群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第19話

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 エアリアルに会いに行った翌日から俺はまた寝込む羽目になった。分かってはいたが、やはり動くには早すぎたのだ。バセット爺さんが宣言通り用意してくれる苦い薬湯を飲みつつ、オリガに優しく介抱されながら体力の回復にいそしんだ。そして再び体を起こして普通に食事をとれるようになった頃、ダミアンさんとの面会日を迎えた。
 この日の面会も午後に予定されていた。事情聴収の時と同様、午前中はオリガに手伝ってもらって身だしなみを整えた。昼食を済ませて眠くなりかけたところへ扉を叩く音がする。返事をすると、杖をついたダミアンさんが入室してきた。背後にはおそらく監視としてついて来ているのだろう、ラウルとシュテファンが控えている。
「この様な格好で失礼します」
「いや……こちらこそ面会を……許可してくれて感謝する」
 面会はぎこちない挨拶から始まった。寝台の脇に控えていたオリガがダミアンさんに椅子を勧め、そしてラウルとシュテファンは入り口に近い壁際に控える。準備が整った訳だが、何かやりづらい。
「2人だけにしてくれないか?」
「それはできませんん」
 俺の要望にラウルとシュテファンが難色を示す。まあ、当然の反応だろう。今回どんな意図があってダミアンさんが面会を求めて来たかは分からないが、せっかくの機会なので本音で話をしたい。しかし、これでは無理だ。
「何かあったら呼んでね」
「分かった」
 俺の気持ちを察してくれたオリガは俺達に頭を下げてすぐに退出してくれた。しかし、職務に忠実な2人は頑として動こうとしない。するとダミアンさんは徐に立ち上がると、椅子の位置を寝台から離す。そして手に持っていた杖をラウルに差し出した。
「俺はこの杖が無ければ歩き回ることもままならない。終わるまで預かってくれて構わない」
「……」
 ラウルとシュテファンは戸惑った様子で顔を見合わせる。
「扉を開けて外で控えていればいい。杖なしで俺がこの位置からもしルークに危害を加えようとしても、貴公達の方が早く行動できるはずだ」
「ラウル、シュテファン、頼むよ」
 どうやらダミアンさんも同じ考えを持っていたようだ。話の内容を聞かれるのは仕方がないと思っている。ただ、気分的に目の前に居ると話がし辛いだけだ。俺が再度頼むと、2人は本当に渋々と言った様子で「分かりました」と頭を下げ、ダミアンさんの杖を預かって部屋を出て行った。
「……随分と慕われているな」
「もう彼等の上司ではないんだけどな」
「それだけ恩義を感じているんだろう。昔からお前はそうだよ」
 ダミアンさんはため息交じりにそう言うと、自分で遠ざけた椅子に腰を下ろした。そして言葉を続ける。
「ギュンター叔父上の所に出入りしている時もそうだった。お前が小さい子達の面倒も見るから、自然とお前の所に人が集まる。次期町長は俺なのに、俺の言う事よりもお前の言うことに皆が耳を傾けるから悔しかったんだ」
 悔しいと言っているが、彼の口調からは吹っ切れた様子がうかがえる。「少し懺悔をしていいか」と聞かれたので、俺はうなずくと先をうながした。
「俺は父の悲願の為に育てられたようなものだ。いずれは貴族の身分になるのだから、町民に劣っていてはならないと常に言い聞かされた。窓の外から聞こえるお前達の楽しそうな声が羨ましいと思いながら、父が選んだ厳しい家庭教師の下で勉強をさせられた。
 ギュンター叔父上の所へ行くのが俺の唯一の楽しみだった。竜騎士の資質があると言われたのは嬉しかったし、本気で目指せると思っていた。だが……俺の力はお前に遠く及んでいなかった」
 ダミアンさんはここで初めて本当に悔しそうに膝の上に置いた手を握りしめた。
「父のごり押しで見習い候補になれたが、訓練を重ねていくうちにそれは顕著になった。それでもあの頃の俺は素直にそれを受け入れることが出来なかった。だから……同じようにお前の才能をねたむ者達と一緒になってホルスト団長に取り入り、嘘偽りを吹き込んで不興を買うように仕向けた」
 扉の外からラウルとシュテファンの怒気が伝わってくる。今現在が幸せなので、俺自身にはもう当時の事はどうでも良いと言う気持ちにすらなっているのだが、彼等には違ったらしい。しかし、ダミアンさんの方も肝が据わっていて、彼等の怒気を意に介することなく話を続ける。
「念願かなって相棒を手に入れた。しかし、それも結局偽りのものとなった。飛竜がお前を選んだ時点でいさぎよく身を引いていれば、異なる結末を迎えていたのだろうが、矜持がそれを許さなかった。結局、それが最悪の結果を招いた」
 ダミアンさんはここで大きく息をはいた。その表情からは深く後悔している事が読み取れた。
「ゴッドフリードはクズだ。お前への扱いもそうだが、妖魔に襲われてこの足を怪我した時、アイツは俺を囮にして1人だけ逃げようとしていた。あの場面でお前が来てくれて命だけは助かった。しかし、後からそのことを問い詰めたら、アイツは俺の首を絞めて殺そうとしたんだ」
「え……」
 聞いていた話と違う。ああ、でも、彼が身を投げたと証言したのはゴッドフリードだ。ホルスト卿も彼の話を信じてろくな捜査をしていない可能性は高い。
「意識が朦朧としていた俺をアイツは崖の上から落とした。運良く、新雪が衝撃を和らげてくれたおかげで命拾いした。それでもこの足の事もあって身動きはできなかったが、偶然通りかかって助けてくれたのが、今俺が身を寄せている運び屋の先代の頭だ」
 ダミアンさんが自殺したと伝えられてから、ずっと納得しきれていなかった。その気がかりの部分がようやく晴れた気がした。
「この時の俺も選択を誤った。命が助かった時点で訴え出ていれば、少なくともゴッドフリードの身辺に調査が入って後の状況は変わっていただろう。だが、俺は全てにやる気をなくし、体が治っても自堕落に過ごしていた。そんな俺に先代が喝を入れてくれたおかげで立ち直ることが出来た。まあ、当然の事だけど色々と手厳しいことも言われたよ。
 それでもタランテラに戻る気にはなれなかった。帰ったところでこの足ではもう竜騎士は続けられない。父の望みを叶えられない俺は捨てられるのが怖くて結局逃げたんだ」
 絞り出すような声にダミアンさんの苦悩が伝わってくる。それでも彼は気持ちを入れ替える様に息をはくと、話をつづけた。
「そこから命を助けてもらったお礼に何か役に立ちたいと思って、用心棒みたいなことを始めた。そのうちに仲間にも弓や剣の扱い方も教えるようになったし、読み書きや算術が出来るのも重宝された」
 受け入れられた先での生活の話をする頃には穏やかな表情に変わっていた。彼にとっていい時間を過ごしていた様子がうかがえる。元々、町長になるために学んできたことが役に立っていたに違いない。
「タランテラ、タルカナ、ガウラの3国間を中心に依頼があれば独自の経路で物でも人でも運ぶのが俺達の仕事だった。中でもカルネイロ商会は一番のお得意様だ。例え依頼されるものが法に触れるものだったとしても、彼等のおかげで俺達の生活が成り立っていたのは確かだった。
 しかし、カルネイロが崩壊してからは仕事が激減した。俺達の今後を模索する中、久しぶりに姿を現したのがカルネイロの窓口となっていた男だ。その男が今回の仕事の依頼者だ」
 ダミアンさんが少し顔をしかめたところから、その相手にあまりいい感情を持っていないことを察する。まあ、ベルクの捕縛から2年経った今では大陸中に散らばっていたカルネイロ商会の幹部の捕縛は完了している。つまりその男は関係者の中でも小物に過ぎないということになる。
「仕事の内容はフォルビアの外れで引き渡された人物をマルモアまで連れて行くという内容だった。仲間内で受けるかどうかもめたが、結局受けなければならなくなった。そして協力する以上成功させなければ意味がない。情報を集めているうちにこの計画の中で最も障害となると思われたのが雷光隊と呼ばれる存在だった」
 いつだったか俺達の存在が犯罪の抑止力になっていると聞いたことはあった。自分達にはそんな自覚はなかったが、こうして話を聞いているとそれなりに効果はあったのだと理解した。
「本当はもう少し時間をかけて計画を練る予定だった。しかし、依頼人と手を組んだ貴族達に急かされる形で計画は前倒しとなって実行に移されることになった。
 そのためには障害となる雷光隊をどうにかしなければならない。隊長のお前を引き離すことが出来れば、後は烏合の衆だと言い出したのは貴族達だ。そんな事は無いだろうと思ったが他に有効な手立ても思いつかず、アジュガで作られたと言うあの金具を適当な荷物に混ぜて避難中の領民に預けた。眉唾な作戦だったが、結果として一時的にお前を雷光隊から引き離すことが出来た」
 随分と見くびられたものだ。案の定、扉の外に立つラウルとシュテファンの怒気が強まっている。一先ず咳払いをして止めさせた。
「目当ての人物を連れ出すのに成功したと連絡があり、手筈通り俺の仲間がその人物の身柄を預かった。大した問題もなく、計画は順調に進んでいるように思った。だが、一方で拭いきれない不安が付きまとっていた。あのスヴェンという男が抜け駆けして計画に割り込んできた時にその不安は一層強くなった。そしてあの村でお前の姿を見た時点で計画は完全に失敗していたのだと分かった。まさか、連れ出す人物を間違えるとは思わなかった」
「同感ですよ。連れまわされている間、ずっとなんで俺なんだと悩んでいました」
 率直な感想を伝えると、ダミアンさんも「まあ、そうだろうなぁ」と言って盛大な溜息をついていた。


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一応、ダミアンは謝罪したくて面会を申し込んでいます。1話で納まらなかったのでもう1話続きます。
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