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しおりを挟む「…お初にお目にかかります。私はブロイズ伯爵家のエリクと申します。あなたはキルシュタイン公爵様ですよね?」
「そうだ」
「そこの彼女、レイラとは本当に婚約されているんですか?」
「それはどういう意味だ?私が嘘をついているとでも?」
「…いえ。ですがレイラはつい数ヵ月前まで結婚相手を探していたんです。それなのに突然公爵様の婚約者になっているだなんてとても信じられません!それにレイラは男爵令嬢です。公爵様とは釣り合わない。だからなにか作為的なものを感じてしまいまして」
どうやらエリクは私とヴィンセント様との婚約を疑っているようだ。エリクのくせになかなか鋭い。実際の私たちは婚約関係ではなく雇用関係だ。ヴィンセント様はどのように答えるのだろうか。
「それは君の思い違いだ。たしかに私とレイは出会ってからの期間は短いが、私が彼女を好きになった。だから婚約を申し込んだんだ。それに私は今以上の権力は必要ないから彼女が男爵家の出身だろうが問題ない」
「しかし…!」
「…実は君のことは少し調べさせてもらったよ。こんな素敵な彼女にずっと結婚相手が見つからなかったと聞いて不思議に思ってね。それで調べてみたらどうやら君が家の力を使って裏で手を回していたことがわかったんだ」
「え?」
それが事実であれば結婚相手が見つからなかったのは自分自身のせいでも家のせいでもなく、エリクのせいだということだ。
「それは本当なの?」
「い、いや!ちが…」
「彼女にさえバレなければいいと考えていたんだろう?詰めが甘いな」
「エリク…」
「っ!…ああそうだよ!お前の性格なら結婚相手が見つからなければ弟に後継ぎの座を譲ると思ったんだ!そうなればお前に婚約を申し込める。悪かったとは思うがお前を一人にさせるつもりはなかったんだ!俺がお前を幸せにしたくて…!」
「それはただの自己満足だ」
「なんだと!」
「君の言い分はすべて君のためだけだ。その言葉の中にはどこにも彼女の意思など存在していない」
「っ…」
「君の行いのせいで彼女が辛い思いをするとは考えなかったのか?今まで家を継ぐために努力してきたことがすべて無駄になってしまったんだぞ」
「だ、だから俺が幸せに…」
「レイがそれを望んでいたというのか?そうなのか、レイ?」
「レ、レイラ…」
「私はそんなこと望んでないわ…」
エリクの言い分を聞いて感じたこの気持ちは怒りと悲しみだ。私の知らないところで手を回して馬鹿にしておきながら、今さら好きだから幸せにしたいと言われても何も響かない。
私にとってエリクは嫌なやつだが、それでも昔から知っている幼馴染みだ。それにお互い後継ぎとしての苦労を知っているはずなのにと思うと悲しくなった。
「たしかに私は絶対に家を継ぎたかった訳ではないわ。でも家族のため領民のため努力は惜しまなかった!それをあなたも知っていたはずなのに!それなのに…!」
「レ、イラ…」
「…ヴィンセント様行きましょう」
「いいのか?」
「はい。もう話すことはありませんから」
「そうか。では行こうか」
「待ってくれ!俺はまだ話が」
「話があるなら私が聞こう。…レイ、先に戻っていてくれ」
「えっ、でも…」
「大丈夫だ。すぐに行く」
「…わかりました」
私はヴィンセント様に背中を押され先に一人で会場へと戻った。きっと今の私はひどい顔をしているだろう。これではダメだ。ヴィンセント様が戻ってくるまでにいつもどおりの私にならなければ。
「…私は大丈夫」
そう言って私は強く手を握りしめた。
◇◇◇
――レイラが去ったあとのバルコニーにて
「君は愚かだな」
「な」
「だけどそんな君に私は感謝しているんだ。だからお礼を言おうと思ってな」
「公爵様は一体何を言って…」
「君の愚かさのおかげで彼女と出会うことができた。…感謝するよ、ブロイズ伯爵令息殿」
「っ!」
「彼女は私が幸せにするから君は心配しなくていい。それより自分の心配をするんだな。これ以上彼女に近づくようなら私は容赦はしない。…では失礼する」
「…くそっ!」
たかが伯爵令息が公爵に歯向かえるわけがない。そんなことをすれば家に迷惑をかけることになる。さすがに彼もそれくらい理解しているだろう。だからもう彼女には近づかないだろうし、私が二度と近づけさせない。
レイのご両親にはレイが送った手紙とは別に私から手紙を送ってある。そこにはこう記した。
『彼女が受け入れてくれるのであれば正式に婚約させてほしい』と。
雇用契約の終了までに彼女に想いを伝えなくては。そうしなければ彼女は私の元から離れていくような気がするのだ。
そしてこのパーティーから一ヶ月後。
彼女は私の前から姿を消したのであった。
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