200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第9章

09-226 未知の世界へ

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 夕食を囲む食卓が凍る。温かい味噌汁が、冷たく感じる。
 妖怪でも逃げ出しそうな冷気の発生源は、梨々香だ。
「どうして、そういう厄介な仕事を引き受けちゃうの?
 バカじゃないの!」
 隆太郎には、彼なりの理由がある。
「報酬がいいんだ。
 サクラに自転車を買ってあげられる」
 大嘘だ。
 厄介事とは無関係に、サクラに自転車をプレゼントできる。梨々香を敵に回しているのだから、サクラを味方にしないと対抗できない。
 一瞬だが、サクラの目が輝く。梨々香が即応する。
「自転車は明日、買いに行こう」
 サクラが隆太郎をにらむ。
「関係ないじゃん」
 梨々香が嘆く。
「8000キロも遠くに行ちゃったら、何かあっても助けてあげられないよ」
 その通りだ。梨々香はもちろん、誰も助けてはくれない。助けられない。
「鏑木の爺さんは、現状をよく見ている。我々が200万年後のヒト社会において、どういった立ち位置で生きていくのか、それを考えている。
 自らの進路を自ら決めるのか、誰かの指示に従うのか、それとも行く先がわからずに流されていくのか。
 いかがわしい政治家だが、この件では私利私欲で動いてはいない。そこは、評価できる。
 飛行機をきっかけに、ブルマンとクマンとの国交のようなものが開かれれば、最初の一歩になる。
 そのために俺が役に立つなら、役目を担おうと思う。
 梨々香とサクラのためにも」
 梨々香は、そんなきれいごとは信じていない。
「怪しい。
 ただ、西アフリカに行きたいだけじゃないの?」
 完全に見抜かれていた。
 隆太郎は、サクラに尋ねる。
「お土産は何がいい?
 何でもいいよ!」
 サクラが即答する。
「ゾウ」
 隆太郎が押し黙る。
 サクラが翻意する。
「やっぱり、キリンにする!」

 キングエアの製造は、ブルマンおよびクマンとの商談とは別に進めていたこともあり、思いの外短期間でテスト飛行が可能になった。
 他の機をあと回しにして、優先した結果でもある。

 ブルマンとクマンは試乗を重ねて、購入を契約する。代金の支払いは、実機引き渡しと同時と決まった。
 つまり、700キロ近い金貨を積んで帰らなくてはならない。この金額の中には、飛行訓練や整備講習の費用も含まれている。

 隆太郎は西アフリカ行きに、どうにか修復できたP-3CオライオンかC-130ハーキュリーズを使いたかったが、拒否された。
 任務が山ほどあるからだ。

 マダガスカルの沿岸部に6カ所の基地を設け、各基地には20人から80人が常駐している。
 これで、南北1500キロ、東西600キロもの広大なマダガスカル全土を掌握しているように装う。
 だから、オライオンとハーキュリーズは、整備以外は飛ばさなければならない。

 結局、西アフリカ行きの機材は、消去法で飛行艇のUS-1綾波になった。
 機材が飛行艇となったことから、隆太郎は内陸ルートで西アフリカに向かうことを考える。
 マハジャンガ→中部レムリアのヴィクトリア湖→救世主が支配するチャド湖→湖水地域→クマンに至るルートだ。
 湖水地域で最大の飛行場はバンジェル島の管理下にあるが、湖水地域の各勢力が管理する2000メートル級滑走路が数カ所ある。
 最大の飛行距離になるのは、ヴィクトリア湖・チャド湖間なのだが、複数の200万年後のヒトたちから「不死の軍団のテリトリーは避けたほうがいい。容赦なく、対空ミサイルを撃ってくるぞ」との忠告があった。
 しかも、誰もが「不死の軍団の正確なテリトリーはわからない」と言う。
 つまり、危険な区域が判別できないのだから、大きく迂回しなければならない。確定された迂回航路自体がなく、用心すると3000キロ、もっと用心すると3500キロにもなる。
 飛行できない距離ではないが、チャド湖での燃料補給の保証がないのだ。
 救世主は不死の軍団ほどではないが、厄介なヒトたちらしい。
 燃料補給を拒否されたら、立ち往生してしまう。
 隆太郎は自宅のダイニングテーブルに空白ばかりの地図を広げて、呟いた。
「不死の軍団とか救世主とか、何なんだよ。
 冗談がひどすぎる。
 オークのことを、白魔族とか創造主なんてヘンな呼び方するし……。
 穴居人は……、仕方ないか……。ヒト食い、噛み付き、そのものズバリだし……。
 さて、ルートをどうするか、安全第一か、それとも多少のリスクは仕方ないか……。
 やはり、超安全第一だな……」

 隆太郎は、オークの危険性については十分に認識していた。セロについては、爆撃によって認知した。
 サクラは「機関銃を積んでいたら、やっつけられたのに」と泣いていた。
 よく遊ぶ友だちは無事だったが、優しくしてくれる上級生の数人が軽傷を負った。登下校が一緒の下級生の中には、避難の途中で転んで怪我したり、恐怖から眠れなくなったりと決して軽微な被害ではなかった。
 サクラのやっつけられなかった悔しさは、それも被害の一例。サクラなりにやっつけた場合は、別の心の傷を負ったはず。
 だが、不死の軍団は、今ひとつピンとこない。しかし、200万年後のヒトたちの言から、避けるべき相手であることはよく理解している。
 中部レムリアも不死の軍団について、存在を知っており、対岸に渡ろうとはしない。禁忌の地としている。
 不死の軍団のテリトリーは、200万年前のコンゴ民主共和国の東部にあるらしい。
 はっきりしないし、固定化されていないのかもしれない。

 隆太郎が選択したルートは、ヴィクトリア湖を発したあと、北に1000キロ飛び、西北西に2000キロ飛ぶ。
 これならば、確実に不死の軍団のテリトリーを避けられる。飛行距離は3000キロに達するが、綾波ならまったく問題ない。
 綾波はカルタゴ訪問後、長距離人員輸送機として改造が続けられていた。正規で乗員4+乗客20+貨物1トンを積載した状態で、4500キロの飛行距離があった。
 ただ、乗降ドアが狭く、貨物専用扉がないため、積載は不便で、荷の積み卸しには相当な人力を要した。
 機内の座席配置は、足が伸ばせる程度の余裕があった。
 それでも、元来が無骨な軍用機なので、豪華なキャビンではない。安全性の配慮からキャビンのみは質素な内張を施している。
 内張がまったくなかったカルタゴ訪問時よりは、快適な空の旅ができる。

 この頃のマハジャンガは、ごく少数だが北アフリカからの移住者がいた。全員が北方人で、彼らは船乗りが多く新天地を求めてやってきた。
 輸送船団の水先案内を北方人2人に頼んでいる。
 使用する船は、65メートルFRP貨物船2隻と25メートル哨戒艇2隻。
 片道1万2000キロの航海になるが、途中で確実に補給できる港はブルマン支配下のクレタ島のみ。
 ティレニア海において、ブルマンの貨物船から洋上補給を受ける予定だ。
 航海速力16ノットを維持すれば、20日程度でクマンに達する。
 4隻が出発した15日後にUS-1綾波が離陸する。

 2機ずつ計4機のキングエアを積んだ2隻の貨物船と、護衛の2隻の哨戒艇が発つと、飛行場付近の慌ただしさは収束した。
 マハジャンガにしては大型の65メートル貨物船の姿が消えたので、港もどこか寂しげ。

 手持ちの塗料を使ったいい加減な塗色だったポーターは、主翼と水平尾翼をライトグレー、キャビン前席付近から機首までの胴体をブラック、後席から垂直尾翼後端までをレッドに塗り替えていた。主翼と水平尾翼の翼端はレッド。
 まるで、赤とんぼだ。
 マハジャンガの航空機は例外なくライトグレー単色で塗装されているので、ポーターの派手さが際立つ。
 個人所有のMD500はディープブルーにライトブルーの派手な曲線ストライプが入る。
 アラセリのターボマスタングMk.Bは胴体と主翼が鮮やかなイエローで、胴体後部と水平垂直尾翼がレッド、主翼先端もレッド。機首には、リュックサックを背負った水鳥が描かれている。
 キャノピーの下には、飛行機のアイコンが5つ。アラセリが撃墜した暗殺者の数だ。すべてが救世主の戦闘機で、彼女の生命が狙われた回数でもある。
 カリー直系の現総統は、貴族が支配する救世主の社会にあって、一切の爵位を有しない。現総統が持つべき爵位は、アラセリが継いでいるからだ。
 しかも、選帝侯と辺境伯という、低位だが特別にして最強の爵位だ。選帝侯は現総統を廃位して、新たな指導者を擁立できるし、辺境伯は国境警備の名目で全軍の指揮権を発動できる。
 つまり、政治と軍事の両方を握れる。
 無敵であるがゆえ、アラセリは暗殺の対象になる。
 アラセリは実権を持たないが、救世主の有力貴族が彼女を担ぎ出す可能性は消えない。ならば、その前に殺してしまおうと、現総統が考えることは、ある意味、自然だった。

 今回の飛行では、チャド湖周辺には行けないとアラセリが候補から辞退。バンジェル島の近くには行かないと、半田辰也、花山海斗が辞退。
 結局は消去法で、ブルマン出身のエリシアとレムリア出身のカプランが同行することとなった。
 2人は大喜びだ。

 クルーは2組で計6、乗客は外交要員6と技術系12。外交団長は鏑木委員だが、使節団の指揮は委員長特別補佐の隆太郎が担うことになった。
 原則、着水時のみ隆太郎が操縦する。
 救世主支配下のチャド湖では、燃料の補給ができるか不明。ただ、飛行場への着陸が拒否される可能性は少ない。
 湖水地域では、燃料の補給が可能。湖水地域まで飛べれば、クマンまで確実に飛べる。
 仮にチャド湖で給油できなくても、湖水地域まで飛ぶだけの燃料はある。

 US-1綾波が出発する前に、予定より5日も早く4隻の船団がブルマンの最大拠点に入港した。200万年前だと、モロッコ付近。
 200万年前の同名都市とは位置が異なるが、カサブランカと呼ばれている。
 数十年前に建設が始まった、新しい街だ。

 US-1綾波がチャド湖に接近すると、小型の液冷エンジン単発機4機に囲まれた。
 無線で呼びかけたが応答がない。アラセリによると、救世主は無線を持っていない。
 1機が接近し、キャノピーに黒板を示す。
 誰何された。
 隆太郎はスケッチブックに「チャド湖付近に着陸したい」と書いた。
 小型機のパイロットは黒板に「続け」と書き示す。
 隆太郎が「了解」と書き示し、機長席に座り、操縦をエリシアから替わる。

「短いな」
 隆太郎の言葉に、コックピットは凍っていた。
 滑走路が短いのだ。
「1500メートルしかないぞ。
 あの戦闘機用ってことか」
 2機の戦闘機が降りていく。そのデカブツで降りられるものなら、降りてみろ、と言わんばかりの行為に思えた。
 隆太郎の背後で、エリシアが「無理だよ」と。
 隆太郎には自信があった。
「降りられる。
 大丈夫だ。
 もめるほうがまずい。
 背後の戦闘機が撃ってくるかもしれない」

 全幅33メートルに達する大きな機体が、滑走路東端に主脚を接地する。
 上空を旋回する2機の単発単葉単座機は、何かを期待するように滑走路西端の周囲を旋回し始める。
 地上にいるヒトたちも、おもしろい見世物を待っているようだ。
 これほどの大型機だと、1500メートルの滑走路ではオーバーランする確率が高い。そうならないためには、幸運を願うだけだ。

 隆太郎は、ゆっくりとした降下速度で、速度を失速ギリギリまで落とす。
 そして、主脚が接地し、その直後に前輪が接地すると、急制動をかけた。
 着陸時の滑走距離は300メートルほど。
 低い翼面荷重と高揚力を生み出すダブルスロッテッドフラップのなせる技。
 それと、隆太郎の卓越した操縦技術。

 地上にいた救世主たちの驚く顔が、コックピットからでもわかる。
 救世主は1500メートル以上の滑走路は造らない。理由は、他地域からの飛来を受け入れたくないからだ。
 チャド湖に達するには、未整備の陸路を進むしかない。
 救世主は鎖国しているわけではないが、他地域からの来訪を好みはしない。来訪者を追い払いはしないが、歓迎もしない。
 だが、US-1綾波は違った。
 隆太郎が実施した短距離着陸に、救世主のパイロットたちが関心を示したからだ。
 普通なら水さえもてなさない救世主が、その場での会話だが「ほしいものがあったら言ってくれ」と。
 エリシアが「あり得ないよ」と呟くほどの好待遇だ。

 救世主の飛行場には、2機種の単発単座戦闘機があった。全長・全幅とも9メートルほどの液冷エンジン搭載全木製機。もう1機種も全木製機だが、こちらは複葉機だ。
 セロの飛行船は、チャド湖まで頻繁に進出している。低速の飛行船を長時間追撃し続けるには、低速で飛行できる複葉機のほうが有利との考えから開発した機体だ。

 隆太郎や鏑木全権は、セロの脅威が赤道以北アフリカの広範囲に及んでいることに驚く。
 2人の危険対象の意識は、ようやくオークからセロに移り始めた。

 救世主の飛行場で1泊したが、やはり燃料の補給はできなかった。
 飛行場の外に出ることは禁止されたし、飛行場には木造小屋があるだけ。結局、全員が機内で寝た。
 食事も持参の携帯食ですませた。
 物質的なもてなしは皆無だったが、救世主は駐機費を請求しなかったし、彼らが知る情報は教えてくれた。

 湖水地域までは2000キロ強、4時間半のフライトで、当地で燃料を補給したら、その日のうちにクマンにまで達する予定だった。
 だが、足止めされる。
 湖水地域はクマンと秘密協定を結んでおり、兵士にクマンで操縦訓練をさせていた。
 しかし、バンジェル島とクフラックは、湖水地域への航空機販売を認めなかった。

 湖水地域は街の経済連合体で、地域全体の利益を調整する協議会が中央政府的な役割を担っていた。
 この協議会の議長が鏑木全権との会談を申し入れてきた。
 鏑木全権が湖水地域にやって来ることは、クマンが知らせており、同時にクマンが輸送機2機を購入したことも伝えられていた。
 湖水地域も航空機を欲している。
 議長は明確に「我々にも飛行機を売ってもらいたい」と鏑木全権に訴えた。

 隆太郎は、議長と鏑木全権との会話を聞きながら、要求に沿う案を考えていた。ブルマンやクマンだって、今回の2機ずつでは終わらないだろう。
 そして、マハジャンガには要求に添えるほどの生産能力はない。機体はどうにかなるが、エンジンが需要を満たせるか不安がある。
 おそらく、バンジェル島やクフラックも、マハジャンガとは規模や事情が違うとしても同様なのだろう。

 マハジャンガの外交団と隆太郎は、湖水地域の歓待を受けたが、クルーと技術系メンバーはUS-1綾波に残った。
 この巨大な水鳥は、湖水地域のヒトたちにある種の畏怖を感じさせた。
「こんな飛行機、バンジェル島やクフラックだって持っていない」
 US-1綾波を機外から見物している管制塔職員が続ける。
「バンジェル島のプロペラがない飛行機と同じくらい、驚きの存在だ」
 クマン担当の整備班長が、彼の言葉を受けた。
「C-1のことだろ。くじらちゃんとか呼ばれている……。あのエンジンはウチが売ったんだ。
 あれほどデカくはないが、私たちもジェット機は持っていた。
 いまはないけどね」
 2人の回りに人集りができる。
 無言だが、誰もが何かを言いたいようだ。

 湖水地域の議長と鏑木全権との会談では、航空機の売却を約束はしなかった。
 正確には、できなかった。
 マハジャンガにとって、現在は戦時。平時のような時間をかけた悠長な開発は無理だ。
 しかし、航空機工場が表明した「90日でエンペラーエアの試作初号機を完成させる」は到底信用できない。
 エンペラーエアは、数機を製造した実績があるのだが、それは何十年も前のこと。マハジャンガでの再生産は、簡単ではない。
 さらに大型のエンジェルエアともなると、開発が難航する可能性がある。
 議長には「可能な限り努力する」と鏑木全権は告げた。それ以上は言えないのだ。
 議長は「貴国に使節を派遣したい」と。
 鏑木全権は、その申し出を拒否できなかった。

 飛行場でのクマンの歓迎は、実に質素だった。新首都郊外の飛行場に着陸すると、US-1綾波はすぐに格納庫に引き込まれる。
 バンジェル島を意識してのことだ。
 だが、新首都大統領府宮殿での晩餐会は、大国クマンにふさわしい華やかなものだった。
 飾緒や勲章を付けた軍人、有力政治家、大商人、彼らの妻や娘が集まっていて、グラスを手に歓談している。
 200万年前では、到底あり得ない光景だ。隆太郎はダークグレーのパンツに黒のジャケットだし、迷彩服の団員もいて、あまりにも場違いだった。
 鏑木全権もスーツにノータイだ。
 隆太郎がこの使節団のナンバー2だとわかると、妙齢のご婦人に囲まれた。
「どのようなお屋敷にお住まいですか?」
 そんな質問はスルー。まさか、2LDKの集合住宅とは言えない。
「自家用の飛行機を持っている」
 話題に困って、ポーターの話をすると、若い軍人がたくさん近寄ってきた。
「貴国では、誰もが飛行機を持っているのか?」
 そう尋ねられたが、そんなことはない。
「事情があって、私以外は数人だ」
 その答えに、妙齢から少し期間が経過したご婦人たちが騒ぎ出す。
「奥様はいらっしゃるのですか?」
 何と答えるべきか、迷っているとブルマン担当班の班長が見事な妨害をする。
「彼の奥様は、まだ17歳で、すごい美人。しかも、飛行機のエンジニアで、セロが攻めてきたときは戦車に乗って戦いましてね。
 マハジャンガでは有名な女傑なんですよ」
 これで、どうにかご婦人たちを退散させられた。しかし、若い軍人たちがしつこい。
 陸軍士官は「飛行機は軍用としても使える道具か」、海軍士官は「兵站輸送において、飛行機は船に勝るのか」など、無定見に論点を出してくる。
 逆に隆太郎から問う。
「弾着観測は、どうのような方法で行うのですか?」
 陸軍士官は「当然、斥候や弾着観測兵の挺進によって行う」と、海軍士官は「砲戦は、互いを視界に収めて、初めてなり立つ」と答えた。
 隆太郎は「飛行機から見ればいいんです。上空からなら丸見えですよ」と教える。
 陸海軍仕官には思い当たるフシがあった。
 バンジェル島やクフラックは、レーダー統制射撃をするから弾着観測は不要とするが、戦場では多くの偵察機を飛ばしている。
「レーダーでは戦果の確認はできませんよ。何らかの方法で目視しないと。それに、レーダーは何でも見えるわけじゃない……。
 弾着観測、弾着地点の偵察が不要なはずはないでしょう。砲撃の効果がわからなければ、次の作戦が立てられないですからね」
 隆太郎の回りには、士官候補生から中堅幹部まで、多くの軍人が集まっていた。
 大尉の階級章を付けた海軍士官が、「専門外かもしれないが、貴国の海軍はどのような装備なのだ」と問うた。
 マハジャンガに海軍はないのだが、国境警備の組織はある。
「洋上偵察が主任務なので、哨戒機が主力です。空から海上を偵察して、脅威をいち早く発見するのです。
 そうすれば、少ない艦船で、防衛できます」
 海軍の主力が航空機と伝えられ、クマン海軍士官がざわつく。
 飾緒を着けた海軍中佐が小首をかしげる。
「しかし、船の足は遅い。
 飛行機はいつまでも飛んではいられない。
 連携は無理だ」
 隆太郎は上手な説明に自信はないが、誤魔化すつもりはない。
「専門ではないので……。
 私の娘の話をさせてください。
 この旅の出発の直前、娘がやらかしまして……。おてんばで困っているんですが……。
 レムリア東岸沖を南下する1枚帆の帆船を哨戒機が発見します。
 マダガスカルの北端から300キロ北での出来事です。
 その帆船を3隻のガレー船が追撃していました。
 有名なザンジバルの海賊です。海賊がこの海域まで南下することは滅多にありません。
 帆船とガレー船は、ともに帆走していますが、ガレー船のほうが若干船足が速く、半日後には追い付かれそうでした。
 哨戒機が帆船の周囲を旋回して観察すると、乗っているのは男性、女性、子供たちでした。
 哨戒機は燃料の残りが少なく、この海域上空に長くとどまれませんでした。
 機長は無線で、付近の飛行機と船舶に帆船を救助するよう要請します。
 漁船など付近にいる船が海域に急行します。
 付近の上空にいた輸送機も進路を変えます。
 しかし、哨戒艇が到着するには、時間がかかります。
 マダガスカル北端の基地から輸送機とヘリコプターが離陸の準備を始めます。
 輸送機は荷下ろしの最中、ヘリは整備を終えようとしているところでした。
 離陸まで、時間がかかります。
 哨戒機が去ったあと、上空に達した輸送機がしばらく旋回します。
 しかし、輸送機の燃料にも限りがあり、ギリギリ粘りましたが、去らなくてはならなくなりました」
 若い女性が口に手を当てる。
 すでに、暴行と悲鳴、死の匂いがするのだ。
 隆太郎が続ける。
「付近には、もう1機飛んでいました。
 パイロット練習生が操縦する高翼単葉機です。私のポーター」
 隆太郎がスマホの画像を見せる。高翼単発機がモニターに映される。
「操縦していたのは、ようやく10歳になったばかりの私の娘でした。
 無線を傍受していた彼女は、教官を説得して帆船に向かいます。
 帆船はすでに、後方と左右を海賊船に取り囲まれつつありました。
 で、娘がやらかしました。
 西側から迫っていた海賊船に向かって、急降下をしたんです。帆柱の直上で引き起こし、プロペラ後流で海賊船を大きく揺らしたとか。
 娘は大きく旋回して、東側の海賊船に正対します。海面は凪でしたが、海上を滑走するように海賊船に突進していきます。
 海賊船に向かって、時速160キロで突進します。
 海賊船は左に舵を切って逃れようとしましたが、緩慢な動きでなかなか船首の向きが変わらなかったとか。
 娘は左に90度バンクして、海賊船の数メートル横を通り過ぎたと報告されています。実際は数十センチだった、と娘が自慢げに言っていました。
 教官は、生きた心地がしなかったそうですが、海賊たちも同じでしょう。
 過激な進路妨害をしていると、他の航空機が集まってきて、哨戒機も到着し、哨戒艇とも合流し、帆船を護衛してマハジャンガに誘導しました。
 どうにか海賊の手は届きませんでした。
 つまり、海上警備において、航空機は有用なのです。
 即応性に限っては、航空機が最良の選択です。ただ、哨戒艦艇が不要ではありません。海空共同が重要なのです」

 過去、クマンにも武装・非武装の航空機が多数あったそうだが、経年劣化で退役しても、バンジェル島は「販売する機体を確保できない」と、断ってきた。
 クフラックは少数機を販売したが、その金額は破格の高額だった。現在は練習機を除くと、双発小型のアイランダー2機とツインオッター1機の計3機を保有するのみ。
 今回のキングエア2機は15年ぶりの購入となる。
 クマンによれば、バンジェル島はすでにこの2機の存在を察知しているのだとか。スパイはどこにでもいる。

 200万年前から時渡りをしたヒトたちは、対外接触がほとんどなかった。ヒトの集団は次々と滅び、あるいは時系列に従わない無謀な時渡りをし、生き残りを賭けて小集団に分割していった。
 数千人規模のヒトの集団は、高知とジュネーブだけになっていた。
 隆太郎は「油断すると、国際情勢の渦に飲み込まれる……」と鏑木全権に耳打ちすると、彼も同感らしく顔に恐怖を宿した。

 クマンが開催した華やかな歓迎パーティは、マハジャンガのヒトたちにとっては居心地があまりよくなかった。

 翌日、US-1綾波は、技術系要員の半分を乗せて、ブルマンに向かった。

 クマンでの機体の組み立ては、航空機工場の技術者に任せ、鏑木全権と隆太郎は厄介な政治的交渉に巻き込まれていく。
 クマンは、無定見に航空機を欲している。輸送機を求めているが、必ずしも多発機である必要はない。求めるペイロードが確保できるなら、単発機でもいいはず。
 ただ、安全性を考えれば、双発機がいいはず。
 湖水地域を出発後、隆太郎は鏑木全権と機内で話をしている。
 隆太郎は「乗客10人乗り程度の単発機なら、開発できますよ」と、鏑木全権に持ちかける。
 鏑木全権が訝る表情をする。
「どうやって?」
 隆太郎の答えは単純。
「ポーターをベースに、胴体を5メートル延長して、エンジンにはギャレットを使う双発にするんです」
 鏑木は想像できない。
「何人乗れる?」
「18人から20人。
 ツインオッターと同クラスです」
「彼らは20人乗りがほしいんだ。
 対抗できるか?」
「ツインオッターが発想のベースなんです。
 ですから、ツインオッターの代替なら商談に乗ってきますよ」
「確実?」
「たぶん……」
「自信は?」
「ないですけど……、可能性はあるんじゃないかと……」
「簡単に作れるの?」
「簡単ではありませんが、上手く立ち回れば、開発は早いかと……」
「立ち回る?」
「いま以上は、航空機工場に仕事は詰め込めませんよ」
「……?」
「詳しくは、改めて」
「あぁ、萱場さん、そうしよう」
   
 その夜、クマンに残る使節団員全員で会議をする。議題は、サハラ南部の印象と各自が得た情報。
 一番若いメカニックが発言。
「救世主は、他のヒトに不満があるみたい。
 不満の内容はわからないけど、相当たまっているね。鬱憤が……」
 彼よりは数歳年上の女性メカニックが別の情報を持っていた。
「技術を独占して開放しない、とか、買うが売らない、とか、情報を欲しがるが絶対に与えない、とか。
 それと、救世主は油田を持っているらしい……」
 主任技師は、湖水地域のことを。
「彼らは自給自足できるんだ。
 あの豊かな水に囲まれた地域は、穀物の栽培に適していて、収穫量が多い。湖水地域が協力して、食料不足の時期を乗り切ったらしい。
 しかし、その時代が過ぎると、西アフリカや北アフリカは、湖水地域を単なる取引相手としか見なくなった……。
 そして、クマン同様、扱いやすい商売相手としての立場に留め置こうとした。
 西アフリカと北アフリカの経済は繁栄に向かっているが、湖水地域とクマンは停滞傾向にある。
 フルギアやブルマンは、要領よく立ち回っているが、北方人はそうでもない。
 西サハラ湖北岸は食料の生産に成功し、東岸勢力は政情を安定させて、どちらの地域も完全に自立できた。
 西岸のアトラス山脈東麓勢力は、チャド湖周辺の救世主と同様に、他地域との交流には慎重らしい。
 つまり、バンジェル島とクフラックの優位に対して、多くの地域が不満や先行きの不安を感じている。
 どちらも、覇権を求めるような行為はしないのだが、この2国の上層部が決めたことが、ヒト全体の決定になる。
 それは、その他が気に入らない。
 当然だよ」
 鏑木全権が主任技師の論を引き継ぐ。
「バンジェル島とクフラックには、悪気はない。地域の安定と経済の発展を第一に考えているんだ。
 それは、カルタゴに行ったときに知った。
 しかし、同時に偽善で独善なんだ。
 だから、反発する地域・国・街が出てくる。
 分裂や紛争が起きない理由は、不満を溜めている側に分別があるから。
 わずかなバランスの変化で、戦争が起きかねない」
 隆太郎自身の考えとは異なるが、あえて質した。
「飛行機がバランスを崩す?」
 鏑木全権が即否定する。
「それはない。
 ブルマン、クマン、湖水地域は、輸送機がほしいんだ。軍用機を求めてはいない。
 しかも、脅威となるほどのペイロードはない。迅速な輸送や連絡に使いたいだけだ。
 軍事的バランスは崩れないし、経済的バランスに対してもたいした影響はないはず。
 しかし、バンジェル島とクフラックに不満を持つ地域が頻繁に交流できるようになったら、どうだろうか?
 対抗策を練ることは目に見えている。
 確信はないが、バンジェル島とクフラックはそれを恐れているんじゃないか?」
 隆太郎は納得していない。
「飛行機数機が、ヒト社会全体のバランスを崩すなんてあり得ない」
 鏑木全権の意見は違う。
「湖水地域は飛行機を保有していない。ブルマンとクマンは3機ずつ。
 1機は運用中、1機は緊急時のための待機用、1機は整備中。
 つまり、常時使えるのは1機だけ。
 正しい見解ですよね?」
 クルーとメカニックの全員が頷く。
 鏑木全権が続ける。
「各地域は、かなり離れている。
 海路を使える地域は、それなりに情報の伝達が早い。無線を持つ地域でも、秘密通信は無理だ。傍受されているからね。
 有線通信はない。
 内陸は、陸路を使うしかない。
 その道は荒れている。自然環境が厳しいので、ルートの維持が困難なんだ。豪雨、強風、土砂崩れで頻繁に通行止めになる。
 だから、飛行機が必要なんだ。最低6機あれば、確実な運用と頻繁な他地域との連絡が可能になる。
 クマンとブルマン、クマンと湖水地域、ブルマンと湖水地域の上層部が頻繁に会合を持つようになれば、意志の統一ができるようになり、バンジェル島とクフラックの連合に対抗できる。
 いや、この4地域だけでは無理だろう。
 だが、この状況は地域間関係に化学反応を引き起こす。フルギアや北方人も黙ってはいない。
 しかし、北に住んでいないのに北方人とか、南の住民なのに東方フルギアとか、地理関係がよくわからんね。
 この世界は……」
 カプランが挙手。
「バンジェル島とクフラックは、種族・部族を選んでパイロットにするんだ。
 通常、ヒト以外はパイロットにはなれない。操縦訓練は、ヒトだけ。例外は、ヒトと精霊族の混血……。
 だけど、北方人や東方フルギアのパイロットがいる。精霊族や鬼神族のパイロットも……。フルギアはどうかな。でも、いるとは思う。
 セロとの戦いが激しかった時代、ヒト以外の種族でもパイロットがいて、その系譜がいまでも続いているんだ。
 もし、飛行機が手に入れば、パイロットはそれぞれの種族・部族に戻るかもしれない。
 飛行機が先か、パイロットが先か、ニワトリと卵はどっちが先かわからないけど、この場合はパイロットが先だ」
 キングエアの設計担当が声を出す。
「モデル90を単発にする計画はいけると思います。
 キングエアのルーツをたどると、レシプロ単発ビジネス機のボナンザに行き着きますから。現実味がありますよ」
 だが、エンジンの開発担当が反対する。
「安全性を考えたら、双発がいい。
 確かに機の価格は下がるけど、安全性を考えたら双発でないと。
 単発はエンジンが止まれば終わり。
 双発なら、片発でも飛べるよ」
 エンジンのメカニックが開発側に問いかける。
「確かに……。
 洋上哨戒は、双発でないと……。双発では安価な機は作れないよ」

 全員が沈黙する。
 国際情勢を勘案すると、有用な単発輸送機が必要なことは確かだった。
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