【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第9話 緊張の謁見

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 何かひとつでも間違えば斬首刑にされるかもしれない。
 レイは人生で最も緊張しながら、謁見の間へとエディに連れられ足を踏み入れた。
 普段此処に入るとき、子爵家であり後継者でない自分は隅の方で小さくなっているだけだ。下位貴族の自分は遠くの方から豆粒サイズの王族を眺めるだけ。
 その豆粒が、今や目の前に。

「王太子殿下、本日もご機嫌麗しく」
「やめろやめろ、お前にそんな態度をとられるのは気色が悪くて敵わん」
「王女殿下はご機嫌斜めのようですね」
「貴方が私の命令を断るからじゃない」

 確かに、エディは従兄『達』と言っていた。
 だが、年若い王族が数名いるだなんて思いもしないだろう。
 王太子であるドリス第一王子殿下を筆頭に、彼の腹違いの弟妹であるマノン第一王女殿下、シンディ第二王女殿下、マクシム第二王子殿下。
 この国の王子王女が勢揃いという状況に、レイは足を竦ませ歩くどころではなくなってしまう。近付くことすら恐れ多い。レイは彼等に近付いていこうとするエディの騎士服の裾を掴み、必死に止めた。

「レイ?」
「待って、本当に待ってくれ」
「大丈夫だよ、取って食われやしないから」

 エディに腕を掴まれ引き寄せられる。
 騎士にただの官吏が力で勝てるはずがない。そもそもエディに力で勝てた試しもない。
 レイは王族達の前まで強制的に連れて行かれ、震えそうになるのを堪えて静かに跪いた。
 自分から話しかけてはいけない。王族に下々の者の方から声をかけるなど決して許されないことだ。
 小鹿のように震えているレイを見下ろし、ドリス王太子はエディに声をかけた。

「エドガー、お前ちゃんと伝えたか?」
「殿下がレイに事情を聞きたいって?」

 何の事情を聞くつもりだ。
 王太子達に何を話したんだ、こいつ。
 レイはただただ怯えて待つしかできない。

「ヴァンダム、場所こそ謁見の間を使ってはいるが非公式の場だから自由にしてくれて構わない」
「は、はい」
「軍部について二、三聞きたくてな。……近頃、国立軍と聖騎士の対立が酷い。それの理由を知っているか?」
「……確か、どこかの聖騎士が近衛を断ったからだと。軍の者は王女殿下に心酔している者も多いので」
「ほら、やはり貴方が断ったからじゃない!」
「絶対に聖騎士は辞めませんよ。子守りは御免です」
「子守りじゃなくて婚約よ!」
「それこそ、命を捨てることになってもしない」

 エディとマノン王女の会話に、二人を交互に見やりながらレイはまさかと気付く。
 もしかして、いやもしかしなくても、王女の近衛を断った聖騎士というのはエディなのか。
 確かにこの顔がいい色男を侍らせたい気持ちもわかる。この男を隣に置くのは高価なアクセサリーを着けているのも同様だろう。
 だが、そんなアクセサリー扱いを嫌がるのも当然だ。聖騎士として生きると決めたエディからすれば、そんな風に他者へ自慢するために所有されるようなこと受け入れられなかったのだろう。
 どちらの考えもわかる。レイはまじまじとエディを見上げた。

「なに?」
「確かにお前みたいな男なら、ずっと隣に置いときたいよなぁ……」

 振り向いた顔を見つめながらしみじみと呟きエディの顔をじっくりと見る。
 さらさらの白金色の髪に、青空の色をした瞳に、真っ赤な頬……真っ赤?
 誰よりも言われ慣れているはずの褒め言葉に、エディは白い肌を耳までも真っ赤に染め上げ、口許を手で覆いふいと顔を逸らした。
 この反応はなんだ。照れた? 何故?
 学生時代だってずっと格好いいと言ってきただろう。色男だと何度も呼んだし。
 今更そんなに赤くなる意味がわからない。レイはその様子に狼狽え、思わず王族達にどうすればいいのかと困惑の視線を送ってしまった。

「馬鹿が拗らせてるだけだ、気にするな。察しただろうが、マノンの近衛を断ったのはエドガーだ。つまり、君が軍の人間に攻撃を受けているのは全てこの男が原因ということになる」

 軍の人間は女王に侍る名誉を断った聖騎士を嫌い、聖騎士の友人であるレイも同じく敵。その聖騎士は、女王の近衛を断ったエディ本人。
 ドリス王太子の言葉に、どんな偶然なんだと思いながらもそれだけじゃないからと首を振った。

「いえ、そもそも私は戦闘の経験もない文官ですので軽く見られるのは当然です。エディの所為というわけでは」
「まず第一に、彼等が自分の仕事を全て放棄して馬鹿の一つ覚えのように訓練だけ行っているのは軍規違反にあたる。八つ当たりだろうと、君ひとりに背負わせている時点でおかしいと思わないのか?
 ……それとも、君は軍規違反を当然と考えていると? 謀反の意思があるのか」
「滅相もございません! そんな、謀反なんて」

 絶対に有り得ないことだ。働き口を用意してくれている王族に感謝こそすれ、謀反だなんて。
 レイがドリス王太子の圧に圧倒され泡を吹きそうになりながら必死で否定すれば、レイ達がやってきてからというものずっと黙り込んでいたマクシム王子が声を発した。

「軍は、国と民のためにある重要な組織です。その組織の内部にいる人間がそのように愚かな行いをしているのを、我々は看過できません」

 幼いながらに確りとした言葉だ。レイはマクシム王子に視線を合わせる。

「正義感だけで国をつくることはできませんが、あからさまな悪意を持って他者を攻撃する輩が民のために戦えるとは到底思えないとぼくは思います。……というのは建前で、そこのひよこ頭エドガー兄様がうるさくてしょうがないので何とかしたいと思っています」
「マクシム、静かに」
「大事な友達が悪戯で横領の罪を被せられそうになったんです、怒るのは当然でしょう。でもうるさい、ほんとに」

 大人らしい言葉と子供っぽい小言が交互に放たれる様子に、レイは今度はエディとマクシム王子を交互に見やった。
 横領とはなんだろうか。昨日見られた書類のことか? まったく気付かなかったが、本当に?
 それをマクシム王子が表情を歪めてまで愚痴を零すまでということは、もしや自分が寝てからすぐに王族に直談判に行ったのではあるまいな。
 マクシム王子の言葉に続き、シンディ王女も眉を寄せ囁くような小さな声で呟いた。

「通らないことを前提としてわざと書き損じたのでしょうが、国のお金は民の税金です。王族に対する背信の意思があると判断します」
「と、いうことだ。君の知っている軍内部についての話、一旦全て聞かせてもらいたい。彼等は我々にはいい顔をしてしまうからな」

 酷い扱いを受けているレイだからこそ知っていることもあると考えているらしい。
 だがレイは毎日を必死に生きていただけだ。何か知っていると自分でも思えない。
 ただそろそろ自分は図書課に行く予定だ。残されたメルテンのために何かできることがあるのなら。
 そう思い、レイは入庁してからのことを全てドリス王太子に伝えることにした。
 ……王族と話すのはどうしても緊張して吐きそうになってしまうから、何故かまだ元に戻れていない真っ赤なエディを間において。
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