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 クリスチナは美活に苦戦していた。

 こんなに美容が大変だなんて知らなかった。

 クリスチナはこれまで、美容とは、少し食事を減らして運動し、高い化粧品を使う位にしか考えていなかった。後は、生まれ持った元々の容姿で美醜が決まっていると思っていたのだ。遺伝こそが何より重要であると。

 だが、専門家達の話では、そうではないらしい。

 ダイエットの専門家はクリスチナの今までの食生活を確認して、涙を流した。

「将来、女王になられるかもしれない方が、こんなに貧しい食事をしているなんて信じられません! これでは、美しさを保つどころか、早死にしてしまいます!」

 そう叫んだ。

「いいですか? そもそも食事というのは体を作るための材料であり、活動するためのエネルギーの源であるのです! 材料が悪ければ、服飾品も、建築物も、芸術品も、全て粗悪品になります。頭の良し悪しも、脳を作る食事に左右されますし、運動神経も筋肉を作る食事にかかっているのです!

美しい髪を作るには食物繊維が必要ですし、ビタミンが不足していればシミが出来やすくなってしまいます。それだけではありません! 新しい油を摂取しなければ、体は脂肪を蓄えようとし、古い油が体に溜まるようになります。体臭がきつくなり、肌もボロボロに!

ダイエットとは美しい体を作るために食事を正しく摂る事であり、食事を抜くことではないのです! 食事を抜けば、馬鹿で、運動神経がなく、病気しやすい、醜い体になってしまうのです!

本来、美醜の感覚というのは優れた体を判断するためにあるものです。女性がご飯を食べず、長い間栄養不足で暮らしたら、優秀な子を産むどころか、子供自体が産めない体になってしまうのですよ!? 正常な美醜の感覚がある、優れた男性は、そんな女性を美しいとは思いません!

ダイエットとは食べること! いいですね!」

 そうして始まったダイエットは大変だった。

 朝から、お肉に野菜、スープ、パンにシリアル、果物や乳製品、色々な料理を食べなくてはいけなかったのだ。

 普段、紅茶とパンだけの食事で済ませていたクリスチナには、それだけの食事を摂る事は苦しみを伴った。

 5~10分で済む粗食は楽だったのに、よく噛んでバランス良く食べる食事は40分~1時間もかかった。昼はさらに多くの品数が用意され、さらに多くの時間をかけて食べなければならない。アフタヌーンティーの時間にはヨーグルトやゼリー、果物などのデザートまで食べなくてはいけなかった。

 だというのに、夜は野菜スープとサラダのみ。

「夜は胃腸も休ませてあげなくてはいけないのです!」

 夕食にご馳走が並んでも、口に出来るものがほとんどなく、周囲の人々は心配して食べるように勧めてくるし、それを断ることは、立場的にも、精神的にもきついものがあった。


 シェイプアップの専門家は、むしろとても優しかった。過度な運動はかえって筋肉盛り盛りの太い体系に繋がるとして、ストレッチとウォーキングの課題を出しただけだった。

 それでも、やはり時間はかかる。ストレッチは朝起きた時と寝る前の2回5分づつで計10分、ウォーキングは食後30分ずつで計90分が必要となる。

 そして、筋肉を育てるには休息が何よりも大事だとして、毎日、規則正しい7~8時間の睡眠を課題として出した。しかし、少ない睡眠時間で暮らしていたクリスチナにとっては、早い時間に寝る事も難しい。

 マッサージも日替わりで世界各国のあらゆる施術が行われる。筋肉をほぐし骨を正常な位置に戻す整体や、塩や泥で古い角質をとるピーリング、保湿の美容液散布やオイルマッサージ。

 入浴も夜だけでなく、朝起きた後、昼はマッサージの後、夜は特にしっかりお湯に浸かって汗をかかなくてはいけないらしい。お風呂だけでもヘトヘトになる。

 それに加えて、着替えやメイク、ヘアセット、ヘアケア、歯磨き、ネイルケア、無駄毛の処理にも時間がかかる。

 とにかく時間がない!

 ダンスや音楽のレッスン、買い物の時間も加わると、ゆっくりするどころか、息つく暇も無いほどだ。

 ちなみに、ダンスは姿勢や所作を綺麗にし、美しいボディラインを作るために必要で、歌も美しい声と発音、表情筋を育て、顔の歪みをなおすのに必要だという。

 クリスチナは今まで、多くの貴婦人達は退屈に暮らしていると思っていた。家事も、仕事も、子育てもする必要がないし、家の管理だって有能な執事や女中頭が取り仕切ってくれる。

 暇な時は何をしているのだろうか?

 そんな風に考えていた程だ。

 だが、この生活に、お茶会や夜会といった婦人同士の社交が加われば、毎日の生活スケジュールは分刻みで進行される事となる。

 クリスチナは食事と入浴、その他の座っていられるケアの時間に書記官を常駐させ、読み上げと書類製作の代行を命じて仕事をこなした。

 世の中の美しい女性達は、なんて偉いのだろう。
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