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五十鈴りく

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5◆子猫のモカ

◆2

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 三匹とも、感染症なんかの病気は持っていないって。よかったよかった。
 ノミ取りの薬を首にポチッとつけられ、三匹とも震え上がっていたけれど、僕が最初にちゃんと言い聞かせていたから、暴れたりはしなかった。
 どの子もお利口だって獣医の先生に褒めてもらえたよ。

 ノミ取りの薬は定期的にやるけど、これをさせてもらうには相当にご機嫌を取らないと難しそうだ。
 三匹は健康診断が終わってほっとした――というよりもぐったりしていた。初めてだし、気疲れしたんだろうな。まあ、帰ったら約束のご馳走を出すから許してほしい。

 清算をするためにまた待合室で待っていると、皆少し元気を取り戻してにゃあにゃあ言ってきた。
 店長は犬なのかと。

「……それは違う。帰ったら話そう」

 人間には苗字という、生まれ持ったものがあるわけで……
 これをここで皆に説明してあげると、僕は猫相手に喋りかけているちょっと危ない人という目で見られてしまうんだ。だから、帰ったら説明しよう。

 っていうか、絶対変なリアクションすると思ったから名前は伏せてたのに!
 そこで僕の苗字が再び呼ばれた。

「犬丸さん」
「あ、はい」

 僕は後ろのポケットに入れてあった財布を抜いて手に持つと、チキとハチさんを担いで受付に向かった。その時――

 掲示板に貼られていた貼り紙を見つけたんだ。ずっとそこに貼ってあったはずなんだけど、さっきは受付のお姉さんが美人すぎて気づかなかった。

 その貼り紙には『子猫の引き取り手を探しています』とあった。
 生後四ヶ月。メス。

 そこに写真が貼りつけてあるけど、その三毛猫は生後四ヶ月よりもっと小さい。よく見ると、『四ヶ月』のところ、上から訂正された跡がある。
 僕は妙にその貼り紙が気になって、受付嬢に訊ねた。

「あの、この貼り紙の子って、まだ引き取り手がいないんですか?」

 すると、受付嬢は困ったようにうなずいた。

「ええ。同時に生まれた子猫は五匹いて、その子で最後なんですけど」

 兄弟たちはすでにもらわれていった後だって。
 受付嬢は僕に期待を込めた眼差しを向けた。

「誰か、引き取ってもらえそうな心当たりがあるんですか? そうだといいんですけど……」

 彼女もこの子が売れ残っていることに心を痛めているように見えた。
 子猫かぁ。お客さんは喜ぶかもしれないけど、あんまり小さい子を猫スタッフにすると負担も大きいし、ちょっと可哀想だ。でも、少し大きくなってから出す分には構わないかな。
 一度会ってみたいかも。

「あの、一度見てみたいんですけど、会えますか?」
「犬丸さんがですか? でも、すでに三匹も飼われていますし」

 と、受付嬢は渋っていた。狭い場所に押し込めて、飼えもしない数を抱え込むようなヤツに見えたんだろうか。
 僕はまず事情を説明することにした。

「僕は今度猫カフェをオープンする予定で、もう少しなら猫を増やしてもいいかなって思っているんです。もちろん、子猫のうちにお客さんと接する時間を長くしたりはしませんよ。そこは考えて育てます」

 そう言うと、受付嬢はさらにじぃっと僕を見た。僕の顔は胡散臭かったんだろうか。
 でも、受付嬢の顔は強張ってはいなかった。柔らかく声を発する。

「そういうことでしたか。最近は保護猫を養うためにカフェをオープンするという話も聞きますし、この子たちももしかして保護されたのでしょうか」
「まあ、それに近いところですね。うちの子たちは賢いですから、子猫とも仲良くできると思います」

 にゃっ。
 もちろん! とチキが言った。ありがとう。
 受付嬢もチキの愛嬌のおかげかフフ、と笑う。

「それなら一度会ってみてあげてください。実はこの子猫、うちの姉の家の子なんです」
「そうでしたか! じゃあ、都合のいい日を教えてください。会いに行きます」
「ではまたご連絡差し上げますね」
「はい!」

 清算をウキウキと済ませる僕に、足元からトラさんがにゃあと言った。

 これは、何かあるね。
 え? 何それ。不吉な予言はやめてくれる?
 トラさんにそういうこと言われると不安になるんですけど。

 にゃあ。
 ハチさんまで、ああ、きっとな、なんて相槌を打たないで。

 きっと、可愛い子猫だよ。ほら、綺麗なお姉さんの身内の家の子なんだから、さ。


     ◆


 さて、僕は家に帰ると、皆の希望通りのご褒美を買いに家を出た。近くのスーパーでそれぞれの品を選び、それから自分の食料を見繕って帰る。

「ただいま。皆、ちゃんと買ってきたからね」

 三匹は目を輝かせて僕を迎え入れてくれた。

 にゃあ。にゃっ。にゃあ!
 おかえり、と迎え入れてくれる。僕よりもご馳走を待っていた気がしないでもないけれど、それでも嬉しい。
 三匹の皿にそれぞれの好物を載せ、皆が夢中で食べている隙に僕も昼食に買ってきた唐揚げ弁当を食べた。

 そうしていると、スマホが鳴った。
 着信は未登録の番号。もしかして――

「はい、犬丸です」

 すると、聞こえてきたのは動物病院の受付嬢の声だった。

『さとう動物病院で受付をしています早瀬はやせと申します。あの、今日話していた子猫のことなんですが、姉に確認を取りましたら、今度の日曜日なら都合がいいとのことでした。×××町なんですけど、その辺りまで来られますか?』

 早瀬さん。名札を見たから知っている。下の名前はなんていうのかなぁ……なんて関係のないことを考えてしまった。いけないいけない。
 僕は気を引き締め直す。

「ええ、大丈夫です。お時間はいつがいいでしょうか?」
『午前十時くらいはいかがですか? ×××町の緑地公園の時計の下で待ち合わせませんか? そこから姉の家までご案内致しますので』

 あ、早瀬さんも来てくれるんだ!
 それを聞いたら嬉しくなった。いや、メインはもちろん子猫。
 そこは忘れていないつもりだ。

「わかりました。では、今度の日曜日の午前十時に」
『ありがとうございます。ではまた』

 昼休みのうちに電話してくれたんだろうな。
 僕が内心ほくほくしていると、好物を食べ終えた猫たちがそろって僕の方を無言で見ていた。

 トラさんがおもむろに、にゃあと言った。
 店長がなんで犬なのか、そろそろはっきりさせようじゃないか、と。
 尻尾をパシン、と床に叩きつける。まるで取調室のようだ。

「いや、そんなご大層な理由はないんだって。人間には『苗字』っていう、家の名前があるんだよ。家の名前と自分の名前、そのふたつを持っているんだ。ノブエさんにだって苗字があったはずだ。違う名前で呼ばれていたことがあるんじゃないかな?」

 すると、トラさんはすぐに思い至ったらしく、軽くうなずいた。
 そういえば、違う名前で呼ばれている時があった。あれがそうか、と。

 にゃあ?
 それにしたって、なんで犬なんだって、ハチさんが言う。

「これは僕が選べるものじゃないんだ。僕は生まれた時から犬丸って苗字なんだよ。僕の親兄弟は皆同じだ。もしハチさんたち猫にも苗字があったら、ハチさんと弟くんは同じ苗字なんだから」

 ふぅむ、とハチさんはなんとなく納得してくれたようだった。

 にゃっ。
 テンチョが犬でもテンチョって呼ぶから一緒だって?

 あはは、まあそうだね。
 ――ところで、とトラさんが言う。

 にゃあ。
 じゃあ、店長の『自分の名前』はなんなのさ? と。

「――え?」

 にゃあ!
 そうだ、犬は苗字だろう。もうひとつ名前があるはずだ。

 ハチさんまでそんなことを言い出す。これは非常にまずい流れだ。

「うん、まあ、ほら、チキが言うように、『店長』って呼ぶから、そこはいいじゃないか」

 軽く、笑って受け流したはずなのに、トラさんとハチさんの目が半眼になっている。

 にゃあぁ?
 何故隠す? って。

 え? か、隠しているわけじゃ……

 にゃあ?
 自分の名前も犬なのか? って、それは違う。違うけど……

「僕の名前より、ほら、今度来る子猫の名前を考えてあげないと。多分まだないよ」

 それは店長の役目だろう? ってハチさんに冷静に突っ込まれた。

「……はい。顔見て考えます」

 トラさんがそんな間も僕に向ける目は物言いたげだった。
 ま、まあいいじゃないか。

 チキは新しく入るかもしれない子猫にワクワクしているふうだった。
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