Eランクの薬師

ざっく

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1巻

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 それに加えて、ある程度経験を積んだEランクの薬師くすしというのは、駆け出しの薬師くすしよりも信用がなかった。自分で才能がないと言っているようなものだからだ。
 どんな職業の冒険者でも、EランクからDランクになるのは簡単なので、普通に冒険者として活動していれば一年とかからずDランクになる。そもそも王都で能力検査を受けていれば、Dランクからスタートすることのほうが多いらしい。
 ところがキャルは、冒険者として二年間活動してきたにもかかわらず、いまだにEランクのまま。
 そんなキャルの薬は、質の高い物しか扱わないギルドはもちろん、商人さえも買い取ってくれない。
 ならばと、ギルドが斡旋あっせんしている調剤の仕事を受けようとしたのだが、『信用問題にかかわる』と言われて受けさせてもらえなかった。
 キャルに残された手段は、薬の材料である薬草を売ることだけ。
 とはいえ薬を買い叩かれるのと同じ理由で、薬草も非常に安い値段にされてしまう。
 商人たちは、Eランクが採ってきた薬草だからと言って、通常ならばもっと高価なはずのものでも安く買い取っていくのだ。
 一生懸命探して採ってきた薬草を買い叩かれようとも、キャルは生活のために売らないわけにはいかない。
 グランたちと別れて一週間。わずかなお金を得るために、一日中走りまわっているような状態が続いている。
 キャルは自分がこの街に生活の拠点を置くことは難しいと感じていた。
 自分の家を持てるほどのかせぎもないし、周りは知らない人ばかりだ。もしキャルの身になにかあっても、助けてくれる人はいない。そしてなにより、キャルは故郷へ……自分の家へ帰りたかった。
 けれどコロンまでは、キャルの足では寄り道せずに歩いても数ヶ月以上かかる道のりだ。下手をしたら半年近くかかるかもしれない。街から離れた人気ひとけのない場所には、当然魔物も出るだろう。帰りつくまで、自分の身を守り続けられる自信はなかった。
 だったら遠まわりしてでも、馬車が絶え間なく通るような大きな街道を行けばいいのだが、キャルのような若い女が一人で歩いていたら、襲ってくれと言っているようなものだ。相手がただの強盗ごうとうだったとしても、キャルには対抗するすべがない。有り金をすべて失ってしまえば、もう野垂のたれ死ぬしかなくなってしまう。
 どこかのパーティに入って、コロンの近くまで一緒に行ってもらえないだろうかとも考えた。だけど、冒険者を始めて二年も経つEランクの薬師くすしには、まったく需要がなかった。二年経ってもEランクのままということは、これからランクが上がる可能性も低いと思われてしまうのだ。いつまでも最低ランクのメンバーなんて、パーティにとっては邪魔にしかならない。
 そしてキャルも、この先自分のランクが上がることは多分ないだろうと思っている。
 薬師くすしとしての自分の力は、そんなに悪くないはずだ。王宮の薬師くすしだった父が指導してくれたおかげで、キャルの薬はよく効くし、知識も豊富だ。
 でも、キャルはもともと小柄で、体力も腕力もない。どんなに効き目の強い薬を作れたとしても、戦いで役に立たないキャルは冒険者としては落ちこぼれなのだ。
 一人で旅をするのは無理。パーティに入るのも無理。だったら、護衛をやとうしかない。
 そのためには、人をやとうお金と、旅費が必要になる。旅費については、護衛の分もキャルが出さなければならないから、二人分。
 いまのキャルにとっては、気が遠くなりそうな大金だ。だけど、それが準備できないと帰ることはできない。
 どうにかしてお金を貯めなければならなかった。
 そうはいっても、キャルが一日中薬草を採集してまわってかせげるお金は、せいぜいパンが一つか二つ買える程度だ。
 宿泊費も払えないので、宿の主人に頼み込んで、廊下ろうかの掃除をする代わりに使用人部屋のすみっこを貸してもらっている。
 薬草がたくさん採れた時にはいくらか貯金できたが、そんなことはまれだった。
 そもそも、キャルには薬草をたくさん採集することが難しい。
 街から離れれば離れるほど、薬草はたくさんえている。だけど街から離れると、魔物が出現する確率も高くなるのだ。
 キャルが一人でいる時に魔物に遭遇そうぐうすれば、確実に死ぬ。だから安全な街の近くでしか薬草を採集することができなかった。
 それでも一ヶ月頑張ってみたが、貯金と呼ぶには恥ずかしいほどの金額しかたくわえられなかった。

「本当に、役立たず」

 キャルは自分の毛布にくるまりながらつぶやいた。
 こんな状況で、コロンに帰れる日など来るのだろうか。
 ――だけど、帰りたい。
 郷愁きょうしゅうにかられて心細くなったキャルは、ふとグランたちのことを思い出した。
 彼らはどうしているだろうか。
 もうとっくにこの街を出発してしまっているだろう。ノース山を越えることはできたのだろうか。
 そんなことを考えて、キャルは自嘲じちょう気味に笑った。
 グランたちは強いのだ。足手まといのキャルがいなければ、どんなにけわしい山でもあっという間に越えてしまうだろう。
 泣いてすがり付けばよかったとか、もっと頑張れたのではないかとか、いまさらながら後悔が押し寄せてくる。
 グランが恋しい。その気持ちは、まだキャルの心の中にある。
 ただ、グランと一緒にいた時にはもやがかかったようにはっきりしなかった思考が、いまはすっきりしていて、なんとなく本来の自分を取り戻したような気分だった。


 次の日、キャルはため息をつきながらギルドに向かっていた。
 ギルドでは冒険者に仕事の斡旋あっせんをしている。ギルドの依頼ボードには、仕事の内容が書かれた紙が貼られており、そこから自分が受けたい仕事を選ぶという仕組みだ。
 そこに掲示されている仕事なら、薬草を商人に売るよりもお金をかせぐことができる。
 キャルはEランクの薬師くすしでも受けられる仕事がないかと、毎日ギルドで依頼ボードを確認してから薬草採集に行っていた。
 そんなものお目にかかったことはないが。
 今日も仕事は見つけられず、がっかりしてギルドを出たキャルは、ここ一ヶ月毎日歩いている道を、『探索サーチ』を展開しながら歩いていた。
探索サーチ』は、少し魔力がある人間ならば誰にでも使えるような簡単なスキルだ。けれどキャルはこの能力にだけは自信があった。
 普通は自分の半径数メートルの範囲を探索するだけの能力なのだが、キャルは数百メートル先まで探索することができた。
 とはいえ、いつも広範囲を『探索サーチ』しているとさすがに疲れてしまうので、危険に気付いてからでも逃げられるギリギリの範囲を警戒するようにしていた。
 父のあとについて薬草採集に出かけていた頃から使い続けているので、呼吸をするように自然と『探索サーチ』を使いこなすことができる。キャルの探索能力はずば抜けて高く、自分の上をいく人間には出会ったことがない。ただ、寝ている時まで警戒できないし、戦闘にはまったく役に立たないのだが……
 魔物をいち早く見つけて、逃げる。
 キャルにできるのはそれだけだ。グランたちからも、逃げ足だけは速いと呆れまじりに言われていた。
 そんなことを思い出していたら、キャルの『探索サーチ』に引っかかるものがあった。
 その方向を見ると、がっしりした体つきの男性が道端の石段に座っていた。簡素な軍服のようなものに身を包んで、大剣を脇に置いている。黒目黒髪の……見ようによっては格好いいが、どちらかというといかつくて怖い顔立ちだ。
 彼は不機嫌そうに眉間みけんにしわを寄せながら、地面をにらみ付けている。そんな男性には、普段だったらどんなに遠まわりすることになっても、半径十メートル以内には近付かない。
 だけど、だけど。
 キャルの『探索サーチ』が強烈に反応している。
 なんと――蠱虫こちゅうではないか。
 座り込んだ男性の腕の中に、蠱虫こちゅうの反応があった。けて見えるわけではないので大きさなどは分からないのだが、存在する場所を『探索サーチ』が教えてくれる。
 蠱虫こちゅうは人を宿主にして大きくなる寄生虫だ。
 そして宿主の体力を奪い尽くすと、自分もともに果ててしまう。宿主が死ねば自分も死ぬという残念な生態をしているため、見つけるのが難しく、詳しい生態も分かっていない。どこでどうやって寄生されるのかさえ分からない、未知の生物なのである。
 だから研究者は、生きた蠱虫こちゅうを欲しがる。加えて、蠱虫こちゅうは人の痛覚を麻痺まひさせる毒を持っており、それは優れた麻酔薬ますいやくの材料になる。
 つまり、ものすごくいいお金になるのだ。
 キャルは思わず男性に駆け寄って声をかけていた。

「す、すみません! その蠱虫こちゅうください!」

 いぶかしげにキャルを見上げる視線は、明らかに迷惑そうだった。キャルは一瞬ひるんだが、蠱虫こちゅうあきらめるわけにはいかない。
 それに、男性の顔色が思った以上に悪くて心配になった。彼は現在、体調がすこぶる悪いはずだ。体力を奪われ続けたためか、魔力も底を尽きかけているように感じた。早く蠱虫こちゅうを取り出してあげなければ。
 キャルは男性の目の前にしゃがみ込んで、だらんと投げ出されている彼の右腕を指さした。

「この腕の中に寄生虫がいます。取り出すので、私にください!」
「寄生虫?」

 彼は自分の右腕を見て、「はんっ」と鼻で笑った。そんなわけがないと言わんばかりの態度だ。
 けれどキャルは、男性が無視したり逆上したりしなかったことで、彼のことがそれほど怖くなくなっていた。大金を生む蠱虫こちゅうへの期待はますますふくらんで、興奮を抑えきれなくなる。
 普通はもっときちんと説明して、その上で治療するべきところだけれど、キャルはもう我慢ができなかった。
 ベルトに挟んでいたナイフを手に取り、リュックから出した大きな注射器シリンジを持って男性に迫る。そんなキャルの様子を見て、彼はあきらめたように言った。

「お好きにどうぞ」
「ありがとうございます!」

 言うが早いか、キャルは彼の右腕にナイフで傷を付けた。蠱虫こちゅうが宿主の体内で分泌する毒のおかげで、こうしても痛みを感じないはずだ。
 さっと切り開いた先に動くものを見つけ、そこに素早くシリンジの口をあてて吸い出した。
 黒いものがにゅるっとシリンジの中に入ってくる。それは自分が生きていることを証明するように、うねうねとうごめいた。
 蠱虫こちゅうは黒くて長いへびのような見た目なので、少々グロテスクだ。
 男性は目を見開いて、自分の腕から出てくる虫を見ている。
 シリンジに吸い込まれてくる蠱虫こちゅうは、キャルの指三本分くらいの太さがある。通常の蠱虫こちゅうは、小指ほどのサイズのはずだ。

「大きい! すごい!」

 いままで見たことがないほど大きい。キャルは思わず目を輝かせてしまった。これほどの大きさがあれば、旅費の半分くらいにはなるだろう。
 これは、ものすごいお宝だ!
 暴れる蠱虫こちゅうをシリンジからびんに移し替え、ふたをした。
 この中には生理食塩水が入っているので、蠱虫こちゅうはこのまま数日は生きられるはず。その間に売ってしまえばいい。というか、いますぐにでも売りにいきたい。
 だが、目の前の患者を無視して走り去るわけにはいかない。しかもこのお宝を育ててくれたお方だ。
 男性は驚いて一言も発せられないでいるようだった。キャルはそんな彼に声をかける。

「毒を抜きます。だんだん痛くなってきますが、動かないでください」

 彼の腕には、真っ黒な穴がぽっかりと空いている。さっきまで蠱虫こちゅうがいたところが空洞になっているのだ。蠱虫こちゅうの毒のせいで血さえ出てこない傷口を見て、キャルは革袋を準備する。
 そして、彼の腕に空いた穴にためらいなく指を突っ込んだ。

「なんっ……!?」

 男性が思わずといった感じで声を上げた。

「まだ痛くないでしょう? さっきの蠱虫こちゅうが、自分が体内にいても宿主が痛みを感じないように、痛覚を麻痺まひさせる毒を吐いていたんです」

 その毒を、いまから収集する。キャルは小さく『収集』の呪文を唱えた。
探索サーチ』と『収集』。キャルが使えるスキルはこれだけだ。
探索サーチ』で探して、『収集』で集める。とはいえ基本は手で取ったほうが早いので、『収集』なんてめったに使わない。
 例えば地面に深く根を張った植物などは、『収集』で引っ張る力よりも根のほうが強いので、『収集』では集められない。また、『収集』するものは一つに限定しなければならないので、これで掃除でもしようものなら、髪の毛と砂と紙……と、それぞれ別々に集めなければならない。自分の近くにあるものしか『収集』できないし、とにかく使い勝手の悪いスキルなのだ。
 ただ、時折非常に便利に使えることもある。いまがそのいい例だ。
 男性の傷口に突っ込んだキャルの指から、黒い液体がゆっくりと集まってきて、準備した革袋に溜まっていく。

「よく……生きてましたね」

 流れ出てくる毒の量を見て、キャルは思わずつぶやいてしまった。……麻酔薬ますいやくの材料がこんなに。これも、なかなかの金額になるはずだ。

「……もうすぐ死ぬだろうなとは、思っていた」

 呆然とした男性の声は、彼が本当に自分の死を予感していたのだろうと思わせた。蠱虫こちゅうのサイズといい、体内の毒の量といい、彼は随分長い間苦しんでいたのではないだろうか。蠱虫こちゅうに体力を奪われ続けて、近頃は体を満足に動かすことさえできなかったはずだ。

「ぐっ……」

 痛覚が戻り始めたのか、男性のうめき声が聞こえた。
 腕の中に一本穴が空いているのだ。その痛みを麻痺まひさせていた薬を抜いているのだから、相当痛いに違いない。
 だけど蠱虫こちゅうの毒を回収しないことには、この右腕は動くようにならない。
 そのことを理解しているのか、彼は左手で右肩を強く握りしめて、痛みに耐えているようだった。

「もう少しです」

 彼の辛そうな様子を見て、キャルははげますように声をかけた。
 急いで終わらせてあげたいとは思うが、雑に治療して毒が残ってしまっては意味がない。毒が残っていたり……まさかとは思うが、体内で蠱虫こちゅうが繁殖していたりしないかを念入りに『探索サーチ』してから、ようやく指を引き抜いた。
 蠱虫こちゅうを取り出した時とは違い、ごぽっと血があふれ出す。
 毒を抜けばそうなることは分かっていたため、血止めの薬を染み込ませた止血布をすぐにあてて傷口を圧迫する。

「強く押さえていてください」

 痛そうにしている彼には酷だと思うが、手が足りない。彼にも手伝ってもらわなければ。

「あとは……止血、だけ……か?」

 苦しそうな声がとぎれとぎれに聞こえる。キャルは回復薬を取り出そうと、リュックに目を落としながらうなずく。

「そうです。毒はすべて出したので、あとは止血するだけ――」

 キャルが言いかけた時、ふわりと、優しい風が吹いたような気がした。
 顔を上げると、男性は止血布を外して右腕の状態を確認していた。
 血があふれていた傷口は、すっかり元通りにふさがっている。

「治癒魔法が使えるんですか……?」

 見た目で判断して悪いが、彼はどう見ても戦闘職だと思っていた。

「ああ、治癒はあまり得意ではないが、これくらいなら治せる。さっきまでの体調不良は、どうにもできなかったんだがな」

 男性は右腕を伸ばしたり振りまわしたりしながら、治ったことがまだ信じられないというような顔をしている。
 キャルだって信じられない。
 得意じゃないと言いながらも、表面の傷をふさいだだけでなく、腕を動かせるまでになっているではないか。
 しかも、彼はさっきまで死にかけていたはずだ。魔力も体力もまだほとんど回復していないのに、こんな高度な治癒魔法を使えるなんて……
 いろいろと突っ込みどころが満載だが、それらを無視してキャルは口を開いた。

蠱虫こちゅうのような寄生虫は、治癒魔法では殺せません。逆に元気になってしまいます」

 グランたちは、こういった説明を聞くことがあまり好きではなかった。
 クリストから『お前にえらそうに説明されると腹が立つ』と言われたことがある。病気や怪我の説明は必要ないから、とにかく治せといつも命じられた。
 けれど目の前の男性は、興味深そうな視線をキャルに向けている。
 だからキャルは説明を続けた。

蠱虫こちゅうは宿主の体力を奪って生きています。蠱虫こちゅうが体内に住みついたまま治癒魔法のお世話になると、宿主とともに蠱虫こちゅうも元気になってしまうんです」

 だから治癒魔法が効かない場合は、まずは蠱虫こちゅうを疑うべきなのだが、症例がほとんどないせいで気付ける人間が少ない。そうして蠱虫こちゅうの存在は誰にも知られることなく、宿主は命を落とす。

「なるほど。様々な治癒能力者を頼ったが、それが間違いだったか」

 彼は顔をしかめて悔しそうにつぶやいた。

「治癒魔法をたくさんかけたんですか? それであんなに立派だったんですね!」

 素晴らしきかな治癒魔法! 素晴らしきかな丈夫な宿主!
 だが喜ぶキャルを嫌そうに見つめて、男性は蠱虫こちゅうを指さす。

「それはなんに使うんだ? 殺したほうがよくないか?」

 すぐにでも蠱虫こちゅうを燃やしてしまいそうな目つきだ。キャルは慌てて蠱虫こちゅうをリュックに詰め込んだ。

「ダメですよ! これは研究に使われます。さらには、専用の装置を使って飼えば、生きている限り毒を吐き出し続けるので、自動麻酔薬ますいやく製造機にもなります」

 つまり、とってもお金になるんです!
 最後の言葉は言わずに、キャルは蠱虫こちゅうの入ったリュックを守るように抱きしめた。
 男性はあきらめてくれたのか、ふーっと息を吐く。
 そんな彼を見て安心しながら、キャルは回復薬と痛み止めを取り出した。
 緑の丸薬がんやくが二つと、紫の丸薬がんやくが一つ。

「口を開けてください」

 彼は紫の丸薬がんやくを見た時少し嫌そうにしたけれど、おとなしくキャルの言う通りに口を開けた。

「噛んでから呑み込んでください」

 キャルは彼の口に丸薬がんやくを放り込みながら言う。

「……噛むと苦いのか?」
「そうですね。苦くなります。でも、そうしないと効きません」

 暗に我慢しろと伝えると、彼の口が少しだけへの字になったあと、もごもごと動いた。

「……苦い」

 体格のいい男性が薬を苦いと言ってうなだれる姿は、意外と面白い。
 キャルはふふっと笑いながら男性の背を軽くでた。

「さあ、もう痛みも大分やわらいだでしょう? いまのは痛み止めと、回復薬です」

 そういえば、彼はキャルに言われるがまま薬を呑んでしまった。そのことに気付いたキャルは、一応注意をうながすことにした。

「薬は、なんの薬か分かった上で呑んだほうがいいですよ」

 だが、教えずに呑ませたのはキャルだ。それを申し訳なく思っていることが男性に伝わったらしく、彼は苦笑いしながらうなずく。
 そうして笑っていると、突然彼が驚いたように目を見開いた。

「……魔力が回復している」

 そう言われて、キャルは不思議そうに首をかしげる。

「だから言ったじゃないですか。回復薬だと」

 なにを驚くことがあるのだろうか。
 キャルが作れるものの中でも特に強くて即効性のある薬を使ったから、回復するのは速いだろう。
 この薬は普段あまり使わないのだが、いまのような状況では必要とされる。
 治癒魔法をかけたとはいえ、体内の傷までは治りきっていないだろう。蠱虫こちゅうがいたせいでできた腕の中の空洞を治すなら、体力を回復させて自然治癒力に頼るしかない。
 けれどさすがに体力も魔力もほとんど底をついた状態では、自然治癒力も働きづらいので、こういう場合は薬に頼るべきだ。

「いや、普通ここまでは……しかも、いまのは丸薬がんやくだっただろう?」

 回復薬は、薬草の組み合わせはもちろん、調剤の仕方によってもそれぞれ効果に違いがある。キャル一人だけでも数種類の薬を作れるし、薬師くすしによって作り方も様々だ。
 もしかしたら彼がいままで呑んだ回復薬には、彼の魔力を一度で全回復させるようなものはなかったのかもしれない。
 実際、薬で回復したらしい彼の魔力は、ものすごく膨大だった。
 ここは薬の売り込みどころだと、キャルは立ち上がって胸を張る。

「そうです! 私のオリジナルです! 丸薬がんやくにすれば、びんよりもずっと多く、長く持ち歩けるのです!」

 回復薬には即効性が求められるため、液体であることがほとんどだ。キャルも、自分で作ったもの以外は、液体の回復薬しか見たことがない。
 だが液体はびんに入れなければならず、戦闘中に割れることもあるし、かさばるので多くは持ち歩けなくなる。
 けれどこの丸薬がんやくは、水に溶けやすい成分を多く含んでいるので、液体と同じくらい即効性がある。父が作った液体回復薬のレシピに改良を加え、丸薬がんやくにしたキャルオリジナルのものだ。
 初めてこれを使った時はグランたちにも非常に喜ばれたが、量産できないと伝えると『そんなものを作っている暇があるなら、もっと大量に作れる他の薬を作れ』と言われた。
 ――他の薬だって、容易たやすく量産していたわけではないのに。
 ふと浮かんできた苦い思い出を、キャルは頭のすみに追いやった。

「どうです? お一つ!」

 キャルは無理矢理笑顔を作って男性に薬を差し出す。すると、彼はすぐにうなずいた。

「ならば、全部もらおう」

 彼は買ってくれると言う。しかも、全部。
 実はいま、キャルは結構な量の薬を持っている。突然グランたちと別れることになり、彼らのために作ってあった薬がそっくり残っているからだ。
 この最高によく効く薬でさえ商人たちは買ってくれなかったので、結局手付かずのままキャルの手元にある。
 これを彼に全部売ってしまい、蠱虫こちゅうの分のお金と合わせたら……多少無理をすれば故郷に帰れるほどの金額になるだろう。
 ……だけど。

「全部は、ダメです」

 薬師くすしとしてのプライドが、それを拒否した。


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