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しおりを挟む牢に入れられてからどれくらい時間が経っただろうか。入れられた牢は貴族用ではなく大罪を犯したものを収容する地下牢だ。窓が無く日が全く入ってこないので今が昼なのか夜なのかすら分からない。そんな場所で純白のウエディングドレスを着ている私はあまりにも異様だろう。それに日が入らない地下牢はとても寒い。
(どうしてこんなことになってしまったの?私は毒なんて知らないのに…。お姉様を警戒するだけではダメだったの?まだ私の知らない何かがあるの?)
私は三度の人生を思い返してみる。
一度目は敵国へと嫁ぐ道を選んだが、その敵国へ向かう途中で何者かに襲われて死んだ。十八歳だった。
二度目は臣籍降下の道を選び騎士団長子息であるカイン様と婚約するも姉に嵌められて死んだ。この時も十八歳だった。
そして三度目の今回は前回と同じく臣籍降下の道を選んだが、相手は宰相子息であるユリウス様を選んだ。しかし今こうしてありもしない罪で捕まってしまった。おそらく私は処刑されるだろう。私の今の年齢も十八歳だ。
(私は必ず十八歳で死ぬ。そして十歳の誕生日に戻る…。今回も死んだらまた戻れるのかしら?)
それに私が死ぬ頃は決まって父と母は体調を崩していた。
(…同じタイミングで二人とも体調を崩すなんてあり得る?)
よく考えてみればケイトも体調を崩してそのまま亡くなっている。原因は不明。私の周りはあまりにも体調を崩す人が多すぎる。
「…もしかしてさっき言ってた毒、なの?」
私が一つの可能性に思い至った時、地下牢に足音が響いた。
――カツカツ
――コツコツ
足音が二つ。
(一体誰が…えっ?)
「あら思ったより元気そうね」
「自分の置かれている状況が分かっていないからじゃないか?」
地下牢にやってきた二つの足音、それは姉とユリウス様だった。二人は仲睦まじく腕を絡め身体を密着させている。
「こんな場所で純白のドレスだなんて滑稽ね」
「…お姉様はお元気になったのですね」
「ああ、そういえば体調が悪いからと結婚式は欠席していたのだったわね!そういうことにしていたのをすっかり忘れていたわ」
「…体調が悪いのは嘘だったの?」
「うふふ、ようやく気がついたの?本当は今日あんたの姿を直接見たかったのだけどね」
「…どうしてなの?」
「どうしてって、そりゃああんたが邪魔だったからよ」
「っ!ずっとお姉様に言ってきたじゃない!私は一臣下としてお姉様を支えていくって!」
「そういえばそんなことも言っていたわね」
「じゃあ!」
「でもそれがなんなの?」
「…え?」
「何か勘違いしていない?あんたのことを邪魔だと思っているのは私だけじゃないのよ?せっかく何年もかけて皇后に子どもができないようにしてきたのに、皇后の家に連なるあんたの母親がすぐあんたを生んでしまうんだもの。皇后の実家のウラヌス公爵家に力を持たせるわけにはいかないっていうのにね。お母様も宰相も詰めが甘かったのかしら」
私は姉の発言に頭を殴られたような衝撃を受けた。
お母様は子に恵まれなかったのでなくそう仕向けられていた?
私の生みの母親も狙われていたが無事に私が生まれてしまって邪魔だった?
そしてそれを望んでいたのが第一側妃様と宰相?
私の頭は理解することを拒んでいるが、姉はそんなことお構いなしに話し続けた。
「皇帝と皇后を病気に見せかけて消せば終わりだったのにあんたが生まれたばっかりに余計な手間が掛かってしまったわ」
「お父様とお母様を消すってどうやって…」
「それはもちろんこれでよ?」
姉は私にあるものを見せてきた。あの透明の液体が入った小瓶だ。
「それ、は…」
「これは無味無臭の毒なの。この毒は摂取し続けると徐々に身体に蓄積していって最後には衰弱して死んでしまうんですって。うふふ、あの二人は今可愛がっていたあんたの結婚式に出られないほど弱っているのよ?」
「そ、そんな…!」
お父様とお母様が毒に犯されていたなんて気づかなかった。見舞いにはよく行っていたのに原因不明という医者の言葉をそのまま信じてしまった。
(私は何を見ていたの?もしかして一度目も二度目も…?)
恐ろしい事実に身体が震える。
「この毒はデルシャ国から手に入れたの。こんな便利な物があるなんて素晴らしいわよね?」
「っ!」
姉の口から出てきた国の名前は私が一度目の人生で選んだ嫁入りするはずだった国だ。その国とは現在停戦してはいるものの緊張状態が続いているはずなのに…
「うふふ、あんたは本当に何も気づいてないのね。それなのになぜ私にだけはあんなに警戒していたのかしら?まぁそんなこと今さら気にしてもしょうがないわね」
「…」
その後も姉の口は止まることなく私にとって残酷な真実を語り続けた。
敵国と繋がっていること、私を始末するためにケイトを殺しニコラを専属侍女にしたこと、お父様とお母様の周りの人間に裏切り者がいること、そしてこれを計画したのが第一側妃様の実家のバスピア侯爵家とロイガール公爵家だということを。
「――皇帝は守るばかりなんだもの。だから私たちがこの国を世界で一番強い国にしてあげるの!…だから邪魔な人たちには死んでもらわないと困るのよ」
要するに姉たちは戦争を起こすつもりなのだ。そのためには皇帝陛下に皇后陛下、ウラヌス公爵家に連なる家の血筋である私が邪魔だということ。ウラヌス公爵家は保守派の筆頭だ。皇帝陛下と皇后陛下を亡きものにしたとしても私を皇帝にと望む声が出てくるかもしれない。それだと計画の邪魔になると判断したのだろう。
「…それなら私もその毒で殺せばいいのでは?」
「馬鹿ね。そうしたら誰が犯人になってくれるの?あんたほど犯人にぴったりの人間なんていないのに」
「でも私にはお父様とお母様を殺す理由がないわ。城の人たちだってそれを知っているはずよ」
「うふふ、だから私も被害者になったんじゃない」
「なっ!」
「誰が姉に毒を盛る人間のことを信じると思う?もしもあんたを信じていても擁護すれば自分も共犯だと疑われてしまうもの。そんな危険を侵してまであんたを助ける人は誰一人いない」
「…」
姉は誰一人いないと言うが一人だけいる。私を助けようとする人が。だけど彼を危険な目には合わせたくない。
(クリス、どうか逃げて…)
私はクリスの無事を祈ることしかできなかった。
「わざわざ教えてあげる必要は無かったんだけどあんたの絶望する顔がどうしても見たくてね。おかげで愉快な気分だわ!」
「そうだな。私もいいものが見れた。さすが私のマリアンヌだ」
「でしょう?」
「ああ。だがそろそろ行こう。ここは陰気臭くてたまらないからな」
「そうね。これから華々しい道を進む私たちには相応しくない場所だわ。誰も救えず国の役にも立てないあんたにはとてもお似合いだけどね。じゃあねアンゼリーヌ、私のために惨めに死んでちょうだいね。うふふふふ」
「あはははは!」
姉とユリウス様は下品な笑い声を響かせながら地下牢を去っていった。
そしてやってくる静寂。
結局私はどの道を選んでも姉たちに嵌められて十八歳で死を迎えてしまう運命だったのだ。
(私が何度も人生をやり直した意味は一体なんだったの?)
何も成せぬまま死ぬだけの人生。
(これでもしも四度目の人生が始まったらどうすればいいの?もう私が選べる道なんてなにも…)
「…そうだ。もう一つ道があるわ…」
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