Eランクの薬師

ざっく

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1巻

1-1

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   プロローグ


 キャルは、冒険者パーティの一員だった。
 仕事は旅をしながら魔物を退治することで、メンバーは勇者のグラン、剣士のクリスト、魔法使いのジャイル、武闘家のリアム、そして薬師くすしのキャル。
 キャルはメンバーの傷を治療したり、体力や魔力を回復させたりするのが役目だ。薬の材料になる薬草を探して、毎日あちこち駆けずりまわっていた。そして、どんなにしんどくても、仲間のために薬を作り続けた。
 他のメンバーより体力のないキャルは、ついていくだけで精一杯。だけど、彼らの役に立ちたくて、いつも必死で薬を作っていた。疲れて体が動かない時でも、自分よりも仲間の体力を回復させることを優先した。
 でも、座り込んでしまいそうになる時もある。そんなキャルを見ると、リーダーであるグランは顔をのぞき込んできて、いたわるように言うのだ。

「できないなら――別にいいんだよ?」

 それはとても優しい声なのに、キャルはなぜか恐ろしさで背筋が寒くなった。パーティの役に立てなければ、捨てられてしまう気がして……

「できる! だから捨てないで!」

 彼にすがるような言葉がとっさに口から飛び出す。
 嫌われたくない。グランのそばにいたい。
 ただその一心で、キャルは望まれれば望まれるだけ薬を作り続けていた。


 ――そんなある日。
 ノーラという街についたキャルたちは、宿でグランから一人の女性を紹介された。

「キャル、新しく仲間になったリズだ」

 グランの隣に立つ彼女は、光り輝く金髪に、緑の瞳とピンクの唇。そして華奢きゃしゃな手足の割に大きな胸を持つ、大層な美女だった。
 精霊使いで、治癒魔法にけており、少しだが攻撃魔法も使えるらしい。

「こんにちは」

 リズはグランに寄り添うように立ち、にっこり笑って言う。その姿は自信に満ちあふれていて、キャルに憧れさえ抱かせた。


「これからの予定だけど……」

 グランが地図を広げる。彼は次の目的地を、隣国のスイル国に決めたと言った。
 この国――アムスト国を出ることに、キャルは震えた。いままで国中を旅してきたが、他の国へ行くのは初めてだったからだ。
 アムスト国の北に位置するスイル国は、四方を高い山脈に囲まれた小国だ。平地が多いアムスト国とは違って山と森が多く、どこから入国するにしても道はけわしい。しかも、スイル国を囲む森は深いので、魔物が多くひそんでいるという。少しまわり道をして比較的安全なルートを通ったとしても、いままでよりずっと厳しい旅になるだろう。
 キャルがそんなことを考えていると、グランは地図の上部を指さして言った。

「この、ノース山を越える」

 グランは自信に満ちた目で仲間を見まわす。けれどキャルは即座に反対した。

「え? この時季に、ノース山を越えるの? それは無理だよ」

 グランが示したのは、ここからスイル国へ向かう最短ルートだ。けれどこの時季に通るのは危険すぎる。
 パーティメンバーの全員が、キャルのことを冷めた目で見た。
 その視線の意味が分からなくて、キャルは首をかしげる。すると、クリストが大きなため息をつきながら言った。

「お前にはな」

 要するに『足手まとい』だと言われたのだが、キャルは一瞬なにを言われているのか分からなかった。
 目をパチパチさせるキャルに、クリストは言葉を続ける。

「このメンバーを見ろよ。山越えくらい簡単にできる。それに、いまはまだ秋だぜ?」

 冬になって雪が深くなると、山越えするのは難しくなる。けれど秋なら、山を越えるのはそう大変なことではないと言いたいのだろう。
 でも、あの山は秋こそ危ない。冬のほうがまだ安全なくらいだ。
 というのも、ノース山には猿型の魔物が多くいるのだ。この山猿たちは肉食で、人間を襲って食べることもまれではない。
 通常、彼らはれで山中を移動しながら暮らしているが、秋になると巣穴を作り、獲物を積極的に狩って溜め込み始める。そして冬には巣穴を中心に活動するようになるのだ。
 柔らかな肉を持つ人間は、山猿の格好の獲物になる。この時季に山に入れば、彼らは必ず集団で襲ってくるだろう。その数は数十頭から、多ければ百頭くらいになることもあるという。
 どんなにグランたちが強くても、多勢に無勢。この時季にノース山に入っていくのは自殺行為だ。
 もしも彼らがそのことを知らないなら、教えなければ。

「ノース山には、山猿がいて……」

 キャルが口を開くと、今度はリアムがにらむようにこちらに視線を向けてくる。彼から目をそらしながらも、キャルはなんとか自分が反対する理由を説明しようとした。

「秋は山猿が……」

 けれどキャルが話し始めた途端、ジャイルのわざとらしいため息が聞こえて、言葉が続けられなくなる。
 ――ああ、そうか。
 彼らはそもそも、キャルの意見を聞く気がないのだ。
 秋をけて山越えすると決めたところで、冬になれば山は雪が深くなるので、体力面でおとるキャルはついていけないだろう。
 秋であろうと冬であろうと、ノース山を越えるならばキャルは足手まとい。
 その事に気付いてキャルが黙り込んでいると、グランがいつもの優しい声で言った。

「もういいよ、キャル。君だって、自分がこのメンバーの実力についてこられなくなっているのを分かっているんだろう?」

 優しい声音が、逆に心に刺さって痛かった。

「あの山を越える。もう決めたんだ。隣国に行けば、僕らはもっとかせげるはずなんだから」

 スイル国には魔物が多い。あちらでは魔物が信仰の対象になることもあると聞くから、積極的に退治する人がいないのだろう。
 けれど被害は出ているので、冒険者への討伐依頼がないわけではない。それに、スイル国は資源が豊富で経済的に豊かな国だから、支払われる謝礼金も高額だ。
 だから、アムスト国の冒険者には、わざわざスイル国へ行こうとする者が多かった。

「僕らなら、あの山くらい簡単に越えられるはずだよ」

 ――君さえいなければね。
 そんな言葉が聞こえた気がした。
 メンバー全員の視線が語っている。『もう、抜けてほしい』と。キャルはすがるようにグランを見たが、彼は目を伏せてしまい、こちらを見てはくれなかった。
 彼の態度を見て、キャルはもうどうしようもないのだと悟った。みんなのために、自分はここでパーティから抜けなければならない。
 そしてメンバー全員が、キャルがみずからそれを言い出すのを待っている。
 リーダーであるグランが抜けてほしいと頼めば、キャルを故郷の町まで送り届けるのは彼らの義務になってしまう。
 旅の途中で放り出すようなことをすれば、周りの目が冷たくなる。パーティとしての信用もそこなわれるだろう。
 だけど、キャルの故郷であるコロンはアムスト国の端にある。ここから最短でも数ヶ月かかる距離だ。
 だから彼らは、キャルに自分から抜けてほしいと思っている。
 そのことを察したキャルは、震える唇をどうにか動かして、絞り出すように声を発した。

「分……かった。私は、ついていけないから……ここで、別れる」
「そうか。キャル、世話になったな」

 ホッとしたように微笑むグランが、とても遠くにいるように思えた。
 いつも輝いて見えた彼の姿も、いまは涙でにじんで見えなかった。

「じゃあな」
「さよなら」

 パーティの面々が次々と席を立った。そんな中、リズがキャルに近付いてくる。

「ごめんなさいね。私が入ったせいで、あなたがいらなくなってしまったみたい」

 キャルに代わって新たな回復役となった彼女は、申し訳なさそうに笑って、わざとらしく謝った。


 こうしてキャルは、故郷から遠く離れた街で、一人ぼっちになってしまった。
 旅に出てから二年、キャルは十八歳になっていた。



   第一章 落ちこぼれの帰郷ききょう


     1


 冒険者になる前のキャルは、アムスト国の辺境にあるコロンという町に住む普通の女の子だった。
 元は王都に住んでいたのだが、母が病気になったのをきっかけに、家族で自然豊かなコロンに移り住んだのだ。
 キャルは、母が読み聞かせてくれる本が好きだった。
 薬師くすしとして王宮に勤めていたこともある父と、森に入るのも好きだった。あまりに頻繁ひんぱんに森に出入りしているので、町の人たちがキャルの緑の髪と瞳を見て、森の色が染み付いてしまったようだと笑っていたのを覚えている。
 ある程度大きくなると、キャルは父の調剤を手伝うようになり、町の人たちに薬の配達もした。
 キャルはこうして、大好きな家族と、優しい町の人と、豊かな自然に囲まれて育ったのである。
 しかし、母はもともと体が弱かったこともあり、キャルが十二歳の時に亡くなってしまう。父とキャルは悲嘆に暮れながらも、母の眠るこの町で薬屋を続けることにした。
 家族を亡くした父娘を、町の人たちはよく気にかけてくれた。そんな彼らに支えられ、キャルが涙を流すことなく母の姿を思い出せるようになった頃、今度は父が事故で亡くなった。
 その時、キャルはまだ十六歳。唯一の肉親まで失い、キャルは一人ぼっちになってしまった。
 途方に暮れるキャルに、町の人たちは温かく接し、とても心配してくれた。だから、キャルは父がのこした薬屋を続けていこうと思っていた。
 そんな時、グランたちがコロンの町に現れた。
 彼らは冒険者で、コロンの近くの森で魔物に遭遇したと言った。
 魔物は通常、人里には近寄らない。緑のしげる森の奥を好み、そこから出てくることはほとんどないのだ。
 魔物が町のそばまで出てくる――それは明らかに異常な事態で、危険なことだ。魔物の種類によっては、町は簡単に壊滅してしまう。
 近くに魔物がいたと聞いて、町の人たちは騒然そうぜんとした。慌てる人々を見て、グランは大きな声で言った。

「ご安心ください。魔物は僕たちが退治しました。この町に脅威はありません」

 たくましい体に、よく通る低い声。金髪に青い瞳、凛々りりしい眉に切れ長の目。そして白くきれいな肌をしたグラン。
 彼は勇者で、三人の仲間とともに旅をしていると語った。
 そんなグランたちに、コロンの町長が魔物退治の謝礼金を渡そうとした。しかし彼らは、自分たちのランク上げを兼ねてのことだからと断った。

「魔物を退治したとギルドに報告すれば、ランクが上がるんです。だから、まるっきり無料の奉仕というわけではないんですよ」

 ランクが高くなれば、報酬が高額な依頼を受けることができるようになる。自分たちはまだ駆け出しなので、早くかせげるようになりたくて旅をしているのだとグランは言う。
 しかし町の人たちからすれば、近くに現れた魔物をいち早く退治してくれた恩人だ。
 通常、魔物が町の近くに現れた時は、町長が冒険者の組合であるギルドに依頼し、そこから彼らのような冒険者が派遣される。けれど冒険者の到着を待つ間、町に大きな被害が出ることもあるし、場合によっては壊滅してしまうことさえある。
 コロンの住人はグランたちに大変感謝し、彼らはあっという間に町を救った英雄になった。そうしてグランたちはしばらく町に滞在することとなり、コロンの町で唯一の薬屋であるキャルの店にもやってきた。
 グランたちのパーティには、回復役がいないらしい。だから旅に回復薬は欠かせないのだと言って、薬を買いに来てくれたのだ。

「この店は、君が一人でやっているの? 若いのにえらいね」

 キャルが一人で薬屋を切り盛りしていると知って、グランは大げさなほど驚いてみせた。

「この回復薬を少しだけ買って、試させてもらってもいい?」

 グランはそう言ってキャルの目をのぞき込んでくる。青色だった彼の瞳が金色に輝いて、キャルはポーッと見惚みとれてしまった。
 こんなに素敵な男性は、キャルの周りにはいない。キャルは顔が熱くなるのを感じながら口を開いた。

「私たちの恩人ですもの。試すぐらいの量だったら無料で差し上げます」

 本当は好きなだけ持っていってもらえればいいのだが、キャルにも生活がある。
 申し訳なく思いつつ四人分の回復薬を差し出すと、グランは微笑んでそれを受け取った。
 彼はすぐに薬をメンバーに分け与え、全員がその場で服用する。

「すっげぇ。さすが、噂になっていただけある」

 薬を飲んだ途端、グランのうしろに立つ剣士が嬉しそうに声を上げた。

「噂?」

 キャルが首をかしげても、彼らは笑うばかりで答えてはくれない。

「わざわざこんな辺境までやってきた甲斐かいがあるぜ」
「魔物を倒したなんて嘘までついてな」

 他の二人も、くっくっと感じの悪い笑い声を上げている。
 ――嘘?
 魔物の話が嘘だということだろうか? ……あれ? そういえば、魔物の死体なんて誰も見ていないのに、どうして町のみんなは彼らが倒してくれたと思っているんだっけ……?
 キャルは不審に思ってグランの顔を見上げた。

「おい。お前ら、しゃべりすぎだ。邪魔するな。……こいつらがはしゃいじゃって、ごめんね。気にしないで」

 グランはメンバーをたしなめ、再びキャルの目を見つめてびた。
 彼の目を見ていると、頭が妙にぼんやりする。うしろの三人はまだ話をしているが、なぜか彼らの会話が頭に入ってこない。
 いま、なにか重要なことを聞いた気がしたのだが……
 しっかりしようとして頭を左右に振ってみるが、効果はない。
 その時、グランにそっと手を握られた。

「キャル……といったかな? 薬はよく効いたよ。ありがとう」

 グランが目の前で微笑む。彼の瞳を見ていると、クラリと眩暈めまいがする。こんなに素敵な瞳は見たことがない。
 そうしているうちに、キャルは突然熱に浮かされたように、彼の役に立ちたいと思った。
 ――でも……私はお父さんののこした店を守るって決めたはずじゃ……?
 そんな疑問が頭に浮かぶが、グランの金色の瞳を見つめていると、なにがなんでも彼と一緒にいたくなってしまう。気付けばキャルは、パーティの回復役として自分を連れていってくれないかとグランに提案していた。

「そのためには、ギルドに登録が必要だよ?」

 彼は少し困った顔をして言った。
 グランたちのパーティに加わるのなら、冒険者にならなければならない。そのためには、ギルドに登録する必要があるという。
 キャルは、すぐにギルドに申請書を出した。
 通常は王都にある冒険者登録所で能力検査を受けるらしいが、辺境のコロンにいるキャルはすぐに行くことができない。そういう場合は、申請書だけで審査がおこなわれるのだ。
 ランクはEから始まってD、C、B、Aと上がっていき、最高ランクはS。能力検査を受けていないキャルは、最低のEランクからスタートすることになった。
 ランクと同時に、冒険者としての職業も登録されるのだが、それも申請書に書かれた経歴を見てギルドが判断する。
 冒険者の職業には、勇者、剣士、魔法使い、武闘家、僧侶、精霊使いなど様々なものがあり、キャルは最弱の職業『薬師くすし』として登録された。
 薬師くすしは剣術や武術ができず、治療魔法も攻撃魔法も使えない人間がなる、ただ薬を作るだけの職業だ。やることは町の薬屋と変わらない。ただ、冒険者として旅をしているかどうかの違いだ。
 けれどグランと一緒にいられるのなら、キャルはそれでも構わなかった。
 作りたての冒険者登録証を持って帰宅し、キャルは早速旅の装備を整えた。体をすっぽり包み込めるくらい大きなマントにポケットをいくつも付けて、道具や薬を入れる。服のポケットやリュックにもたくさんの薬草を詰め込んだ。
 そこまで準備を整え、「一緒に行きたい」と訴えるキャルを見て、グランは仕方がないなと、ため息まじりにうなずいた。

「じゃあ、一緒においで」

 優しい声がキャルをクラクラさせる。喜ぶキャルに、グランはにこやかに言った。

「足手まといの君を連れていってあげるんだ。僕たちが望めば、望む分だけの薬を準備するんだよ? それができなければ、君に用はないんだから」

 キャルは力強くうなずいて、どんな薬でも作ると約束した。
 彼らについていくのは、きっと大変だ。おさない頃から森に入るのは好きだったが、長い距離を男性の速度に合わせて歩くのは、それとはわけが違うだろう。
 頭ではそう理解できているのに、それでもグランと一緒にいたかった。彼から離れたくなかった。
 ――どうしてグランと一緒にいたいんだっけ……?
 頭の片隅かたすみに疑問がちらついたが、グランの瞳を見るとすぐにあやふやになってしまう。
 そうしてキャルは、町の人たちの心配する声も聞かず、グランたちとともに旅に出たのだった。


 旅は、思った以上に大変だった。
 最初は体力のないキャルに気を遣ってくれていたメンバーも、旅を続けるうちに徐々にいらだつようになっていった。
 彼らは優秀すぎたのだ。
 キャルがパーティに参加した直後から、グランたちはたくさんの依頼を受けて魔物を次々倒し、どんどんランクを上げていった。
 通常なら、Dランクより上に上がるためには何年もかかるはず。だというのに、二年も経たないうちにグランと剣士のクリストはDランクからAランクに、魔法使いのジャイルと武闘家のリアムもBランクになった。
 AランクやBランクになれる冒険者は、ほんの一握りしかいない。しかも長い時間がかかるので、ほとんどは中年だ。そんな中、若くて見目のいい勇者グランがひきいるパーティは、大層目を引いた。
 けれどキャルだけは、最低のEランクのまま。それは、キャルに戦闘能力がなく、魔物討伐に参加できないからだった。

「キャルは、戦いの時なにも貢献できていないから……」

 パーティのメンバーがギルドに魔物討伐の報告をしに行くたびに、グランから申し訳なさそうにそう言われて、キャルはいつもギルドの外で待っていた。
 だけど、実際その通りなのでなにも言えない。戦ってもいないキャルが、彼らの実績にあやかれるはずがないのだ。
 キャルの役割は、魔物との戦いで消耗したグランたちに、ただ薬を提供することだけ。
 討伐対象の魔物を見つけると、キャルはいつも真っ先に逃げる。そしてグランたちが戦う様子を後方からうかがい、彼らの体力や魔力がなくなりそうになったら、回復薬を投げ渡す。
 グランたちには、キャルの作った回復薬をあらかじめいくつか渡してあった。けれど彼らは、旅をしながら疲れたと言ってはそれらを飲んでしまうので、いざ戦いが始まった時には手元にないことがしょっちゅうだった。
 攻撃する能力も、身を守る能力もないキャルは、必死で魔物の死角を探してグランたちに近付く。戦いの最中は彼らも気が立っており、回復薬を渡すのが少しでも遅くなると、怒鳴りつけられることが多かった。
 そうして何度か回復薬を渡していると、やがて戦闘は終わる。その頃には、キャルは体力も神経も使いはたしてボロボロになっているのだった。
 けれどキャルの仕事はそこで終わらない。魔物を退治したあとメンバーが休息を取っている間も、キャルは働いていた。戦いで消費した薬を補充するため、ゆっくり休む四人とは別行動を取って薬草を集めたり、夜なべして調剤したりするのが当たり前だった。
 苦しくて辛かったけれど、パーティの回復役として、役に立つところを見せなければならなかった。
 そうしなければ、キャルはただの足手まといになってしまう。
 足も遅ければ力も弱いし、体力もない。だから戦闘には参加できない。
 それでも、グランたちは一緒に行動してくれているのだから、少しでも彼らの役に立つため、薬は求められたら求められただけきちんと用意する。
 特に彼らは回復薬を欲しがった。
 本当は、回復薬はあまり多用しないほうがいい。自然治癒力を使わずに薬で回復し続ければ、体はそれに慣れてしまう。すると、もともと体に備わっていた回復力は、だんだん働かなくなっていくのだ。
 けれどグランたちは、ことあるごとにキャルの回復薬を服用していた。もはや乱用と言ってもいいくらいに。
 見かねたキャルは、一度だけ注意したことがある。回復薬は本当に必要な時だけ服用するようにして、普段は休息を取って自然に回復するのを待ったほうがいいと。それが嫌なら、もっと効き目の弱い薬にしてはどうかとも提案した。
 だがグランは、キャルに冷たい視線を向けた。
 そんな話は聞いたことがない。薬作りをサボりたいから言っているのではないか、と。
 キャルは否定しようと思った。けれどグランのさげすむような視線が怖くて、それ以上なにも言えなかったのだ。
 グランと一緒にいたかったから、彼が自分のことをわずらわしく思っているような態度をとっても、気付かないふりをした。
 どれだけ頑張っても、キャルが足手まといなのは変わらない。せめて捨てられないようにしなければと、キャルは必死だった。
 けれど、Aランクの勇者がいるパーティに、他の回復役が名乗りを上げないはずがない。
 ある日ついにグランたちの実力に見合う回復役――リズが加わることになって、Eランクの役立たずはいよいよ必要なくなってしまったのだった。



     2


 グランたちのパーティから放り出されたキャルは、引き続きノーラの街に滞在していた。
 ここは王都から馬車で一日ほどのところにある大きな街で、商人の街とも呼ばれている。王都には貴族が多く住んでいるので、地価が高い。そのため、商人が中心地をけて街を作ったのが始まりだという。いまではそうしてできた街がいくつもつらなり、王都を取り囲むようにドーナツ形に発展していた。
 広場では毎日いちが開かれ、多くの人が行き交っている。
 いちでは様々な物が売り買いされており、冒険者たちはギルドの仕事をする以外に、こういった場所で薬草や魔物の体の一部などを売ってお金をかせぐこともあった。
 これくらい大きないちならいろいろな商人がいるので、どんな物でも売ることができるだろう。キャルはそう思って、まずは薬を売ってお金をかせごうとした。けれどキャルの薬は、作り手のランクの低さを理由に非常に安く買い叩かれてしまうのだった。
 作り手のランクが高ければ、経験豊富で技術力も高いという証明になるので、同じ薬でもいい値段がつく。反対に、ランクという保証がないEランクの薬師くすしの薬は二束三文にそくさんもんにされてしまう。


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