十五光年先の、

西乃狐

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11.

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 大学一年の夏休み。その終盤。APTでは夏合宿があった。
 小さな島の海岸に建つ、古いけれど広大な施設だった。ホテルとも旅館とも違う。テニスコートの他にもグランドや体育館、弓道場などもあって、主に学生の部活やサークルなどの合宿向けの宿泊施設だ。今になって思えばあまりにも経営効率が悪そうなので、どこか自治体などが持つ公共施設だったのかもしれない。

 その合宿の朝は、砂浜での体操から始まった。
 朝食前、海に向かって立つと、朝の光を反射する波がまだ半分寝ている目には眩しかった。
 島の多い海域だったので水平線は断続的で短い。早朝の柔らかな光に満ちながらもどこかもやがかった空気の中、島が点在する光景は幻想的ですらあった。

 テニスサークルの合宿とはいえ、テニスの練習ばかりをしているわけでもない。むしろテニス以外の時間が長くて、島内の観光のほか、海辺ということで海水浴の時間もあった。

 泳ぎは今でも得意ではない。スイミング教室に通っているまだ就学前のうちの娘の方が上手いかもしれない。カナヅチではないと思っているのだが、少し泳ぐとすぐにへとへとになって進まなくなり、やがて足から沈んでいく。対して、水泳部出身の尋深は、明らかにコートの上よりも良い動きを見せていた。みんなのリクエストに応えて個人メドレーを披露するほどに。

——各務君、泳ぎ方くらいいつでも教えてあげるよ。君がどうしてもって頭を下げるならね。

——るせえ。テニスサークルなんだから、勝負はテニスコートだろ。

 軽口を叩いて来る水着姿の彼女を直視出来ず、視線を泳がせていたあの頃の自分が可愛くてしようがない。尋深の頭の中では、泳ぎは苦手なくせに目はすぐに泳ぐのねくらいに思われていただろう。

 それでも海は嫌いではなかった。
 小学生の頃は毎年夏休みに遊びに行っていた曽祖父の家が、やはり島の海沿いに建っていた。
 夜、布団の中では波の音がよく聞こえた。与えられていた部屋が海に面した部屋だったので尚更だ。別の部屋で酒を飲みながら談笑している大人たちの声も、邪魔にはならなかった。

 窓を開くとすぐ堤防で、その向こうには波消しブロックが積み重ねられていた。波はそこに打ち付けては砕かれ、引いていく。その音が好きだった。

 昼間にはほとんど聞えてこない。なのに明かりを消して布団に横になると、どういうわけだかボリュームを上げたかのように鮮明に響くようになる。耳から入り込んだ波の音が、やがて頭の中を満たして、そしていつしか眠りに落ちる。

 合宿所の部屋には波の音はほとんど届かなかった。建物の構造のせいなのか、風向きのせいなのか、あるいは単純に距離の問題か。時折微かに聞こえる——そんな程度だった。海はすぐそこにあるというのに、何ともったいないことか。

 ある日、真夜中に一人で部屋を抜け出した。
 日中の練習で身体は疲れ切っているはずなのに、何故か頭が冴えて眠れなかった。社会人の今なら翌日のことを考えて、何としても寝ようと焦って余計に眠れなくなるパターンだけれど、当時はさすがに若かった。多少の睡眠不足くらいは吸収できるエネルギーがあった。

 宿泊棟を出て、弓道場の脇を通って裏庭を抜けた。アスファルトの細い道を挟んで堤防があり、それを越えたところに小さな砂浜があった。

 遠くの外灯と、夜空の切り傷のように細い月の明かり。満天の星。それらを反射する波。それだけで砂浜は思ったよりも明るかった。
 
 こんな環境でテニスなんか出来るかよ——そう言いたくなるほどに昼間の灼熱は酷だった。夜の海岸は熱帯夜特有の蒸し暑さのせいで快適とまでは言えないものの、それでも随分と過ごしやすかった。

 どう気をつけてもサンダルに入り込んで来る砂が不快で、いっそ裸足になった。
 サンダルに入り込んだ砂は不快なのに、素足に直接触れる砂が気持ちいいのは何故だろう——そんなことを思いながら海へと近づいた。

 濡れる恐れのない程度には距離を置きつつ、乾いた砂の上に体育座りをした。
 地球の端に目をやると、黒い影にしか見えない島々が水平線を分断していた。黒い海と夜の空を分けているのは、水平線の下だけをマスキングして絵の具を微細に散らしたかのような星々の輝きだ。

 一年の時——。
 寝床を抜け出した夜——。
 満天の星——。
 天文部のキャンプを思い出した。
 欠けているのは想いを寄せる人か——。

 あの夜はかぐや部長が現れたが、この合宿に柴田奈央は来ていなかった。日坂はだからどこか不機嫌そうでもあり、淋しそうでもあった。
 尋深は女子たちの部屋で眠っている。
 この何か月かで、彼女のテニスは格段に上達していた。もちろんまだまだ追いつかれる心配をするほどではなかったけれど、彼女相手にラリーが続くと嬉しかった。なのに、続けようとすればするほど余計な力が入ってしまい、自分の方がミスをすることが多かった。

——何やってんのぉ、せんぱーい、お願いしますよぉ。

 よく尋深からからそんな風に揶揄からかわれたものだ。先輩呼ばわりするあたりが完全に馬鹿にしている。

——だって、テニスじゃ大先輩なんでしょー。

 思い出して苦笑しながら、身体を横たえて大の字になった。砂だらけになることなんて全然気にならなかった。

 波音が心に染み入って、まるで心の揺らぎと波が打ち消し合うかのように、穏やかな気持ちにしてくれる。目を閉じてしまえば包み込まれるようだった。

 寄せる波。
 引く波。
 その繰り返しを聞いているだけで、身体が浮いているような錯覚に陥った。

 寄せる。
 そして、引く。
 波は身体の下にまで忍びこんで、身体を揺らす。
 そして、少しずつ海へと運ぶ。
 そのまま海へ引きずり込まれてしまうかと思えば、また少し戻される。
 そんなことを繰り返しながら、徐々に徐々に海へと近づく。

 足先から順に浮き上がっていく感覚。
 腰が浮き、背中から肩、そしてとうとう頭まで。
 全身が浮いた。

 いや——。
 そこはもう海面ではなくなっていた。
 上下左右、全てが海だ。
 揺れる波をすり抜けて降り注ぐ月や星々の淡い光。

 苦しくはない。
 むしろ心地良い。
 やがて身体の表面から海水が浸透してきて、いよいよ自分と海との境界はあやふやになる。 
 波をすり抜けた光は身体をもすり抜けて、そのまま海底の闇に溶けていく。

 不意に光が途絶えて、真っ暗になった。
 目を開いて驚いた。
 光を遮っていたのは、すぐ目の前にある尋深の顔だったからだ。

——こんな時間にこんな所で何してんのよ。

 驚きが大き過ぎて声も出なかったが、彼女の方はあっけらかんとしていた。
 動揺を隠し、ここでも平静を装った。
 首を持ち上げて足元を見た。
 波打ち際はずっと向こうにあった。
 そうだ。こんなところまで波は寄せては来ない。
 束の間、夢を見ていたようだった。

 そっちこそ何をしに来たんだと言いたかった。
 眠れずに散歩に出て来たのか。
 波の音を聞きに来たののか。
 星空を眺めに来たのか。
 それとも——。

 尋深はちょっとだけ砂を気にする素振りを見せたけれど、それでも隣に腰を下ろして体育座りをした。
 パジャマ代わりであろうTシャツにショートパンツという軽装。
 ついついその脚に目が行ってしまうが、彼女が口を開いたので慌てて目を逸らした。

——何となく眠れなくてね、そしたら怪しい物音がしたもんだから、そおっと部屋を抜け出してみたの。弓道場に黒い人影が見えたから、こっそり後をつけて来たんだ。

 言いながら笑ってた。その笑いで嘘だと分かった。嘘だとは分かったけれど、乗っかってみた。

——危ないじゃないか。女の子一人で。

——あれ。女の子扱いしてくれるんだ。

——そりゃまあ、一応?

——一応って何よ。セクハラだから。でも、そうね。頭から布袋とか被せられて、そのまま船に乗せられて、どこか知らない国に連れ去られちゃったりして。

——怖い怖い。ほんとに怖い。妄想が怖すぎるよ。

 今度は二人で声を合わせるようにして笑った。

——何となく眠れなかったのは本当。ちょっと歩こうかなって思って外を見たの。黒い人影じゃなくて、ちゃんと誰だか分かったわ。きっと合宿の練習が辛くて逃げ出すんだなと思ったから、引き止めに来てあげたの。

 彼女はよく笑う。
 この夜の彼女はいつにも増してよく笑った。

——逃げ出すほど厳しい練習していないじゃないか。もっとテニスをさせろってくらいだよ。

 テニスの練習よりも海水浴や観光の方が長いような日程だったのだ。

——で、何してんのよ?

 波の音が好きなんだと、格好をつけてみた。

——うわ。ロマンチックなこと言っちゃうんだ。わたしのこと口説こうとしないでよ。一応、女の子なんだから。

 予想通り茶化しながらも、彼女も隣に横たわった。そして、今更ながらに星の多さに驚いてみせた。

——すごい。星がたっくさん。プラネタリウムみたいだ。

 本当に気がついていなかったのだろうか。まるで幼い少女のようにおどけて言った後、声のトーンを落として続けた。

——宇宙を見てる……ていうか、宇宙にいる。そんな感じ。

 そう。まさしく天文部のキャンプの夜だ。
 欠けていたものも揃った気がした。

——実際、宇宙にいるよ。

——そうだけど……。

——でも、僕らは確かに宇宙の中にいるのに、今の宇宙を見るには宇宙は遠過ぎる。いくら目を凝らしても、どんなに高性能な望遠鏡を覗いたとしても、宇宙は過去の姿しか見せてくれない。例えば織姫だって、僕らが見ているのは二十五年前の姿だ。実際の彼女は二十五歳も老けている。

——何でそんなこと知ってるのよ?

 中学時代、頼まれて天文部に在籍していたのだと、この時初めて打ち明けた。

——人数が足りなくて廃部の危機だったんだ。積極的に活動に参加してたわけじゃないけど、まあ多少は知識が増えた面もある。

——どうせ女の子の気を引くために利用しようとか思ったんでしょ。

——そ、そんなわけないだろ。

 部長が美人だったなんて——ましてや柴田奈央だったなんてことは絶対に言えなくなった。

——冗談冗談。むきにならないで。わたしは女の子扱いされるの大歓迎だから、いくらでも気を引いてくれていいわよ。

——さっきは口説くなって言ったくせに。

——まあまあ。男の子は細かいことにこだわっちゃ駄目。で、織姫様は地球から二十五光年離れているってことよね。じゃあ彦星君は?

——地球からだと十七光年。

——わたしたちが見ているのは十七年前の彼ってわけだ。すごい。遠くに行けば行くほど若く見える。てことは、好きな人とは距離を置いた方が若い自分を見てもらえる——毎年一光年ずつ離れていけば、ずっと同じ姿を見てもらえるってことだよね。好きな人とは近くにいたい。でもずっと綺麗な自分を見ていて欲しいなら離れた方がいい……。こりゃなかなか意味深かも。

——実際には若く見られるほど離れられないんだから、成り立たないよ。

——でも、日進月歩だよ。わたしたちがおじいちゃんおばあちゃんになった頃には実現してるかも。まあ、もうおばあちゃんになってたんじゃ意味ないけどさ。

——そりゃそうだ。

 ひとしきり馬鹿話をして笑ったところで、会話が途切れた。
 二人、砂浜に並んで寝転がったまま、星空と波音に身を委ねていた。

 でも実際には波音など耳には届かず、自分の心音ばかりが頭の中に響いていた。まるで心臓が頭蓋骨にまで上がってきて、耳の奥で大きく鼓動を打っている。そんな感じだった。

 堪え切れなくなって彼女の横顔を盗み見ると、真っ直ぐ上を向いたまま目を閉じていた。それを知って安心して、ちょっと大胆に彼女を観察してみた。

 長い睫毛。
 額から鼻へのなだらかなライン。
 薄めの上唇。それよりも少しだけぷっくりとした下唇。
 顎から首への滑らかそうなカーブ。
 ゆっくりと上下する、Tシャツを控え目に押し上げた胸の膨らみ。

 その曲線をそっと指先でなぞってみたい。あるいはスケッチブックに書き写して残しておきたい。そんなことを思わせるほどに、どこを取っても完璧な曲線に思えた。

 ほんの少し手を動かせば小指同士が触れ合う。そんな距離に二人はいた。

——いいわ。

 瞳は閉じられたまま、彼女の唇だけが動いた。

——えっ、何がっ⁈

 不意を突かれて、既に限界まで鼓動を打っていた心臓が更にダメージを受けた。

——波の音。いいね。とっても。心地良い。部屋のお布団よりも、ずっとここで寝ていたいくらい。

 彼女が目を開いてこちらに顔を向けたので、慌てて星空に視線を戻した。
 隣で彼女が小さく笑ったような気がしたのは、気のせいだと思うことにした。

 とにかく落ち着こう。
 自分に言い聞かせるように目を閉じた。
 波音に集中するんだ。

 寄せる波。
 引く波。
 頭の中を満たしていく波の音——。
 やがて心臓が少しずつ元の位置に戻って、激しかった鼓動も徐々に収まっていった。

 身体が軽くなる。
 また波が身体の下にまで滲み込んできて持ち上げようとする。
 彼女の隣に留まろうとあらがってみるけれど、出来ることは砂を握り締めることくらいで、何の抵抗にもならない。

 虚しく浮き上がって揺れる身体。いつの間にか海水に囲まれて、このままではまた上下左右の区別もなくなって、やがて海に溶けてしまう。

 そうだ。
 掴むべきは砂なんかじゃない。
 手だ。
 彼女の手を——。
 そう思ってくうを掴んだ。

 目を開いた。
 空そのものが瞬いているかのような星空だった。

 視線を隣に落とすと、不思議そうな表情を浮かべている彼女と目が合った。
 何も変わってはいない。時間もほとんど過ぎていないはずだった。
 ただ心臓は平常運転に戻っていた。
 
 何だか照れ臭くなって、関係のないことを話し始めた。小学校の頃、毎年行っていた曽祖父の家の話だ。

——おじいちゃん家は凄く古かった。天井にどう見ても人の形にしか見えない染みみたいのがあって、それがすっごく怖かった。でも何故か大人には言えなくて。あれは何なのかとか、人間の形じゃないかとか言ってしまえばいいのに、どういうわけか口に出せなくて。黙って一人でこっそり怖がっているしかなかったんだ。ああいうことって、どうして言えないんだろう。

——きっと、どんな答えが返って来てもろくなことはないって、分かってたんじゃないかな。ただの染みだ、形は偶然だって言われても予想通り、大人の言いそうなことでしかない。逆に、実は昔あそこには死体があってねとか言われちゃったら、もうその部屋にはいられない。

 なるほどと頷いた。子どもというものは大人が言いそうなことくらい、案外と分かっているのかもしれない。逆に言えば、大人なんてその程度のことしか言わないのだろう。

——トイレも最悪だったぞ。一回土間に降りて靴を履いて行かなきゃいけなくって、夜とか一人で行けるようになるまで随分とかかった気がする。田舎の家って無条件に何かいそうな雰囲気を持っているし、途中の仏間には不気味な昔の人の写真が入った額縁がたくさん飾ってあったりするし。

——わたしのおばあちゃん家にもあった。額に入った昔の人の写真。あれって遺影なのかしら。せめてにっこり微笑んでくれてたりすればいいのに、みんな音楽室のベートーヴェンより怖そうで暗い感じのばかりだし。どうして飾ってあるのって訊いてみたこともある。そしたら一人一人どういう関係の人なのか説明してくれたんだけど、こっちはそんなことに興味はないから全然聞いていない。

 彼女の笑い声にはふんわりとした優しさがあった。しっかり笑っていても、どこかしらはかなさのようなものがあった。神経に直接作用する麻薬のような声だった。麻薬が悪ければ、魔法と言い換えてもいい。あるいは唯一、波音にも勝る音か——。

——昼間は海で遊んだり、山に虫取りに行ったり。虫取り網を持って近くの山を走り回ってたな。一本、小さな木なんだけど、すごくたくさん虫が集まっている木があって、木の種類なんか知らないから分からないんだけど、樹液が多かったのかな。カナブンとかたくさんいて、運がいいときはクワガタがいたりして」

——わたしは虫は駄目だあ。カブトムシも触れない。

——へえ。予想外。

——どういう意味よ。

——あ、いや。何でもない。あー、海でもよく遊んだな。その割には上手く泳げないんだけど。ずっと浮き輪つけて、ただ浮かんで遊んでただけのような気がする。それじゃ何回海に入っても泳げるようにはならないよな。

——前にも言ったけど、泳ぎならいくらでも教えてあげるわよ。でも、分かってると思うけど、うちのサークルの練習ほど甘くはないからね。

——本当に逃げ出したくなりそうだから、遠慮しとくよ。

——もし逃げたりしたら、捜索隊を編成して地の果てまでも追いかけるから。

——何でだよ。俺の首に懸賞金まで賭けられそうだな。

——いいかもね。生死は問わずって。

——いよいよ目的が分からなくなってるぞ。ただの水泳教室じゃなかったのかよ。何の組織だよ。

——意気地なしに生きる価値なしよ。

 それは百パーセント混じりっけなしの冗談だった。彼女に他意がなかったことも確かだろう。けれど、意気地なしに生きる価値なしという、この彼女の言葉は、この夜以降の自分を思い返せば、はっきりと意味を持って心に刺さる。

 いろんな意味で大切な夜だった。なのに、あのときの自分はそんなことに思いが至らなかった。それ以上踏み込むことをせずに、当たり障りのない会話に終始した。

——おじいちゃんでは山や海で昼間さんざん遊んで、だから夜はすぐに寝ちゃってたけど、それでも眠りに落ちるまでの少しの時間、波の音が聞こえるんだ。寝息みたいな波の音が。

——寝息?

——そう。何の寝息なのか……海の寝息なのか、地球の寝息なのか、分かんないけど。

 また茶化されると思って少しだけ身構えたものの、彼女は何も言わなかった。
 恐る恐る様子を盗み見ると、また目を閉じていて、心なしかその目尻が下がっているような、逆に口角は上がっているような、つまりは笑っているように見えた。

 二人の合間を縫って海が鳴っていた。いや、寝息を立てていたというべきか。

 あの夜に告白をするべきだった——。
 後になって、随分とそう後悔したものだ。
 我ながら腰抜けぶりが情けない。
 これまでの人生で一番背中を押してやりたい、針で突いてやりたいと思うのは、あの夜の自分だ。

 もちろん、仮にあの夜に告白していたとしても結果は同じだったかもしれない。それでも、もしも、あの夜から今とは違う時間軸が分離して、二人がその上を歩いていたとしたら。そうしたら今頃、二人は——。

 今更何を思おうが、何の意味もない。
 思い直して、隣の席に置いてあった自分の鞄に目をやってから時計を見る。
 三十分はとっくに過ぎているというのに、尋深は現れなかった。
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