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第9章

09-227 変化する情勢

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 飛行艇US-1綾波は、クマンとブルマン間2500キロを何度も往復した。
 飛行のたびに便乗者が増え、満席になることも多い。無料で乗せているが、需要の多さに驚いている。
 この航路に直行便はなく、不定期に飛ぶ飛行艇US-1綾波が唯一の空路だった。クマンとブルマンが燃料を負担してくれるが、便乗者はクマンとブルマンの関係者ばかりではない。
 もちろん、軍を含む政府の関係者ばかりでもない。席が空いていれば、誰でも乗せた。
 この状況に接し、鏑木全権は「エンジェルエアの開発はどうなっている?」などと、航空機工場側をつつき始める。
 確認した情報ではないが、ブルマンには飛行不能な初期のボックスカー4機が古い格納庫に眠っている。
 これについては、鏑木全権がブルマンで作業している技術系スタッフに確認するよう指示した。
 飛行艇US-1綾波は、湖水地域へも飛んだ。飛行艇であることを利用し、急患を緊急輸送したこともある。
 小さなミーティング中、鏑木全権は「すぐに大型機が必要なんだ!」と声を荒げた。
 温厚な人物ではないが、尖った感情を表に出すことは通常はない。
 この時点で、隆太郎は鏑木全権が何を考えているのか、理解していなかった。

 隆太郎は、クマンの新首都郊外の飛行場にいた。
 酷使されている飛行艇US-1綾波の状態が心配だっので、見に行ったのだ。
 機内に入ると、鏑木全権がほうきとちり取りを手に客室の掃除をしていた。
「待っていたよ、萱場さん」
「鏑木さん、何してるんです?
 全権大使閣下なんですよ」
「いや、ただのジジイだよ。
 だが、いまはあなたと話がしたいんだ。
 専門家の意見が聞きたい」
「専門家?
 何の専門家?
 サバイバル?」
 鏑木全権が笑う。
「200万年前の世界を生き抜くには、誰もがサバイバーだった。
 そっちの専門家は生きているヒト全部だ。
 いま必要なのは、どんな輸送機なら作れるのか、それを説明してくれるアドバイザーだよ」
 隆太郎は、あることに気付いていた。
「戦闘で失った航空機はあるようですが、事故での損失はないらしい……。
 飛行機は大事にされ、飛べなくなっても保管にされています。飛べなくなる理由は、エンジンの致命的故障で、代替がなく、そのまま格納庫にしまわれるんです。
 機体の補修とエンジンを交換すれば、飛べる機体があるはず。
 必ずしも、新造の必要はないかもしれません」
 鏑木全権が小首をかしげる。
「過去に入手し、使えなくなっても、解体せずに残しているの……」
 隆太郎が肯定する。
「えぇ、我々と同じなんです。
 手に入れたものは、二度と手に入らないから、大事に使い、使えなくなっても再生の可能性がある限り保管し続ける……」
「萱場さん、調査したの?」
「1機だけ。
 スカイバンと呼ばれている双発輸送機を格納庫で。
 老人1人ですが、管理の専従者がいます。警備も……。過去には不審火があったこともあるとか。
 スカイバンとは呼ばれていますが、実際は改良されてショート360に近い機体です。そのことは、クマンも知っています。
 経緯は知りませんが、ショート・スカイバンを西ユーラシアで見つけ、最初はデッドコピーを作り、西アフリカに移動してから改良機の製造を始めたようです。
 クマンは、飛行不能なスカイバンを4機持っています。4機を外から目視、1機は機内を含めて調べました。
 状態はいいです。
 修理が必要ですが、飛べるようにできるかと……」
「どうやって運ぶ?
 マハジャンガは遠いぞ」
「ここでやりましょう。
 現地のエンジニアに手伝ってもらえれば、レストア技術の伝承にもなります。
 技術移転は大事ですよ」
「飛行機を持っていない地域、例えば湖水地域とかは……」
「そういう地域には、新造機を販売すればいいと思います。
 湖水地域は、豊かそうでしたし……。買えるでしょ。
 まぁ、どこからも新造機を求められるでしょうが……」
「その新造機は?」
「それは、エンペラーエアやエンジェルエアの完成を待つしかありませんよ」
「で、そっちの進捗は?」
「どうでしょうかね?
 本当に90日で試作できるなら、そろそろ飛ぶんじゃないかと……。
 エンペラーエアは……」

 クマンの大統領は、鏑木全権の長女と同じ年齢だった。隆太郎は大国の指導者でありながら彼女の若さに驚くが、似たような年齢ということもあり、近親間を抱く。
 彼女は何度もキングエアの組み立てを視察しに来る。それだけ、重要なのだ。
 作業が終盤になり、組み立てが終わり、最終チェックでも、彼女の視察があった。
 整備主任が作業の進捗状況を彼女に説明している。
 整備主任は、隆太郎の案に賛成していた。そして、唐突に大統領に問い始める。同性同年代であることから、話しやすかったのかもしれない。
「大統領閣下、お許しをいただけるなら、貴国が保管しております、他の航空機の修復に関する調査をさせていただけないでしょうか?」
「修復ですか?」
「はい、修理できるかもしれません」
「エンジンがありません。
 売ってもらえないのです」
「マハジャンガには、ございます」
「……!」
「とりあえず、1機は無償で点検します。
 その結果によって、以後のことを決めましょう」
「私では何とも判断できかねます。
 我が国の担当と話をします」

 クマンには、双発大型輸送機のボックスカーはない。過去に保有した航空機は、スカイバン計4機のみだ。4機とも機体が残る。
 ボックスカーを旅客機として使用する場合、乗客60以上が乗れる。
 ブルマンは、初期型ボックスカーを2機、中期型の航続距離短縮型モンキーモデルを2機購入し、中期型2機の部品取り用として初期型を使った。初期型の機体は残るが、欠品部品が多い。
 飛行不能だが、中期型2機の状態は良好。
 その他、小型双発のアイランダー4機、中型双発のスカイバン4機の機体が残る。この計8機も現状では飛行できない。
 別に、飛行可能な3機を保有する。
 クマンも飛行可能な固定翼機3機を保有する。回転翼機は保有していない。
 それと、バンジェル島とクフラックは、飛行機の売却にあたり、購入国に対して他国への売却を認めない条項を含めていた。
 このことから、マハジャンガがクマンとブルマンから飛行不能機を購入して、レストアすることはできない。

 時渡りの数年前までのこと。
 P-3Cオライオン哨戒機は高知で改造され、杭州付近のオークに対する爆撃に使用されていた。
 嫌がらせ程度の効果しかないのだが、それでも一定の威嚇になっていた。
 本来は200万年後に運んでくる予定ではなかったのだが、金属材料として運ばれてきた。
 各務原にあった機体で、この時点で残骸に近かったが、機体や部品は豊富に残っていた。だから、70年間に何機かがレストアされて、飛べるようになっていた。
 運んできたのは、そのうちの1機だ。
 マハジャンガでは、周辺海域での哨戒には大きすぎて使いにくい。近海の哨戒はキングエアが担っているので、空中給油機に使う予定だった。

 マハジャンガには、デジタル無線機が残っていた。
 鏑木全権は、4機のキングエアを納入後、1カ月ほどクマンとブルマンに残ることを伝える128ビットで暗号化された通信でマハジャンガと連絡をしていた。
 理由は、クマンとブルマンに残る飛行不能な航空機の調査だ。
 それと輸送機1機の派遣を要請する。

 キングエアの運用を、クマンが開始すると、バンジェル島はクマンに対してスカイバンの商談を打診してきた。
 しかし、このときには、マハジャンガがエンジンの交換と機体の修復を、バンジェル島が提示する中古機価格の半額ほどで請け負う見積もりを提示していた。
 クマンがバンジェル島の提案に難色を示すと、バンジェル島はようやく、ことの重大性を理解し始める。

 数十年続いたバンジェル島とクフラックによる航空独占の時代が終わろうとしている。

 マハジャンガでは、エンペラーエアの試験飛行が始まっていた。
 この名は、ツイン・ボナンザに始まるビーチクラフトの双発ビジネス機シリーズと関係がある。ツイン・ボナンザを拡大したタイプはクイーンエア、同機をターボプロップ化したタイプはキングエアと名付けられていた。
 キングエアをさらに拡大し、全長・全幅を18メートルほどとしたマハジャンガ製には、エンペラーエアの名が与えられた。
 構想としてはビーチクラフト1900と同じだが、細部が異なる。明確な違いは、尾翼がT字ではなく、水平尾翼は後部胴体に取り付けられている。胴体は角のRが緩い矩形に近い断面となった。
 乗員2、乗客21、航続距離3500キロ、最大時速480キロ、実用上昇限度7500メートルの性能を目指している。
 キャビンが与圧されるので、高度6000メートル以上を巡航できる。
 これが、航空機工場の生き残りを賭けた開発第1弾だった。
 一方、さらに大型のエンジェルエアを開発しており、数カ月後には進空できる見通し。
 新造している中型エンジンがギャレットだけなので、最大でも1650軸馬力になる。このエンジンの双発だと、乗客20クラスが限界。
 エンペラーエアは、座席を簡略化して間隔を狭めれば乗客24席まではどうにか配置できた。計画機には、貨客混載タイプもある。

 だが、航空機の製造には時間がかかる。
 マハジャンガの行政は、鏑木全権の意見を十分に理解していた。
「すぐにでも、クマンとブルマンには輸送力のある飛行機が必要だ」
 それに対する行政の回答は、バンジェル島から機体を購入し、マハジャンガが強力なターボプロップエンジンを取り付けたボックスカーをクマンとブルマンに1機ずつをリースする案だった。
 マハジャンガと鏑木全権を中心とする使節団との意思確認をするため、連絡団の派遣が決まった。
 そのための機材は、エンペラーエアの試作2号機が割り当てられた。
 ルートは飛行艇US-1綾波と同じで、救世主の滑走路が1500メートルと短いことから、短距離での離着陸を訓練してからの出発となった。
 連絡団の団長は、航空機に詳しい通商副部長が努めた。

 救世主は相変わらずの塩対応だが、飛行艇US-1綾波にしたような意地悪はなかった。
 ムギ畑のど真ん中にある2000メートル級滑走路に誘導してくれた。さらに、次回からは代金を支払えば、ガソリンと軽油を1対1で混合した燃料を補給すると提案してくれた。
 救世主の支援があれば、キングエアでもこの航路を飛行できる。

 湖水地域では2機目の来訪に大歓迎をしてくれ、またしても超豪華な祝宴が開かれる。

 そして、クマンでも祝宴が開かれた。クマンがマハジャンガから双発機を購入したことを、バンジェル島はすでに知っており、隠す必要がなくなったからだ。
 逆に、派手な歓待をすることは、バンジェル島やクフラックに対して一定の圧力になると考えていた。

 連絡団長、鏑木全権、そして隆太郎の3人での打ち合わせは、エンペラーエアの到着後3日目になってようやく実施された。
 限度を超えた接待には、誰もが閉口していた。
 打ち合わせ場所は、盗聴を警戒してエンペラーエアの機内だった。

「クマンとブルマンに1機ずつ、ボックスカーをリースする案が浮上しています」
 隆太郎は、売却ではなくリースというからめ手が秀逸だと感じた。
「5年?
 10年?
 どちらです?」
 連絡団長は、隆太郎の反応に満足した。
「5年で考えています。
 萱場さん……」
 隆太郎が頷く。
「つまり、ブルマンが所有するボックスカーを改修する間のつなぎですね。
 ブルマンの2機ないし4機が飛行可能になったら、ブルマン向けのリース機をクマンに切り替える……。
 バンジェル島の顔色をうかがわなくてはならないクマンは、マハジャンガからボックスカーを買うのではなく、期限付きで借りる……。
 期限が来たら、リース契約を伸ばすこともできる。格安で……。
 クマンは大型双発輸送機を入手しながら、バンジェル島の顔を立て、マハジャンガはフルギア金貨が手に入る。
 三方が丸く収まる……」
 鏑木全権が皮肉な微笑みをする。
「丸くは収まらんが、三方の不満は許容範囲内ってわけだね」
 隆太郎は、不安を感じた。
「クマンやブルマンは、リースを理解できますかね。
 私だって、説明されないとわからなかったし……」
 連絡団長が率直に認める。
「リースとレンタルの違いは、無理だろうけど、リース代金を支払えば機体を自由に使えるのだから、クマンとブルマンは損ではないはず。
 しかし、所有権がないのに代金を支払うという仕組みに同意するか、でしょう」
 隆太郎が話題を変える。
「マハジャンガはどうなんです?
 飛行機が足りないんじゃ……?」
 連絡団長は、その点も同意。
「8500人しかいないし。精霊族?
 耳の尖ったヒト……。彼らが移住してくれたけど、移住者を含めても9000人に足りないわけで……。
 道路の建設は無理ですね。
 いくつかの基地を建設して、それを結ぶには飛行機しか方法がない。
 しかも、荒れた滑走路でも離着陸できるような頑丈なブッシュプレーンがいるわけで……。
 最近は、5人とか3人しか常駐していない基地が増えているので、そんなところに舗装した滑走路を造れないですから。
 ヘリコプターでは航続距離が足りないし……。
 で、民間の航空機製造会社が開業したんですよ。まぁ、高知にあった会社なんですけど。
 タービンエンジンの供給には限りがあるけど、レシプロエンジンを作るのだってたいへんですから、増産の尻を叩こうとしています。
 ですが、急務の用にはならない。
 で、出てきたんです。運んできた荷物の中に何に使っていたのかわからないギャレットが40基も。
 たぶん、MU-2のエンジンですよ」
 隆太郎が型式を問う。
「TPE331?」
「えぇ、三菱のビジネス機用じゃないかと思うんです。出所は、各務原じゃないかと。
 プロペラ付きです。エンジンナセルはありませんでした。
 温湿度管理された倉庫に何十年も梱包されて眠っていたようです。
 中身を確認せず、運んできたみたいです。
 積荷目録にも記載されていませんでした。
 で、このエンジンを使って、単発輸送機を開発する計画が急に持ち上がったんです。
 鮎原技師の計画だと、萱場さんの飛行機をコピーしてギャレットを搭載するんだとか。
 萱場さんの飛行機に関しては、詳細な資料を鮎原技師が提供してくれたので、コピーすることは可能らしいです。
 これを開業したばかりの民間航空機会社で製造するんです。年間3機は作れるんじゃないかって、考えているようです」
 連絡団長は一息つくが、続ける。
「まだ、続きがあるんですよ。
 クイーンエアが積んでいたエンジンを採寸して、6気筒を4気筒にしたんです。
 機械工場が。
 機体はセスナ172のコピーですが、不整地で離着陸することを考慮して、尾輪式になっています。セスナ170相当ですね。
 萱場さんの飛行機を真似して、荒れ地でも降りられるようにするつもりです。
 大災厄後、高知で作られていたんですけど、大消滅後は飛んでいく場所なんてなくなっちゃったし、高知を離陸したら高知に帰るか、各務原に行くか、それしかないので、そのうち製造しなくなっちゃったんですよ。
 ですけど、ここでは……。
 それと、萱場さんの飛行機の威力を見せつけられて、民間ベースでも再製造の要求があったようです。
 こちらもポーターと同じで、民間の工場で開発・製造します」
 鏑木全権が訝る表情をする。
「航空機工場以外で、飛行機を製造できるの?」
 連絡団長がどう答えるか逡巡する。
「ご存じでしょうが、航空機工場、自動車工場、造船所、機械工場は官営ですが、民営の工場もあるんです。
 仁井田鉄工所は、40年前までは年間1機か2機の軽飛行機を製造していました。
 エンジンも自社製でした。自社でライカミングをリエンジニアリングしていたんです。
 ただ、移住後の混乱で、鋳造までは手が回らなくなっていて、エンジンの製造を機械工場に外注したんです。
 社長がそう言っていました。
 で、セスナをコピーした試作機が数日前に進空したんです」
 隆太郎と鏑木全権が驚く。
「進空!?」
「飛んだってこと?」
 2人の頓狂な声に連絡団長が頷き、微笑む。
「飛行場上空を周回しただけですが……」
 隆太郎が疑問を口にする。
「だけど、金属の割り当てとか、いろいろな制限があるでしょ。
 民間の鉄工所に飛行機1機分の軽合金が配給できるのかな?」
 連絡団長は、この点についての回答も持っていた。
「実は、今回製造したセスナはデッドコピーじゃないんですよ。
 胴体は全金属製セミモノコック構造ですけど、主翼は木製骨組みにフイルム張りなんです。
 だから、アルミの使用量を抑えられたわけで……。
 我々以外の移住者、精霊族や北方人の中に木工職人や船大工が何人もいて、彼らに協力してもらって、主翼骨組みを木で作ったんです。
 高知じゃ、木材は貴重でしたけど、ここでは一番手に入りやすい素材でしょ。それに、優秀な合板が安く手に入るわけで……」
 隆太郎が質問を重ねる。
「ほかに違う点は?」
 連絡団長の情報は正確だ。
「機体のバランスの関係から、機首が少し短くなっています。
 荒れ地での離着陸を考えて、ポーターを参考に大直径のバルーンタイヤを着けています。ポーターと同様、尾輪式です。その尾輪も大きいんですよ。
 フロートも付けられるそうで、試作2号機は水上機の予定とか。フロートは木製モノコックで試すとか……」
 鏑木全権は唖然、隆太郎は笑っている。
 連絡団長が続ける。
「モノコックは、外板に強度を求めるので木製の場合は重くなる傾向があるそうです。
 設計者がそう言っていました。
 2号機の主翼は木製フレーム構造に、合板を張るそうです。
 つまり、2号機以降は主翼は木製、胴体は金属製です」
 鏑木全権の関心は行政に移った。
「で、行政はどうするの?
 製造中止命令を出す?」
 連絡団長が剃り残した髭を気にする。
「いえ、6機発注する計画があるようです。
 タイヤを3車輪式に変え、複操縦装置にして練習機に使うとか。
 学術調査会は、陸上機型3機、水上機型2機を商談中とか。
 いい飛行機のようです。
 構造が簡単で、ビックリするほど安いんですよ」
 隆太郎が懸念を示す。
「4人乗りでは練習機にはなっても、輸送に使えるかなぁ?」
 隆太郎の意見に連絡団長も頷いていた。マハジャンガには、適当な単発の練習機が存在しない。
 パイロット候補生が最初に触れる初等練習機が少ないので、パイロットを増やしたくても、効率のいい教習ができないのだ。
 その点で、高翼の単発機は、一番必要な飛行機だった。

 何もかも足りないマハジャンガだが、200万年後の輸送の主力が航空機になるとはまったく考えていなかった。
 時渡り後もしばらくは、移動の主役となると想定していた救命艇の改造に一番力を注いでいた。運んできた物資にしても同じ。
 マハジャンガの誰にとっても、200万年後は想定から大きく外れた世界だった。

 鏑木全権がマハジャンガ行政の案を肯定する。
「クマンとブルマンに、マハジャンガが所有するボックスカーのリースを持ちかけてみる。
 案に乗ってきてくれたら、この地域の交通事情に大きな影響を与えられる」

 クマンとの交渉は隆太郎が、ブルマンとは鏑木全権が担当することになった。

 数日後、ブルマン所有のボックスカーについて、調査報告があった。
 隆太郎と鏑木全権が頭を抱える内容だった。
 いつものように盗聴を恐れて、エンペラーエア試作機の機内で会話する。
「萱場さん、これどういうこと?」
「鏑木さん、最初に供与された2機はもともとの設計通りの機体なんです。
 ところが、次に購入した2機は性能が落とされている……。一部の燃料タンクが取り外されていて、航続距離を半分に制限しているんです」
「なんで、そんなことをするの?」
「モンキーモデルを売り付けた理由は、いろいろあるのでしょうが、戦術輸送機としての価値を下げるためでしょう。
 何かあった場合、バンジェル島が優位に立つためです」
「で、どうすればいいの?」
「新しい機はエンジンの換装と機体の修理をすれば就航できますが、クマンとブルマン間を無着陸では飛べません。
 だから、古いほうの機をレストアして、エンジンを換装したほうが、鏑木さんの考えに沿う結果になります」
「う~ん。
 燃料タンクは取り付けられないの?」
「実機を調べた限りでは、燃料タンクの増設には構造材、桁の配置を変えないとならないとか。
 簡単に航続距離を伸ばせないよう、構造的な細工をしたんでしょう」
「だけど、フルレストアとなれば工期がかなりかかるよ。それに、ブルマンでの作業は無理でしょ」
「そうですけど……。
 機外タンクを取り付けますか?
 ハーキュリーズの機外タンクを使うとか。
 報告によれば主翼の強度は過剰なほどありますから、取り付けは可能でしょう。空力的には不利ですが、方法としては簡単です」
「標準積載で、3500キロ飛べる?」
「詳しく計算しないと何とも。
 でも、可能ではないかと……」
「その方向で検討してほしいけど、我々側の調整は萱場さんに任せていい?」
「了解です」

 マハジャンガ側からボックスカーのリースをクマン側に打診すると、即座の反応があった。
 このとき、鏑木全権はブルマンに飛んでいた。
 クマンの大統領官邸は、宮殿と呼んでいい華やかな建物だ。
 もともとは地方貴族の別邸だったが、王制が倒れ、新政府が接収し、増築して大統領府となった。
 豪奢な宮殿の豪華だが飾り気のない部屋で、隆太郎は緊張してダイニングチェアに似た造作のいい椅子に座っていた。彼が手を置くテーブルの天板は黒檀だ。
 床を含めて、白を基調にした部屋と黒檀のテーブルが独特のコントラストを醸し出し、ある種の威圧を示す。
 これが、長い歴史を持つ大国の威厳なのだろう。

「大統領閣下」
 交渉相手が大統領と知り、隆太郎は侮られない程度の速度で椅子から離れた。
「カヤバ様、どうぞお掛けください」
 クマン側の交渉団が座る。
 隆太郎が伴っているのは、書記代わりの若い女性エンジニアだけ。彼女は少しはしゃいでいて、緊張とは無縁。だが、場をわきまえている。
「今日は、貴国に提案があり、参上しました」
「おおよそは聞いております」
 大統領の声が室の壁に反響する。
 隆太郎は最初の一言を考え抜いていた。
「我が国が保有する2機のボックスカーのうち、1機を貴国に提供する用意があります」
 クマン側交渉団が一瞬だがざわつく。
 大統領は落ち着いていた。
「その場合の条件は?」
 隆太郎は、大統領が求める答えとは異なる返しをする。
「5年間のリースという方式です。
 機体の所有権は我が国政府にありますが、貴国が自由に使用できます。何を積もうが、どこに飛ぼうが自由です。
 分割か一括のどちらかでリース料をお支払いください」
「5年過ぎたら……」
「再リースできます。
 最初の5年よりも安価で」
「なぜ、販売してはいただけないのですか?」
「貴国がボックスカーを我が国から入手すると、バンジェル島は黙ってはいないでしょう。
 ですが、借りるだけなら……」
「なるほど……。
 整備については、どうしますか?」
「それも我々が担当します。整備費は無償です。
 もし、大規模修理が必要な場合でも、無償になります」
「墜落したら?」
「フルギアの船舶保険に加入する予定です。
 フルギアは金融に長けた国です。船荷や船体の保険がありますから、我が国はそれを利用しようとフルギアの保険会社と交渉しています」
「転売、正しい言葉ではないですね。
 又貸しは?」
「それは、お断りします。
 ただ、ブルマンに提供する予定の1機が、彼の国で不要となった場合は残りの年数を貴国にリースする用意があります」
 ここで、またざわつく。当初は1機だが、2機になる可能性があるからだ。
 だが、大統領がその可能性を否定する。
「ブルマンは、絶対に手放しませんよ。
 喉から手が出るほど、ほしいのですから」
 隆太郎は動じなかった。
「大統領閣下、その点は存じています。
 ただ、我が国がブルマンに派遣している技術者からの報告では、彼の国が保管しているボックスカー4機は修理の上で再飛行できます。
 現在、彼の国とは2機の再生について議論しているところです。
 残りの2機も大規模修理を行えば、再飛行が可能です。
 ならば、2機の再生がかなったところで、1機を貴国にとの案は現実的でしょう」
 大統領が瞑目し、端整な顔立ちにやや陰りを見せる。
「それで、貴国の条件は?」
「何もありません。
 代金さえ、お支払いいただければ、それで十分です」
 大統領がテーブルに目を落とす。
「そんな、おいしい話はありません!
 普通なら、どこかの島を租借させろ、とか、どこかの街を治外法権にしろ、とか条件を出すはずです」
「大統領閣下、我が国にはそんな気はさらさらありません。
 私たちがほしいのは、フルギア金貨だけです。あと、少しの友情をいただければ……」
「カヤバ様、外交に友情など……、ないとは言いませんが……」
「リース料については見積を作りますので、改めての面談の機会をいただきたいのです」
「その見積とやらを待ちましょう」

 ブルマンとの交渉は激烈だった。ブルマンもボックスカーが手に入る可能性を察知すると、公選領主が矢面に立った。
 ブルマンは本来、戦士であり、商人だ。男女関係なく。
 公選領主は、手強い商人だった。

「リースか、中途半端だな。
 その2機、我らが買う。
 我らが持つ4機を引き取れ。
 その分、値引きせよ」
 鏑木全権は、市場の商人の気分になっていた。公選領主もそのつもりだったらしい。
 だが、鏑木全権の一言で変わる。
「クマンには湖水地域間の定期運行を、貴国にはクマン間の定期運行をお願いしたいのです。
 週2便か3便。
 それが実現すれば、一帯の交通の便、時間距離が飛躍的に短くなります。
 本件は商談ではなく、外交戦略の話しなのです」
 公選領主が少し考える。
「あいわかった。
 確かにな。
 だが、フルギアが黙ってはいない。おそらく、フルギアは貴国に無理難題を突き付けるぞ。
 フルギアは大国だが、我々と同じ悩みがある。ヒトの世界のあれこれは、バンジェル島とクフラックの2国が決めてしまう。
 我らは雑魚扱い。
 不愉快極まる。
 北方のクマも、あれこれと要求してくるはず。クマにも飛行機は必要なのだから……」

 マハジャンガの小型で高速の貨物船は、東アフリカ内陸海路と東地中海、ティレニア海、西地中海、ジブラルタル海峡を抜け、西アフリカ世界とを何度も往来する。
 ほとんどは、クマンとブルマンの航空機を修理するために部品や機材を運ぶためだ。
 そして、下駄代わりの飛行機が必要になっていた。

 マハジャンガ製のセスナは、思いの外性能がよく、湿度が低ければ耐久性があり、整備性に優れ、稼働率が高いことから、行政が資材を優先的に用意した。
 そのことから、量産が進んだ。
 一方、主翼は主桁を含めて木製骨組みに合板張りの構造は変えなかった。重そうな主翼だが、見かけよりはずっと軽い。
 胴体下部に大型の燃料タンクがあり、1800キロの飛行距離があった。

 通称バグ(昆虫)は4人乗れるが、通常は2人分の座席と350キロ分の荷室として使っている。尾輪式のブッシュプレーン型と3車輪式がある。
 この機を組み立てて運行し始めると、湖水地域とクマンが興味を示した。
 従来の高級な飛行機ではなく、実に単純な構造で、よく言えば質実剛健、正確には飛ぶためだけの機能しかない。
 エンジンだって、空冷水平対向4気筒のレシプロ。見た目は安物だが、見た目通りでキングエアの4分の1ほどの金額だ。
 だが、少しの直線路があれば、どこにでも着陸できるし、軽自動車並みのペイロードもある。
 飛行機を保有していない湖水地域は、大変な関心で、水上機タイプがあると知ると、即座に「実機を見たい」と。

 仁井田鉄工所から社長と専務が営業にやって来たのは、クマンとブルマンがマハジャンガからリースしたボックスカーを運用し始めた直後だった。
 クマンは湖水地域間を週3便、ブルマンはクマン間を週2便、フルギア間を週1便運行する。
 これは、この地域に衝撃を与えた。数十年間続いていた、バンジェル島とクフラックによる航空独占を崩したからだ。

 隆太郎はクマンに鉄道があることは知っていた。200万年後の日本列島には、鉄道の痕跡が数多く残されていた。トンネルが多い日本は、鉄道の存在を数多く記録していた。
 しかし、隆太郎は鉄道のことは何も知らない。クマンの高級官吏が「我が国の鉄道会社の社長が、カヤバ様とお目にかかりたいと申し出ております。何とか、お時間をいただけないでしょうか」と依頼してきた。
 どうしたものか迷ったが、会うことにする。

 眼前の社長は、どう見ても少女だ。梨々香のように大人っぽくもない。
 一瞬、戸惑う。
「カヤバ様、お目にかかれて光栄です。
 私はパウラ、パウラ・ド・クマンⅡ世と申します」
 顔立ちが、クマンぽくない。顔の造作だけなら、隆太郎や梨々香に似ている。
 それに姓がクマンとは?
 パウラが微笑む。
「私の祖母はパウラで、クマン最後の王族でした。初代大統領も務めました。
 祖父は時渡りをしたヒトで、ヘリコプターのパイロットでした。クマンに航空機をもたらしたのは、祖父なのです」
 隆太郎は、何と答えたらいいのかわからず沈黙を続ける。
 パウラが隣の女性を紹介する。パウラよりも少し年長のようだが20歳にはなっていないだろう。
「こちらはユーリア、湖水地域で水運を営んでおられます」
 鉄道会社と水運会社の社長が何の用なのか、隆太郎には皆目わからない。自己紹介しかできない。
「マハジャンガの萱場隆太郎です。
 交渉役を拝命しております」
 パウラが単刀直入に切り出す。
「お忙しいと思いますので、手短に。
 私たちは合弁で航空会社を設立したいのです。飛行機を売ってください」
 面談場所は、飛行場近くの宿舎。クマン政府が用意してくれた施設だ。
 いま現在、同じ施設に仁井田鉄工の社長と専務が投宿している。
 隆太郎は中座する許しを請い、社長と専務を呼びにいった。社長は30歳代だが、専務は20歳代前半。
「こちらは、仁井田鉄工というマハジャンガの民間企業の社長と専務です」
 双方が挨拶をする。
「社長、お2人は飛行機がほしいそうです」
 この段階で、隆太郎は厄介事から逃げ出す算段をしていた。バグの商談でもしてほしいと。
 専務が2人に2枚の画像をパソコンの画面に映す。
「こちらは、ポーターⅡという10人乗り単発輸送機です。
 こちらはバグ。4人または2人と350キロの荷物が詰めます。
 バグ、ポーターとも、胴体は金属製ですが、翼は木製骨組みに合板張りです。
 構造が簡単なので、大量生産に向いています」

 クマンと湖水地域の若き経営者は、専務の言葉を聞きながら歓喜とも困惑とも判断できない奇妙な表情をしていた。
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