群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第20話

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「連れ出す相手を間違えたのも誤算だったが、あの場で女王の行軍が起こったのも予想していなかった」
 確かに女王の出現は俺も予想していなかった。俺も同意してうなずいていると、ダミアンさんは呆れたように深いため息をついた。
「まさか、お前が単独で女王に挑んでいく酔狂な奴だとは思わなかった」
 何だか恨みがましい視線を向けられる。まあ、確かに無謀な行動だったが、ダミアンさんに恨まれるようなことだろうか? 俺が首をかしげると、またもや彼は深いため息をついた。
「俺は止めたよな? なのに、まともに戦うつもりはないと言っておいてあれは何だ? 女王の顎を蹴り上げて挑発して大立ち回りした挙句に死にそうになりやがって。お前の上司と部下に何故止めなかったと散々文句を言われたんだぞ」
 ダミアンさんの剣幕に俺はもうタジタジとなるしかなかった。扉の外にちらりと見えるラウルに視線を向けると、何故だか大きくうなずいている。俺がいる位置から見えないが、恐らくシュテファンも同様にうなずいているのだろう。
「一通りの聞き取りが終わった後も延々と小言が続き、むしろ小言の方が長いくらいだったんだぞ」
「うわ……」
 淡々と小言を連ねるアスター卿の姿を思い出す。もしかしたら俺の体を気遣わなければならない分が彼に向けられた可能性もある。ちょっとだけ彼に同情した。
「それだけじゃない。お前の大立ち回りを記憶している限り飛竜に伝えろと命じられて、やった事もない記憶の伝達をさせられたんだ。さび付いている力を駆使した挙句、2日間も寝込んだんだぞ」
「それは……大変でしたね……」
 相棒への記憶の伝達は比較的簡単に出来るが、初対面の飛竜相手では常日頃訓練をしていないとなかなか難しい。ましてや、竜騎士達のダミアンさんへの感情は最悪だ。不信感を抱かれている相手へはなかなか伝わらなかっただろう。ましてや普段からそう言った力を使っていないとなると倒れてしまうのもうなずける。
「お前の部下達からはこのくらいお前なら簡単にやってのけるだの、もっと鮮明に伝えろ、だの文句を言われた挙句、まあ、無いよりましだろうと散々だった」
 激高するダミアンさんの姿を見て、ああ、相当うっ憤が溜まっているんだろうなと想像できた。俺は相槌を打ちながら彼の話に耳を傾ける。やがて気が晴れたのか、彼の表情は幾分スッキリとしていた。
「まあ、でも、改めてお前には敵わないと実感させられたよ」
 ダミアンさんはそう言うと椅子の背もたれを使ってゆっくりと立ち上がる。気配を察したラウルとシュテファンが室内に入ってくるが、彼は表情を引き締めると俺に深々と頭を下げた。
「色々と済まなかった。この謝罪だけで俺がしてきたことが全て許されるわけではないが、それでも過去にしてきたことを反省している事だけは知っていて欲しい」
「……いいですよ」
 俺の返答に少し驚いた様子で彼は頭を上げた。
「いいって……許してくれるのか?」
「端的に言えばそうです。確かに、ゼンケルにいた頃は理不尽な思いをしたし、辛かった。その原因となったダミアンさんの事を少なからず恨んではいました。けれど、今、上に立つ立場を経験したから言えるんですけど、そもそもはホルスト卿がその話を鵜呑みにせず、少しでも自分で確認していれば防げた事件だと俺は思うんです」
 俺の意見を聞いたダミアンさんは「ルーク……」と呟き呆然と俺の顔を見ていた。
「まあ、今更あの頃の事をどうこう言っても変えることは出来ないし、そしてあの経験があるから今の俺があるともいえるんです。それに今、俺はとても幸せなんですよ」
 あの時、ホルスト卿が適切な対処をしていれば、今頃俺は第2騎士団員として職務を全うしていただろう。しかし、あの苦しい状況の中、偶然に殿下との面識を得られたことによって第3騎士団への移動が実現した。そこでアスター卿に鍛えられたからこそ、上級騎士に名を連ねるほどの力を得たと思っている。そして何より、オリガとも出会うことが出来たのだ。
「それでも、ダミアンさんがこうして俺に謝罪をして下さるのは純粋に嬉しいです」
「ルーク……ありがとう」
 ダミアンさんはその場でまた深々と頭を下げた。心なしかその目は潤んでいるようにも見える。
「そろそろ時間です」
 戸口に立っていたラウルが声をかける。予定の時間を過ぎても話が終わるのを待っていてくれたらしく、気を利かせてくれたラウルとシュテファンに謝意を伝えておいた。ラウルが預かっていたダミアンさんの杖を返すと、彼は寝台に近寄ってきて手を差し出してきた。
「最後に会えてよかった。早く体が良くなることを願っている」
 今回の一連の事件に深く関与したダミアンさんには厳しい処罰が下る可能性が高かった。彼の言葉からは何を言い渡されても受け入れる覚悟がうかがい知れた。
「俺も会えてよかった。ダミアンさんも健勝で」
 俺はそんな彼が差し出した手をそう言って握り返した。握手を交わすと、ダミアンさんはラウルにうながされて部屋を出ていく。去り際にもう一度振り向いた彼と黙礼を交わしてこの面会は終了した。



 タランテラを代表する名医による治療とオリガの手厚い看護のおかげで俺の体も徐々に回復していた。負傷して1ヶ月を過ぎた頃には支えられながらだが立って歩けるようになり、病室も重症患者用から一般の部屋へ移動することになった。
「ここって、本当に病室?」
 移動した先は座り心地のいいソファと重厚なテーブルが置かれた居間と天蓋付きの大きな寝台が整えられた寝室が続き部屋となっている立派な部屋だった。風呂場も供えられており、本宮の客間にも劣らない造りとなっているこの部屋は、治療で訪れるアスター卿が滞在する時に使っている部屋らしい。道理で立派だと思った。
「でも、何で俺にここを?」
「アスター卿のご指示でございます」
 もっともな疑問に満面の笑みで答えてくれたのは療養施設の管理を任されている侍官だ。あまりの事に呆然としている間に俺の荷物は運び込まれ、整理整頓されていた。ちなみに、今まで俺の看病の為に以前の病室に近い部屋で寝起きしていたオリガの荷物は、同時進行で隣の客間へ運び込まれていた。
 アスター卿は同室でも構わないと言っておられたらしいが、さすがにこの状況では不謹慎だと判断したらしく、隣室にしたらしい。賢明だが、ちょっとだけ残念と思ったのはここだけの話だ。
「それでは、何か御用があればお呼び下さい」
 侍官はそう言って恭しく頭を下げると部屋を退出していった。広い部屋に取り残された俺はただ呆然と立ち尽くしていた。扉が叩く音がして我に返り、返事をするとお茶のお盆を手にしたオリガが部屋に入って来た。
「当主のお部屋だと聞いたけど、本当にすごい部屋ね」
「オリガは知っていたの?」
「私もさっき聞いたの。さ、座って。お茶にしましょう」
 オリガに勧められるままソファに座ると、彼女がハーブティーを淹れてくれる。彼女も俺の隣に腰を下ろし、ゆっくりとお茶を味わう。またこうやって2人でお茶を飲めるのが何よりも嬉しい。
「前のお部屋から歩いて来て疲れていない?」
「うん。でも、もうちょっと体力つけなきゃエアリアルに会いに行けないな」
 動けるようになって少しずつ歩く長さと時間を増やしているが、竜舎まで行けるようになるのはまだ先になりそうだ。
「そういえば、今日はグルース先生のところ行かなくていいの?」
「部屋の移動があるから今日は休んでいていいと言って下さったの」
 付きっ切りの看病が必要なくなり、オリガは数日前から空いた時間を利用してグルース医師の手伝いをしていた。もうちょっとゆっくりしていてもいいと思うのだけど、本人は落ち着かないのだろう。
 2人で他愛もない話をしながらお茶を楽しむ。傍らのオリガがすり寄ってくるので、日常生活には支障なく動かせるようになった右手で彼女の肩を抱いた。改めてこの何気ない時間が幸せなんだと実感する。その一方で無茶をやらかした俺は、危うくこの幸せを失うところだったのだと改めて思い知らされた。
「どうしたの? ルーク」
 ちょっと会話が途切れただけだったはずだが、俺の心の内を読みすかしたようにオリガは俺を見上げて問いかけてくる。苦しい時もずっと傍に居て励まし続けてくれた彼女がどうしようもなく愛おしい。俺はまだ固定している左手もぎこちなく使って、彼女を両手で抱きしめた。
「ねえ、オリガ」
「なあに?」
「春になって、俺がもっとちゃんと動けるようになったら、組紐を探しに行かないか?」
「……」
 あれ? 返事が返ってこない。何かまずかっただろうか? 内心焦っていると、オリガが顔を上げる。その目は涙で潤んでいた。
「ルーク、本当に?」
「うん。復帰できてもどこへ配属させられるかまだ分からないけど。それでもちゃんと君の所へ帰る約束の証に籍を入れたい」
「嬉しい……」
 オリガは俺に抱き着いて胸に顔をうずめる。泣いているらしい彼女が落ち着くまで俺は彼女を抱きしめた。
 その後、彼女は改めて組紐を一緒に選ぶ事を承諾してくれた。そしてここで療養している間に具体的に話を進めておこうと2人で決めたのだった。




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オリガ「組紐、ルークはどんな色が良い?」
ルーク「そうだなぁ……騎士団の群青が入れば満足かな。オリガは?」
オリガ「ありきたりだけど、お互いの目の色がいいかしら」
ルーク「いいねぇ……」

こんな風にまったりと話をしながら決めたらしい。
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