200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第6章

06-153 衝突加速器

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 香野木恵一郎は、時渡りの原理を理解していない。そもそも、高度な物理学を学んでいない限り、時渡りの仕組みを理解することは不可能らしい。
 IT系の営業をしていた香野木は、興味がなかったし、深く考えてもいなかった。そもそも、時渡りをしようと考えるヒトに対して、率直に“バカじゃないの”という感想を持っていた。
 ただ、時渡りには大型ハドロン衝突型加速器が必要なことは、知っていた。同時に、なぜ必要か、は知らなかった。

 加賀谷真梨は、杭州湾の“ゲート”については考えないようにしている。
 高知市には、東アジア・太平洋地域の生き残りが集まり始めている。少人数では、生存ができないからだ。
 多くは船で、昔ながらのカタマランでやって来たポリネシア系のヒトもいる。
 だが、高知市は安全ではない。もし、南海トラフ地震が発生すれば、全滅の可能性さえある。
 彼女は、実子である哲平と沙英を守るためには、どうすべきかを真剣に考えていた。

 花山真弓は、結果的にチーちゃんの養母になっていた。彼女は、チーちゃんを花山千夏と名付けた。
 そして、実子である健昭とともに生き残る方法を模索している。
 彼女は、日本列島ではヒトは生存できない、と結論している。噂では、中央アジアのヒトはヨーロッパへの移住を考えているらしい。
 シベリアに巨大な氷床が出現し、環境が激変しているからだ。
 花山は、ヨーロッパに行くか、時渡りするか、それ以外の生存可能性は低いと感じていた。

 幼子がいる畠野史子と夏見智子は、今後どうすべきか何度も話し合ったが、結論は出なかった。
 ただ、必ず起こる南海トラフを震源とする地震の破壊力を無視していない。高知市が安住の地とは、思えなかった。
 青い空、透明度の高い海、近海の魚が獲れ、農作物の生育も良好な高知市だが、巨大地震が起きればすべてが変わる。
 2人の結論は「移住しかないね。でも、どこに……」だった。

 幼児のいる母親たちは、我が子の生き残りを賭けた厳しい選択を迫られつつあった。

 大災厄後、地球の環境は激変していた。シベリアは永久凍土の上に氷床が発達し、タクラマカン砂漠は巨大な氷河湖に変貌していた。 南アメリカは南極と氷でつながり、マゼラン海峡は氷で埋まり、ホーン岬は実質存在しない。パタゴニアは全域が氷の世界だ。
 陸地に大量の水が封じられたことから、ベーリング海峡が消失し、ユーラシアと北アメリカを結ぶ陸地ベーリンジアが出現しつつある。
 海流の流れが変わり、紀伊半島付近までは暖流の影響で暖かいが、以北は極端に寒い。

 大消滅によって草木が消滅したことから、その影響は海にも及び、海洋生物の生息数が激減している。
 大災厄による海の生態系への影響は限定的だったが、大消滅は壊滅的な被害を及ぼしていると推測されている。

 状況を俯瞰し、総合的に分析すれば、ヒトの運命は危うい。
 それは、厳然とした事実だ。

 香野木は、もし、オークが200万年後に向かおうとしているのならば、それを阻止する義務があると考えていた。
 同時に、もし、時渡りしてしまったならば、誰かが危険を知らせに向かう必要があると考えていた。
 それをする責任は彼にはないが、義務は感じている。
 香野木は、200万年後に向かう方策を考え始めていた。

 大型ハドロン衝突型加速器は、スイスのジュネーブ郊外からフランスの国境にかけての地下にある。
 ヨーロッパのほとんどの都市は、大消滅によって消えたが、ジュネーブは地形の関係で、都市の3分の2が残っていた。
 ヨーロッパの生き残りはジュネーブに集まり、ここを拠点にギガスとの戦いを続けている。
 大消滅によって、大型ハドロン衝突型加速器の地上施設の一部が消失し、2億年後への“ゲート”を開くことができなくなっている。しかし、監視は続けられている。
 200万年後は、2億年後への“ルート”が開いた際、偶然開口したとされる。
 オークは、200万年後への“ゲート”を開こうとしており、すでに何度も試みている。
 入口側の“ゲート”が完成すれば、時渡りをすることは確実だ。
 ヒトのゲートは14カ月間開いていたが、その間の時渡りは推定2億人に達する。そのうちの0.1から0.2パーセントが200万年後に旅立った。
 香野木には、時渡りは死への旅としか思えなかった。
 そんな“自殺行為”を自分が考えるとは、夢の中でもあり得ない。だが、いまはそれを考えている。

 ラダ・ムーは、動揺していた。オークとギガスが、彼が知っている生き物とは少し違っているからだ。
 その不安から、彼は香野木と話をしたかった。
 ミーティングの解散直後、ラダ・ムーが香野木に声をかけた。
「コウノギさん……」
 香野木が振り向く。
「ちょっと、いいかな」
 ラダ・ムーは、ロビー横の配電室に入る。
 香野木が続く。
「コウノギ、私には任務がある。オークを追って、未来に行く。
 その手助けをして欲しい」
 香野木には考えがあった。
「どこに出るのかがわかれば、乗り物を決められる。
 だが、無理だ。
 現時点で最良の選択は、飛行機だ。
 軍用輸送機が1機あれば、車輌と物資を積んで200万年後に行く。
 飛行機なら、着いた先が陸でも海でもどうにかなる。
 滑走路はないから、平地を探して胴体着陸することになる」
「飛行機のあてはあるのか?」
「各務原にC-1がある。
 理想はC-130だが、入手は困難だろう」
「コウノギは、行くつもりなのか?」
「自殺行為だと思うが……。
 誰かがしなければならないなら、気付いたものがするべきだ」
「私もともに行く」

 香野木は、今後の状況にもよるが「200万年後に行くかもしれない」と花山に伝え、加えて「他言は厳に無用に」と念押しした。
 だが、翌朝には子供を含めて、誰もが知っていた。

 朝からロビーに全員が集まっている。
 緊急のミーティングだ。
 いいや、香野木に対する吊し上げ会だ。
 議論の火蓋を切ったのは、大消滅以来、地下鉄の構内から一緒にいる高梨由衣だった。
「おじちゃん、1人で未来に行くなんてズルイよ。
 私も一緒に行きたい!」
 香野木は、悲壮な覚悟で200万年後に「行くかもしれない」と花山に伝えた。200万年後の世界が楽しい場所とは到底思えないし、どういう世界でも結局は生死の狭間で戦うことになる。
「由衣ちゃん、200万年後に行くことを決心したわけじゃないんだ。
 行きたいわけじゃない。行かなくてはならないと判断したら、行くつもり、という決意を言っただけなんだ」
 畠野史子が反駁する。
「2億年後移住計画に、私は懐疑的でした。
 2億年後には1つの大陸しかなく、内陸は極度に乾燥しているとか。ヒトは大陸東岸の沿岸にしか住めないとも聞きました。
 そんなところに行っても、生き残れないと、夫と話をしていました。
 ですけど、事情が変わったんです。
 大消滅で……。
 夫は小さな建設会社の社員でしたが、たぶん、大消滅で……。
 私は生き残り、綾乃を産みました。この子の成長に責任があります。
 もし、相馬原に留まらなかったら、たぶん綾乃とともに死んでいたんじゃないかって……。こんな小さい子が生きていること自体が、不思議な世界なんです。
 私は、200万年後に私と綾乃の未来をかけてもいいかなって……」
 夏見智子が畠野の言葉をつないだ。
「相馬原は他のグループに比べて、明らかに脆弱。成人男性が少なく、乳幼児がいて、未成年者は半分以上。
 しかも、30人に満たない少人数。
 大消滅後の状況を考えたら、全滅していても不思議じゃない。
 だけど、生き残った。
 なぜ?
 香野木さんの判断がよかったからなんです。
 もし、香野木さんがいなくなったら、相馬原はどうなってしまうのか……。
 私は一希に健やかに育って欲しい……。でも、大災厄以前のようには育てられない……。
 この子は生まれながらに試練を背負っているんです。香野木さんには、一希が成長するまで、自分の力で生きていけるようになるまで、この子の近くにいてもらわないと」
 夏美智子が強く頷く。
「史子さんの意見に全面的に賛成します。
 綾乃の生死は、香野木さんの判断にかかっているんです。
 高知のヒトは、老人と子供が極端に少ない……。ほとんどいない。生存者は、15歳以上60歳以下が圧倒的。
 なぜ?
 生き残れなかったの。
 一切がなくなった大消滅以後、子供と老人は死以外の道がなかった……。
 だけど、相馬原は違う……」
 来栖早希医官は、斜に構えた意見を述べる。
「私は香野木さんがいなくても生き残れた。
 ムーさんがいるし……。
 だけど、香野木さんがいたほうがいいかな……。
 私、花山1尉、畠野3曹、奥宮陸士長。
 私たちは“脱走兵”呼ばわりされているけど、実際は違う。退職していた花山1尉を除けば、命令に従っただけ。
 いまは違うけどね。
 香野木さんがいないと、有澤が撒いた噂のおかげで、私たちの立場が危うい……かな」
 花山真弓がうんざりした口調でポツリ。
「まぁ、私も予備自衛官ではあるけど……。
 予備自衛官でありながら、新生自衛隊に復帰しないのだから、ある意味“裏切り者”だよね」
 花山がたたみかける。
「で、香野木さんの具体的な計画は?」
 香野木恵一郎は、花山をにらんだ。にらんでも、臆するような花山ではない。
「花山さん、他言無用とお願いしたよね。
 私は、高校生の時から仲のいい女の子に裏切られてきた。この傾向は、一生続くみたいだ。
 あ、愚痴です。
 で、メンバーは4人。
 私とラダ・ムー、パイロット、航法士。
 パイロットと航法士は、まだあてはない……。
 軍用輸送機で、オークが作っている杭州湾の“ゲート”に突入し、200万年後に向かう。
 輸送機は、平地を見つけて胴体着陸する。いったん降りたら、2度と飛ばない。
 輸送機にはトレーラーを牽引する小型の装軌車を積んでいく。
 それで、人界を探す」
 奥宮要介陸士長が呆れる。
「行き当たりばったり、ですね。
 計画とか、作戦とか、そういったレベルじゃないですよ。
 無謀というか、自殺行為だ」
 香野木が反論する。
「2億年後移住計画では、西経15度から東経65度の北緯20度よりも北のどこかに出る、と想定されていた。200万年後も、時間軸が違うだけで、場所は同じらしい。
 海面よりも陸地が多いので、移住には車輌が使われた。
 今回も同じ地域だとすれば、200万年後側の出口の周辺にヒトがいるはずだ。
 移動したとしても、1000キロ、最大でも2000キロ。移住開始から数えても5年前だ。5年間で、2万人が2億人になるわけはないが、それだけに移動距離は限られる。
 5000キロ飛べる輸送機なら、ヒトの営みを見つけられるはずだ」
 井澤貞之が厳しい目で香野木を見る。
「香野木さん……。
 オークは時間軸を変えたんだ。
 ヨーロッパによれば、この地球の200万年後であることは確実だが、ヒトが開けた出口とは場所が違う。
 東経45度から東経115度の南半球に出るらしい。この付近は、ほとんどがインド洋だ」
 長宗元親が髭面の左頬を掻く。
「相馬原のリーダーでも目算が狂うんだな。
 だが、出口が海ならいい方法がある。
 ベルーガなら物資450トンを積んで、40ノット出る。時速に直せば74キロだ。時渡りに必要な時速60キロ以上を確保できる。海が荒れてなければ、どうにかなるだろう。
 そもそも天候が悪ければ、オークも時渡りできないさ。
 ギガスの乗り物は、上州の空っ風に吹かれて、ふらついていたそうだし……」
 香野木が反論する。
「あんなに大きな船では、2人や3人では動かせないだろう。
 もし、出口が海なら30ノット出せるクルーザーのほうがいい」
 長宗が言下に否定する。
「30ノットじゃ、時速55キロにしかならない。40ノット出せる船でなきゃ、ダメだ。
 それに航海速力で2500海里以上走れないと。ベルーガは速力30ノットで、2700海里、5000キロの航海が可能だ。
 それに、太陽光パネルを展張すれば、太陽光がある限り、無限の航海ができる。
 問題は、あの船がディーゼルエレクトリックという点だ。時渡りでは電子機器が使えない」
 加賀屋真理が長宗を見る。
「エンジンはディーゼルなんでしょ。
 電子制御を停止できるようにすれば、エンジンは問題なし。
 電動モーターが使えないわけじゃない。規則的にスパークさせたり、電気信号の送受信ができなくなるだけ。
 単純にモーターを動かすだけなら、問題ないはず。あの船をそういう設計に変更すればいいと思う。
 私ならできる」
 長宗が結論を出す。
「では、香野木さんには、ベルーガで旅立ってもらおう。
 みんなで、明日からその準備をしよう。
 久々に船がいじれる。
 私は嬉しいよ。
 あっ、それと船を動かすには船長が必要だ。
 ベストの人物がいる。
 明日、探しに行ってくる。対岸のどこかにいるだろう」

 翌日夕食時、決して清潔ではない古びた服を着た痩せた女性を長宗が連れてきた。
 彼女の目は異常に光っている。栄養状態が悪いのだ。
「里崎さん。高知港に残置されていた巡視船の管理をしていた。
 船長というわけではないそうだが……。
 階級は、2等海上保安正だそうだ」
 子供たちは、彼女の雰囲気に少し怯えている。花山が香野木の耳の「軍隊なら大尉に相当する」と囁いた。
 瞬間、花山が「元陸上自衛隊1等陸尉の花山です」と名乗った。
 里崎の緊張が少し緩む。
「2等海上保安正、里崎杏です。
 海上保安庁はもうないので、元、ですが……」
 2人は、敬礼をしなかった。
 来栖早希が天然ぶりを発揮する。
「あら、よかったぁ。
 ここは陸軍さんばかりだったの。海軍さんが来てくれて、ホッとしたわ。
 これからは船でしょう!
 私は、来栖早希。これでも、2等陸佐なの。医官だけど。でも、臨床はしないのよ」
 里崎は、少し慌てていた。
「あの、私は、食事ができると聞いたので……」
 夏見智子が席を勧める。
「ここに座って。
 私は夏見です。看護師でした。
 食事のあとで、健康状態をチェックさせて」

 里崎は蹲り、声を出して泣き出した。

 里崎と長宗によれば、高知市に残ったヒトは数十人いたようだ。だが、関東からの移住者が現れる前に、多くが姿を消した。大半は、大消滅以前に高知市を去った。
 里崎は、海上保安庁の施設にいた。残置されていた高速巡視船の管理をしながら、救出を待ったが、大消滅が起き、その望みは絶たれる。
 時々尋ねてくれる長宗だけがヒトとの接触であったが、それも数年前に途絶えた。
 大消滅によって、妻子の消息が途絶えた長宗自身が心を病んでいたからだ。

 里崎は、関東からヒトがやって来たことを喜んだ。彼女を発見した自衛隊員が、彼女を保護した。
 状況説明のために臨時代表だった有澤純太郎と会ったが、彼の得意技である“マウンティング”が始まり、彼女を“脱走兵”扱いする。
 命令を遵守し、結果として孤立してしまった彼女の怒りは大きく、この時点で臨時政権と袂を分かつ。
 その後は、クルマや工場などで寝泊まりしていたそうだ。
 臨時政権との接触を避け、1カ所に留まることもしなかった。最近、対岸の河口付近に移動してきたとのことだった。

 里崎は、子供の多さに驚いた。この世界で、身体的に脆弱な幼児や老人が生き残ることはかなり難しい。
 幼児や老人を保護するには、保護する側の体力が必要。それがあるグループなんて、存在しない。

 食事は、子供が好きなカレーライスだった。肉はないが、缶詰のソーセージが子供にだけ添えられている。
 浦戸湾の湾口付近では、チヌ(クロダイ)が釣れ、50センチ級も珍しくない。刺身や煮付け以外に、フライにして食べていた。
 彼らの貴重な動物性タンパク源だった。
 この日もチヌのフライが供され、里崎はその味が気に入った。
 調味料は欠乏していて、工夫をしないと食事の味が単調になる。
 塩にも困っており、海水を煮詰めて塩をとる方法を考えている。
 だが、煮詰めるための燃料がない。日本列島の99.999パーセントは、多様な草本と芽吹いたばかりの樹木しかないのだ。
 香野木は、アシなどの水辺の草を燃料にすることができるか思案していた。

 食事が終わり、長宗がウイスキーを出してきた。本物のスコッチだ。彼がどれほどの酒を持っているのか不明だが、焼酎とウイスキーはふんだんにあるらしい。
 香野木が里崎に話しかける。
「里崎さん、よかったら今日はここに泊まって。部屋は用意するから。
 それと、あなたの身体と精神の自由は保障する。
 一切、拘束しない。
 我々も臨時政府とは、うまくいっていないんだ」

 翌早朝、長宗は子供たちを伴って、岸壁からの釣りに向かった。
 長宗は、子供たちに慕われていた。
 それと、彼が住む敷地外の事務所棟地下には音楽バンドのための“道具”がそろっていた。
 長宗は、高梨由衣、百瀬未咲、井澤加奈子、有村沙織を誘って、バンドを始める。

 井澤貞之は、衝突加速器を持つヨーロッパと短波による通信を続け、オークの動静を探った。

 誰も気付いてはいないが、相馬原グループは新たな段階に移行しつつあった。
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