ビジネス トリップ ファンタジー[ 完結]

秋雨薫

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6.厄災の魔女と一人の人間

国王と龍

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  ライジルの姿を借りたヒュウは破壊された窓から慎重に外へと出た。その後からシェルバーとラビィも続く。龍はすぐ側にいた。大きな身体は遠目から見たら人よりも5倍くらいの大きさかと思っていたが、それよりも大きい。およそ10倍はありそうだ。龍はこちらに背を向けていた。青い屋根は丁度龍の身体が収まるくらいの大きさしかない。龍の重さに耐えきれず、ミシリと悲鳴を上げている。この屋根が壊れてしまうのも、時間の無駄だった。
  ヒュウ達の目前には先程塔を破壊した太い尾があった。この尾が今動けば、三人はひとたまりもないだろう。シェルバーとラビィは緊張からごくりと息を飲んだが、ヒュウはいつもの調子でにこりと笑う。

「これはまた随分派手にやったね、奥さん」

  ヒュウが普通に話しかけるのでシェルバーとラビィはヒヤリとしたが、聞こえなかったのか、リュラは振り返らない。屋根の上は踏み場が無かったので、ヒュウはゆっくりとリュラの尾によじ登り、彼女の身体の上を歩いて行く。王が一人行動し出したので、シェルバーはラビィにここで待っているようにと言うと、彼の後を追う。
  シェルバーが付いてきた事に気付いたヒュウは、彼に微笑みかけた。とはいっても、微笑んでいるのはライジルなのでとても奇妙だ。

「リュラのこの姿、久し振りに見たね、シェル」
「ま、まあ。西の森で見た時以来だと思うけど」
「そうだったね。君にはあの時からずっとお世話になっているなあ」
「…王。そんな暢気に話している場合じゃ…!」

  龍の背中まで歩を進めた時、違和感に気が付いたリュラがこちらを振り返った。赤と紫の瞳がヒュウとシェルバーを捉える。

「あ、見つかっちゃった」
「そりゃあ見つかるよ!  王、掴まって!」

  シェルバーはライジルの身体を押し倒してリュラの赤いたてがみを持つように促す。二人が伏せたと同時に、リュラは咆哮を上げた。耳を塞ぐ余裕が無かったので、二人の鼓膜に直接伝わる。ヒュウとシェルバーはその場で声にならない呻き声を漏らした。そしてリュラはその場から飛び立つと、背中にいる二人を振り降ろそうと空中で暴れる。二人は振り落とされないようにと背中の赤いたてがみを必死に掴む。
  下でラビィが二人の名前を叫んだのだが、龍の咆哮により一時的に聴力が低下した二人には届かない。

「シェル!  振り落とされるなよ!」
「王こそ、折角話せたっていうのにこのまま真っ逆さまに落ちたら笑えないからな!」

  王が大声で叫んでかろうじて聞こえた言葉に返す従者。両手はリュラの赤いたてがみを持ち、両太股を彼女の身体に押し付ける。龍の動きが鈍くなった時にじりじりと慎重に前へ進む。

「あの時よりも怒っているね、リュラ。君は、一体何に怒っているんだ?」

  ヒュウが彼女に語りかけるが、その言葉はまだ届かない。ゆっくり、ゆっくりとヒュウは這うように動き、龍の首付近まで来る事が出来た。自分の本当の身体では、きっと一瞬で振り落とされていただろう。逞しいライジルの身体に礼を言いながら、ヒュウは進む。
  背後ではシェルバーもついて来ているようだった。振り返る余裕も無いが、ヒュウは従者にも心の中で礼を言う。

「僕がこんなにも頼りない男だからかな。こんなにも弱いから…魔女に眠らされてしまったんだ」

  気高く美しいリュラの隣にいて、ヒュウは自分の頼りなさを痛感していた。彼女にはしっかりしろと怒られる事はしばしばあったし、少し猫背気味の背中を王なのだからしっかり正せと叩かれた事もある。 そんな強い彼女に頼り切りになってしまった。本当は弱い一人の女性なのは知っていたはずなのに。
  だから、その彼女の弱さにクレイスが付け込んでしまった。自分が眠っているのは、自分のせいなのだ。リュラが気に病む事ではない。
  二年も、彼女は国民に気高く美しい姿を見せ続けた。自分の部屋ではずっと泣いていたのに、その弱さを見せようともしなかった。

  リュラの首元にしがみつきながら何とか彼女の顔の付近まで近付く事が出来た。ヒュウはごめんと謝りながら彼女の片方の黒い角を両手で掴む。龍はヒュウを振り落とそうと顔を左右に振ったり空中で回ったりして更に暴れ出す。その勢いに耐えきれず、ヒュウの足が彼女から離れてしまった。シェルバーはリュラの首付近にいたのだが、王の窮地に堪らず声を上げる。
  いくら逞しいとはいえ、ライジルの身体にも限界はある。振り回されながら全ての体重を支える腕は震えている。

「くっ…ライジルごめん。もう少し我慢してくれ」

  身体の主にそう声を掛けると、悲鳴を上げる腕に鞭打ち、懸垂のような形で身体を持ち上げて彼女の鼻筋に立つ事が出来た。素早く角を持つ手をしがみつき直して、ヒュウは彼女に語りかける。

「リュラ。僕だ、ヒュウだ。分かるか?」

  しかし、リュラは暴れるだけでヒュウに応えない。更に足場の悪い鼻筋だ。いつ振り落とされてもおかしくない。ヒュウはそれでも焦る様子は無く、自分の妻に話し掛ける。落ち着いて、気を確かに、といつもの口調で声を掛けるが、リュラは平静を取り戻さない。

「…完全に正気を失っているな。直接心に語り掛けるしか、方法が無いようだな」
「王、駄目だ!  振り落とされてしまう!」

  いつの間にか反対の角にしがみついているシェルバーが青い顔で叫ぶ。彼はいつでも困った時に側にいてくれる。ヒュウは微笑んでから、シェルバーのいる角の方へと飛び移った。ライジルの身体能力の高さにもう一度心の中で感謝を言うと、驚いた様子のシェルバーの右手を掴んだ。

「シェル。ライジルの身体を頼んだよ」

  シェルバーが聞き返そうとした時だった。ヒュウはリュラの額に自身の額を軽く押し当てた。その途端、ヒュウの身体に力が抜け、そのまま落下しそうになるが、シェルバーが手を掴んでいたので何とか落ちずに済む。シェルバーは体重のあるライジルの身体を鼻息荒くして精一杯の力で引っ張り上げた。そして振り落とされないように、ライジルを自分と角の間に置き、自分の身体で彼の身体を固定した。

「くっ…王、一体どうしたんだ!」

  突然力の抜けた王に声を掛けるが、反応が全く無い。隙を見て彼の顔を覗き込むと、瞼は閉じられ、意識を失っているようだった。

「……え?  気を失っている?  王、王!  どうしたんだ!  返事をしてくれ!」

シェルバーは必死にライジルの身体に声を掛けたが、彼の瞼は閉じられたままだった。

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