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「っはぁ、はぁ…」


 私は自分の胸に手を当てた。胸からは止め処なく血が流れ続けている。流れ続ける血は温かいのに身体は徐々に冷えていく。


 (ああ、私はここで死ぬのね…)


 死ぬのは初めてのはずなのに、もうすぐ自分の命が尽きようとしていることを本能的に理解した。


 (国のために役に立ちたかった…)


 私は何も成せずにこのまま死んでいく。


「ごふっ…!」


 口からも血が溢れてきた。視界も少しずつ靄がかかっていく。


「はぁ、はぁ、っ…おとう、さま、お、かあさ、ま…」


 両親のことを思い出す。こんなことになるならばきちんと顔を見て挨拶してくればよかった。


 (…どうか先立つ不孝をお許しください。お父様とお母様の娘で幸せでした)


 次第に耳も聞こえなくなってきた。終わりの時はもうすぐのようだ。

 しかしそんな時に聞き慣れた声が聞こえた気がした。


『―――――ヌ様!――ゼリーヌ様っ!』


 (この声は…クリス?)


 けれど聞こえたのはこの一度きり。きっと幻聴だろう。


 (気のせい、よね…。だってクリスがここにいるはずないもの)


 クリスは国に置いてきた従者であり大切な友達だ。私が死んだらクリスは悲しんでくれるだろうか。


 (クリスとずっと一緒にいたかった…)


 …

 ……


 とうとう何の感覚も感じなくなった。寒かったはずなのに今はもう何も感じない。

 思い出すのはあの日のこと。
 なぜ今さら思い出すのだろうか。
 この道を選んだのは自分自身なのに。


 (でも、もしも。もしもあの時違う道を選んでいたら……)


 …ああ、ねむい。
 ねむくて、ねむくてたまらない。


 そして薄暗い森の中、私はそのまま眠るように静かに息を引き取った…




 …


 ……


 ………



 はずだったのに…





「これは、どういうこと…?」


 私は確かにあの時死んだはず。それなのになぜか再び目を覚ましたのだ。
 何も感覚を感じなくなったはずなのに、今は身体がポカポカ温かい。私は視線だけで周りを見渡す。


「ここは…、私の部屋?」


 ここは間違いなく私が国を出る前まで使っていた部屋だ。ならば死んだと思ったのは勘違いで本当は助かったのだろうか。


 (いいえ、間違いなく私は死んだわ。だって胸を剣で貫かれて…え?)


 剣で貫かれた場所を確認しようと手を胸に当てると違和感を感じた。


 (む、胸が無い?寝ているから?いえ、こんなにつるペタなはずは…)


 私は十八歳だ。成長期も終わりそこそこ女性らしく育ったはず。それなのにあるはずのものがない。それに貫かれた場所を触っても痛くないし血で濡れた感触もない。念のため手に血が付いていないかを確認しようとして私は呆然とした。


「手が小さい…?」


 私の目の前にある手はどこからどう見ても子どものような可愛らしい小さな手だ。間違っても成人を迎えた女性の手ではない。私は驚きからとっさに身体を起こした。


「え?」


 胸を貫かれたはずなのに痛みなどないどころかむしろ身体が軽い。それに顔の両横から流れる髪が記憶よりも短かった。国を出た時には髪は腰の位置まであったはずなのに。


 (い、一体どういうこと!?)



 ――コンコンコン、…ガチャ


「っ!」


 この状況に激しく混乱していると突然ノックされ扉が開いた。一体誰がと身構えていると懐かしい声が聞こえてきた。


「アンゼリーヌ様、おはようございます。…あら、めずらしいですね」

「え…。ケ、ケイト?」

「はい。ケイトでございますよ。アンゼリーヌ様はまだお寝ぼけさんのようですね?うふふふ」


 部屋へとやって来たのは私の専属侍女だったケイトだ。そう過去形だ。ケイトは私が十三歳の時に体調を崩しそのまま亡くなってしまった。それなのに今私の目の前にはケイトがいる。私は夢でも見ているのだろうか。


「さぁ、アンゼリーヌ様。今日はあなた様のお誕生日ですからね。とびきりおめかしいたしましょう」

「え?た、誕生日?」

「あら、やっぱりお寝ぼけさんなのかしら?そうですよ。今日はアンゼリーヌ様の十歳のお誕生日でございます」


 ケイトはその後に続けて『おめでとうございます』と祝いの言葉を述べていたが私はそれどころではない。

 軽い身体に膨らみのない胸、小さな手に短い髪の毛、そして十歳の誕生日。そこから考えられる一つの可能性。しかしそんなことはあり得ない。それならここは天国でただ私は昔の夢を見ているだけだと言われた方が納得できる。


「今日の生誕パーティーは盛大なものになるでしょうね。ああ、そうでした。アンゼリーヌ様、パーティーの前に国王陛下から大切なお話があるそうです。しっかりと準備いたしましょうね」

「!」


 十歳の誕生日に国王陛下からの大切な話…


 (もしかしてあの日なの?)


 私は死ぬ間際にこの日を思い出していた。違う道を選んでいればと思ったところまでは覚えている。そして今、十歳の誕生日の夢を見ている。


 (死んでまでこの日を夢に見るなんてきっと私は後悔しているのね)


 私は十歳の誕生日に一つの道を選んだ。その結果があれだ。きっと心のどこかで後悔している自分がいるのだろう。国のために一番役に立てると思い選んだ道であったが、何一つ役に立つことなく終わってしまった。

 これはきっと夢だ。それならば違う道を選んでもいいのではないか。


 (これは私の後悔が見せてくれている夢。夢ならば違う道を選んでみてもいいわよね?)


 他の道を選んでもこの国の役に立てる道があったはずだ。それならばその道を選んでみよう。だってこれは夢なのだから。
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