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しおりを挟む――八年後
「どう、して…?」
(これは夢ではなかったの?夢ならば痛みなんて感じないはずじゃないの?)
私は激しく混乱していた。ずっと夢だと思っていたのに、刺された痛みと胸から流れる温かな赤い滴りがこれは夢ではないと物語っている。
今目の前で血が付いた短剣を握りしめ叫んでいるのは私の婚約者、騎士団長子息のカイン・エグラント侯爵子息だ。
私が十歳の誕生日に選んだのは臣籍降下する道だった。お相手候補には公爵家である宰相のご子息と侯爵家である騎士団長のご子息がいたが私は後者を選んだ。どちらの家も帝国を支えてくれている重要な家だ。どちらを選んでも国のためになる。それならば少しでも争いが少ない方がいいと思いカイン様を婚約者にと選んだのだ。
兄は侯爵家に婿入りしていたので妹が侯爵家より上の公爵家に嫁ぐのは躊躇われたのと、皇帝の座を目指している姉には宰相のご子息が婚約者となるのが相応しいと思ったからだ。
これなら国の役にも立てて無駄な争いも起きないはずだったのに、私は婚約者であるカイン様に短剣で胸を刺されたのだった。
この日はまもなく婚姻を迎える私を祝いたいと姉からの招待を受け姉の宮へとやってきていた。姉は宰相のご子息と婚約はしているがまだ未婚であることから、男性従者であるクリスを連れてくるのは遠慮してほしいと言われクリスは宮の外で待たせていた。
私は姉の宮の使用人に連れられ一人で宮の中へ入る。するとなぜかそこには婚約者であるカイン様がいた。なぜ?と思った時には既にカイン様は私に近づいてきていて、隠し持っていた短剣で私の胸を刺したのだ。
何が起こったのか理解できなかった。
なぜここにカイン様がいるのか。
なぜ私は刺されたのか。
なぜ夢なのに痛みを感じるのか…。
どうしてかと考えようとしても回らない頭では何も答えが出ない。
「どう、して…?」
これが唯一出てきた言葉だった。
「はっ!どうしてだと?この悪女め!」
「うっ…」
「よくも俺の大切な妹を…!」
「い、妹…?」
「しらばっくれるつもりか?俺は知ってるんだぞ!お前が妹を殺すように指示した黒幕だってな!」
(カイン様は一体何を言っているの…?)
確かにカイン様の妹は半年前に馬車で出掛けた際に何者かに襲われ命を奪われた。犯人はいまだに捕まっていない。金目の物を奪われた訳でもなく、また御者や侍女は無事であったことからカイン様の妹を狙った犯行とされた。
私とカイン様は年内に婚姻を控えていたがこの状況なので延期しても構わないと父を通してエグラント侯爵に伝えてもらった。しかしエグラント侯爵からはむしろ第二皇女である私との婚姻という明るい出来事が今の侯爵家には必要だと言われてしまい、予定通りに婚姻することになっていた。
だがカイン様は五つ年下の妹を大層可愛がっており、食事も喉を通らないほど憔悴しきっていた。だから事件の後からはカイン様と会うことができずにいたのだ。
そして婚姻の日が近づいてきて不安に思っていたところに姉から私の婚姻を祝いたいのでと連絡が来た。普段はあまり姉と関わることがなかったが素直に嬉しいと思い会いに行くことにしたのだ。
そしてそこには何故かカイン様がいて私の胸を短剣で―――
「…」
「だんまりか。だがお前が犯人だという証拠はちゃんとある。これなら言い逃れは出来ないだろう?」
そう言ってカイン様は床に倒れ込んでいる私に向かって何かを投げてきた。
(これは…)
投げられたのは数ヶ月前に失くしたと思っていた母親の形見であるイヤリングだった。普段からこのイヤリングを身に付けることが多く、いつの間にか耳から片方だけ失くなっていたのだ。失くなったことに気づいた後は必死に探したが見つかることはなかった。しかし今目の前には失くしたはずのイヤリングが転がっている。
「妹が襲われた現場に残されていたものだ。これはお前がよく付けていたイヤリングだろう?」
「あ、あり、えないわ…」
「じゃあなぜお前の物が現場に落ちてるんだ!お前は俺に可愛がられている妹を心底妬んでたそうだな。自分が一番じゃなきゃ気が済まなかったんだろ!だから妹を殺した!」
カイン様が言っていることが全く理解できない。確かにカイン様は妹をとても可愛がっていた。でもそれを見て私が嫉妬?ありえない。私はカイン様に対して一緒に国を支えていく同士としての想いはあったが、嫉妬を抱くような熱い想いは抱いていない。
だから私にはカイン様の妹を殺そうと思う動機がない。それなのに私のイヤリングが現場にあったということは私は誰かに嵌められたのだ。
(一体誰に…)
その時遠くの方に人影を捉えた私は助けを求めようと人影の方を見た。しかしそこにいたのは…
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