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「勘違い」作戦

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ゲームで戦った結果、案の定あたしが負けてしまった。

「く、悔しい!もうちょっとだったのに!」
「でも結構良いとこ行ってたね。2回しか練習してないのに。一瞬負けるかと思ったよ俺」

そう言いながら、二人でゲームを片付けてはまだ会話で盛り上がる。
明日も仕事なんだけど、ゲームで結構集中力を使ってしまった。これはもうすぐに眠れそう。
ゲームを片付けたあとは二人で歯磨きをして、本当に照れてしまいそうになるくらい、あたしは柳瀬さんと恋人同士みたいな時間を過ごした。

「同棲中の彼女みたいになってんね」
「あんまり恥ずかしいこと言わないでくださいよ~」
「でも本当にそうじゃない?」
「ハイ。それなのに付き合ってないから不思議な関係ですよね実際」
「…」

そう言葉を交わしながら、二人で洗面所を後にする。
もっとあたしが魅力的だったらな。ふいにそんなことを考えてしまったけれど、あたしはこれ以上は同じことを考えないように、柳瀬さんに言った。

「あ、あたし今日リビングのソファーで寝ますよ」
「え、そうなの?でも風邪ひくよ」
「大丈夫です。っていうかそもそも柳瀬さんの家なのに、あたしがベッド使わせてもらうわけにはいきませんから」

あたしはそう言うと、「掛け布団だけ貸してください」と口を開こうとする。
でも、

「じゃあ俺敷布団で寝るよ」
「え、」
「鏡子ちゃんがベッドで寝て、俺はその隣に敷布団敷いて寝る。ちょうど一人分あるから」

それだったらいいでしょ、と。
柳瀬さんは言う。え、でもでも。

「だ、だったらあたしが敷布団で寝ますよ!」
「え、でも鏡子ちゃんはお客さんだし。女のコに下で寝かせるわけには」
「大丈夫です!お客さんだからこそ敷布団で寝ます。ほんと、お気遣いなく」

あたしがそう言うと、柳瀬さんは少し黙り込んだ後、言った。

「…じゃあ、そうしようかな。とりあえず」
「そう。そうですよ。ベッドはそもそも柳瀬さんのものなんですから」
「ん、じゃあ今日は俺ベッドで寝るね。あ、待って。その前に布団出す」

柳瀬さんはそう言うと、あたしが使う布団をクローゼットから出してくれる。
さすがに敷いてもらうのは申し訳なくてあたしが自分で敷いたけど、でも布団を敷いたあとに「あ、並んで寝るんだっけ」と思い出して、また少し照れくさくなってしまった。
いや、これもう彼女じゃん。上司と部下の関係性超えちゃってるじゃん。

「じゃあおやすみ。電気消すよ」
「はい。おやすみなさい」
「…」

その瞬間、柳瀬さんが寝室の入り口でパチッと電気を消す。
前に二人でベッドに並んで寝たときはあたしも酔っぱらってたし、何も考えなくてよかったけど。
今日はお酒飲んでないからお互いにシラフだし、寝付くまで緊張するな。
そう思って、ベッドに背を向ける形で寝がえりを打つと…

「鏡子ちゃん、」
「!」

入り口で、寝室の電気を消した柳瀬さんが、何故かベッドに行かずにあたしの枕元にやってきた。

「ん、どうかしました?」
「…」

あたしがそう聞くと、柳瀬さんは黙ってあたしの布団に入ってくるから…

「え、ちょっ…と!」

思わずあたしがビックリしていたら、柳瀬さんが言った。

「鏡子ちゃんがゲームで負けたから、何でも言うこと聞いてもらおうと思って」
「!」
「そうやって約束してたの、忘れた?」

柳瀬さんの言葉に、あたしは一瞬黙り込んで思い返してみる。
だけどそれは意外にもすぐに思い出した。

『負けた方が勝った方の言うこと一個だけ聞くってのはどう?』

…確かにそんなこと言ってたな。忘れてた…。
でも同じ布団に入って来る意味って?
あたしは約束を思い出すと、柳瀬さんに言う。

「…そうですね。確かにそんな約束してました」
「そうでしょ。俺も自分で言ってて忘れかけてたんだけど」
「なんとなく納得いかない気もしますけどわかりました。約束なんで明日なんでも聞きます」

しかし、あたしがそう言うと…

「ううん。明日じゃなくって」
「?」
「今聞いてほしい」
「!」
「この意味、わかるでしょ?」

うす暗い寝室で。同じ布団に入って、至近距離で柳瀬さんがそう言うから。
なんとなく「まさか…」と勘づくあたしの髪を、柳瀬さんが左手で優しく撫でる。
もしかして、もしかするとこの展開は…

「だめ?」
「…っ、」

わかってる。男の人の寝室に入るってそういうことだよね。
でも、あたしは鍵を失くしたから仕方なくはあるんだけど。…じゃなくて!
正直、柳瀬さんはこれまでの何泊か泊まったなかで一度も手を出してこなかったから、どこか安心感はあった。
だって広喜くんは必ず手を出してきてたし、愛されている感じもしなかった。
そう考えると、柳瀬さんは優しいし、OKしてもあたしが損するようなことはないだろうけど…。
どうしようどうしよう。でも一回ヤッて、そのあと何の進展もなくなったり…しないよね。
っていうかまだ、付き合ってないし。
あたしはそう考えると、誘いを断ろうと口を開く。だけどその前に柳瀬さんが言った。

「ね、お願い。何もしないから」
「…?」

…ん?『何もしない』?え、ナニかをするからこうやって来てるんじゃなくて?
あたしはそう思うと、柳瀬さんに問いかけてみる。

「…あの、『何かをするから』じゃなくてですか?」
「…ん?」
「え?」

だけどあたしがそう聞くと、その言葉の意味を理解した柳瀬さんが言った。

「…あっ、や、何もしない!マジで!」
「!」
「っつか、ごめん!言い方悪かった。鏡子ちゃんと一緒に寝たいって、それだけだから」
「…あっ」
「別に、やましいこととか、考えてるわけじゃないから!決して!」
「!!」

柳瀬さんはそう言うと、「確かに今の言い方紛らわしかったね」と言ってくれるけど、一方の勘違いをしてしまったあたしはひどく恥ずかしくって、顔から火が出そうだった。
…は、恥ずかしすぎる。柳瀬さんに「こいつビッチか」とか思われたかもしれない。
決してそうじゃない。そうじゃないのに!

「っつか、今の逆に『え、いいの!?』って思っちゃうよ男としては」
「あ、や、そういうわけじゃ…!」
「ないんでしょ?だって付き合ってないもんね」
「…、」

柳瀬さんはそう言うと、「やっぱ今日はベッド行くわ」とあたしから離れて行ってしまう。
…あ。
そんな柳瀬さんに、一方のあたしはそれが少し寂しく感じて。
何でだろ。柳瀬さん、あたしを大事にしてくれてるような雰囲気は見せてくれるのに、「付き合おう」とは言ってこない。
あたしの返事を待ってる…とか?
さっきの出来事に少し寂しさを感じるけれど、もう今更「一緒に寝たい」とは言えなくて。
素直に頷けば、よかったな。
そう思って後悔しても、もう遅い。






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