クラス転移した俺のスキルが【マスター◯―ション】だった件 (新版)

スイーツ阿修羅

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第5.5膜 帰郷──遺された者達の子守唄編

百五十九射目「バッドエンドなんかじゃない」

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 父さんが亡くなってから、一週間が過ぎた。

 医局長としての仕事にようやくなれてきた気がする。
 この一週間オレは、医局長としての責任や重圧で押しつぶされそうだった。

 父さんの背中があまりにも大きすぎて、何をするにしても、父さんとの実力差を痛感する日々だった。
 医療技術も、責任感も、人望も、まだまだオレは父さんに遠く及ばない。

 和奈かずなの回復経過も順調だ。
 まだ布団で寝たきりだけど、徐々に手足を動かせるようになってきている。
 
 行宗ゆきむねは毎日力仕事を手伝ってくれて、本当に助かっている。
 直穂なおほに去られたトラウマが原因で、行宗ゆきむねはあの日から、賢者になれなくなってしまったらしい。
 しかしさすがは召喚勇者、特殊スキルがなくとも、もともとの力も強かった。


 父さんが死んで、二週間たった。

 最近、獣族独立自治区で、妙な噂が流れている。

「独立自治区で蔓延した感染症は、人間達が獣族を殺すために流した毒なんじゃないか」

 という噂だ。

 その主張の根拠は、北東の川沿いの村から感染が始まったという事実らしい。
 その川は人間の居住域から流れてきているから、人間が感染源を放流したのではないかという疑いが膨らんでいったのだ。

 医療従事者のオレ達は、混乱が過激化しないよう必死に否定を重ねたけれど、
 オレの言葉を信じてくれている人は少なかった。
 ご近所さんしか居なかった。
 これがもし父さんの言葉だったなら、誰もが耳を傾けて、噂を止めることができただろう……
 オレにはまだまだ人望がなかった。オレは父さんの代わりにはなれない。

 それに医者のオレは、その噂がおおかた真実であると気づいてしまっていた。
 
 感染症の病原体、あれほど高度な構造の菌類が、この辺りに自然に存在しているなんてあり得ない。
 あの感染症は、魔力濃度の高いダンジョンの奥から取ってきたものか、人工的に開発されたものか、
 少なくとも、何者かが意図的に感染させた可能性が高い。

 噂が真実である可能性は、十分に高かった。
 
 ……なぁ、誠也せいや、オレはどうすればいいんだ。教えてくれ……
 獣族と人間が手を取り合って仲良くできる世界、なんて言ったけど……今のオレじゃ、同族内の噂すら止められない。

 噂によって、人間向けた憎悪が膨れ上がり、獣族反乱軍はより一層勢力を広げていた。
 このままでは本当に不味い。いずれ戦争に発展してしまう。

 争いを止められる人間はいま、オレしか居ない。
 行宗ゆきむねは人間だから、反乱軍の説得なんて頼めるはずがない。
 誰かに頼ろうと思っても、オレの話を聞いてくれるのは治療で忙しい家族と、身体の弱い村の人達だけだった。

 ……父さん、オレはどうしたら良いんだ?
 父さんなら、この流れ止められる?
 オレは目の前の患者に精一杯で、間違った方向に進んでいく独立自治区を、ただ傍観することしか出来なかった。


 父さんが死んでから、18日がたった。

 ついに恐れていたことが起こった。
 獣族反乱軍の夜間作戦、川下の人間の村を急襲し、虐殺、火の海にして滅ぼしたらしい。
 ガロン王国軍の援護も間に合わず、獣族の犠牲はほとんどゼロだったらしい。

 父さんが避魔病ひまびょうになり、身体が不自由になってから、
 この独立自治区で反乱軍は、徐々に勢力を拡大していった。
 たった一年前までは、独立自治区の各地で煙たがられる、所詮不良の集まりだったのに。
 戦争を知る大人たちは鼻で笑い。反乱軍と言っても隠れながらの活動をしていたのだが、
 今日の反乱軍の凱旋には、多くの獣族たちが激励を送っていたという。
 
 感染症による大量の病死、そして小桑原啓介こくわばらけいすけの死。
 それらが獣族達の不満に火をつけ、人間に対するの怒りが膨れ上がった結果なのだろう。

 いけない方向に、どんどんと進んでいる。
 誠也せいやは何度もオレに話してくれた。
「戦争だけは、二度と絶対にしてはいけない」、と。
 わだかまりを解消し、獣族と人間が仲直りするのが、オレと誠也せいやの誓った夢だった。

 次の日。

 オレはただ一人きりで、高い崖の上から、フェロー村を一望していた。
 そして、静かに泣いていた。


「……誠也せいやは、フィリアならできるって、言ってくれたけど……
 やっぱりオレには無理だよ……」

 この二週間と少し、ずっとずっと、心が折れそうだった。
 医局長としての重圧に押しつぶさそうになりながら、日々の仕事を何とかこなすのが精一杯だった。

 もうオレは医者見習いじゃなくて、一人前の医者だったから、絶対に失敗は許されなかった。
 患者の手術が恐怖だった。
 メスを持つ手がガタガタと震えて、想定外の何かが起きるたびに酷く吐き気を催した。
 全責任はオレにある。教えてくれる人も、頼れる人ももう居ない。
 オレが自分で考えて、自分で答えを出して、みんなに答えを教えてあげないといけない。

 父さんは、こんなプレッシャーの中で、医者をやり続けて生きてきたのか。

 ……あんなに楽しくて、やりがいを感じていた医者の仕事が、今はたまらなく怖くて苦しい。
 毎日、目が覚めると憂鬱だった。
 身体が重くて、起きる気力が沸かなくて、頭痛と吐き気に苛まれながら、朝ご飯を無理やり口の中へ押し込んでいた。

 医者という立場から逃げ出したいという気持ちが、日に日に大きくなっていくのを感じていた。

 ……もし今、ここから飛び降りれば、楽になれるだろうか……?

 オレは崖の上から、下の景色を見下ろした。
 崖の中腹には、オレの家である診療所が見えた。
 ここは、診療所からさらに崖を登ったてっぺんの場所。
 アルム村全体を一望できる、絶景の場所だった。

 ……ここから一歩踏み出せば、誠也せいやと父さんの居る場所へ、行けるのだろうか?

 死んだあとに行ける場所……神の世界……
 神の世界には諸説があって、勇者達が生まれるネラー世界か、それとは別の神様だけが暮らす世界か、どちらを指すのかで解釈が分かれるけれど。
 どちらが正解だとしても、今一歩踏み出せば、父さんや誠也に会えるのだろう……

 頭ではいけないと分かっていても、考えずには居られない。 
 オレは、こんな自分がどうしょうもなくて、大嫌いだった。
 限界だった。逃げたかった。楽になりたかった。
 何も見ず、何も感じず、何も聞かず、
 ただ何もなく穏やかに、綺麗な場所で永遠の眠りにつきたかった。

「父さん、誠也せいや……」

 二人が居なくちゃオレは、どう生きて良いのか分からないんだ……

「お願いだ…… 父さん、誠也せいや……
 オレにもう一度、生きる理由を教えてくれ……」

 オレは張り裂ける思いで、空に向かって嘆いた。
 オレの願いや葛藤は、大きな青空へと吸い込まれていった。返ってくるはずもない。

「……ふぅー……」

 オレは深く深呼吸をした。
 そしてパチンと両頬を叩いた。

「……頑張ろう。二人のためにもオレは頑張るしかないんだ。
 ……誠也せいやと約束した平和な未来を、オレは絶対に諦めない」

 オレは自身を鼓舞して、崖に背中を向けて歩き出した。

「大丈夫、まだやれる。……まだオレは頑張れる」
 
 ……父さんも誠也せいやも、どんなことがあっても、最後まで絶対に諦めない人間だった。
 二人のお陰で今のオレがあるのだから、頑張らなくちゃだめなんだ。

 歩きだして、診療所に戻ろうとしたその時。

 背中から、力強い風が吹いた。

 びゅぅぅうう!!

 崖を登って加速した風、オレの衣服が大きく靡く。

 温かい夏の風に、オレの背中はぶっきらぼうに叩かれた。

 思わずギュッと目を閉じる。

 ………………

 …………

 ……

「……え?」

 声が、聞こえた。
 聞こえた気がした。
 オレの大好きな、誠也せいやの声の幻聴だった……

 夏の風は、まるでオレの背中を押してくれたみたいに、びゅうと木の葉を巻き上げ空へ登っていった。

「……『お腹』……?」

 たしかにそう聞こえた。
 オレは疑問に思いながら、自分のお腹に手を当てた。

「………………………あ」

 そして、あることに気がついた。

「…………あ……あっ……あっ……」

 そういえば、最近来てない……

回復ひーる……」

 オレは震える声で回復魔法を唱えた。お腹のなかにいる存在を確かめるために、

「………あぁ、あぁ……」

 間違いない。
 オレと、誠也せいやの子供だった。

「うぅ………あぁ……ああああっ!!」

 オレはもう嬉しくって切なくって、自分のお腹を両腕で抱きしめるようにして大粒の涙を流した。

 誠也せいやが死ぬ半日前、雪山帰りの温泉にて、オレと誠也せいやは一度だけ肌を重ねたのだ。
 疲れも眠気も吹っ飛ぶくらい、白い湯気に煽られながら、オレ達はあの棚田温泉で、最初で最後の子作りをした。
 まぶたを閉じれば、あの時の会話が、今も鮮明に蘇る。
 
『フィリア、結婚してくれ。私の子供を産んでくれ」

 そうせがむ誠也せいやに対してオレは、

『誠也のじゃねぇ、オレ達二人の子供だろっ!? いいさ産んでやる、何人だって産んでやるよ!』

 なんて大声で叫んだっけ。

 …………

「うあぁあああっ……! うぐぅぅうう…… ぁああっ、あぁあっ……!!」

 嬉しくて、幸せすぎて、もう涙が止まらなかった。
 そうか誠也せいや、オレ達は、ちゃんと結婚してたんだな。
 たった一度きり、最初で最後の一晩で、
 誠也せいやはオレに、子種を残して行ってくれた。

「……せいやぁっ……みでるかっ……おれたちのごどもだっ……!」

 もうオレは何もかもを失ったと思っていたけれど、違った。
 誠也せいやはオレに遺してくれていたのだ。
 誠也せいやの生きた証、オレと誠也せいやの愛の証、そして、オレのこれからの生きる意味を……

「……おれのおながのなかにきてくれで、ほんとにほんどにありがどうな……ぜったいおれ、たいせつに、ずるからぁぁあっ!!!」

 お腹の中のまだ小さな赤ちゃんへ、オレは語りかけていた。

 なぁ、聞いてるか? オレがお母ちゃんだぞ。
 お前は男の子か女の子か、どっちなんだろうな?
 どっちだって良いさ。どうか元気に生まれて来いよ。オレはお前と会えるのを楽しみに待ってるからな……
 オレは、お前がお爺ちゃんおばあちゃんになる頃までずっと、安全に幸せに暮らせる世界を作りたいんだ。
 ……それが、死んだお父さんがオレに託した、最後の約束なんだ。
 ……でも、オレひとりの力じゃ、どう頑張ってもみんな止めるのは無理みたいだ。
 オレは父さん、お前のお爺ちゃんみたいに万能じゃないから、誰かの力を借りないといけない。
 ……まだまだ、色んな人に頼ってみるよ。何としてでも戦争だけは止めてみせる。
 お前の未来は、オレが、お母ちゃんが守るからな……


「ねんねんころりよ、おころりよ。 おまえはいいこだ、ねんねしな……」

 こんな歌だった気がする。
 昔、オレと一緒に住んでいたお爺ちゃんが、いつもオレが寝る時に歌ってくれていた歌。
 もの心がつかない頃の記憶だけど、何度も聞いていたからか、不思議とその子守唄だけは覚えていた。
 
 オレは多くの人に大切にされながら、愛させながら育ってきた。
 そしてオレは恋をして、愛しあって、母になった。

 嬉しい気持ちと切ない気持ちがぐちゃぐちゃになって、涙とともに流れ落ちていく。

 誠也は最後の最後でオレに、大きなプレゼントを残してくれた。

 もう、死にたいだなんて思わなかった。
 オレにはもう、守るべきものがお腹にいるから、
 オレはもう大丈夫だ。どんなことだってやってやる。

 オレは医者だ。
 小桑原啓介こくわばらけいすけの娘であり弟子、
 誠也せいやの妻でこの子の母親、フィリアだ。


――――――

【第5,5膜 遺された者たちの子守唄ララバイ編」 完】

【第C膜 第C膜 ナロー世界とクラスメイト外伝(番外編) へ続く】
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