猫スタ募集中!(=^・・^=)

五十鈴りく

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5◆子猫のモカ

◆1

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 僕の猫カフェの改装工事もあと少し。ここから近いから、一応毎日差し入れを持って顔を出してはいるんだけど。
 そこ、もともとは美容院だったんだって。フローリングや窓も僕のイメージに近くって、手直しは少なくて済む。いいところを見つけたなって自分でも思ってる。

 まあ、それはいいんだけど、肝心の猫スタッフがまだ三匹だ。サンゴもいてくれたらよかったけど、まあ、あの場合は仕方ない。

 僕は三匹の猫スタッフをじっと見た。まだ何も言っていないのに嫌な予感がしたのかな。勘のよすぎるヨモギ猫のトラさんが身構えた。

 にゃあ。
 何かよからぬことを考えているんじゃないだろうねって?
 よからぬこととは心外だな。

「いや、一度皆で健康診断に行こうかと」

 にゃあ?
 ハチさんが難しい顔をした。

「え? すこぶる健康だって? まあ、そうなんだけどさ、ノミとかいるとかゆくなるからね。一度ちゃんと診てもらおう。猫カフェをオープンするのにそこは大事だからね」

 にゃっ。

「チキも健康診断は初めてなのかい?」

 健康診断はどこにあるんだって?

「どこにっていうか、まあ動物病院だね」

 にゃっ!
 名前だけ聞いたことがあるらしい。

 トラさんはフン、と鼻息を鳴らした。とても嫌そうだ。嫌そうなんだけれど、頭のいいトラさんだから、それが必要だってことも理解してくれている。

「あんまり楽しくはないかもしれないけど、頑張ろう? 帰ったら美味しいものを用意するよ。トラさんはチクワがいい?」

 耳がピコンと動いた。チクワは嬉しいらしい。

「チキとハチさんは?」

 にゃあ。
 ハチさんは久々に笹カマが食べたいらしい。練り物好きだね、皆。
 チキは――

 にゃっ。

 某有名メーカーの商品名を口にした。皆、それが食べたいんだからいいんだけど、僕がお小遣いを平等にしないとと悩む親みたいな心境になったのは内緒だ。


 何日かに分けるか、一日で済ませるか考えたけど、一日で済ませることにした。
 キャリーケースに入ってってお願いしたら、拒否された。

 にゃあ。
 狭いにもほどがある、とハチさんが言う。
 チキは怯えていた。そういえば、キャリーケースに入れて捨てに行かれたんだから、仕方ないかな。

「わかったよ。でも、絶対に僕の言うことを聞いて。大人しくしているんだよ? 間違っても他の犬や猫と喧嘩をしないこと」

 にゃあ。
 皆素直に返事をした。まあ、自由を愛する猫がこんなものに入れられて嬉しいはずもないんだけど。


 僕は三匹をミニバンの後部座席に乗せた。

「これは車といって走る乗り物なんだ。でも、僕が動かすんだから、僕がいいって言うまで僕の集中を乱しちゃいけないよ。僕が操作を誤ったら大変なことになるからね」

 やけに脅すじゃないか、とトラさんはぼやく。でも、僕の言うことが脅しじゃないことはトラさんもわかっているんだ。大人しく座っている。

 チキは車に乗ったことがあるから、多分わかっているだろう。ハチさんも見たことはあって、危ないものだっていう認識はちゃんとある。
 まあ、トラさんもハチさんも落ち着いてるから大丈夫だろう、と僕は皆を信じて車を走らせた。


 車で二十分ほどのところにある動物病院。
 僕は駐車場に車を停めた。そうして、後部座席の三匹に語りかける。

「大丈夫かい?」

 にゃぁぁ……
 ハチさんが一番ぐったりしている。色々と驚かせてしまったのかな。

 でも、これからが本番だ。
 車内からクリームイエローの壁を眺めつつ、僕は車を降りた。それから後部座席のドアを開ける。

「じゃあ、行くよ。僕が皆を抱えていくから」

 そう言ったら、トラさんには断られた。
 にゃあ!

 自分で歩いてついていくから、心配するなとのこと。
 もう、抱っこ嫌いなんだから……

 チキは喜んで僕に抱っこされ、もう片方の手にハチさんを抱える。総重量は……十三、四キロ。

「よし。出発」

 トラさんは今言ったように、二匹を抱えた僕の後ろをついて歩く。ただ、病院の自動ドアが開いた途端、二匹が体を強張らせたのがわかった。消毒の匂いとか、他の動物の匂いとか、人間の僕にもわかるほどだから、猫の皆には結構強く感じるんだろうな。
 僕は受付に向かった。

「本日はどうされましたか?」

 にっこりと迎え入れてくれた受付嬢は、清楚な美人だった。
 サラサラの黒髪に天使の輪ができてる。下ろしたら長いんだろうけど、編み込んでまとめていた。
 色もすごく白くて、綺麗な肌をしていて――って、ハッ。
 最近猫としか接していなかったから、僕としたことが美人を見て舞い上がってしまった。

「猫の健康診断をお願いしたくて。ノミもいないか見てほしいんです」

 すると、受付嬢は爽やかな笑顔を向けてくれた。

「二匹ともですね?」
「いえ、三匹です」

 受付嬢からは僕の足元のトラさんが見えなかったんだろう。僕は手が塞がっているので、目線で下を指す。受付嬢は少し身を乗り出し、そしてトラさんを見て少し驚いていた。

「あら、ちゃんとついてくるなんて、お利口さんな猫ちゃんですね?」
「そうなんです。僕より賢いかもしれません」

 そう言うと、受付嬢はクスリと品よく笑った。笑顔が素敵だ。

「じゃあ、このボードに記入して頂けますか?」

 問診表だ。

「はい」

 僕はチキとハチさんとを肩に担ぎ直し、そのボードのチェック項目に記入する。変な体勢で書いたから、字が歪んでるけど、読めたらしいよね。

「じゃあ、よろしくお願いします」
「はい、座ってお待ちください」

 僕は待合室の他の人たちからちょっと距離を取って部屋の角のソファーに座った。すると、トラさんはソファーに飛び乗ってきた。

 にゃあ。
 鼻の下が伸びてるって? そ、そんなことは……

 にゃあ?
 テンチョ、ドキドキ言ってたよ? ……し、心臓は正直だから。
 何か、ハチさんに鼻で笑われた。

 三匹の猫を抱えた僕は、その場では浮いていたんだろうか。ちょっと白い目で見られていた気がする。
 い、いや、待合室の中は犬が多かったんだ。犬派の皆様、僕を敵視しないでください。


 待っている時間というのはとても長く感じられる。僕は膝にチキとハチさんを載せていて、膝がとてもぬくくて、そりゃあ眠気を誘うんだ。チキも寝てたし。

 ウトウト、ウトウト。
 ハチさんも眠たそうだけど、こんな得体の知れないところで寝たくないから我慢しているっぽかった。その時、声がかかった。

犬丸いぬまるさん、中へお入りください」

 にゃあ?
 犬だって。どの犬さ?
 トラさんが軽く笑っていた。……その犬はね、僕だ。

「はい……」

 僕が返事をして立ち上がったから、三匹の猫たちは目を瞬かせ、同時ににゃぁあ? と鳴いた。

 犬ぅ? と合唱しないで。
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