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10.三日月の真相編
49三日月の頃より待ちし ⑤
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肩を串刺しにしようとする左の手刀をかわしたガオンは、直後に鼻面を狙って飛んできた右の裏拳を手のひらで受け止めた。パシッ、という音が小気味良くて、コウは苛立たしげに顔をゆがめ、力で押し切ろうとした。
だが、いくら戦闘員のコウといえど、まだ十四歳だ。力では成人男性のガオンには及ばない。しかも、相手は長身のコウよりもさらに上背がある。上から押さえつけるように、ぐっと拳を押し返され、さしものコウも肘を折った。
その勢いで、コウはいったん後ずさる。今度は一足で距離を詰めると、回転をかけた飛び蹴りを放った。足先を放り投げるような、半円を描く蹴り。もちろんのこと、そこには鋼の重みと硬度が加わっていた。
背足が頭蓋を砕こうとする直前、ガオンは最低限の動きで身をそらした。間に合え、とコウが念じるもむなしく、彼は紙一重でやりすごした。
そうなると、ガードが薄くなるのはコウのほうだ。蹴り上げた足が着地してから重心を整えるまで、否が応でも隙が生じる。ガオンもそれは見越していた。
着地の姿勢から身を起こすと同時に、雪の中に深く足を落とし込んだコウへと、ガオンは軽く人差し指を向ける。それだけで、直径二十センチほどもある氷塊が生まれ、砲弾のごとく飛んで行った。すぐさま飛びのいたコウだが、追ってくる氷砲の速度にはかなわない。コウの腹部で、氷砲は着弾の衝撃により砕け散った。
「……ッ!」
腹部に手を当て、ザザッと雪を押しのけながら後ずさったコウは、踏みとどまるや否や、すぐに再び立ち向かった。氷が腹を穿つ前に、鋼の防御力を宿した手を腹の前に滑り込ませ、手の甲で直撃を防いだのだ。そうでなければ、さすがにしばらくダウンしていただろう。
予想外に動けることに感心したのか、ミリ単位で目を見張るガオンの、側頭部を狙って拳を振るう。
「りゃあッ!」
またも受け止められる。時間差の足払いも、むこうずねを蹴られて不発に終わる。
だが、まだ止まらない。ガオンの手から、さっきと同じくみぞおちを狙って鉄の塊が飛んでくるのを、空いた手のひらで受け止めて緩衝しながら、つかまれた拳をうまく翻して引き戻す。そのまま流れるように、裏拳で横顎を打った。よろめくガオンの胴が空いたのを見逃さない。もらった、と渾身の力を込め、回し蹴りを胃に叩き込もうとして――その場所に衝撃を食らったのは、コウのほうだった。
「がは……ッ」
防御の余地もない、想定外の打擲に、受け身が取れなかった。ドサッ、と雪にめり込むように倒れこんだコウは、コキンと首を鳴らしながら歩み寄ってくるガオンの手首を見て目をむいた。黒いジャケットの袖の中から、一本の太く長いつるが伸びている。草術・撓葛を、服の中から出現させたのだ。
「油断したか、希兵隊最強。仲間の仇討ちと相当頭に血が上っているようだな」
「……いちいち、うるせえんだよ……!」
乱暴に手をついて立ち上がるコウ。
その姿をハラハラと見つめながら、芽華実が不安そうにつぶやいた。
「あのコウが押されるなんて……強すぎるわ……!」
芽華実の中で、そして雷奈の中でも、コウの戦闘力への信頼は絶大だ。
実のところ、コウが実際に戦っているところは、過去に一度しか見たことがない。忘れもしない、クロ化しかけた霞冴との戦闘だ。あの時は膝をつかされたが、第一目的は霞冴を連れ戻すことで、倒すことではなかったし、それ故にかなり手加減をしていたはずだ。第一、毒霧を食らうまでのコウは、ほぼ無傷で霞冴を圧倒していたのだ。
それに、今回の戦闘の中でも、ガオンに最もダメージを与えられているのは彼だ。ルシルや霞冴の攻撃が受け止められ、避けられる中でも、コウのスピードと重さを乗せた刃は、鎚は、何度かに一度とはいえ、確かに相手に手傷を負わせている。
雷奈はその場面場面を思い出しながら、自身にも言い聞かせるように返した。
「大丈夫、今のところ、まだ傷は浅か。対するガオンはかなりボロボロったい。今からでも十分……」
――だが、その期待は数秒ともたずに裏切られた。
ガクン、とコウの姿勢が崩れた。片膝をつき、頭を深く垂れたまま、大きく肩で息をする。目を見開く雷奈たちの耳に、荒々しい呼吸音が届いた。
「はぁッ、はぁ……ぜぇッ、は……ッ」
「え……」
「コウ……!?」
何度も背中を上下させて、喘鳴さえ漏らしながら激しい呼吸を繰り返す。そうしているのが彼でなければ、雷奈たちもここまで度肝を抜かれることはなかっただろう。
大和コウは、シャトルラン二百回という驚異的な記録を誇る体力の持ち主だ。高校生男子でもその境地にたどり着く者はそうそういない。聞いたときは半信半疑だった雷奈たちだったが、夏休みに霞冴が遊び半分で実際にやらせたのを見て、疑いの余地がなくなった。不承不承ながら一人、延々と音階の流れるままに走り続けたコウが、「もう勘弁してくれ」と音を上げたとき、テープの音声は二〇三回目のアナウンスを始めるところだったのだ。
だから、たとえそれが戦闘の場だったとしても、彼の体力には全幅の信頼を寄せていた。
確かに、長引く戦闘に続き、ここまで息つく暇ない攻撃を浴びせ続けていれば、さすがの彼も息が上がってくるかもしれない。だが、あくまでも想定されていたのは息が上がる程度だ。立ち上がることも困難な状態になるなど、誰が予測できていただろうか。
――悠然と歩み寄ってくる男だけは、予測していた。というよりも、確信していた。
ポケットに手を入れて近づいてくるガオンは、まだ呼吸が落ち着かないコウを冷たい瞳で見下ろした。
「苦しいか。苦しいだろう。言っておくが、これは結果論ではない。最初から意図していたことだ」
「な……に……!?」
「一つ一つが浅いと侮っただろう」
コウは黙ったまま瞠目した。次いで、腹立たしげに顔をしかめた。心中を言い当てられたことが癪で仕方ないというように。
それさえも見通したガオンが、フンと鼻で笑う。
「浅くともダメージが蓄積する……それが急所というものだ。やせ我慢がたたったな、小僧」
その言葉で、コウが危惧していた二者択一の答えが判明した。彼が大猫の姿で尾の鞭を振るったときに浮上した可能性。
(こいつ……まぐれじゃなく、狙って……!)
殴りこんできたコウにカウンターで食らわせたみぞおちへの一撃、次いで肝臓を狙った氷砲、再度みぞおちへの鈍撃。いずれもやり過ごせた、防げたと思ってきたが、甘かった。たとえこらえきれたとしてもダメージが残る場所。打撃を軽減できたとしても効く的。急所とは、そういうものだ。他に比べて攻撃力にも防御力にも長けたコウをしとめるために、ガオンは適当に攻撃を当てているように見えて、実際は精密に急所を狙い、内側から疲弊するよう仕組んだのだ。
そうしてじりじりと体力を削られたあげく、撓葛の一撃をもろに食らった。これがとどめとなって、コウの体は悲鳴を上げだしたのだ。
「この……程度……ッ」
力の入らない体に鞭打ち、コウは何とか立ち上がった。内臓にたまったダメージのせいで、呼吸がひどく苦しい。
呼吸もせわしないまま、コウは刀印を結んだ。こうなっては肉弾戦のほうが不利だ。術を駆使する戦法に切り替えるしかない。
だが、彼が詠唱の一言を口にするよりも前に、ガオンの右手が素早く動いた。
中指の第二関節を突き出して握りこんだ拳。狭い範囲への殺傷能力の高い、中高一本拳と呼ばれる一撃が、コウの喉仏の一寸下に突き刺さった。わずかな空気が絞り出され、息苦しさを通り越したすさまじい苦しみに視界が明滅した。拳を引かれても、喉がつぶれたかのように空気が通らない。
両手で喉を覆って体を折るコウは、目の前のガオンの手の上で、鈍色の鉄球が膨らんでいくのを見ることもできなかった。
ガオンの手が動く。凄惨な結末が目に浮かんで、雷奈と芽華実が絶叫した。
「やめろ、親父ぃッ!」
「だめ――っ!」
悲鳴にかき消され、激突音は聞こえなかった。大人の頭部ほどもある鉄球が、コウの胴体を横殴りにし、雷奈たちとルシルを介抱する氷架璃との間あたりまで吹き飛ばすまでが、無音で繰り広げられたように見えた。
「コ……コウ……っ!」
耐えられなくなったように、芽華実が駆け寄る。フーが手を伸ばすも、彼女は振り返らない。雷奈はフーの肩をつかむと、早口でまくし立てた。
「フー、私はもう大丈夫やけん、行ってあげて! 芽華実とコウば守って!」
「えっ……う、うん、わかったわ!」
傷口もふさがり、体温も戻ってきた雷奈は、もうこれ以上急いで治療をする必要もなかった。それは、フーもわかっていたようで、彼女は一瞬ためらったものの、二人の元へ駆け寄った。
ひゅうひゅうと痛々しい音を発しながら浅い呼吸を繰り返すコウに、芽華実は涙を浮かべながら取りすがった。
「コウ! しっかり……大丈夫!?」
「呼吸が戻っても動かさんほうがいいぞ」
芽華実の震える呼び声に、ガオンの冷たい声が重なった。
「折れた肋骨が内臓に刺さる。そいつを死なせたくなくば――」
突然言葉を切ったガオンは、芽華実とコウからパッと視線をあげた。どこにも焦点を合わせることなく、視覚に頼らずに気配を鋭敏に研ぎ澄ませる、野生の獣のような反応。
直後、聴覚か肌の感覚か、あるいはいわゆる第六感と呼ばれるもので何かを感じ取ったガオンは、空気で頬を切らんばかりの速度で振り返った。そして、目線より少し上、何もない空間にすばやく右手をかざし、金属がぶつかり合う甲高い音を響かせた。
「姿を消したところで、殺気を消さねば意味がないぞ」
「……ちっ」
ガオンの手が触れている場所に、刀の鈍い輝きが現れた。刀身、柄、そしてそれを掴む手……霧が晴れるように徐々に、見えなかったものが見えていく。無色透明の霧が晴れ切った後、掲げたガオンの手に刀越しに体重をかけて斬り結ぶ、霞冴の姿があらわになった。
ガオンは腕に力を込めて霞冴を突き飛ばした。体重もそうない小さな体は、水平方向に飛ばされた後、ぽすっと雪に着地したが、次の瞬間にはその場から消えていた。背後に回り込もうと、弧を描く軌道でガオンに肉薄する霞冴。当然、彼女に背中を見せるはずもなく、ガオンは次の一歩先の地点に雷の弾を撃ち放った。
しかし、霞冴の足がそこへ踏み出すことはなかった。危険を察知した彼女は、ガオンの頭上を舞う形で大きくジャンプしていた。そして、彼の後ろへ落下する最中、その背中を思いきり斬りつけた。
「……小癪な」
ほんの少しかすれた声でつぶやくと、ガオンは軸足を中心にして、一息に体を振り向けた。霞冴の卓越した剣さばきは、その間も止まらない。ガオンの体が霞冴に正対したときには、左肩から胸元にかけて袈裟懸けの裂傷が刻まれていた。途中で感づかれて身を引かれたために浅く終わったが、この程度であっても傷つけられるというのは、ガオンの動きが鈍ってきている証拠だ。
とはいえ、彼の本当の怖さは体裁きではなく猫術だ。刀印もなしにガオンが顕現させたのは、鋼術で生成された鎖分銅だ。その先端についた錘が、霞冴の顔めがけて飛んでくる。
「っ!」
反射神経に任せて刀ではじき返すも、彼の第二の狙いは果たされてしまった。刀身にぐるりと巻き付いた鎖が、ぐっと引っ張られる。同時に、霞冴の胴体へ向けていくつもの鎌鼬が飛ばされた。とっさに刀をつかんだまま、再度ガオンの上を飛び越える形で跳躍する。ガオンを中心としての移動ならば、鎖の柵があろうとも可能だ。
だが、空中の不安定な姿勢でさらに鎖を引かれた。今、強制的に落下させられれば、ガオンの目の前に、手がふさがった状態で躍り出ることになる。最悪、瞬殺だ。
苦渋の決断を余儀なくされ、霞冴はやむなく柄から手を放した。
霞冴が、半身になって振り返ったガオンのすぐそばに着地した時、鎖に巻き取られた刀は、遠心力で数メートル先に投げ捨てられていた。あとで攻撃をしのぎながら拾いに行けない距離ではない。
だが、今はそれよりも、この好機 を生かすほかはない。
ガオンは油断している。霞冴が丸腰になったと思い込んでいるはずだ。けれど、霞冴の右腰には不可視のもう一振りが差さっている。目標となるガオンの首は、目と鼻の先だ。
チャンスは一度。決して失敗の許されない切り札を切りに出る。
抜刀速度には自信があった。たとえ仕草で二振り目があったと分かっても、その瞬間には相手の首をザックリやれる。
霞冴の左手が素早く動く。
けれど、その時にはもう、刀は鞘ごと抜き取られようとしていた。
「え……」
一瞬の空白が命取りの戦場で、霞冴は動くことも忘れて目を見開いた。霞冴が抜刀するよりも早く、彼女が着地すると同時に、隠していたはずの切り札へとガオンは手を伸ばしていたのだ。
(何で……見抜かれて……っ!?)
頼みの二振り目も遠くへ投げ捨てられる。そこで我に返った霞冴だが、すでに遅く、行き場を失った左手首をがっしりとつかまれていた。
抵抗する暇も与えず、霞冴の左手を乱暴に引き寄せる。突然の動きについていけず、霞冴はつまずき、前のめりに倒れかけた。
直後、垂直に突き上げるようなガオンの拳が、無防備になった霞冴の腹部に深々と突き刺さった。
「っあ……うぅ……ッ!」
足から力が抜け、膝がガクンと折れた。拳がめりこんだままの腹部に全体重がかかる。痛みすら感じないほどの苦しみに、目を開けていることもできなかった。
格闘技に心得のない霞冴でもわかる。ガオンの一撃は、あくまでも無造作なものだ。狙いを定めた様子もなく、ただ成り行きで拳を振るっただけに見えたのに、これ以上なく的確に急所を打ち抜いてきた。一番突かれてはいけない、奥に秘められた脆弱な一点を、わずかな狂いもなく突かれた――そんな感覚。
必死にガオンの拳を押しのけようとするが、震えて力の入らない手は、ただ袖に触れるだけに終わり、抵抗とすら呼べない。体をよじって逃れようとするも、体力の限界はすぐに来てしまった。
細いうめき声を垂らしてぐったりと脱力する霞冴の姿に、雷奈はたまらず飛び出した。
「霞冴っ!」
「あ、ちょ、雷奈までっ!?」
アワの止める声が追ってきたが、今はそうも言っていられない。ガオンは、まだ霞冴を解放していないのだ。動けないところに、致命的なとどめを刺されるかもしれない。
至近距離で術を浴びせられるかもしれないし、さらなる暴力にさらされるかもしれない。その気になれば、今、霞冴の腹に突き刺さっている拳に鋼術の切れ味を宿すだけで、即座に命を奪い取れる状況だ。
――そんな危惧を抱きながら駆け寄りかけた雷奈は、違和感に足を止めた。
ガオンの目の前で、霞冴は動けず、多大なダメージを負っている。確実に息の根さえ止められる状態で、彼は――その姿勢のまま、静止していた。
「ぁ……はぁ、ぇほっ……うぅ……」
唾液も飲み込めないほどの苦痛の中、半ばえずきながら喘ぐ霞冴。その様子を、深紅の瞳は無感動に見つめていた。だが、今まで見てきたような、冷たく見下すような視線とは違う。
様子をうかがうでもなく、次の手を考えるでもなく、見ようによってはぼんやりと眺めているような目つき。言うなれば、心ここにあらずといった表現が当てはまる。今の今まで満ちていたはずの殺意や敵意がない。
まるで、霞冴を見ているようでいて、別の何かを見ているかのような――。
「――医者の不養生ったいね!」
初めて見えた隙らしい隙をつき、ガオンのそばまで肉薄した雷奈は、霞冴を後ろから抱きかかえると、そう叫んで大きく跳躍した。戦場で呆けるなど、青いにも程がある。そう言った張本人が視線をこの場に取り戻したのは、眼前から獲物が消えてからだ。
弧を描いた後方跳びで、元の場所に着地した雷奈は、よろめいて尻もちをつきながら、霞冴を横抱きに抱えなおした。
「霞冴……霞冴!」
雷奈が呼びかけるも、返事はない。もはや意識は混濁し、しゃくりあげるような浅い呼吸が繰り返されるだけだ。苦しみのあまり浮かんだ生理的な涙をぬぐってやりながら、雷奈はフーを振り返る。
「フー、来てくれん!? 呼吸困難ば起こしとるかも!」
「ま、待って、コウもまだ……!」
倒れたコウのそばに座り込んだフーが振り返って叫ぶ。喉を突かれ、あばらを折られながらも、幸か不幸か、どうやらコウはまだ意識があるらしい。苦悶の表情を浮かべ、芽華実に手を握られながら浅い呼吸を繰り返している。フーは彼の脇腹に手をかざし、慣れない緻密な治療を懸命に行っていた。
コウに続いて霞冴も戦闘不能。その様子を離れた場所から見ていた氷架璃は、だからといってルシルを戦闘に出すわけにも……と考えたところで、肩に重みを感じた。
「ルシル……?」
脇を見ると、自力で座り込んでいたはずのルシルが、ぐったりと氷架璃に肩を預けていた。顔を覗き込んで、ぞっとする。いつにもまして、肌に血色がなかった。まぶたは力なく閉じかけ、黒く長いまつげでその奥の瑠璃色がほとんど見えない。
「おい、どうした? ルシル?」
「ぃ……ぁ、……」
唇は「氷架璃」と呼んでいるのに、発音が追いついていない。
もうそれ以上の力は残っていなかった。ついにひっそりと目を閉じると、氷架璃に全体重を預けて、動かなくなってしまった。
「ルシル……おい、しっかりしろって! おい!」
両肩をつかんで起こそうとして、その体が恐ろしく冷たいことに身の毛がよだった。先ほどまで、さすっていた背中にしか触れていなかったので、気づかなかったのだ。
低体温だけではないだろう。あれから何度も水を吐き出していたせいで吐き疲れただけならまだしも、溺れた時のダメージが残っているのかもしれない。下手をすると命にかかわる。
「くそっ……フー、悪いけど、こっちもまずいぞ……!」
氷架璃は自分が濡れるのもいとわずにルシルを背負うと、皆が固まっている場所へと走った。それを眺めながら、ガオンはやおら手を前にかざす。走る氷架璃と、彼女の行き先、倒れた二人を介抱する者たちとの間の空間へ向けて。
必死に走る氷架璃は、自ら射程内に飛び込もうとしているなど夢にも思わない。ガオンの手のひらで、橙の炎が渦巻いて――。
だが、いくら戦闘員のコウといえど、まだ十四歳だ。力では成人男性のガオンには及ばない。しかも、相手は長身のコウよりもさらに上背がある。上から押さえつけるように、ぐっと拳を押し返され、さしものコウも肘を折った。
その勢いで、コウはいったん後ずさる。今度は一足で距離を詰めると、回転をかけた飛び蹴りを放った。足先を放り投げるような、半円を描く蹴り。もちろんのこと、そこには鋼の重みと硬度が加わっていた。
背足が頭蓋を砕こうとする直前、ガオンは最低限の動きで身をそらした。間に合え、とコウが念じるもむなしく、彼は紙一重でやりすごした。
そうなると、ガードが薄くなるのはコウのほうだ。蹴り上げた足が着地してから重心を整えるまで、否が応でも隙が生じる。ガオンもそれは見越していた。
着地の姿勢から身を起こすと同時に、雪の中に深く足を落とし込んだコウへと、ガオンは軽く人差し指を向ける。それだけで、直径二十センチほどもある氷塊が生まれ、砲弾のごとく飛んで行った。すぐさま飛びのいたコウだが、追ってくる氷砲の速度にはかなわない。コウの腹部で、氷砲は着弾の衝撃により砕け散った。
「……ッ!」
腹部に手を当て、ザザッと雪を押しのけながら後ずさったコウは、踏みとどまるや否や、すぐに再び立ち向かった。氷が腹を穿つ前に、鋼の防御力を宿した手を腹の前に滑り込ませ、手の甲で直撃を防いだのだ。そうでなければ、さすがにしばらくダウンしていただろう。
予想外に動けることに感心したのか、ミリ単位で目を見張るガオンの、側頭部を狙って拳を振るう。
「りゃあッ!」
またも受け止められる。時間差の足払いも、むこうずねを蹴られて不発に終わる。
だが、まだ止まらない。ガオンの手から、さっきと同じくみぞおちを狙って鉄の塊が飛んでくるのを、空いた手のひらで受け止めて緩衝しながら、つかまれた拳をうまく翻して引き戻す。そのまま流れるように、裏拳で横顎を打った。よろめくガオンの胴が空いたのを見逃さない。もらった、と渾身の力を込め、回し蹴りを胃に叩き込もうとして――その場所に衝撃を食らったのは、コウのほうだった。
「がは……ッ」
防御の余地もない、想定外の打擲に、受け身が取れなかった。ドサッ、と雪にめり込むように倒れこんだコウは、コキンと首を鳴らしながら歩み寄ってくるガオンの手首を見て目をむいた。黒いジャケットの袖の中から、一本の太く長いつるが伸びている。草術・撓葛を、服の中から出現させたのだ。
「油断したか、希兵隊最強。仲間の仇討ちと相当頭に血が上っているようだな」
「……いちいち、うるせえんだよ……!」
乱暴に手をついて立ち上がるコウ。
その姿をハラハラと見つめながら、芽華実が不安そうにつぶやいた。
「あのコウが押されるなんて……強すぎるわ……!」
芽華実の中で、そして雷奈の中でも、コウの戦闘力への信頼は絶大だ。
実のところ、コウが実際に戦っているところは、過去に一度しか見たことがない。忘れもしない、クロ化しかけた霞冴との戦闘だ。あの時は膝をつかされたが、第一目的は霞冴を連れ戻すことで、倒すことではなかったし、それ故にかなり手加減をしていたはずだ。第一、毒霧を食らうまでのコウは、ほぼ無傷で霞冴を圧倒していたのだ。
それに、今回の戦闘の中でも、ガオンに最もダメージを与えられているのは彼だ。ルシルや霞冴の攻撃が受け止められ、避けられる中でも、コウのスピードと重さを乗せた刃は、鎚は、何度かに一度とはいえ、確かに相手に手傷を負わせている。
雷奈はその場面場面を思い出しながら、自身にも言い聞かせるように返した。
「大丈夫、今のところ、まだ傷は浅か。対するガオンはかなりボロボロったい。今からでも十分……」
――だが、その期待は数秒ともたずに裏切られた。
ガクン、とコウの姿勢が崩れた。片膝をつき、頭を深く垂れたまま、大きく肩で息をする。目を見開く雷奈たちの耳に、荒々しい呼吸音が届いた。
「はぁッ、はぁ……ぜぇッ、は……ッ」
「え……」
「コウ……!?」
何度も背中を上下させて、喘鳴さえ漏らしながら激しい呼吸を繰り返す。そうしているのが彼でなければ、雷奈たちもここまで度肝を抜かれることはなかっただろう。
大和コウは、シャトルラン二百回という驚異的な記録を誇る体力の持ち主だ。高校生男子でもその境地にたどり着く者はそうそういない。聞いたときは半信半疑だった雷奈たちだったが、夏休みに霞冴が遊び半分で実際にやらせたのを見て、疑いの余地がなくなった。不承不承ながら一人、延々と音階の流れるままに走り続けたコウが、「もう勘弁してくれ」と音を上げたとき、テープの音声は二〇三回目のアナウンスを始めるところだったのだ。
だから、たとえそれが戦闘の場だったとしても、彼の体力には全幅の信頼を寄せていた。
確かに、長引く戦闘に続き、ここまで息つく暇ない攻撃を浴びせ続けていれば、さすがの彼も息が上がってくるかもしれない。だが、あくまでも想定されていたのは息が上がる程度だ。立ち上がることも困難な状態になるなど、誰が予測できていただろうか。
――悠然と歩み寄ってくる男だけは、予測していた。というよりも、確信していた。
ポケットに手を入れて近づいてくるガオンは、まだ呼吸が落ち着かないコウを冷たい瞳で見下ろした。
「苦しいか。苦しいだろう。言っておくが、これは結果論ではない。最初から意図していたことだ」
「な……に……!?」
「一つ一つが浅いと侮っただろう」
コウは黙ったまま瞠目した。次いで、腹立たしげに顔をしかめた。心中を言い当てられたことが癪で仕方ないというように。
それさえも見通したガオンが、フンと鼻で笑う。
「浅くともダメージが蓄積する……それが急所というものだ。やせ我慢がたたったな、小僧」
その言葉で、コウが危惧していた二者択一の答えが判明した。彼が大猫の姿で尾の鞭を振るったときに浮上した可能性。
(こいつ……まぐれじゃなく、狙って……!)
殴りこんできたコウにカウンターで食らわせたみぞおちへの一撃、次いで肝臓を狙った氷砲、再度みぞおちへの鈍撃。いずれもやり過ごせた、防げたと思ってきたが、甘かった。たとえこらえきれたとしてもダメージが残る場所。打撃を軽減できたとしても効く的。急所とは、そういうものだ。他に比べて攻撃力にも防御力にも長けたコウをしとめるために、ガオンは適当に攻撃を当てているように見えて、実際は精密に急所を狙い、内側から疲弊するよう仕組んだのだ。
そうしてじりじりと体力を削られたあげく、撓葛の一撃をもろに食らった。これがとどめとなって、コウの体は悲鳴を上げだしたのだ。
「この……程度……ッ」
力の入らない体に鞭打ち、コウは何とか立ち上がった。内臓にたまったダメージのせいで、呼吸がひどく苦しい。
呼吸もせわしないまま、コウは刀印を結んだ。こうなっては肉弾戦のほうが不利だ。術を駆使する戦法に切り替えるしかない。
だが、彼が詠唱の一言を口にするよりも前に、ガオンの右手が素早く動いた。
中指の第二関節を突き出して握りこんだ拳。狭い範囲への殺傷能力の高い、中高一本拳と呼ばれる一撃が、コウの喉仏の一寸下に突き刺さった。わずかな空気が絞り出され、息苦しさを通り越したすさまじい苦しみに視界が明滅した。拳を引かれても、喉がつぶれたかのように空気が通らない。
両手で喉を覆って体を折るコウは、目の前のガオンの手の上で、鈍色の鉄球が膨らんでいくのを見ることもできなかった。
ガオンの手が動く。凄惨な結末が目に浮かんで、雷奈と芽華実が絶叫した。
「やめろ、親父ぃッ!」
「だめ――っ!」
悲鳴にかき消され、激突音は聞こえなかった。大人の頭部ほどもある鉄球が、コウの胴体を横殴りにし、雷奈たちとルシルを介抱する氷架璃との間あたりまで吹き飛ばすまでが、無音で繰り広げられたように見えた。
「コ……コウ……っ!」
耐えられなくなったように、芽華実が駆け寄る。フーが手を伸ばすも、彼女は振り返らない。雷奈はフーの肩をつかむと、早口でまくし立てた。
「フー、私はもう大丈夫やけん、行ってあげて! 芽華実とコウば守って!」
「えっ……う、うん、わかったわ!」
傷口もふさがり、体温も戻ってきた雷奈は、もうこれ以上急いで治療をする必要もなかった。それは、フーもわかっていたようで、彼女は一瞬ためらったものの、二人の元へ駆け寄った。
ひゅうひゅうと痛々しい音を発しながら浅い呼吸を繰り返すコウに、芽華実は涙を浮かべながら取りすがった。
「コウ! しっかり……大丈夫!?」
「呼吸が戻っても動かさんほうがいいぞ」
芽華実の震える呼び声に、ガオンの冷たい声が重なった。
「折れた肋骨が内臓に刺さる。そいつを死なせたくなくば――」
突然言葉を切ったガオンは、芽華実とコウからパッと視線をあげた。どこにも焦点を合わせることなく、視覚に頼らずに気配を鋭敏に研ぎ澄ませる、野生の獣のような反応。
直後、聴覚か肌の感覚か、あるいはいわゆる第六感と呼ばれるもので何かを感じ取ったガオンは、空気で頬を切らんばかりの速度で振り返った。そして、目線より少し上、何もない空間にすばやく右手をかざし、金属がぶつかり合う甲高い音を響かせた。
「姿を消したところで、殺気を消さねば意味がないぞ」
「……ちっ」
ガオンの手が触れている場所に、刀の鈍い輝きが現れた。刀身、柄、そしてそれを掴む手……霧が晴れるように徐々に、見えなかったものが見えていく。無色透明の霧が晴れ切った後、掲げたガオンの手に刀越しに体重をかけて斬り結ぶ、霞冴の姿があらわになった。
ガオンは腕に力を込めて霞冴を突き飛ばした。体重もそうない小さな体は、水平方向に飛ばされた後、ぽすっと雪に着地したが、次の瞬間にはその場から消えていた。背後に回り込もうと、弧を描く軌道でガオンに肉薄する霞冴。当然、彼女に背中を見せるはずもなく、ガオンは次の一歩先の地点に雷の弾を撃ち放った。
しかし、霞冴の足がそこへ踏み出すことはなかった。危険を察知した彼女は、ガオンの頭上を舞う形で大きくジャンプしていた。そして、彼の後ろへ落下する最中、その背中を思いきり斬りつけた。
「……小癪な」
ほんの少しかすれた声でつぶやくと、ガオンは軸足を中心にして、一息に体を振り向けた。霞冴の卓越した剣さばきは、その間も止まらない。ガオンの体が霞冴に正対したときには、左肩から胸元にかけて袈裟懸けの裂傷が刻まれていた。途中で感づかれて身を引かれたために浅く終わったが、この程度であっても傷つけられるというのは、ガオンの動きが鈍ってきている証拠だ。
とはいえ、彼の本当の怖さは体裁きではなく猫術だ。刀印もなしにガオンが顕現させたのは、鋼術で生成された鎖分銅だ。その先端についた錘が、霞冴の顔めがけて飛んでくる。
「っ!」
反射神経に任せて刀ではじき返すも、彼の第二の狙いは果たされてしまった。刀身にぐるりと巻き付いた鎖が、ぐっと引っ張られる。同時に、霞冴の胴体へ向けていくつもの鎌鼬が飛ばされた。とっさに刀をつかんだまま、再度ガオンの上を飛び越える形で跳躍する。ガオンを中心としての移動ならば、鎖の柵があろうとも可能だ。
だが、空中の不安定な姿勢でさらに鎖を引かれた。今、強制的に落下させられれば、ガオンの目の前に、手がふさがった状態で躍り出ることになる。最悪、瞬殺だ。
苦渋の決断を余儀なくされ、霞冴はやむなく柄から手を放した。
霞冴が、半身になって振り返ったガオンのすぐそばに着地した時、鎖に巻き取られた刀は、遠心力で数メートル先に投げ捨てられていた。あとで攻撃をしのぎながら拾いに行けない距離ではない。
だが、今はそれよりも、この好機 を生かすほかはない。
ガオンは油断している。霞冴が丸腰になったと思い込んでいるはずだ。けれど、霞冴の右腰には不可視のもう一振りが差さっている。目標となるガオンの首は、目と鼻の先だ。
チャンスは一度。決して失敗の許されない切り札を切りに出る。
抜刀速度には自信があった。たとえ仕草で二振り目があったと分かっても、その瞬間には相手の首をザックリやれる。
霞冴の左手が素早く動く。
けれど、その時にはもう、刀は鞘ごと抜き取られようとしていた。
「え……」
一瞬の空白が命取りの戦場で、霞冴は動くことも忘れて目を見開いた。霞冴が抜刀するよりも早く、彼女が着地すると同時に、隠していたはずの切り札へとガオンは手を伸ばしていたのだ。
(何で……見抜かれて……っ!?)
頼みの二振り目も遠くへ投げ捨てられる。そこで我に返った霞冴だが、すでに遅く、行き場を失った左手首をがっしりとつかまれていた。
抵抗する暇も与えず、霞冴の左手を乱暴に引き寄せる。突然の動きについていけず、霞冴はつまずき、前のめりに倒れかけた。
直後、垂直に突き上げるようなガオンの拳が、無防備になった霞冴の腹部に深々と突き刺さった。
「っあ……うぅ……ッ!」
足から力が抜け、膝がガクンと折れた。拳がめりこんだままの腹部に全体重がかかる。痛みすら感じないほどの苦しみに、目を開けていることもできなかった。
格闘技に心得のない霞冴でもわかる。ガオンの一撃は、あくまでも無造作なものだ。狙いを定めた様子もなく、ただ成り行きで拳を振るっただけに見えたのに、これ以上なく的確に急所を打ち抜いてきた。一番突かれてはいけない、奥に秘められた脆弱な一点を、わずかな狂いもなく突かれた――そんな感覚。
必死にガオンの拳を押しのけようとするが、震えて力の入らない手は、ただ袖に触れるだけに終わり、抵抗とすら呼べない。体をよじって逃れようとするも、体力の限界はすぐに来てしまった。
細いうめき声を垂らしてぐったりと脱力する霞冴の姿に、雷奈はたまらず飛び出した。
「霞冴っ!」
「あ、ちょ、雷奈までっ!?」
アワの止める声が追ってきたが、今はそうも言っていられない。ガオンは、まだ霞冴を解放していないのだ。動けないところに、致命的なとどめを刺されるかもしれない。
至近距離で術を浴びせられるかもしれないし、さらなる暴力にさらされるかもしれない。その気になれば、今、霞冴の腹に突き刺さっている拳に鋼術の切れ味を宿すだけで、即座に命を奪い取れる状況だ。
――そんな危惧を抱きながら駆け寄りかけた雷奈は、違和感に足を止めた。
ガオンの目の前で、霞冴は動けず、多大なダメージを負っている。確実に息の根さえ止められる状態で、彼は――その姿勢のまま、静止していた。
「ぁ……はぁ、ぇほっ……うぅ……」
唾液も飲み込めないほどの苦痛の中、半ばえずきながら喘ぐ霞冴。その様子を、深紅の瞳は無感動に見つめていた。だが、今まで見てきたような、冷たく見下すような視線とは違う。
様子をうかがうでもなく、次の手を考えるでもなく、見ようによってはぼんやりと眺めているような目つき。言うなれば、心ここにあらずといった表現が当てはまる。今の今まで満ちていたはずの殺意や敵意がない。
まるで、霞冴を見ているようでいて、別の何かを見ているかのような――。
「――医者の不養生ったいね!」
初めて見えた隙らしい隙をつき、ガオンのそばまで肉薄した雷奈は、霞冴を後ろから抱きかかえると、そう叫んで大きく跳躍した。戦場で呆けるなど、青いにも程がある。そう言った張本人が視線をこの場に取り戻したのは、眼前から獲物が消えてからだ。
弧を描いた後方跳びで、元の場所に着地した雷奈は、よろめいて尻もちをつきながら、霞冴を横抱きに抱えなおした。
「霞冴……霞冴!」
雷奈が呼びかけるも、返事はない。もはや意識は混濁し、しゃくりあげるような浅い呼吸が繰り返されるだけだ。苦しみのあまり浮かんだ生理的な涙をぬぐってやりながら、雷奈はフーを振り返る。
「フー、来てくれん!? 呼吸困難ば起こしとるかも!」
「ま、待って、コウもまだ……!」
倒れたコウのそばに座り込んだフーが振り返って叫ぶ。喉を突かれ、あばらを折られながらも、幸か不幸か、どうやらコウはまだ意識があるらしい。苦悶の表情を浮かべ、芽華実に手を握られながら浅い呼吸を繰り返している。フーは彼の脇腹に手をかざし、慣れない緻密な治療を懸命に行っていた。
コウに続いて霞冴も戦闘不能。その様子を離れた場所から見ていた氷架璃は、だからといってルシルを戦闘に出すわけにも……と考えたところで、肩に重みを感じた。
「ルシル……?」
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「おい、どうした? ルシル?」
「ぃ……ぁ、……」
唇は「氷架璃」と呼んでいるのに、発音が追いついていない。
もうそれ以上の力は残っていなかった。ついにひっそりと目を閉じると、氷架璃に全体重を預けて、動かなくなってしまった。
「ルシル……おい、しっかりしろって! おい!」
両肩をつかんで起こそうとして、その体が恐ろしく冷たいことに身の毛がよだった。先ほどまで、さすっていた背中にしか触れていなかったので、気づかなかったのだ。
低体温だけではないだろう。あれから何度も水を吐き出していたせいで吐き疲れただけならまだしも、溺れた時のダメージが残っているのかもしれない。下手をすると命にかかわる。
「くそっ……フー、悪いけど、こっちもまずいぞ……!」
氷架璃は自分が濡れるのもいとわずにルシルを背負うと、皆が固まっている場所へと走った。それを眺めながら、ガオンはやおら手を前にかざす。走る氷架璃と、彼女の行き先、倒れた二人を介抱する者たちとの間の空間へ向けて。
必死に走る氷架璃は、自ら射程内に飛び込もうとしているなど夢にも思わない。ガオンの手のひらで、橙の炎が渦巻いて――。
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