に課せられていたそのメルヒオールがアルメリア皇女のご成婚に伴う恩赦で釈放され、ハインツの元を訪れた。そして、自分は潔白が証明され、婚約しているルーク卿の妹カミラ嬢と結婚したらこのミステルは自分に返還されることになっているという趣旨の話を聞かされたらしい。
「何だ、その変なご都合主義」
ザムエル兵団長の言葉は、まさしく我々の感想を全て代弁していた。呆れて返す言葉が見つからなかったが、ルーク卿は冷静かつ的確にその勘違いを訂正していく。近くウォルフ殿がアジュガの城代に任命されるのは初めて知ったが、彼とカミラ嬢が近く結婚するのはつい先日ご報告頂いていた。
そしてそのウォルフ殿からメルヒオールなる人物はカミラ嬢への暴行未遂で捕縛され、シュタールへ送還されていると告げられる。更にはルーク卿からメルヒオールとの婚約の事実は無いときっぱりと否定され、ハインツは怒りに拳を震えさせながらも返す言葉が無くなっていた。
「ハインツ殿は内乱前、このミステルの領主館で何が行われていたかご存知か?」
そんな彼に私は静かに問いかけてみる。彼は打って変わり、かつての栄華を陶酔するように語っていたが、それらは全てカルネイロによるまやかしだった。この地で人を集めて売買されていたのは、違法に集められた品々だった。中にはここで売買されるためだけに作られた贋作も多数あり、ミステルの領主館で誇らしげに飾られている品々の多くはそう言った偽物が多数を占めていた。
先の領主が更迭され、国の管理下に置かれた折に、売れる物は全て売却して困窮している領民の支援に宛ててしまっている。その為、領主館に残っている調度品の類に価値があるものは残っていなかった。
侍官となった折にハインツにもそれは伝えられていたはずだった。しかし、どう歪めて解釈したのか、全てメルヒオールへ受け継がせるために残されたのだと頑なに信じていた様子だった。それが間違いだったと知らされ、彼は急におとなしくなった。
そこから改めて恩赦で解放されていたメルヒオールは問題を起こしたことで再び労役が科せられている事、そしてルーク卿は陛下から正式に任命された領主であることを改めてハインツに伝えた。
「ミステルを預かる文官の長として、部下の不始末を深くお詫び申し上げます」
今回は完全に私の失態だった。そう言って謝罪すると、ルーク卿は謝罪を受け入れて下さった。そしてハインツには謹慎を命じ、自警団員によって拘束されて執務室から連れ出されていった。
「馬鹿な真似をしないよう、監視を怠らないようにしてくれ」
今は自失しているが、後になって自棄をおこして自死を選びかねない。最悪の結果を招かないよう、配慮が必要だった。当面は自警団員が交代で彼を監視することとなった。後は他にもメルヒオールと接触した人物がいないか確認することで話を終えた。
ミステル滞在もあとわずかとなったところで、ルーク卿が過労で倒れられた。野外活動中に行方不明になった子供を助けた後だったこともあり、自警団の中には勝手な行動をしてルーク卿の手を煩わせた孤児のカイ少年の所為だという者もいたが、私からすれば皆同罪だ。
ルーク卿は深夜にも書類仕事をしていたり、早朝には自警団の鍛錬にも付き合っていた。奥様に心配をかけないように無理している姿を見せないようにしていたが、最後の最後になって、たまった疲れが出てしまったご様子だった。
当初の予定を変更し、ミステルで静養をしてからアジュガへお帰りになられることになった。予定していた仕事は全て終わっていたので、ご夫婦でのんびり過ごして頂くことにした。
後になって、馬鹿な自警団員がわざわざ孤児院まで行ってカイ少年を責めた事が発覚した。彼等には厳重注意の上、当面は孤児院での奉仕活動を命じた。体力に自信があるのだから存分に子供達の相手をしてもらおう。その前にそのいかつい顔で子供達に泣かれないことを祈るばかりだ。
そして療養を終えたルーク卿は、奥様を伴いミステルを出立された。体調はすっかり元通りだと仰っておられたが、アジュガに戻られても妹のカミラ嬢とウォルフ殿の婚礼もあるし、あまり無理はなさらないでいただけたら……。ミステルの上空をぐるりと周る飛竜の姿を見送りながらそんな事をつい思ってしまった。
そんな心配をよそに、秋、無事に婚礼が行われたと知らせが来た。これに伴い、正式にウォルフ殿はアジュガの城代に任じられた。代官よりも権限が増え、ミステルを預かる私もその下に就くことになる。
今までは些細な事でもルーク卿にお伺いを立てていたが、これからはウォルフ殿に相談し、それでも手におえない場合はルーク卿に判断を仰ぐ形となる。これで働きすぎのルーク卿が少しでも楽になっていただけたらいいのだが……。
秋の終わりにはシュタールの友人からあちらの状況を知らせてくれる手紙が届いた。その一文の中に気になる情報があった。
「元ミステル領嫡男のメルヒオールが保釈された」
残念ながら誰が保釈金を払ったのかまでは分からなかった。ただ、自由の身になったとはいえ、アジュガとミステルにはもう関わらないという誓約がある。だから問題は無いと思うのだが、同時にちょっとだけ不穏な気配を感じ取った。
どうしようか迷った挙句、ウォルフ殿には警告を含めてその事を伝えたのだった。
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次話から本編に戻ります
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今年の冬は例年に比べて寒さや飢えによる死者の数は随分と抑えられていた。新たな領主であるルーク卿が町中のゴミ拾いの対価として住民に配った保存食や、神殿の協力の下、定期的に行った炊き出しが功を奏したのだろう。
順調に冬を乗り切られると思われたが、冬の終わりに妖魔の襲撃を受けた際、街道に面した町の正門が壊れてしまった。妖魔が町に流入するのはかろうじて食い止めたが、応急処置をして春まで締め切ってしまう事となった。その為に応援要請を受けて出動する兵団は遠回りを強いられることになってしまったが、町の安全には替えられなかった。
春になり、ようやく門の修理に取り掛かった。ルーク卿からは住民にも何か手伝わせて賃金を払うようにとご指示があった。ゴミ拾いの時同様、告知して労働者を集めたが、大して作業も手伝わずに賃金だけせしめて帰ろうとする輩が続出した。頭を抱えていると、どこからともなくブルーノ氏の手下が現場に現れるようになり、小狡い事を考える輩は現れなくなった。
ルーク卿はミステルを竜騎士が集う町にするという目標を掲げていた。せっかく立派な砦があるのだからそれを活用したいのだろう。だが、その道のりはまだまだ長そうだ。ともかく竜舎を管理する優秀な係官が必要だ。先の領主の折に働いていた者を集めて教育することとなったが、皆、素人同然だった。
「ワシはギードじゃ。ルーク卿の頼みで係官の指導をするために来た」
ルーク卿の伝手で来てくれたのは本宮で竜舎の主とも言われている人物だった。そんな高名な方に来ていただいたけど、皆素人同然だけど大丈夫だろうか? 賃金払えるだろうか? 私の心配をよそに、若干の脱落者を出したものの、教育は順調に行われていた。
ルーク卿の試みは、肥料となる灰を格安で売った農家でも始まっていた。ルーク卿曰く、飛竜が好む香草を育ててもらうらしい。一見すると雑草にも見えるが、手折ると爽やかな香りがするとのことだった。送られて来たその種を香草の絵姿と一緒に農家に預け、農地の一角に植えてもらった。
休止していた上水施設の建設も再開した。こちらも正門同様住民から作業者を募った。正門での失敗を教訓にして、こちらは大きな問題は起こらずに作業を進められた。こういった事業の管理をしているうちにやがて季節は春から夏へと変わっていった。
視察に来られるルーク卿に先駆けてアジュガからザムエル兵団長と代官のウォルフ殿がミステルに来られた。今まで領内の改革を優先で行ってきたため、領主館の整備は疎かになっていた。今回はルーク卿の奥様も来られるので、領主館の整備と警備の強化を手伝って頂くことになっていた。
「この部屋ですか……」
「何か不備でもございますか?」
侍官のハインツの案内で通された領主の部屋にウォルフ殿は顔を顰めた。その反応に部屋の装飾を誇らしげに語っていたハインツは恐る恐るといった様子で尋ねる。
「この部屋ではルーク卿も奥方様も寛ぐことが出来ない。別の部屋を見せて下さい」
ハインツは納得できない様子だったが、渋々別の部屋へ移動する。客間を含めていくつか見て回ったが、どこも華美な装飾が施されていて、ウォルフ殿が納得する部屋は無かった。
「どこも最高級の部屋です。何が気にいらないんですか?」
業を煮やしたのか、ハインツがウォルフ殿に詰め寄る。慌てて制するが、ウォルフ殿は至って冷静だった。
「私がルーク卿からご指示を受けて選んでいるのは、ルーク卿と奥様が寛げるお部屋です。高級かどうかは関係ありません」
「しかし、領主様が泊まられる部屋ですぞ」
「物見遊山であればこういった部屋でも受け入れて下さるでしょう。ですが、お2人はミステルをより良くするために、仕事として来られるのです。滞在中は時間の許す限り執務を行われるご予定となっております。ですから、ごゆっくりと寛げる部屋をご用意するのが私の役目です」
「貧相な部屋では申し訳ないではありませんか」
「高級かそうでないかではなく、お好みの問題だと申し上げております。失礼ながらミステルの皆様よりも付き合いが長い分、私の方がお2人の好みを熟知しております。あのような過度な装飾のあるお部屋は、お2人の好みではないのです」
食い下がるハインツにウォルフ殿は淡々とした口調で説明されるが、ハインツに納得した様子はない。それならばウォルフ殿が選んだ部屋と両方使えるように整え、ルーク卿に選んで頂こうと話をまとめた。
先の領主の頃から勤め、この領主館の事を熟知していることから彼に管理を全て任せていた。貴族とはこういったものだという固定概念にここまで囚われているとは思わなかった。それに気付けなかったのは私の落ち度だ。領内の改革に注視しすぎた弊害がこんなところにも出てしまった。
「ご不快な思いをさせて申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。ルーク卿の事を分かって頂ければ、彼も納得して下さるでしょう」
この後ようやく比較的装飾を抑えた客間を見つけ、この部屋を滞在中に使って頂くことに決めて家具や装飾品の類の入れ替えを行った。他にもルーク卿の執務室と奥様が日中寛がれるのに適した小部屋の改装を行い、お2人を迎える準備を整えた。
この改装をハインツは快く思っていない様子だったが、ルーク卿の命令と聞いて渋々従っていた。彼としては家具を粗雑に扱うのが我慢できない様子だった。しかし、内乱終結からこれまでの報告書を見る限りこのミステルの領主館に価値のあるものは残っていないはず。ハインツにもそれは知らされているはずなのだが……。
そして、ルーク卿と奥様がミステルへ到着した。私は先ず、ハインツが最高級と謳う領主の部屋へお2人を案内した。しかし、すぐに呼び出され、部屋を替えて欲しいと頼まれた。予想で来ていた事でもあり、私はすぐにウォルフ殿が選んだ部屋へ案内する。こちらはどうにか許容範囲だったらしく、無事に落ち着かれた。この結果にハインツは悔しそうにしていた。
ルーク卿は着いた日から精力的に動かれてミステルの改革に勤しまれた。しかし、奥様には無理をさせたくないご様子だった。滞在2日目は自警団の鍛錬ということもあり、奥様は領主館でゆっくり過ごされることになっていた。
私も仕事があるので、ウォルフ殿に付き添いを頼んで領主館内を見て回られることになったのだが、その途中でまたもやハインツが問題を起こしてしまった。集まる様にとの伝言を受けて慌ててルーク卿の執務室に行くと、主だった方々に囲まれてふてくされたハインツの姿があった。何があったのかざっと話を聞くと、領主館を荒らすなと奥様に詰め寄ったらしい。
「先ずは言い分を聞こうか」
鍛錬着から衣服を改めて執務室に来たルーク卿は、ハインツに向き直ると先ずは彼の言い分から聞いた。それにより、彼の甚だしい勘違いが判明した。
元々、彼は先の領主の嫡男メルヒオールの従者をしていた。それでも先の領主が更迭された後も、罪に問われることなく領主館と砦の維持の為に侍官として残る事となった。ただ、元の領主家族、とりわけ嫡男だったメルヒオールへの忠誠心は強く残ったままだった。
昨秋、労役に課せられていたそのメルヒオールがアルメリア皇女のご成婚に伴う恩赦で釈放され、ハインツの元を訪れた。そして、自分は潔白が証明され、婚約しているルーク卿の妹カミラ嬢と結婚したらこのミステルは自分に返還されることになっているという趣旨の話を聞かされたらしい。
「何だ、その変なご都合主義」
ザムエル兵団長の言葉は、まさしく我々の感想を全て代弁していた。呆れて返す言葉が見つからなかったが、ルーク卿は冷静かつ的確にその勘違いを訂正していく。近くウォルフ殿がアジュガの城代に任命されるのは初めて知ったが、彼とカミラ嬢が近く結婚するのはつい先日ご報告頂いていた。
そしてそのウォルフ殿からメルヒオールなる人物はカミラ嬢への暴行未遂で捕縛され、シュタールへ送還されていると告げられる。更にはルーク卿からメルヒオールとの婚約の事実は無いときっぱりと否定され、ハインツは怒りに拳を震えさせながらも返す言葉が無くなっていた。
「ハインツ殿は内乱前、このミステルの領主館で何が行われていたかご存知か?」
そんな彼に私は静かに問いかけてみる。彼は打って変わり、かつての栄華を陶酔するように語っていたが、それらは全てカルネイロによるまやかしだった。この地で人を集めて売買されていたのは、違法に集められた品々だった。中にはここで売買されるためだけに作られた贋作も多数あり、ミステルの領主館で誇らしげに飾られている品々の多くはそう言った偽物が多数を占めていた。
先の領主が更迭され、国の管理下に置かれた折に、売れる物は全て売却して困窮している領民の支援に宛ててしまっている。その為、領主館に残っている調度品の類に価値があるものは残っていなかった。
侍官となった折にハインツにもそれは伝えられていたはずだった。しかし、どう歪めて解釈したのか、全てメルヒオールへ受け継がせるために残されたのだと頑なに信じていた様子だった。それが間違いだったと知らされ、彼は急におとなしくなった。
そこから改めて恩赦で解放されていたメルヒオールは問題を起こしたことで再び労役が科せられている事、そしてルーク卿は陛下から正式に任命された領主であることを改めてハインツに伝えた。
「ミステルを預かる文官の長として、部下の不始末を深くお詫び申し上げます」
今回は完全に私の失態だった。そう言って謝罪すると、ルーク卿は謝罪を受け入れて下さった。そしてハインツには謹慎を命じ、自警団員によって拘束されて執務室から連れ出されていった。
「馬鹿な真似をしないよう、監視を怠らないようにしてくれ」
今は自失しているが、後になって自棄をおこして自死を選びかねない。最悪の結果を招かないよう、配慮が必要だった。当面は自警団員が交代で彼を監視することとなった。後は他にもメルヒオールと接触した人物がいないか確認することで話を終えた。
ミステル滞在もあとわずかとなったところで、ルーク卿が過労で倒れられた。野外活動中に行方不明になった子供を助けた後だったこともあり、自警団の中には勝手な行動をしてルーク卿の手を煩わせた孤児のカイ少年の所為だという者もいたが、私からすれば皆同罪だ。
ルーク卿は深夜にも書類仕事をしていたり、早朝には自警団の鍛錬にも付き合っていた。奥様に心配をかけないように無理している姿を見せないようにしていたが、最後の最後になって、たまった疲れが出てしまったご様子だった。
当初の予定を変更し、ミステルで静養をしてからアジュガへお帰りになられることになった。予定していた仕事は全て終わっていたので、ご夫婦でのんびり過ごして頂くことにした。
後になって、馬鹿な自警団員がわざわざ孤児院まで行ってカイ少年を責めた事が発覚した。彼等には厳重注意の上、当面は孤児院での奉仕活動を命じた。体力に自信があるのだから存分に子供達の相手をしてもらおう。その前にそのいかつい顔で子供達に泣かれないことを祈るばかりだ。
そして療養を終えたルーク卿は、奥様を伴いミステルを出立された。体調はすっかり元通りだと仰っておられたが、アジュガに戻られても妹のカミラ嬢とウォルフ殿の婚礼もあるし、あまり無理はなさらないでいただけたら……。ミステルの上空をぐるりと周る飛竜の姿を見送りながらそんな事をつい思ってしまった。
そんな心配をよそに、秋、無事に婚礼が行われたと知らせが来た。これに伴い、正式にウォルフ殿はアジュガの城代に任じられた。代官よりも権限が増え、ミステルを預かる私もその下に就くことになる。
今までは些細な事でもルーク卿にお伺いを立てていたが、これからはウォルフ殿に相談し、それでも手におえない場合はルーク卿に判断を仰ぐ形となる。これで働きすぎのルーク卿が少しでも楽になっていただけたらいいのだが……。
秋の終わりにはシュタールの友人からあちらの状況を知らせてくれる手紙が届いた。その一文の中に気になる情報があった。
「元ミステル領嫡男のメルヒオールが保釈された」
残念ながら誰が保釈金を払ったのかまでは分からなかった。ただ、自由の身になったとはいえ、アジュガとミステルにはもう関わらないという誓約がある。だから問題は無いと思うのだが、同時にちょっとだけ不穏な気配を感じ取った。
どうしようか迷った挙句、ウォルフ殿には警告を含めてその事を伝えたのだった。
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