Eランクの薬師

ざっく

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1巻

1-3

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 グランのもとではかなぐり捨てていたプライドだが、キャルはこれから先も薬師くすしとしてやっていくのだ。一人になったからこそ、守らなければならないものがある。
 驚いた顔をする男性に向かって、キャルは頭を下げる。

「魔力も体力も、本来は時間が経てば回復するものです。薬を使うのは、戦闘時やいまのような怪我をしている時に限ったほうがいいと思います。薬を多用したせいで自然治癒力をそこなってしまっては、元も子もないですから」

 自分から薬を売り込んだ手前、嫌味の一つでも言われるかと思ってキャルは身構える。けれどキャルの耳に届いたのは、のんびりした声だった。

「ああ、なるほど。ちなみに、使用期限はあるのか?」
「は……はい。生の薬草も使っているので、半年以内を目安に使っていただくのがいいかと」
「そうか……」

 男性はあごに手をあて、なにかを考えている様子だ。キャルはその姿を呆然と眺めた。
 出会ったばかりの小娘が作った薬を欲しがり、しかも意見をちゃんと聞いてくれる。
 そう思うと、なぜか胸がドキドキした。
 急に心拍数が上がったことを不思議に思っていると、男性はキャルを見て微笑んだ。彼が笑うとれ目になって、優しそうな顔になる。
 顔に熱が集まり始め、キャルは困ってしまう。
 男性はそんなキャルの様子には気付かず、口を開いた。

「しかし、これだけの薬を一つも買わないのはもったいない。二つか三つ、ゆずってくれるか?」

 彼はキャルの意見を聞き入れつつ、それでも薬を欲しいと言ってくれた。
 キャルは感激のあまり声を出せず、こくこくと首を縦に振る。震える手でリュックから薬を取り出すと、それを見て彼はうなずいた。

「ああ、それだ。一ついくらになる?」

 そう聞かれて、キャルは思わず言葉に詰まった。
 ランクのことは聞かれなかったから、あえてなにも言わなかったが……本当だったら、Eランクの薬師くすしが作った薬など、どんなにいいものでも二束三文にそくさんもんにしかならない。
 だけど、キャルはこの薬には自信があった。採集に苦労するような薬草も入っているし、そんなに安い値段では売れないのだ。
 ランクについて、言うべきか言わざるべきか……
 黙り込んでしまったキャルを見て、彼は首をかしげる。

「どうした? 俺はそこまで心配されるほど貧乏じゃないぞ」

 値段を言わない理由を、勘違いしているらしい。
 キャルはそうではないと首を横に振り……最後にもう一度悩んだけれど、やはり正直に言うことにした。
 彼がどこの誰かは知らなかった。でもこの街にいる以上、Eランクだということを言わずに薬を売っても、あとでどこからばれるか分からない。
 蠱虫こちゅうがいくらで売れるかにもよるが、まだこの街でお金をかせぐつもりでいるキャルは、薬師くすしとしての信用を失うような危険をおかすわけにはいかない。

「……私は、Eランクの薬師くすしなんです。それを分かった上で、購入をご検討ください」

 キャルが自身のランクを告げると、彼は目を見開いた。
 Eランクの薬師くすしごときが、ランクも伝えずに薬を売りつけようとしていたことに驚いたのだろう。
 キャルは頭を下げながら、金額を提示した。

「最初に言わなくてすみません。私はEランクですが、これには採集が難しい薬草も入っておりますので、一つ五万ルイでおゆずりしたいと思っています」

 五万ルイは、キャルの一月ひとつきの生活費に等しい。数種類の薬草代に調剤の手数料……それらを考えると、この薬にはそれだけの価値があると思っている。だが……

「五万?」

 男性のいぶかしげな声に、キャルはさすがに高すぎたかと、思わず早口で続けた。

「じゃ、じゃあ、二万ルイではどうでしょうか? え、えと。よければ、こっちの痛み止めも付けて……」
「待て待て」

 慌ててリュックをあさり始めたキャルを、大きな手が止めた。

「五万で大丈夫だ。思ったよりも安くて驚いたんだ」

 ……安い? そんなはずはない。薬一つで一ヶ月生活ができるのだ。

「え? 私、Eランクですよ?」

 思わずもう一度確かめると、彼はそれがどうしたというふうに言った。

「そもそも、こんな薬を作れるやつが、Eランクなのがおかしい。これだけの効果があるものだったら、倍の十万はしてもいいはずだ」
「じゃあ、十万で!」

 間髪かんはつれずに叫んでしまった。高く買ってもらえるなら、それに越したことはない。
 男性はすごく呆れたような顔をしたあとで、「じゃあ二つもらおう。二十万でいいか?」と笑った。
 彼のポケットから現金が出てきて、キャルの手に載せられる。
 代わりに薬を男性に渡すと、彼はそれを眺めて「すごいものを手に入れた」とつぶやく。
 そんなの、こっちのセリフだ。
 薬と引き換えに二十万ルイという大金を手にして、キャルは震えた。
 これは四ヶ月分の生活費になる。その間に一生懸命かせげば……!

「コロンに帰れる……!」

 あきらめかけていた、帰郷ききょうがかなうかもしれない。
 まずは蠱虫こちゅうを売ってしまおう。毒も一緒に。全部でいくらになるだろう?
 そう思ったら、いてもたってもいられなくなり、キャルは勢いよく立ち上がって彼に頭を下げた。

「ありがとうございました!」

 男性がなにか言っていたような気もするが、キャルは身をひるがえしてギルドのほうへ駆け出す。
 故郷への道がひらけた気がして、嬉しくて仕方がなかった。
 ギルドに着くと、入ってすぐのところにある受付に駆け寄った。
 蠱虫こちゅうを見せながら、「依頼品ではないが研究所に買い取ってもらえないか」と受付の職員に聞く。普段から様々なものを見ているギルド職員はこれが蠱虫こちゅうだと分かったようで、目を見開いてすぐに対応してくれた。
 毒も蠱虫こちゅうとともに転送機で研究所へ送ってもらった結果、「当然買い取る」という返事がきた。
 金額が提示されるのを、キャルはぎゅっとこぶしを握りしめて待つ。しばらくしてギルド職員から、驚くべき数字が言い渡された。
 ――なんと、六十万ルイという大金で売れてしまったのだ。
 キャルの年収を、蠱虫こちゅう一匹だけでかせいでしまった。
 蠱虫こちゅうが大きかったことと、毒が大量にあったことで、色を付けてもらえたらしい。
 これならば、すぐにでも帰る準備ができる。
 護衛をやとえば野宿必至の貧乏旅になりそうだが、少しでも早く帰りたい。
 そんな貧乏旅に付き合ってくれる護衛がいるのかどうかは微妙なところだが――キャルは、すぐにギルドに護衛の要請をすることにした。
 ギルドの奥に、書類を作成するためのカウンターが並んでいる。そこで依頼書を作成して、ギルドに登録してもらうのだ。登録が済んだら、その依頼書をギルド内にある依頼ボードに貼る。これで依頼は完了だ。あとは仕事を受けてくれる人間を待つだけとなる。


 職務:護衛
 内容:コロンまで女性一人を連れていくこと
 報酬:三十万ルイ


 そう依頼書にしたためて登録を済ませ、キャルは依頼ボードの前に立つ。
 依頼書は、基本的にはその依頼を受けるのに求められるランクごとに並んでおり、一番端に設定ランクなしの依頼を貼るスペースがある。キャルはその中でもできるだけ目立つところに貼ろうと、必死で手を伸ばして高い位置に依頼書を貼り付けた。
 その途端、キャルの頭の上から腕が伸びてきて、それを簡単にひょいとがしてしまう。

「なっ! なにするの!」

 依頼書の行方を目で追ってみると、ついさっきまで蠱虫こちゅうを身に宿していた男性が背後に立っていた。
 彼は腰に片手を当ててキャルの依頼書を読んでいる。大きな男性だとは思っていたが、立ち姿を改めて見ると、本当に大きい。それでいて無駄な贅肉ぜいにくがない、しなやかな体つきをしていることが分かった。
 キャルの身長は彼の胸元くらいまでしかない。そんなキャルを見下ろして、彼は眉根を寄せた。

「護衛? ……あんたをか?」

 真上からのぞき込まれているような気分を味わいながら、キャルは返事をする。

「そうです。故郷に帰りたいんです。だからそれを返してください」

 というか、元の場所に貼ってください。
 キャルが男性の高い身長をうらやましく思いつつ言うと、彼は眉間みけんのしわを深くした。

「……俺が依頼を受ける。故郷まで連れていってやろう」

 キャルは目を見開いて彼を見つめた。

「なんだ?」

 あっけに取られてなにも言えないでいるキャルに、男性は首をかしげて問いかけてくる。

「あの……でも、コロンまでですよ? あなたくらいのランクの人が受けるには、報酬が少なすぎるんじゃ……」

 コロンまでは数ヶ月、いや、もしかしたら半年近くかかる長旅になるだろう。その間の生活費はこちらが支払うとはいえ、三十万ではおいしい依頼だとは言えない。
 ランクが高ければ、もっと報酬のいい仕事を受けられる。だから普通はこんな報酬の少ない仕事に、まともな冒険者は手を出さないのだ。
 それを理解しつつも、キャルはダメもとで依頼を出した。これで受けてくれる人が現れなければ、引き続き貯金しつつ報酬を上げていけばいいと思っていた。
 キャルが依頼にランク制限をつけていないのはそのためだ。よくてCかD、悪くてEランクだったとしても攻撃のできる人が受けてくれればいい、くらいのつもりでいる。
 目の前の男性は多分Aランクだろう。グランよりも強いと思う。
 そんな彼に仕事を頼んだら、いったいどれくらいの追加報酬を要求されることか……
 しどろもどろになるキャルを見て、彼は苦笑した。

「もしかして、俺のランクが分かるのか?」

 キャルは『探索サーチ』を使って、相手の体力や魔力量を測るのが得意だった。そこからその人の強さがなんとなく分かる。いつも無意識に測っているのだが、それが失礼だったかと思い、キャルは肩をすくめる。

「いえ……でも、体力や魔力量は分かるので……なんとなく」
「なるほど。見る目はあるようだな。だが、恩人が命の危険にさらされるのは、見過ごせない」

 命の危険?
 どこにそんなものがあるというのだろうか。
 キャルはきょとんとする。彼はそんなキャルの手を引っ張って歩き出しながら言った。

「護衛を引き受ける人間が全員、善人だと思わないことだ」

 そう言いつつさっさと受付まで行き、キャルの依頼を受けると申し出てしまう。

「カイド! お前がこれをやるのか?」

 受付のおじさんがびっくりしたように叫んだ。
 この大きな男性はカイドという名前のようだ。

「ああ。ちょっと命を助けられたんでね」
「いえっ……! 助けただなんて、大げさです!」

 キャルは慌てて首を横に振る。おじさんはカイドの体を上から下まで見て、それからキャルへと視線を向けた。それからなにかを考えたあと、ふと思い出したように言う。

「ああ、さっきの蠱虫こちゅう、まさかカイドの体にいたのか?」

 受付のおじさんは、キャルが蠱虫こちゅうを売りに来た娘だと気が付いたようだった。

「研究所の奴らといったら、そりゃあもう、えらい喜びようだったよ。またよろしくだってさ」

 最後の一言だけはカイドに向けて、おじさんはにやりと笑いながら言った。
 カイドはおじさんの笑顔を見て、嫌そうに顔をしかめる。

「あんなのに寄生されるなんて、もう二度とごめんだよ。……まあ、そんなわけでこいつは俺の命の恩人だ。だからこの依頼は俺が引き受けた」

 カイドがため息まじりに言うと、なるほどと言うようにおじさんはうなずいた。

「了解。嬢ちゃん、ラッキーだぜ。カイドが護衛につけば、安全が保障されたようなもんだ」

 そう言って豪快に笑うおじさんを、カイドは眉間みけんにしわを寄せて見つめる。

「買いかぶりすぎだ。とまあ、そういうわけだから、ちょっとコロンまで行ってくるよ」

 彼はそれだけ言うと、キャルの手を引いてギルドの外に出てしまった。
 キャルは急な展開についていけず呆然としていたが、そこでようやく頭が働き出す。

「あ、あのっ……! 助けただなんて、大袈裟おおげさです!」

 どこから突っ込んでいいか分からず、思ったことをそのまま口にした。
 キャルは蠱虫こちゅうを欲しただけで、彼を助けたつもりなどなかった。それなのに命の恩人扱いされるのは、非常に居心地が悪い。
 けれどカイドはキャルの言葉を否定する。

「そんなことない。君が蠱虫こちゅうを取り除いてくれたから、俺は死なずに済んだ。感謝するのは当然だろう?」

 蠱虫こちゅうを取り除いたのは確かだが、それで彼に感謝されるのは違う。キャルは相応の利益を、蠱虫こちゅうをもらったことで手に入れているのだ。彼がキャルに恩義を感じる必要はない。
 そう思って口を開こうとすると、カイドが立ち止まってこちらを向き、キャルの体をくるりと反転させる。
 キャルは彼に背中を預けて、ギルドのほうを見るような体勢になった。

「よく見ろ。冒険者は基本的に男で、気の荒い者が多い」

 ギルドの周りには、筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうで明らかに強そうな男たちがたむろしている。
 彼らはみんな、喧嘩けんかっ早い。うと手が付けられない荒くれ者もいた。
 そんなこと、よく見なくたって知っている。キャルだって二年間冒険者をしていたのだから。キャルはいつも、そういう怖そうな人たちにはできるだけ近付かないようにしていた。

「報酬はどう渡す? 半分は前払いで、残りはコロンに着いたあとか? そんなもの、寝ている間に依頼主の身ぐるみをいでしまえば、簡単に手に入る。わざわざコロンに行くまでもない。金を奪ってお前を山に投げ捨てて、しばらくこの街の付近で姿を見せなければ、依頼がどうなったかなんて誰にも分からない」

 カイドの言葉を聞きながら、キャルは血の気が引いていく思いがした。

「だから普通、護衛の報酬は目的地にいる人間が支払うことにするんだ。お前にそういう相手がいるか? 依頼達成のサインがあるから、到達するまでは安全だと思っていたんじゃないか?」

 こういう依頼の場合、依頼主は目的地まで送り届けてもらったあと、報酬を渡すほかに、依頼達成を証明するサインをする。そして冒険者がその書類をギルドに提出すると、成功実績として登録されるのだ。
 けれどギルドは、依頼がどうやって達成されたかどうかをいちいちチェックしたりしない。

「依頼達成のサインがもらえなくても、別に大した痛手ではないんだ。途中で気が変わったのだと言って戻ってきてもいい」

 その場合は、依頼失敗の汚点がついてしまうが、膨大な量の仕事をこなす冒険者たちにとって、失敗は珍しいことではない。だから疑われることもないだろう。
 さらに、キャルの口さえ封じてしまえば、サインを偽造して依頼を達成したとギルドに報告してもいい。寝ている間どころか、起きている間でも人目がなければキャルなど簡単に殺せるだろう。
 もちろん、ギルドが不審に思って調べれば事実が露見ろけんする。しかし、その頃にはキャルはもうこの世にいない可能性が高い。

「……言いたくはないが、ランクの低い冒険者には、そういう人間が多い」

 彼は「俺の偏見だがな」と付け加えてため息をついた。
 つまり、キャルが狙っていたCやDの冒険者では危険だということだ。
 Bランク以上であれば貴族からの依頼を受けることもあるので、信用が大切になってくる。だから不法な手段を使う人間もあまりいないらしい。
 しかしキャルの依頼は、Bランク以上の人間が三十万ルイで受けてくれるような仕事ではない。

「お前にとっては俺も素性すじょうの知れない人間だろうが、俺はお前に恩を感じてこの仕事を受けた。そのへんの低ランクの人間に頼むよりは信用できると思うぞ?」

 そんなこと、言われるまでもない。ギルドのおじさんの対応からも、彼が信用できる人間であることは明らかだ。
 この幸運を逃せば、キャルが故郷の土を踏むことは二度とないかもしれない。
 キャルはじっと考えて、うしろをそっと振り返った。

「お願いしてもいいんですか?」
「もう引き受けている」

 そう言いながら、カイドはキャルの頭をぐりぐりとでまわした。

「そうと決まれば、まず名前を聞いてもいいか? 俺はカイド・リーティアスだ。職業は、魔法剣士ってとこかな」

 魔法剣士は、魔法で剣を強化して戦う戦闘職だ。ただ、普通の魔法剣士は、剣を強化する魔法しか使えないはず。けれどキャルは、彼が治癒魔法を使うところを見ている。
 魔力量も相当多いようだし、彼ならば仲間を選び放題だろう。
 それなのにパーティを組んでいないのだろうか。
 キャルが疑問に思って尋ねてみると、彼は組んでいないと答えた。

「人と組むのはわずらわしいからな。大きな商隊の護衛団に加わることはあるが、魔物退治なんかは一人で依頼を受けている」

 キャルは目を見開いた。
 一人で魔物退治に行くということは、腕によほどの自信があるということだ。
 彼は思った以上に強そうだと思った途端、キャルは少々緊張してしまった。
 冒険者の社会は弱肉強食で、強い人がえらい。だから最下層にいるキャルより、カイドのほうがずっとえらいのだ。
 キャルは小さくなりながら自己紹介した。

「カ、カイド様。わ……私は、キャル・アメンダです。職業は……薬師くすしです」
「お前はやとい主だろう。敬語を使うな。カイドと呼べ」

 そう言うカイドの態度からは、キャルをやとい主としてうやまう気など感じられない。
 キャルのほうも、彼を相手にやとい主らしく振る舞える気がしなかった。
 キャルがあたふたしていると、カイドは気に入らなそうに眉間みけんにしわを寄せて言う。

「……それとも、俺にも敬語を使えとおっしゃいますか?」
「言わない! 敬語使わない!」

 思わず片言になってしまった。
 こんな強くて立派な人に敬語を使われるだなんて耐えられない。

「じゃあ、よろしくな」

 そう言って微笑んだカイドを見て、キャルの頬にまた熱が集まった。



     3


 カイドに護衛を依頼した次の日。
 キャルは荷造りをして、街の門の前でカイドを待っていた。
 王都やノーラのような大きな街には、治安維持のためにこうした門が設置されている。基本的に夜の間は閉門しているので、特別な事情がない限り、街を出るためには朝の開門時間を待たなければならない。
 カイドとは、その開門時間の少し前に待ち合わせをしている。
 しばらくして、リュックを一つだけ背負ったカイドが現れた。その姿を見て、キャルは驚く。

「随分、身軽……」

 一方、彼もキャルを見て驚いていた。

「お前……自分の体より荷物のほうが大きくないか? そんなにいらないだろう」

 キャルは大きなリュックを背負って、その上に寝袋を載せ、大きめの鍋もぶら下げている。マントの内側のポケットには薬草や採集用具を収納してあって、腰のベルトにもいろいろな物を引っかけていた。さらに、足元には手持ちカバンが置いてある。
 カイドは呆れたように見つめてくるが、キャルは彼の言葉を断固として否定した。

「いやいやいや。これくらい必要だよ」

 このアムスト国を東から西へ横断するのだ。しかも徒歩で。
 キャルは馬に乗れないし、そもそも馬を手に入れるほどのお金もない。馬車に乗るとさらにお金がかかるので、歩くしかないのだ。
 しかも野宿しなければならないとなると、いろいろ必要だ。
 不要なものなどなにも持っていないと、キャルはカイドに荷物の中身を説明していく。
 寝袋、鍋、洗いおけ、調剤用の天秤てんびんさじやアルコールランプ、それから薬草に薬草に薬草に……

「あ、あと着替え」

 キャルがそう言うと、カイドのため息が降ってきた。

「まあいいか。寄こせ」

 カイドはキャルの足元に置いてあったカバンはもちろん、背負っていたリュックまでも持ち上げる。

「ちょっと! 自分で持てるだけしか持ってきてないから大丈夫だよ」

 キャルが慌てて言うと、彼は疑わしそうな視線を向けてくる。ひどい。

「いいか? 荷物を持っているお前と、持っていないお前は、どっちのほうが速く歩ける?」

 真面目な顔をしたカイドが、分かり切ったことを聞いてくる。
 キャルは答えようとして……彼の言わんとすることが分かり、おとなしく謝った。

「すみません」

 当然、なにも持たないほうが速く歩ける。キャルの歩く速度が、カイドの任期に関わってくるのだ。そりゃ、さくさく進んだほうがいいに決まっている。
 長旅になるからと鍋を新調してしまったのだが、やめておいたほうがよかっただろうか。前の鍋のほうが小さくて軽かった。それに……
 キャルがあれこれ考えて反省していると、カイドが口を開いた。

「この中に、すぐに取り出せるようにしておいたほうがいいものはあるか?」
「ううん。そこに入ってるのは薬と、食事を作る時に必要なものくらいで……この袋さえ手元にあれば大丈夫。薬草を見つけた時に必要なものが全部入ってるの」

 キャルは腰にぶら下げた袋を示して言う。するとカイドはそれをちらりと見て、なにかの呪文を唱えた。
 そうして、結構な重量があるはずの荷物をぽいっと放り投げる。

「ええっ!?」

 やっぱり重いから捨てられちゃった!?
 キャルが慌てて荷物に手を伸ばそうとすると、目の前でそれらが消えた。

「別空間に送っただけだ。いつでも取り出せるから心配するな」

 キャルをなだめるように、カイドが頭をぽんぽんと叩く。

「その腰の袋以外はしまって大丈夫だな?」

 キャルが呆然としながらうなずくと、彼はキャルのマントの下に入っていた薬草や採集用具をすべて一つの布袋に詰め込み、またひょいと放り投げた。
 ――別空間に送ったのだ。
 空間魔法が使えるの? 魔法剣士が?
 そんな人がいるなんて、聞いたことがない。
 彼は当たり前のように言ったけれど、空間魔法は高等魔法の一つで、魔法を専門に扱う魔法使いでも使えない人が多い。
 キャルがあっけにとられていると、カイドは「行くぞ」と言ってさっさと歩き出す。いつの間にか開門時間を過ぎていたらしく、門が開いている。
 いよいよ出発というところで、キャルは急に不安になっていた。
 もしも、もしも――彼がAランクどころじゃなく、Sランクだったら……

「――正規の報酬を請求されたら、首をくくらないといけなくなる」
「どうかしたか?」

 キャルのつぶやきは聞こえなかったのだろう。カイドは首をかしげてこちらを見下ろした。
 慌ててなんでもないと首を横に振る。そんなキャルをうながして、カイドは門の外にさっさと足を向けた。


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