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第1章

第30話 家の図書室

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 エディに小さめの服を渡されて着替えたレイは、ずり下がるパンツを紐で留めた情けない格好で、家の中を案内してもらっていた。
 安静にしているから外に出られないのだということを証明するため、寮や実家では安静にできないから、この家からは出られない。医者は呼ぶけれどヘンドリックス家のお抱えで、エディの工作にも協力してくれる人間。
 通いの使用人が来る間は客間のベッドに眠っているか座って本を読んでいるだけになってしまうことを謝罪されたが、日中休んで本を読むだけでいい生活なんて学生時代でも味わったことがなくそんな厚遇いいのかとさえ思ってしまう。

「ドリスから連絡で、休みの間の給金は保証してくれるって」
「この家から出てないのにどうやってそれ知らされてんだよ」
「右耳につけてるイヤーカフに通信魔法を掛けてるんだ。ドリスに片割れを持たせてるから王宮の中の話を伝えてもらってる」
「……本当に規格外だな」
「お褒めの言葉有難う。レイ、此処がうちの図書室。好きに入って読んでいいよ」

 別に褒めてはないのだが、と思いながらエディに案内された図書室へと入る。書庫でも書斎でもない呼び方をするからどんなものかと思ったが、足を踏み入れて中を見れば、その理由はすぐさま理解できた。
 これまで見てきた部屋、家主であるエディの寝室よりも広い部屋に本棚が多く置かれ、色とりどりの背表紙が並んでいた。まるで学校の図書室のような光景に、レイは瞳を輝かせながら見回してしまう。

「喜ぶと思った。この家のオーナーは昔貸本屋をしていたらしくてね、撤去するのが億劫だから好きにしていいって。俺が買って置いたのはそっちの本棚のものだけだけど、それも自由に読んでくれて構わないから」

 エディが指差したのは入り口に程近い本棚で、そこには2人が好きな詩人であるデプレの詩集が数多く並べられていた。
 思わず近寄り指で背表紙をなぞるレイのすぐ横に立ったエディは、その指に手を重ねながらそうだと呟く。

「あの軍部の、レイに迫ってる厄介な人。デプレ先生はあの人の親戚らしいよ」
「え、嘘だ」

 苗字は確かに同じデプレだが、あのゴリラの親戚がこんな素敵な作品を?
 偏見だと自分でも理解しているけれど、あの血縁でまともな思考をしている人間がいると思えない。それほどまでデプレ大尉に対する嫌悪感は凄まじいものになってしまった。

「本当。本が嫌いな甥御を持った嘆きが確か……この本のあとがきに載ってる」
「……確かに、読んだ記憶はあるけど」
「王都のタウンハウスに住んでいる伯爵家の方だから会おうと思えば会えるけれど、会ってみたい?」
「いや、無理無理。流石に緊張するって」

 好きな作家は作品が好きなだけで、人となりを知りたいわけじゃない。出会ってしまったが最後、何を読んだってその人の顔が浮かんでしまうのは嫌だ。
 首を振ったレイがじっと本棚を眺め続けていると、隣にいたエディは耳に手を当て離れていってしまう。何やら通信が入ったらしく、その姿を眺めているとエディは苦虫を嚙み潰したような顔をして振り向いた。

「レイ、ちょっと出てくるね」
「呼び出しか?」
「王宮の方でちょっと。やっぱり怒られるみたい」

 新人が勝手に国を越えて戻って来たのだ、怒られて当然。家の権力があっても関係のないことらしく安心した。
 なら自分は部屋で本を読んで暇つぶしをしていればいいだけか。客間は既に案内されているし、問題ない。レイは手で払うようにエディを追いやる仕草をした。

「さっさと行け、こってり絞られて来いよ」
「行きたくない……あ、そうだ。その前に」

 エディはごそごそとパンツのポケットを漁ると、何かを持ってレイに近付いた。左手を掬い上げられ何事かと思っていると、持っているそれを手首に嵌めてくる。
 あの腕輪だ。弾けて落としてしまった青い宝石が輝く腕輪をまた手首に嵌められ、エディに甘い声で囁かれる。

「寂しくなったら外していいよ。いつでも帰って来るから」
「お前が早く帰って来たいだけだろ。いいから早く行け」
「バレたか。プロポーズみたいだってときめいてくれても良かったのに」

 唇を尖らせるエディを図書室から追い出すように背中を押し、無理矢理外に行かせる。名残惜しそうにしながらも呼び出しが絶え間なくかかっているようでエディは耳に手を当てながら何度もレイを振り返り出て行った。
 まったく、なんなんだあいつ。怒ったり悲しんだりして殊勝な態度で諦めた、忘れるなんて言っておいてあんなこと。
 ……本当に、ときめいてしまうから困る。自分は女じゃないしエディを好きじゃない。ただの親友。ただ、ちょっと間違ったことをしてしまっただけの男同士の友達。
 心臓が早鐘を打つ。もう駄目だ、平静な状態に戻れない。
 レイはデプレの詩集を何冊か確認もせずに掴んで客間に飛び込むと、ベッドに飛び込み唸る。
 昨日の昼までの自分と、今の自分とで全てが違ってしまうように見える。あんなことをしたからに違いないのだけれど、それにしたって。
 助けてもらった時のドキドキと、触れられた時の快感に溺れてしまっただけ。ただの気の迷い。そう言ってしまうのは簡単なのだけれど、自分でも理解できないほどのエディに対する感情の変化に自分でついていけない。
 友達でしかないはず。どこまでいっても、互いはただの親友止まり。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ友情をはぐくんできただけの仲。
 そのはず、なのに。
 あの男が自分を好きだという事実を改めて思い返すだけで、心臓がぎゅうとなる。
 冷静にならなければ。早く、昨夜のことは忘れなければ。
 そうじゃなきゃ、絶対いつかあいつの前で変なことを口走ってしまう。
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