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しおりを挟む経験したことのない胸の痛みを感じて不安になっていると、キースさんが驚く発言を口にした。
「それと今日は顔合わせ以外にご報告があります」
「…それは悪い報告か?」
「はい。ヴィンセント様にとって最悪の報告かと」
「…聞こう」
「つい先ほど隣国の王家から書簡が届きました」
「っ!…内容は?」
「ヴィンセント様への結婚の申し込みです」
「勘弁してくれ…。相手は王女か」
「ええ」
「…」
こんな重要な話を私が聞いてもいいのだろうか。それに隣国の王家から結婚の申し込みが来たのであれば、その申し込みを受け入れるということなのか。ヴィンセント様に正式な婚約者ができることは喜ばしいことなのに、心から喜ぶことができない自分がいる。
(喜ぶべき話なのにどうしてモヤモヤするの?報酬がもらえなくなるかもしれないから…?)
きっとそうだ。私は報酬がもらえなくなるかもしれない心配で心から喜ぶことができないのだろう。
「いかがされますか?」
「断ってくれ」
「かしこまりました」
「えっ!?」
「ん?どうかしたか?」
「あ、いえ、隣国の王女様からの申し込みなのに断って大丈夫なのかなと…」
「ああ、問題ない。隣国の王家と縁付いても利益はあまりないし、私はこれ以上の権力は必要ないと考えているからな」
「そうなんですか」
「…それに今の私には君という婚約者がいるからな」
「っ!」
「婚約者がいるのだから断るのは当然だろう?」
「まぁそれで向こうが諦めるかどうかはわかりませんがね」
「た、たしかに…」
「キース!余計なことを…!」
「余計なことではございません。近々王家主催の建国記念パーティーが開かれますが、おそらくそのパーティーに王女が参加すると思われます」
「…もうそんな時期か」
建国記念パーティーとは一年に一度開かれる我が国の王家主催のパーティーだ。貴族が一堂に会するパーティーでもある。貧乏であるがハーストン男爵家も貴族に名を連ねているので、毎年両親が参加していた。本来なら後継ぎである私も参加できたのだが、我が家にそこまでの余裕はなかったため参加したことはない。
「すぐに断りの書簡はお送りしますが、おそらくパーティーの場で接触してくる可能性が高いと思われます」
「…たしかにパーティーの場では断ったとはいえ隣国の王女を無下に扱うわけにはいかないか」
「ええ、そのとおりです。縁付く利益はなくても、無下に扱えば他国の賓客からの印象は悪くなるでしょう。そうなれば我が国にもキルシュタイン公爵家にも少なからず影響が出るかもしれません」
「だが私は王女と結婚する気はないぞ」
「もちろんわかっております。…そこでレイラさん!」
「っ!は、はい!」
「あなたの力が必要です」
「…私の?」
「おい、キース。彼女に一体何をさせるつもりなんだ」
「何って、当然仕事をしてもらうだけです」
「仕事…」
私の仕事はメイド、じゃなくてヴィンセント様の婚約者(仮)だ。ということは…
「建国記念パーティーに婚約者として参加するということですか?」
「ええ。レイラさんにはヴィンセント様と共にパーティーに参加してもらいます。そして王女にお二人の仲睦まじい姿を見せつけてください」
「なっ…」
「えっ!?」
キースさんは一体何を言っているのだろうか。そんなのヴィンセント様が嫌がるに決まっている。
「で、でもさすがにそれは公爵様の負担が大きいのでは…?」
そう自分で口にしておきながら、なぜか寂しい気持ちになった。しかし女性嫌いのヴィンセント様にとっては苦痛の何物でもないだろう。
「だから…」
「ヴィンセント様。そんなわけありませんよね?」
「ああ。なんの問題もない」
「え?」
「むしろハーストン嬢が嫌ではないのか?その、本物でないにしても好きでもない男の婚約者など…」
「い、嫌ではありません!」
「っ、そ、そうか…」
「は、はい…」
「これはこれは」
「うふふふ」
嫌なのかと問われ咄嗟に答えたが、答えてから急に恥ずかしくなってしまった。それになんだかキースさんとマチルダさんの生温かい視線が気になって仕方がない。
「決まりですね。レイラさんよろしくお願いしますね。それでは早速――」
それからキースさんが今後の段取りを説明してくれた。そして最後にこう言ったのだ。
「それからですね契約書には公式の場以外の交流は無しとなっていましたが、お二人はすでに交流していましたし、仲睦まじい姿を王女に見せつけなければなりませんので好きに交流していただいて構いません。お二人で街に出掛けていただいても大丈夫ですよ。…ああ、後程契約書からその文言は削除しておきますね」
「あ、ありがとうございます」
「キース…」
「それでは私は隣国に書簡を送る準備がございますので先に失礼します」
「私も業務に戻らせていただきます」
キースさんとマチルダさんが出ていき、部屋には私とヴィンセント様の二人だけとなった。
「えっと…、できる限り頑張りますのでよろしくお願いします」
「あ、ああ。こちらこそよろしく頼む」
「はい」
「…名前はなんと呼べばいいだろうか」
「あ、そうですよね…。こうしゃ、ヴィンセント様がよろしければ今までどおり呼んでいただければ」
「本当の名前ではなくていいのか?」
「レイは私の愛称なんです。…その方が少しでもヴィンセント様と仲睦まじく見えるかなと思うのですが、どうでしょうか?」
「っ、そ、そうだな」
「パーティーまではまだ時間がありますから少しずつ慣れていきましょう。とは言っても私は恋愛経験がないので、どうすれば人の目に仲睦まじく映るのかはわかりませんが…」
「お互い様だな」
「!ふふっ、たしかにそうですね。うーん、そうですね…まずはお互いのことをもっとよく知るところからですかね?」
「そうだな。レイのことをもっと教えてくれ。それと私のことをもっと知ってもらえると嬉しい」
「~~っ!」
ヴィンセント様は無意識なのだろうが、今の発言は心臓に悪い。
「お互いをよく知ってから一緒に街に出掛けよう」
「…はい」
そうしてパーティーまでの限られた時間の中で、私はヴィンセント様のことをたくさん知っていくことになる。
ただ彼を知れば知るほど心惹かれていく自分には気づかないふりをしながら。
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