Eランクの薬師

ざっく

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グラン

ノース山

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キャルを捨てて一週間後、秋だといっても山頂は寒いだろうから、防寒着などを準備してグランたちはノース山を登り始めた。

「くそ……山は疲れる」
クリストが呟く。
まあ、クリストは剣士の鎧を着こんでいるから余分に疲れるのだろう。
「リズ、回復してくれ」
一番後ろを歩くリズを振り返って、クリストが指を折り曲げて治癒術を指示した。
「……は?」
しかし、リズは眉を寄せて、クリストを見返すだけだ。
「だから、回復だって」
クリストが立ち止まって体ごとリズに向き直る。自然と、全員がリズを見下ろした。
しかし、リズはいぶかし気に男性陣を見返すだけだ。
「何してるんだよ。回復させろよ」
クリストはいら立ったようにリズに言う。ジャイルとリアム、グランだって、そろそろ回復して欲しいところだった。
「いや、だって……歩いてただけよ?それで、どうして回復するのよ?」
リズは明らかにクリストを馬鹿にしていた。
しかし、他のメンバーも回復してもらう気でいた。
一日中山を登るのだ。一度くらい回復してもらえないと先には進めない。
そんなもの、当然だ。
「なんだ、それ。お前は治癒するためについてきたんだぞ?しないっていうなら、役立たずじゃないか!」
怒りだしたクリストを目を丸くして見て、さらにグランたちの表情を見て、さらに驚いた顔をする。
「ちょっと……待ってよ。あなたたちが疲れるたびに回復していたら、私は、どうするの?私は魔力使うし、誰も治癒してくれないのよ?」
リズがそんなことを言うが、クリストは首を傾げた。
「知らないよ。そんなの。回復薬が回復するのなんて、自分でどうにかしてくれよ」
グランも同意見だ。
何故こちらがそんなものを心配してやらなきゃいけないんだ。
訳が分からない奴だ。
「……嘘でしょ?あなたたち、全員?」
「ああ。そろそろ頼もうと思っていたところだ」
グランが頷くと、リズは頭を押さえて首を振る。
しばらくそのままの体勢で動かず、いい加減にして欲しいと思ったところで、彼女は顔を上げた。
「――いいわ。今回は、回復してあげる」
そう言って、彼女は何か別の言葉を話す。精霊にお願いしているのだと聞いたことがある。
ふわっと暖かい風が体を通り抜け、体が軽くなる。
リズは、ふっと息を吐いて、右手を振る仕草をする。
「……おい。終わりか?」
クリストの言葉に、リズはまた驚きの表情を見せる。
「そうよ。今のは自然治癒力を高めて、一気に回復させる魔法よ?」
「……足りないな」
グランも呟く。
疲れは取れたが、足の痛みなどが全部とれたわけじゃない。
何とも中途半端だ。
「体力も、自然治癒力もないの……。ああ、最悪」
リズが何かを呟いて、頭を振った。
「私の力ではそれが精いっぱいよ。登れるなら、登れるところまで行って、今日は休みましょう」
非常に不満だったが、彼女にこれ以上望めないのだと分かった。
何がBランクだ。
大したことがない。やっぱり、しっかりと腕試しをしてからパーティを組むべきだったと思った。

一日登ったところで、大きな樹があったので、その下で今夜は野宿をすることになる。

「リズ、回復してくれ」
今日は山登りをずっとしていた。ずいぶん疲れた。
途中の回復も中途半端だったし、ここで全回復してもらわなければ。
やはり平地を歩くのとはわけが違うと、グランは思いながらリズに言った。
「ああ、俺も」
クリストたちもリズに声をかける。
リズは、ぽかんとした顔をした後、眉間にしわを寄せる。
「今から寝るのに?必要ないでしょ。寝て回復させなさいよ。戦闘してもないのに、回復なんてしないわ」
今度はこちらが驚く番だ。
「寝るだけじゃ回復なんてしない。疲れたんだ。気持ちよく寝たい。さっさと治癒をかけろ」
グランが言っても、訳が分からないと彼女は首を振る。
「回復しないわけないでしょ。疲れていた方がよく眠れるわ。お休み」
彼女は、自分の寝袋を出して、さっさと寝床を整えていた。
グランたちは、リズがこちらのこともやってくれるのを待っているのに、何もしない。
グランたちの食事を作らない。
寝る場所の準備もしない。
なんて使えない奴なんだ。
「おい、飯は」
「……馬鹿なの?携帯食でも食べてなさいよ。食材なんて持ってきてもない」
そう言って、リズは一人缶詰を食べる。
缶詰なんて冷たいものを食べて、疲れたまま寝るのか?
「ふざけるな!」
グラン以外の仲間も、怒り始める。今までと違いすぎるのだ。
「なんなの。今までどれだけしてもらってきたのよ。子守をするつもりはないのよ」
彼女は呆れたといいながら、少し離れた場所に行ってしまった。
なんてやつだ。疲れた仲間を放って勝手に寝るだなんて。
明日もこの状態ならば、無理矢理にでもいうことを聞かせないと。
グランはムカムカしながら眠りについた。
朝起きると、やっぱりまだ疲れていた。
一晩寝るだけで、一日歩いてきた疲れが取れるわけがない。
しかも、寝る場所をリズが作らなかったから、下に石があったらしい。体が痛くなっていた。
文句を言おうと起き上がると、火の準備もできていない。
グランが起きたというのに、朝ごはんの準備もしていないのか。
昨晩は許したが、さすがに二日目は許せない。
しかし、怒りに任せて怒鳴るわけにもいかない。
きっとそうしなければいけないことを知らないのだ。
グランは気持ちを落ち着かせて、木の実をかじっているリズに、パーティの中での協力体制について話した。
そう。協力だ。
グランたちが気持ちよく戦えるようにサポートすることがサポーターのやる仕事なのだ。
「知らなかったのは仕方がないよ。だから、今からでもいい。朝食を準備してごらん?」
グランは、ゆっくりと話した後に、リズに微笑んだ。
我ながら、よく我慢して優しく言ってやったと思う。
「――呆れ果てたわ。それ、本気で言ってるの?」
なのに、リズはやらないのだ。
「ちょっと、このパーティ抜けたい。馬鹿ばっかだわ」

馬鹿とはなんだ。

もう、無理矢理いうことを聞かせようとしたのに、リズはグランを見ない。
「リズ」
呼びかけているのに、
「ああ、はいはい。無理だから。自分でやってくだちゃいね」
グランを手のひらであしらう。

――お前は何様のつもりだ!

グランは、爆発しそうな気持ちを抑えて、クリストたちにリズの処分について話すために彼らの元に向かった。
わざわざ、自分が離れた場所にいる彼女に話をしに行ってやったというのに。

「あいつはもう無理だ。また駒のようにするから――」
言いかけた時、ひゅっと音がして、クリストが空に飛んで行った。

「――は?」
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