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6.厄災の魔女と一人の人間
厄災の魔女と怒りの魔法使い
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ウィルは階段を駆け下りて地下牢へと辿り着いた。いつも訪れていた地下牢は半壊しており、クレイスのいたはずの牢の中は瓦礫の山となっている。いつも自分が魔力封じの魔法をかけていた檻は鋭利な刃物で寸断されていて、閉ざされているはずの扉は開けっ放しになっている。
それよりも先に目に入ったのは築野がうつ伏せに倒れている姿。近付いてみると、彼の肩が僅かに上下していたので生きているのは分かった。燈と一緒にここへ来た築野が意識を失っている。胸の中がぞわぞわと粟立つ感覚。感じた事の無い感覚に、ウィルは自分の胸を擦った。これが焦りという感情なのか。
辺りを見渡していると、牢の中に燈の姿がある事に気が付いた。彼女の瞼は閉じられ、瓦礫の上で横たわっている。いつ落ちるか分からない不安定な場所にいる。早くあそこから降ろさなくてはと動きだそうとした時だった。
「うふふ、燈の王子様の登場かしら?」
眠った様子の燈の側に、音も無くクレイスが現れた。いつも身に纏っていた捕縛の鎖は無くなっている。焦点の合わない瞳を細めると、燈の横に座り、頭を優しく撫でた。
「クレイス!! 燈から離れろ!!」
ウィルが眉間に皺を刻み、歯を剥き出しにして吠えるように言うと、無風だった地下牢に風が吹き荒れる。彼の怒りが魔法に変わり、辺りに風を巻き起こしていた。蒼い髪と白いワンピースをはためかせながら、クレイスは笑う。
「うふふ、無駄よ。この子の意識は私が奪っちゃったもの」
そう言って手中の光の球を見せる。それは橙色の温かな光。クレイスの手の平の上で頼りなくふよふよと浮いている。それが燈の心だとすぐに気が付いたウィルは瞳孔を開いて怒りを露わにする。
「クレイス! それを返せ!」
「あら、嫌よ。元はと言えば私に反抗した燈が悪いのよ? このネックレスを大人しくくれれば私は何もしなかったのに…」
そう言いながらもう片方の手に持っていたのは、蒼色の石が埋め込まれたネックレス。ウィルが幼い頃に男の人から貰い、そして燈へと渡したものだ。その男の人が自分の父親だと未だに知らないウィルは何故それを、と言い掛けたがそんな事はどうでも良かった。それよりも燈の安否が大切だった。
「でもね、このネックレス…何も感じないのよ。あの人の大切な手掛かりだと思ったのに…。はあ、燈はどうやら征一の遣いじゃなかったのね」
クレイスは興味を失った子供のように、ネックレスを軽く投げた。それは音を立てて瓦礫の下へと落ちる。ウィルはそれに目もくれなかった。彼の視線は、燈の心だけ。彼女のように朗らかで優しい光は、まるで怯えているかのように震えているように見える。クレイスはその光を下から指で突きながら首を傾げる。
「どうしようかしら、これ。私にとって燈の心なんていらないものなのだけれど」
「それなら…返せ。燈は関係の無い人間だ。こんな事に巻きこむのは止めろ」
「うふふ、どうしようかしら」
「っ!!」
耐えきれなくなったウィルは魔法を使って彼女へと向かって放つ。蒼い刃のような光はクレイスに向けられていたのだが、彼女が自分の前に橙色の光を差し出す。それを見て、ウィルは瞬時に手で拳を作り、その魔法を打ち消す。橙色の光に攻撃が当たってしまえば、彼女の心が壊れてしまう。ウィルはどうにも出来なかった。
「ああ、ウィル。あなたは私から感情を奪われたのに、怒りの他に新たな感情を芽生えさせたのね。それが、この子のお陰ってわけね」
「燈を…返せ」
クレイスの言葉に反応せず、ただ燈を取り返したいウィル。その様子に、満足そうに微笑むクレイス。
「その芽生えた感情は、燈が消えたらどうなるのかしら?」
「止めろ! クレイス!!」
ウィルが叫んで駆け出したと同時に、クレイスは燈の心を自分の胸に押し当てた。温かい光はクレイスの胸の中に吸い込まれて、消える。燈の心がクレイスに吸収され、ウィルの走り出していた足は止まり、そのまま膝をついた。
自分の心がクレイスによって奪われた時と同じだった。しかし、燈の心を奪われてしまった今の方が、喪失感が酷かった。ウィルの脳裏に笑顔の燈が過る。心が奪われてしまった事は、笑顔も消えてしまったと同義だった。
ウィルは地面に両手を付ける。悲しみの感情が無いウィルの奥底で、沸々と怒りが沸いてくる。
「ふふ、私の体内に入れてしまったわ。これで燈も、あなたと同じ心を失った者ね」
ウィルはゆっくりと顔を上げた。その表情には怒りしか宿っていなかった。憎しみを露わにし、彼の周りに蒼と黒が混じった光が溢れ出す。クレイスはその様子を見て、虚ろな瞳で微笑んだ。
「クレイス!! お前を殺す!!」
「ふふふ、あなたには出来ないわ。私よりも弱いのだから」
クレイスも蒼の光を纏う。二人の魔力の大きさに、地下牢の外壁はビシリと大きく亀裂が走る。同じ蒼色の光を持つ魔法使い親子が、魔力をぶつけ合い生死をかけた闘いを始めた。
それよりも先に目に入ったのは築野がうつ伏せに倒れている姿。近付いてみると、彼の肩が僅かに上下していたので生きているのは分かった。燈と一緒にここへ来た築野が意識を失っている。胸の中がぞわぞわと粟立つ感覚。感じた事の無い感覚に、ウィルは自分の胸を擦った。これが焦りという感情なのか。
辺りを見渡していると、牢の中に燈の姿がある事に気が付いた。彼女の瞼は閉じられ、瓦礫の上で横たわっている。いつ落ちるか分からない不安定な場所にいる。早くあそこから降ろさなくてはと動きだそうとした時だった。
「うふふ、燈の王子様の登場かしら?」
眠った様子の燈の側に、音も無くクレイスが現れた。いつも身に纏っていた捕縛の鎖は無くなっている。焦点の合わない瞳を細めると、燈の横に座り、頭を優しく撫でた。
「クレイス!! 燈から離れろ!!」
ウィルが眉間に皺を刻み、歯を剥き出しにして吠えるように言うと、無風だった地下牢に風が吹き荒れる。彼の怒りが魔法に変わり、辺りに風を巻き起こしていた。蒼い髪と白いワンピースをはためかせながら、クレイスは笑う。
「うふふ、無駄よ。この子の意識は私が奪っちゃったもの」
そう言って手中の光の球を見せる。それは橙色の温かな光。クレイスの手の平の上で頼りなくふよふよと浮いている。それが燈の心だとすぐに気が付いたウィルは瞳孔を開いて怒りを露わにする。
「クレイス! それを返せ!」
「あら、嫌よ。元はと言えば私に反抗した燈が悪いのよ? このネックレスを大人しくくれれば私は何もしなかったのに…」
そう言いながらもう片方の手に持っていたのは、蒼色の石が埋め込まれたネックレス。ウィルが幼い頃に男の人から貰い、そして燈へと渡したものだ。その男の人が自分の父親だと未だに知らないウィルは何故それを、と言い掛けたがそんな事はどうでも良かった。それよりも燈の安否が大切だった。
「でもね、このネックレス…何も感じないのよ。あの人の大切な手掛かりだと思ったのに…。はあ、燈はどうやら征一の遣いじゃなかったのね」
クレイスは興味を失った子供のように、ネックレスを軽く投げた。それは音を立てて瓦礫の下へと落ちる。ウィルはそれに目もくれなかった。彼の視線は、燈の心だけ。彼女のように朗らかで優しい光は、まるで怯えているかのように震えているように見える。クレイスはその光を下から指で突きながら首を傾げる。
「どうしようかしら、これ。私にとって燈の心なんていらないものなのだけれど」
「それなら…返せ。燈は関係の無い人間だ。こんな事に巻きこむのは止めろ」
「うふふ、どうしようかしら」
「っ!!」
耐えきれなくなったウィルは魔法を使って彼女へと向かって放つ。蒼い刃のような光はクレイスに向けられていたのだが、彼女が自分の前に橙色の光を差し出す。それを見て、ウィルは瞬時に手で拳を作り、その魔法を打ち消す。橙色の光に攻撃が当たってしまえば、彼女の心が壊れてしまう。ウィルはどうにも出来なかった。
「ああ、ウィル。あなたは私から感情を奪われたのに、怒りの他に新たな感情を芽生えさせたのね。それが、この子のお陰ってわけね」
「燈を…返せ」
クレイスの言葉に反応せず、ただ燈を取り返したいウィル。その様子に、満足そうに微笑むクレイス。
「その芽生えた感情は、燈が消えたらどうなるのかしら?」
「止めろ! クレイス!!」
ウィルが叫んで駆け出したと同時に、クレイスは燈の心を自分の胸に押し当てた。温かい光はクレイスの胸の中に吸い込まれて、消える。燈の心がクレイスに吸収され、ウィルの走り出していた足は止まり、そのまま膝をついた。
自分の心がクレイスによって奪われた時と同じだった。しかし、燈の心を奪われてしまった今の方が、喪失感が酷かった。ウィルの脳裏に笑顔の燈が過る。心が奪われてしまった事は、笑顔も消えてしまったと同義だった。
ウィルは地面に両手を付ける。悲しみの感情が無いウィルの奥底で、沸々と怒りが沸いてくる。
「ふふ、私の体内に入れてしまったわ。これで燈も、あなたと同じ心を失った者ね」
ウィルはゆっくりと顔を上げた。その表情には怒りしか宿っていなかった。憎しみを露わにし、彼の周りに蒼と黒が混じった光が溢れ出す。クレイスはその様子を見て、虚ろな瞳で微笑んだ。
「クレイス!! お前を殺す!!」
「ふふふ、あなたには出来ないわ。私よりも弱いのだから」
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