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第10話 手紙は何処に

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 ──本は最高だ。
 レイは大量の本に囲まれ、至福の時を過ごしていた。

 あの謁見から、既に三か月程が経過していた。
 仕事内容から普段の雑談までも根掘り葉掘り聞かれたことに答え続けた結果、軍の上層部の何人かが辞職することとなった。
 どうやら本当に横領をした者がいたらしい。その者達は何処かで刑に処されているらしいが、詳しいことを教えられることはなかった。
 コルネリスは辞職を迫られていたが、あのゴリラはお咎めなしだった。ただ男の尻を狙っているだけで、自分の仕事をきちんと果たし着服や横領、その他軍規違反に関わることはしていなかったためだ。
 何故だ。どう考えても何かしらの違反になっていたはずだろう。好きでもない相手に毎日のように尻を撫でられていたんだぞ、こっちは。
 大々的な配置換えが行われたため、メルテンは少尉から中尉へと昇級した。なんでも、平民出身の軍人が中尉となったのは国内初らしい。
 そして、レイは今国立図書館で職員として働いている。
 官吏という名の司書として。

「レイさん、こちらにいたんですか」
「すみません、何かありました?」

 同じ図書館の職員であるクレス女史が顔を出した。本の虫干しをしていたレイが慌てて謝ると、クレス女史は厳しい表情を見せる。

「謝るのはやめるようにと注意するのは何回目でしょうか」
「あ、すみませ……じゃない、すみません……ああもう、えっと」

 軍にいた頃毎日のように言い過ぎて、枕詞によく謝罪を口にするようになってしまった。
 いつまで経ってもそれは抜けず、こうして図書館で働くようになってからレイはよくそれを注意されてしまうようになっていた。
 謝罪を口にしてしまったことへの謝罪をまた繰り返し、どうすればいいのかわからず頭を抱える。それを見たクレス女史はふうと息を吐き、レイを資料室の外へと呼び出した。

「少し休憩をしてきてください。メルテン中尉がお見えになっています」
「メルテン中尉が?」
「例の手紙の件についてだそうです」

 エディの手紙が届かなかった点についてのみ、理由がわからなかった。
 犯人もおらず、寮に届くまでの形跡は辿れたが寮に入った瞬間に跡形もなく消えているという状況だ。
 官吏への手紙ということもあり、寮に届く手紙は全て宛名を確認されている。差出人不明のものも中を検めて処分される。
 その確認した書類の中に載っていない。けれど、郵便局での確認書類には載っている。
 寮に入った瞬間、誰かが消してしまったように。ただ、誰も疑わしき人間はひとりもいない。
 そのことに関して、メルテンが調査をしてくれることになった。ただでさえ他の軍人を抑えきれずレイを心身ともに壊しかけた上、支えとなるはずの親友の手紙が届かなかった事実に責任を感じたということだ。
 メルテンは何も悪くないのに、皆が調査から引き上げても一人で続けてくれていた。
 その報告に来てくれるらしい。クレス女史に教えてもらい入り口に急ぐと、レイの姿を見つけたメルテンがひらりと優雅に手を振り迎えた。

「レイ、こっちだ」
「お疲れ様です!」

 軍を離れることになった時からメルテンはレイを名前で呼ぶようになった。自分がそう呼んでくれと頼んだのだ。
 一度できた縁を途切れさせたくない。兄のようなメルテンとはこれからも仲良くいたいと。

「飯は食ったか?」
「まだです。虫干ししてたらつい時間忘れてて」
「なら丁度いい。俺もまだなんだ。そこの食堂にでも」
「レイ!」

 今度は何だ。メルテンの言葉を遮るように大声で名前を呼ばれ、レイが振り向くとエディが大手を振ってやって来ていた。
 街行く人々の視線がエディに集まる。走ることでふわりと揺れる白金色の髪はきらきらと輝き、よそ行きではない満面の笑み。
 あれはきっとそこらの女性陣のハートを射止めてしまったに違いない。色男も罪なものだ。今の姿は正直大型犬にしか見えないけれど。
 エディはレイの前で立ち止まり、息ひとつ弾ませることなくにっこりと笑いレイの顔を覗き込んだ。

「今日は顔色いいみたいだね」
「別に最近調子悪い時なんてねえよ。何か用?」
「一緒にご飯食べたいなって。……メルテン中尉もよければですが」
「俺は別に構わないが、レイ。彼には伝えてもいいか?」
「別にいいですよ」

 手紙の件ならエディもまた被害者のひとり。自分の書いた手紙だけがレイに届かなかったと知った時のあの絶望した顔はなかなか見られるものじゃなかった。
 ならばエディだって聞く権利はあるだろう。頷き、メルテンが誘おうとしていた食堂に視線を向ける。
 ……平民や下位貴族しか訪れることのないあの食堂は多分エディの口には合わないかもしれない。少し歩いたところに貴族向けのレストランがあるから、そちらの方が三人で行くには無難か。
 少々懐が痛むが、まあ暫くの間夕飯を質素にすればいい話だ。

「エディもいるならあっちのレストランにしましょうか。メルテン中尉、そちらでいいですか?」
「嗚呼」
「え、いいよ。レイが好きなところにしよう」
「いいっていいって、どうせ口合わないから。メルテン中尉はどっちも好きですもんね」

 どうせ一緒に食べるなら皆が気持ちよく食事ができるところの方がいい。それに何より、あちらの貴族向けの方ならばエディに集まるこの不躾な視線も少しは緩和されるはずだから。
 レイの言葉に、エディは少し不服そうにしている。エディがいるから店の変更を考えたのだが、どうやらそれがお気に召さないらしい。

「突然来たお前に合わせてやってんのに不満か?」
「そうじゃないけど、二人でご飯よく行くんだと思って」
「色々話があるからな」

 手紙のこともあるし、それ以外のことだってよく話す。最近はプライベートなことも色々と相談したりするようになってきていた。それこそ、聖騎士様として日々忙しく任務やら修行やらに追われているエディよりも会う回数だって多い。
 確かに時折図書館にはやって来るけれど、いつも忙しそうにして少し話した時点ですぐ神殿へと帰って行くエディと何を話せばいいんだ。
 食事に誘おうとしたって無理だと断られるのが目に見えている。エディの方から言われない限り、レイから行こうとは言えなかった。
 三人で移動を始めるも、背後からじっとりと見てくる視線が鬱陶しい。
 別に、親友という立場は変わりやしないのに。メルテンは憧れであり友情は芽生えていない。

 レストランに辿り着き、エディを見た瞬間顔色を変えた店員によって二階の個室なんていう上等な席へと案内されてしまった。以前メルテンと二人で来た時は一階奥の席だったが、やはりエディは住む世界が違うらしい好待遇。

「なんか高いモン食わないと駄目?」
「気にしなくていいよ。なんなら俺が払うから」
「いや、いいって。メルテン中尉、早速なんですけどあの件進展しました?」
「魔法が使われていないことがわかった。以前は火が扱われていないことは確認できていたから、ただ盗まれただけだろうと」
「うーん……なんで人の手紙盗むんだそいつ」

 すぐに準備されたハーブティーを飲みながらのメルテンの言葉に、犯人にまるで心当たりのないレイは弱った声を出してしまった。軍人達には嫌われていたけれど、誰も手紙には手を出していないという話だ。
 おおごとにしてやろうという王太子殿下のお言葉により王族、特にマノン王女の名が出たことから、軍人は皆正直に答えていた。それでも見つからなかったことから、きっと犯人は軍の人間ではない。
 そうなった場合、官吏の誰かか。だが官吏となってから軍以外との関わりを持っていなかったため、予想すらつかないというのが現状だ。
 レイが思い悩んでいると、エディは明らかに朗らかな声を発した。

「俺の手紙、探してくれてるの?」
「別にお前の手紙だからじゃなくて、人様宛のもの盗む輩捕まえるためだから」

 そこを間違えてもらっては困る。別にエディからの手紙じゃなくてもレイは探していたし、メルテンだって変わらず調査を続けてくれていただろう。
 早く捕まえてしまいたい。個人宛ての手紙を盗むだなんて気味が悪い。
 こいつは何をそんなに嬉しそうにしているんだ。自分の書いたものが盗まれたというのに。

 まさか、エディが書いたものだから盗まれたんだったりして。それが有り得るから恐ろしい。
 学生時代、ランチを食べ終わったエディがベンチから立ち去るなりヘンドリックス様の温もりがなんて気味悪い発言をしながら同じ席を奪い合っていた女生徒たちを思い出しながら、そんなことのために男性の独身寮に忍び込む馬鹿な令嬢がいるわけないかとレイは正気に戻り首を振った。
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