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第1章

30 侯爵令嬢はヘビが嫌い

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「いやいやいや!そういう問題じゃないからっ!」

私はブンブンと頭を振ってアルミラの腕の中から抜け出して後ろに飛び退いた。
危ない…!
本当にもう少しでアルミラの首筋にかぶりつくところだった。

「大体なんで急に血を飲めとか言い出すの!?」

アルミラは「ふふ、何でもない、気にしないでくれ」などと言って笑っている。

何?照れ隠し?
突然そういう気分になっちゃったの?

まあ、私も吸血鬼ヴァンパイアになってから、正直そういうこともあるからわからなくはないけど…。

アルミラは普段ぶっきらぼうなくせに、時々なんか突然こういうふうにいやらしい感じになったりする。

もう…!何なのよ…!
もしかしてアルミラって、私のこと好きなのかな…。
女の子が好きって言ってたし。

えぇ…、ちょっとそんな、ダメでしょ女の子同士なんだし吸血鬼ヴァンパイア同士なんだし、ってそれはまあいいのか。いや、よくないでしょ。
私にはローザがいるんだから。って、いやそれもおかしいわ。何を言ってるの。

ああ、ローザ。

今ごろ何してるのかな。無事だといいけど。

「さあ、そんなことより先を急ぐぞ」

アルミラはツカツカと通路を歩いていく。
遅れて私もついていく。

――そんなことよりって、そっちから誘ったくせに…!


******


ケルベロスから共有された嗅覚と聴覚を頼りに入り組んだ迷路を歩ききると、また私たちの目の前に分厚い鉄の扉があらわれた。
この奥に第2層の守護者がいるのだそうだ。

生臭い匂いとシュルシュルと擦れる音が聴こえてくる。

「いいか、そもそもこの『地獄』と呼ばれる迷宮は、吸血鬼ヴァンパイアの能力を試すものになっている」

アルミラが鉄の扉に手をかけてそう言う。

「覚えていると思うが、吸血鬼ヴァンパイアの基礎能力は誘惑魅了チャーム憑依変身モーフィング潜影移動スニーク死霊魔術ネクロマンシー動物支配テイムの5つだ」

私は力強く頷く。大丈夫。何となくは覚えていたわ。

「あまり教えすぎるのもお前の試練にならんのだが、これは吸血鬼ヴァンパイアの間では常識なので教えておく。第1層から第5層までは今言った5つの基礎能力と総合力を試すものだ。例えばケルベロスはその俊敏な動きに潜影移動スニークでどこまでついていけるかが主眼の試練だったのだ、本来ならな。お前は動物支配テイムでクリアしてしまったが」
「じゃあ、この中のヘビは何のテストなの?」
「それは言えん」
「ケチ」
「ケチではない。自分で考えるんだ。それからここでは動物支配テイムは禁止だ」
「え!なんで!」
「それだけですべてクリアしてしまっては試練にならん。それにお前の大嫌いなヘビがなついてしまってもいいのか?」

私はそれを想像してブルルッと震える。

「嫌よ、絶対」
「では動物支配テイムはナシだ。準備はいいか?」
「いや、良くないわよ、大体なんで私がヘビなん」
「健闘を祈る」ドンッ!

私が話している途中でまたもやアルミラは扉を蹴破って私を無理やり押し込めた。

「ちょっとおぉぉぉぉぉっ!!!」

私は叫んで今度はつまづいてゴロゴロ転がってから素早く起き上がると、目の前には何匹もの巨大なヘビ…じゃなくて、何あれ?つながってる?

「第2層の守護者は8本首の大蛇、ヒドラだ。奴の毒液は吸血鬼ヴァンパイアをも溶かすぞ」

アルミラがそう言うのとほとんど同時にヒドラの複数の頭が一勢に毒液を吐きかける。
私は慌てて右に飛び退く。アルミラも左に飛び退いて逃れたようだ。

ヒドラはいくつもの頭のいくつもの目でじろりと私を見る。どの口からも舌がチロチロしている。

ぎょおぉぉぉぉぉっ!気持ち悪いっ!!!

「ケルベロス!出てきて!!」

私がそう叫ぶと私の足元からケルベロスがあらわれる。

「あんなヘビ、二手に分かれて燃やしちゃおう!」

ケルベロスが「わうっ!」と犬らしく吠え、部屋の左側に素早く跳躍する。
私も部屋の壁を走って右側へ。右手の人差指に魔力を集中させる。

初級火炎球ファイヤーボール!!!」

私が火球を放つと同時にケルベロスも3つの口から業火を吐き出す。
挟み込むような形でヒドラに衝突するが、キュインッ!という音とともに炎はかき消される。

「なんでっ!?」

ヒドラがまた毒液を撒き散らす。私が潜影移動スニークで影に潜ると、私のいた石畳がジュワッと溶け出す。ヒドラの目の前の床から私はあらわれる。

「近付きたくなかったのに…!」

私はほぼ真上に向かってジャンプすると同時にサーベルを振り抜く。
身体を翻して天井に着地すると、ヒドラの首が1本斬り飛ばされている。
ケルベロスも横から飛びかかって、すれ違いざまにヒドラの首を1本食いちぎる。

「よし!もう1本!」

私は天井を蹴り、再びヒドラに斬撃を見舞う。もう1本の首が飛ぶ。

「これであと5本ね!」

私とケルベロスが部屋のほぼ中央でヒドラと対峙すると、首の切断面がムクムクと盛り上がり、ズリョッと新しい頭が生えた。3本全部。

「せ、せっかく斬ったのに…!」

どうしよう…!
炎も効かないし剣も効かないし、そうだ!

「痺れなさいっ!!!」

私は魔力を爆発させて電撃を放つ。バリバリバリ!と空気を切り裂いてヒドラに電撃が向かう。しかしぶつかる寸前、キュインッ!またしてもヒドラの目の前で電撃はかき消された。

「じゃあ何が効くのよっ!」

背中から翼、おしりから尻尾も生えた私は戸惑う。
その隙を察知したのか、ヒドラは一気に頭のひとつを伸ばして私に噛み付く。
寸前でジャンプしてそれを躱したがもうひとつの頭が飛びかかる。
それをケルベロスが噛みちぎる。

「―――ありが」

礼を言い終わる前にケルベロスの身体に他の頭が放った毒液が命中する。
「ギャウンッ!」ケルベロスが悲鳴を上げて床を転がる。

「ケルベロス!!!」

私は天井を蹴って床に向かって飛び、ケルベロスの巨体を抱えると今度は部屋の隅まで飛ぶ。

「大丈夫っ!?」

息はあるが身体の左半分が溶けて酷い火傷のようにただれている。

――ああ、ケルちゃん…!

私が片膝をついてその傷に手を置いて「少し休みなさい」と言うと、ケルベロスは私の身体の中に戻った。私の中にいれば私の魔力で再生できるようだ。

私はゆっくりと立ち上がる。

「やっぱりヘビなんて大っ嫌いよ…!!!」

私の身体の中からメラメラと怒りが燃え上がった。
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