悪役令嬢の婚約者はニヒルな笑みが様になる

小春日和

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ゲーム前

餌付け

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「これは、誕生日にしか食べられないのか?」

シフォンケーキを食べながらコテン、と首をかしげて悲しそうに聞いてくるヴィルフェルム様。

あ、あざとい……………!
なんだこの可愛く美しい生き物は………!

ヤバい。
どうしよう、感動し過ぎていつものやつが来そうな予感。
いやいや、ダメダメ!
今垂らしてしまったりなんてしたら、折角気に入ってもらえたであろうシフォンケーキが最悪なイメージに……!
どうにかしなければ……!

私は咄嗟に鼻を押さえ、必死に風よ、と心の中で唱えた。
風が鼻の粘膜を風力で圧迫するイメージで魔力の流れに集中する。

よし。
鼻の奥はじんわり熱いが、垂れてくる様子はない。

ホッと一息ついて、人知れず達成感に満たされながら視線を戻すと、何故か不機嫌そうに顔をしかめてこちらを見つめるヴィルフェルム様がいた。

なぜ………………?

え、今まで満足そうにシフォンケーキ食べてたよね!?
私が魔力に集中してた極々僅かな秒単位の時間に何があった!
あ!なかなか返事がないから無視されたと思わせちゃったのか?

「………こほん。えーっと、ヴィルフェルム様がご希望されるのでしたら、毎日でも作ってきますよ?」

多少、ご機嫌とりのような台詞になるのも致し方ない。
これでキラキラ輝く紅色を拝めるなら全く苦ではない。
むしろ喜び。

期待の眼差しでヴィルフェルム様を見つめる私に、彼は左手で口元を覆い、不可解そうに視線を下に下げた。

「…うん。それはそれで嬉しいんだけど………」

歯切れ悪く言葉を切り、ヴィルフェルム様は真っ直ぐ私を見つめる。
その瞳には、私を咎めるような色が光っている。

「ヴィルフェルム様…?」

「どうして今日はいつものようにならないんだ?」

………え?

「いつもなら、さっきのやつで確実に私がハンカチで拭いてあげてるところなのに。
もうこの顔に飽きたのか?」

責めるように、そして不安そうに聞いてくるヴィルフェルム様。

つまり私が鼻血吹くの狙ってのあのあざとさだったと?

すごい、ヴィルフェルム様。
もう私のズキュンポイント熟知していらっしゃる。

でもなんてこと。
まさか鼻血を垂らさなかったせいで、ヴィルフェルム様を不安にさせるなんて。
慣れろと言われていたから慣れた方がいいのかと。

「こ、これは!ヴィルフェルム様が食事中に不快なものを見せたらいけないと、風の魔力で止血してるだけで…」

予想外のことに、必死に釈明しようとあわあわしている私を見る、ヴィルフェルム様の瞳から不安の色が消える様子はない。

嫌だ、この紅色は見ていたくない。
しかも、この色にしているのが私だなんて………!

婚約者としてあるまじき失態!!

「ヴィルフェルム様が私に飽きることはあっても、私がヴィルフェルム様に飽きるなんてこと、絶っっっ対にありませんから!
だって、ヴィルフェルム様は私の特別だから!」

ヴィルフェルム様への思いをありったけ込めて叫ぶ私に、ヴィルフェルム様は大きく目を見開いて、そっと俯いた。

もしかして、尚更気分を悪くしてしまったのかと、焦りかけた私だったが、ヴィルフェルム様の頬がほんのり桃色に染まっているのを見つけて、ほっと胸を撫で下ろす。

「じゃあ、私が特別だっていう証拠をくれ」

俯いたままポソリと呟いたヴィルフェルム様に、思わず首を傾げる私。

「証拠…?」

「そう、証拠」

証拠、ともう一度呟いて考える。
考え込む私をいつの間にか顔を上げていたヴィルフェルムがじっと見つめる。

この答えを間違えれば、ヴィルフェルム様は私から離れてしまうんじゃないか。

そういう予感に、胸が嫌な音を立てて騒ぎ出す。
その切迫感に上手く思考が回らない。

特別、証拠、とくべつ、しょうこ、トクベツ、ショウコ………

「じゃあ!」

勢いよく身を乗り出す私に、ヴィルフェルム様が少しだけ仰け反った。

やだ、淑女の私としたことが。
ほほほほ。

「これから私は、ヴィルフェルム様のことをルー様と呼びます!
これは私だけが呼んでいい愛称ですから、他の人に許してはダメですよ!」

これでどうだとばかりに胸を反らせて、ふふんと不敵な笑みを浮かべたのも束の間。

冷静な私が頭の隅でポソリと呟いた。

………って、これじゃあ私がヴィルフェルム様の特別だという証拠にはなるけど、ヴィルフェルム様が私の特別だという証拠にはならないんじゃ……

確かに。

もう私は頭を抱えて項垂れるしかなかった。

証拠って難しい。
数十年+αが全然活かされない。
前世ってなんだっけ?

ヴィルフェルム様に見離されたらもう出家する。

そう覚悟を決めて恐る恐るヴィルフェルム様を見ると、こちらを見つめる、これまでにないほど煌めいた鮮やかな紅色があった。

「愛称…」

ヴィルフェルム様がポツリと呟く。
頬は先程より紅潮して、表情も明るい。

その様子は、まるで天使のような可愛らしさが倍増して、まさに神秘である。

で、だ。
その神秘を前に私の魔力など何の力を持とうか。
いや、持つわけがない。
そう、だから、知らぬ間にいつものような惨状になってもどうか許して欲しい。

そう心の中で弁明している間に、ヴィルフェルム様がいつものようにハンカチで私の鼻を押さえてくれる。


「愛称で呼ばれることがあるなんて、思ってなかった」

「!」

満足そうに笑みを浮かべるヴィルフェルム様の言葉にハッとする。

これまでずっと周囲に忌避されてこられたから。
たった愛称で呼ぶだけのことで、こんなにも喜んでくれるヴィルフェルム様に、切なさで先程とは違う胸がきゅっとなった。

それをどうにかしたくて、そして、ヴィルフェルム様にもっと私の存在を感じてほしくて、鼻を押さえていない方のヴィルフェルム様の手を両手で包み込む。


「私はルー様が大好きです。
ルー様は私の特別です」

そう必死に伝える私に、ルー様は優しく微笑んで私の額に口付けを落とした。
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