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第1章

第29話 早朝のひととき

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 自分は、いったい何を。
 レイは寮でも実家でもない天井を見上げながら、昨夜の痴態を思い出し冷や汗を流した。
 此処がエディの部屋だということは覚えている。隣に全裸のエディが眠っているし、間違いない。
 ……恐怖で馬鹿になってしまっていたに違いない。でなければキスも、それ以上だって許すはずが。

「あああ……」

 人生で一番の失態に、レイは頭を抱える。最後までしなくて良かったと思うべきだろうか、もし自分がその気になってしまっていたらどうなっていたか。
 いつ眠ってしまったのか、はたまた意識を飛ばしていたのかわからないが身体は清浄魔法か何かで綺麗にされている。服装だって整えられているし、隣に全裸のエディがいなければあれも悪い夢だったと思い込めたのに。
 レイが頭を抱えて自己嫌悪に項垂れていると、隣に眠っているエディが身動ぎした。起こしたかと思ってちらりと見るもその瞼はしっかりと下りたままで、逞しい腕がレイの身体へと回される。
 すっぽりと背中から抱き締められる形で覆われ、このままではまずいと気が付いた。

「おい、誰か来たらどうすんだよ馬鹿、放せ」

 もし此処がヘンドリックス家のお屋敷なのだとしたら、いつかはわからないが侍従達がエディの朝の世話をするためにやって来るはずだ。その時にこんな場面を見られてしまったら確実に誤解される。
 いや、誤解ではないのだけれど。抱かれはしていないがそれに近い行為はしたのだけれど、エディが生家の人間に変に思われるのは避けたい。
 こっそり出て行きたいがヘンドリックス家のお屋敷には入ったことがないから、何処をどう抜けて行けば誰にも会わずに帰れるかもわからない。そもそも、扉を出た瞬間知らない誰かに見られてしまったら不審者として攻撃される可能性だって。
 レイが小声で怒りながらエディの腕を叩いて起こしていると、漸くエディは唸り、ぼんやりと長い睫毛が縁取る瞼を持ち上げた。

「……ああ、レイだ」
「おいやめろ、触んな」
「レイ、レイ……レイが俺と寝てる……」
「放せ馬鹿、おい」
「可愛い、好き」
「やめろって、おいエディ」

 エディは寝惚けているのかレイの耳や首筋に何度もキスをしてくる。
 それを昨夜許したのは自分だが、今は駄目だ。というか、もう駄目。
 レイは必死に手で防ぎながら無理矢理腕を引き剥がそうと奮闘した。

「お前ふざけんなよ、別にお前とどうこうなったってわけじゃないんだからな」
「あんなに可愛くおねだりしてきたのに?」
「馬鹿ふざけんな、あれはあれだ、……あの」

 その場のノリ、というか。
 気持ち良さに、馬鹿になってしまってというか。
 レイは上手く誤魔化せずにまごついてしまう。
 そんなレイの頬にキスをし、エディは抱き締めたまま頭を撫でてきた。

「頭、もう痛くない?」
「……それは、平気だけど」
「良かった。治癒したとはいえ容態が急変したら危ないから寮には帰せなかったんだ、こんなところで寝かせてごめん」
「……お前の私欲じゃねえの」
「うーん、3割くらいはそうかも。……レイ、夜のことは忘れてもらって構わないけど暫く休みをとってほしい」
「はあ?」

 元からなかったことにしてほしいと頼むつもりだったから、忘れることに関しては異存はない。だが、休みなんて何故。
 レイが疑問を抱いたことも理解しているのか、エディはレイを抱き締めたまま呟く。

「昨日の件を大事にした方が、今後同じようなことを考える輩も減ると思って。レイが寝ている間に警邏隊のところに行ってきて、少しだけ大袈裟に伝えちゃったから」
「大袈裟にって、何言ったんだよ」
「あの後頭を怪我していた所為で昏倒してしまった。だから厳罰をって」
「俺ピンピンしてますけど?」
「うん、だから暫く休んでほしい。じゃないとドリス達も動きにくいし」

 王太子の名前が出るということは、軍部を退職した者達だからこそ王族が責任を追及しなければいけない段階なのかもしれない。
 密告、といえば聞こえは悪いが地位を追い落とされた彼等の素行を報告したのはレイだ。そのレイが報復にあったのだから何かしらはあるかもしれないとは思ったが。

「職場になんて言えばいいんだよ」
「言わなくていいよ。俺が身元を預かることにするから。隣国から転移してきてしまった理由付けにもなるし」
「あ、そうだ。お前どうすんだよ隣国の任務」
「そんなのどうでもいいよ。司教様の護衛は先輩達で十分で、俺は王女のご機嫌取りのためだけに帯同させられてただけだから」
「……そのご機嫌取りが重要なんじゃねえの?」
「知らない。許可を取って部屋に結界を張って寝ていたら夜這いをしかけて返り討ちに遭うような阿婆擦れだってこと、もう皆に知られてるし」

 そんなことが隣国で起きていたのか。それでいて王女との婚約を噂として流され、それをレイが聞いてしまったと。
 それを、あんな行為の最中に好きな相手から揶揄われるように言われれば怒るのは当然だ。
 レイは腕の中でもぞもぞと動き、向き直るとエディを見上げた。

「お前、ほんとに王女と結婚しねえの? 王配だぜ?」
「司教様にも、先輩達にも言われた。俺は権力だとかお金より安心がほしい。だから、レイとこうしてるだけでいい」
「おい、これ以上触んな」
「今だけ。……もう言わないで、レイに言われるのが一番嫌」

 エディはぐりぐりと頭を押し付け、再度昨夜と同じことを今度は懇願した。
 レイは仕方がないとそれは受け入れつつも、近いとエディの額を押し退けようと全力で押す。

「わかったからやめろ、誰かに見られたらどうすんだよ」
「侍従達が来ること心配してる? 大丈夫だよ、此処は俺が新しく借りたところだし使用人は通いのおばあちゃんしかいないから」
「は? 借りたって」
「レイが気に入ったら入り浸ってくれるかなって思って、図書館と本屋の間のところに借りたんだ。……誰もいないから、触っていい?」
「ふざけんな! っていうか、先に服着ろ馬鹿!」

 誰も来ないからって許すはずがないだろう。レイは全力で拒み続け、漸くエディの腕から解放された。
 上がってしまった息を整えながらベッドを降りてまで距離をとる。エディはそんな様子に笑い、いつの間に脱ぎ捨てたのか床に落ちているバスローブを羽織り前を留めて立ち上がる。

「冗談だよ。レイが俺をちゃんと好きになってくれるまでもうしない。……昨日は、ただ雰囲気に流されちゃっただけだろうから」

 エディもまた、レイがそういった意味で心を開いたわけじゃないと理解していたのだろう。
 懇願しながら、震えてキスをするなんて真似すればエディに甘いレイが拒めるはずないということもきっと知っていた。
 レイがどう答えればいいかとまたまごついていると、エディは優しく笑い大丈夫と止める。

「着替えてくるから少し待ってて。服はどうしようか、寮から持ってくる?」
「あ、えっと」
「っていっても、他人が部屋に入るのは嫌か。行商呼ぶよ、それまでは大きさ違うけど俺の服着てて」

 レイを残し、エディは隣の部屋へと出て行ってしまった。
 どうしようか悩んだ末、レイはとさりとベッドに座り、窓枠の向こうを見上げる。

「……どうしたらいいんだ、俺」

 休めと言われたことも、エディと肌を重ねてしまったことも。
 これから、どうしたらいいのかわからない。
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