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最終章 輪廻と霧の街
解呪
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その日の図書館の利用者数はいつもより少なかったと思う。利用者数を記録しているわけではないが、明らかに出入りする足音や、本棚から本を取り出す音数が少なかったのだ。そういう日があっても仕方ない。リール──図書館長はそう思い、閉館時間十分前のルーティンである見回りをしていた。
「………誰もいない、な」
「館長。明日に入れ替える本なんですけど──」
「明日になってからやろう。もう今日は帰ってくれていい。お疲れ様」
「あ……はい、お疲れ様です」
部下に早く帰るように伝える。なんだか今日は少し嫌な予感がするからだ。妙な違和感と言うべきか、何かが俺をずっと見ているような気がして気持ちが悪い。何かもわからないから目的もわからないし、どうなるかもわからない。不気味だと感じつつその違和感の正体に巻き込まれぬよう部下を全員帰し、本当に館内に誰もいないかもう一度確認する。
「………」
誰もいない。さて、どこのどいつか。
「何の用だ?」
「やっぱり気付いてた?」
リールが虚空に問いかけると、見たこともない妖精のような羽を生やした少女が笑っていた。
「主様から図書館を壊すよう命じられていてね」
楽しそうに妖精は話す。
「そこにいる人も一緒に壊していいって聞いてさ。夜に壊せって言うから夜まで大人しく待ってたの! 偉いでしょ?」
主様──アイツのことだ。この少女はおそらく何らかの方法で造られただけのメイドだろう。
「壊せって………この図書館がどういうものかわかってて言ってるなら立派なもんだが」
「主様のことだからわかってるに決まってる! 今から壊すから邪魔しないでね!」
「は?」
少女がリールに向かってそう言うと、リールの体は身動きが取れなくなっていた。というより、どういう状態になったのかもわからなかった。リールは動けないまま少女がどこかへ飛び去るのを見ることしか出来なかった。
「ふんふーん……ふふふーふーん………あ、いらっしゃいませ」
からんころん、と珍しい時間に扉のベルが鳴った。客はいつでも歓迎する方だ。片目の隠れた少年がご来店なさった。
「どうされました?」
初来店の客には一応敬語を使う。三回目あたりから普段の口調で接客するのがリーエイのやり方だ。
「………」
「…………………あの」
「これが主様の敵? 嘘でしょ……」
「え、あの」
「うるさい。黙ってよ」
「あ」
少年が古いカメラのようなものを取り出し、リーエイに向ける。これはやばいやつだと勘が訴えかける。
「ずっとここに一人でいな」
ぱしゃ、とシャッター音が聞こえる寸前でなんとか「時間詐称」を使って時を停めた。その内に少年からカメラを奪い、叩き潰す。安心だろうと思って異能を解除すると、少年は手元からカメラが消えていることに気付いた。
「無駄だよ」
「……無駄なのはお前の存在だろ」
「は」
少年は潰したはずのカメラを持っていた。
「主様が欲しいのはお姉様だけだ」
つまり、俺はいらないってことらしい──。
「……ふぁ………寝てた」
ユーイオが起きると時計は十一時を指していた。それにもかかわらず二人はまだ帰ってきていないらしい。一体どこで何をしているのだろう。もし何かあったら、どうしよう。
「──ヴァクター、いる?」
誰もいない空間に、普段は姿を見せない彼の名を呼ぶ。
「…………いない?」
いないなら二度寝しよう。そう思ってユーイオがブランケットを被り直した時、今では聞き慣れた声が焦りを含みつつユーイオの名を呼んだ。
「何? 僕寝たいんだけど」
「お前!! 父さんたちが……!!」
少年はかなり慌てた様子でユーイオの肩を揺さぶった。まだ深刻な事態に気付いていないユーイオはだから何、と生意気そうに返事する。
「父さんたちがアイツらにやられそうなんだ!!」
「!」
リーエイ達が危ない。そんなことは今までに一度も起きなかった。これで二人が殺られたら僕はまた繰り返さないといけなくなる? ──落ち着け。まだ死ぬと決まった訳でもないし、二人のことだからなんとか死んではいないはずだ。
「二人の居場所の目処は!?」
「わからない! でも父さんは多分図書館、リーエイさんは…………本当にわからない、ごめん……その、脈が…………とれなくて」
「………!! ──ヴァクター」
「わかってる。敵はアイツじゃなくてその手下だと思う。互いの脈、位置がわかる呪いをかける。僕は図書館に行くから頼んだ」
「……うん」
「──何だこれ」
図書館はいつもの雰囲気を失っていた。本があちこちに散らばっており、廃墟のような相貌は人の気配のひとつも感じさせない。
「父さん………」
ヴァクターは意を決してまだ中にいるかもしれない父を救いに館内へ立ち入った。
館内も雰囲気はがらりと変わっていた。本棚には本の一冊も収まっていない。血痕がないことから、父さん以外の職員は無事に家に帰れているらしい。元軍人の父さんのことだから、きっと嫌な気配を察して早く帰るように言ったに違いない。
「父さん……」
脈は──ある。生きている。父さんには常に相手と生命状態がわかり合える呪いをかけているから、大丈夫なはずだ。しかし、さっきからどこを探しても肝心の姿が見えない。
「ん?」
かつかつと靴音を鳴らしていたはずが、一瞬ぐに、と何かを踏んづけてしまった。
「………ぬいぐるみ?」
うさぎのぬいぐるみが落ちていたらしい。しかし妙だ。ここは由緒ある図書館で、ぬいぐるみなどといったおもちゃは館内に設置されていないと父さんから聞いている。
──たい
「?」
──離してくれ
「は? 何こいつ話すの?」
──離せ、ヴァクター
「!?」
このうさぎのぬいぐるみが、声を発さずに訴えてくる。脈は近く、しかし父の姿はない。ということは──
「父さん…………!?」
急いで耳を鷲掴みにしていた手を背中とおしりに回して抱き上げるように持つ。そして、どうしてこのような体になったのかを考えてみるが、今までそのような異能を持った奴に僕は出会ったことがない。だが、これは明らかに何らかの呪いの類だ。
「………………」
わけのわからない呪いを解呪するのは正直とても怖い。失敗すれば、おそらく勝手に解呪を試みた側と呪いをかけられた側のどちらも死ぬし、成功しても完全に成功するかはわからない。だが、やるしかない。ぬいぐるみの父さんは可愛いが戦力外──ずっと抱いたまま敵を処理しないといけないのは少々動きにくい。
「父さん、ちょっと気持ちを落ち着かせて」
「……………」
「そう、そんな感じ。僕が今何とかしてみせるからさ──え? 後ろ?」
振り返ると、見たことも無い妖精のような少女が僕に向かって事務用品としてここに備え付けられているハサミを振りかざしているところだった。僕はそれを父さんを庇いつつすんでの所で躱して、謎の少女を睨む。
「お前か、こんなくだらないことをしたのは」
「あら? あなたみたいな子いたっけ?」
「質問に答えろ、こんな馬鹿らしいことをしたのはお前か?」
ヴァクターが睨みながら問いかけると、少女はほんの少したじろいだように、そうだと答えた。その回答にヴァクターは舌打ちをした。
「お前もアイツの手下だな? 本当に余計なことしかしてくれない……父さんたちに手を出してどうするつもりか聞かせてもらおう」
ぬいぐるみの父を抱いたまま、ヴァクターは帽子を目深に被って問う。
「わ、わかんない!」
「は?」
「命令されたことをやってるだけだもん!」
はあ、と思わず大きな溜息が出てしまった。子供の頃に想像した妖精とは大違いの馬鹿で知能の足りない可哀想な生物だ。この命だけは生かしておけない。ヴァクターにとって、そう決めつけるのに十分な理由だった。
「父さん」
ヴァクターはぬいぐるみを抱きしめる。
「僕、父さんがいる時しか使えないものがあるんだけど…」
ぬいぐるみの体は動かずとも、やってみろという意思だけが伝わる。ヴァクターは安心して、うん、と子供らしく頷いた。彼は「送り手」だからか、普通の異形ならひとつの異能を二段階式に扱うことしか出来ないのに対して、五個ほどの異能を使い分け出来る。しかもそのひとつひとつが二段階式に分かれているので、実質十個異能を使えることになる。
「──おい」
「!」
「今すぐ父さんの呪いを解くなら命までは奪わない。馬鹿なお前でもわかるだろ。僕はこう言ったんだ。死にたくなかったら呪いを解け」
「い、嫌だ! あたし悪くないもん!」
この期に及んで駄々をこねるようにぎゃんぎゃん抗議する妖精にヴァクターは心底苛立った。ぬいぐるみから聞こえる「落ち着け」に耳を貸すこともなく、自分より小さく華奢な体の妖精に手を伸ばす。
「お前はアイツよりずっと不要だ」
邪悪な魂は浄化しなければならない。そんな穢れた魂は新しい世界にひとつも要らない。ずっと、浄化してきたのだけれど。
「やっぱり世界は汚いんだな──「乖離」」
「待っ」
ヴァクターは妖精の頭に触れ、思いっきり捻り潰した。汚物はこの手で消すまでだ。
リールには何が起こったかわからなかった。視界はヴァクターの服で遮られているし、ごきばきと訳のわからない音が聞こえただけだったからだ。
「……ふう。父さん、今度こそ大人しく、落ち着いてもらうよ」
右手を真っ赤にした息子が微笑みながら言う。ヴァクター、お前。
「大丈夫、怪我はしてないから。ほら、全部僕に任せてよ」
──「祝福」。
「!」
ヴァクターが微笑み、優しい力を発揮するとぬいぐるみだったリールの体が光って弾けた。
「……そんな顔で僕を見てたの? 父さん」
「うるさい」
「わぁっ」
くしゃくしゃとヴァクターの柔らかい髪を触る。ああ、戻った。戻れた。だがこの図書館の有様はどうしたものか。
「しばらく休館にしようよ」
「そんなことしたら館員の生活が……」
「大丈夫でしょ、多分。それに僕は父さんがしばらく家にいてくれるなら嬉しいけど」
どう? とヴァクターが上目遣いでこちらを見る。あの頃は精神的に参っていたのもあって滅多に遊んでやれなかったのだ、仕方ない。
「………ならそうしようか」
「本当!?」
「ああ」
俺たちは異形である以前に家族なのだから。
「………誰もいない、な」
「館長。明日に入れ替える本なんですけど──」
「明日になってからやろう。もう今日は帰ってくれていい。お疲れ様」
「あ……はい、お疲れ様です」
部下に早く帰るように伝える。なんだか今日は少し嫌な予感がするからだ。妙な違和感と言うべきか、何かが俺をずっと見ているような気がして気持ちが悪い。何かもわからないから目的もわからないし、どうなるかもわからない。不気味だと感じつつその違和感の正体に巻き込まれぬよう部下を全員帰し、本当に館内に誰もいないかもう一度確認する。
「………」
誰もいない。さて、どこのどいつか。
「何の用だ?」
「やっぱり気付いてた?」
リールが虚空に問いかけると、見たこともない妖精のような羽を生やした少女が笑っていた。
「主様から図書館を壊すよう命じられていてね」
楽しそうに妖精は話す。
「そこにいる人も一緒に壊していいって聞いてさ。夜に壊せって言うから夜まで大人しく待ってたの! 偉いでしょ?」
主様──アイツのことだ。この少女はおそらく何らかの方法で造られただけのメイドだろう。
「壊せって………この図書館がどういうものかわかってて言ってるなら立派なもんだが」
「主様のことだからわかってるに決まってる! 今から壊すから邪魔しないでね!」
「は?」
少女がリールに向かってそう言うと、リールの体は身動きが取れなくなっていた。というより、どういう状態になったのかもわからなかった。リールは動けないまま少女がどこかへ飛び去るのを見ることしか出来なかった。
「ふんふーん……ふふふーふーん………あ、いらっしゃいませ」
からんころん、と珍しい時間に扉のベルが鳴った。客はいつでも歓迎する方だ。片目の隠れた少年がご来店なさった。
「どうされました?」
初来店の客には一応敬語を使う。三回目あたりから普段の口調で接客するのがリーエイのやり方だ。
「………」
「…………………あの」
「これが主様の敵? 嘘でしょ……」
「え、あの」
「うるさい。黙ってよ」
「あ」
少年が古いカメラのようなものを取り出し、リーエイに向ける。これはやばいやつだと勘が訴えかける。
「ずっとここに一人でいな」
ぱしゃ、とシャッター音が聞こえる寸前でなんとか「時間詐称」を使って時を停めた。その内に少年からカメラを奪い、叩き潰す。安心だろうと思って異能を解除すると、少年は手元からカメラが消えていることに気付いた。
「無駄だよ」
「……無駄なのはお前の存在だろ」
「は」
少年は潰したはずのカメラを持っていた。
「主様が欲しいのはお姉様だけだ」
つまり、俺はいらないってことらしい──。
「……ふぁ………寝てた」
ユーイオが起きると時計は十一時を指していた。それにもかかわらず二人はまだ帰ってきていないらしい。一体どこで何をしているのだろう。もし何かあったら、どうしよう。
「──ヴァクター、いる?」
誰もいない空間に、普段は姿を見せない彼の名を呼ぶ。
「…………いない?」
いないなら二度寝しよう。そう思ってユーイオがブランケットを被り直した時、今では聞き慣れた声が焦りを含みつつユーイオの名を呼んだ。
「何? 僕寝たいんだけど」
「お前!! 父さんたちが……!!」
少年はかなり慌てた様子でユーイオの肩を揺さぶった。まだ深刻な事態に気付いていないユーイオはだから何、と生意気そうに返事する。
「父さんたちがアイツらにやられそうなんだ!!」
「!」
リーエイ達が危ない。そんなことは今までに一度も起きなかった。これで二人が殺られたら僕はまた繰り返さないといけなくなる? ──落ち着け。まだ死ぬと決まった訳でもないし、二人のことだからなんとか死んではいないはずだ。
「二人の居場所の目処は!?」
「わからない! でも父さんは多分図書館、リーエイさんは…………本当にわからない、ごめん……その、脈が…………とれなくて」
「………!! ──ヴァクター」
「わかってる。敵はアイツじゃなくてその手下だと思う。互いの脈、位置がわかる呪いをかける。僕は図書館に行くから頼んだ」
「……うん」
「──何だこれ」
図書館はいつもの雰囲気を失っていた。本があちこちに散らばっており、廃墟のような相貌は人の気配のひとつも感じさせない。
「父さん………」
ヴァクターは意を決してまだ中にいるかもしれない父を救いに館内へ立ち入った。
館内も雰囲気はがらりと変わっていた。本棚には本の一冊も収まっていない。血痕がないことから、父さん以外の職員は無事に家に帰れているらしい。元軍人の父さんのことだから、きっと嫌な気配を察して早く帰るように言ったに違いない。
「父さん……」
脈は──ある。生きている。父さんには常に相手と生命状態がわかり合える呪いをかけているから、大丈夫なはずだ。しかし、さっきからどこを探しても肝心の姿が見えない。
「ん?」
かつかつと靴音を鳴らしていたはずが、一瞬ぐに、と何かを踏んづけてしまった。
「………ぬいぐるみ?」
うさぎのぬいぐるみが落ちていたらしい。しかし妙だ。ここは由緒ある図書館で、ぬいぐるみなどといったおもちゃは館内に設置されていないと父さんから聞いている。
──たい
「?」
──離してくれ
「は? 何こいつ話すの?」
──離せ、ヴァクター
「!?」
このうさぎのぬいぐるみが、声を発さずに訴えてくる。脈は近く、しかし父の姿はない。ということは──
「父さん…………!?」
急いで耳を鷲掴みにしていた手を背中とおしりに回して抱き上げるように持つ。そして、どうしてこのような体になったのかを考えてみるが、今までそのような異能を持った奴に僕は出会ったことがない。だが、これは明らかに何らかの呪いの類だ。
「………………」
わけのわからない呪いを解呪するのは正直とても怖い。失敗すれば、おそらく勝手に解呪を試みた側と呪いをかけられた側のどちらも死ぬし、成功しても完全に成功するかはわからない。だが、やるしかない。ぬいぐるみの父さんは可愛いが戦力外──ずっと抱いたまま敵を処理しないといけないのは少々動きにくい。
「父さん、ちょっと気持ちを落ち着かせて」
「……………」
「そう、そんな感じ。僕が今何とかしてみせるからさ──え? 後ろ?」
振り返ると、見たことも無い妖精のような少女が僕に向かって事務用品としてここに備え付けられているハサミを振りかざしているところだった。僕はそれを父さんを庇いつつすんでの所で躱して、謎の少女を睨む。
「お前か、こんなくだらないことをしたのは」
「あら? あなたみたいな子いたっけ?」
「質問に答えろ、こんな馬鹿らしいことをしたのはお前か?」
ヴァクターが睨みながら問いかけると、少女はほんの少したじろいだように、そうだと答えた。その回答にヴァクターは舌打ちをした。
「お前もアイツの手下だな? 本当に余計なことしかしてくれない……父さんたちに手を出してどうするつもりか聞かせてもらおう」
ぬいぐるみの父を抱いたまま、ヴァクターは帽子を目深に被って問う。
「わ、わかんない!」
「は?」
「命令されたことをやってるだけだもん!」
はあ、と思わず大きな溜息が出てしまった。子供の頃に想像した妖精とは大違いの馬鹿で知能の足りない可哀想な生物だ。この命だけは生かしておけない。ヴァクターにとって、そう決めつけるのに十分な理由だった。
「父さん」
ヴァクターはぬいぐるみを抱きしめる。
「僕、父さんがいる時しか使えないものがあるんだけど…」
ぬいぐるみの体は動かずとも、やってみろという意思だけが伝わる。ヴァクターは安心して、うん、と子供らしく頷いた。彼は「送り手」だからか、普通の異形ならひとつの異能を二段階式に扱うことしか出来ないのに対して、五個ほどの異能を使い分け出来る。しかもそのひとつひとつが二段階式に分かれているので、実質十個異能を使えることになる。
「──おい」
「!」
「今すぐ父さんの呪いを解くなら命までは奪わない。馬鹿なお前でもわかるだろ。僕はこう言ったんだ。死にたくなかったら呪いを解け」
「い、嫌だ! あたし悪くないもん!」
この期に及んで駄々をこねるようにぎゃんぎゃん抗議する妖精にヴァクターは心底苛立った。ぬいぐるみから聞こえる「落ち着け」に耳を貸すこともなく、自分より小さく華奢な体の妖精に手を伸ばす。
「お前はアイツよりずっと不要だ」
邪悪な魂は浄化しなければならない。そんな穢れた魂は新しい世界にひとつも要らない。ずっと、浄化してきたのだけれど。
「やっぱり世界は汚いんだな──「乖離」」
「待っ」
ヴァクターは妖精の頭に触れ、思いっきり捻り潰した。汚物はこの手で消すまでだ。
リールには何が起こったかわからなかった。視界はヴァクターの服で遮られているし、ごきばきと訳のわからない音が聞こえただけだったからだ。
「……ふう。父さん、今度こそ大人しく、落ち着いてもらうよ」
右手を真っ赤にした息子が微笑みながら言う。ヴァクター、お前。
「大丈夫、怪我はしてないから。ほら、全部僕に任せてよ」
──「祝福」。
「!」
ヴァクターが微笑み、優しい力を発揮するとぬいぐるみだったリールの体が光って弾けた。
「……そんな顔で僕を見てたの? 父さん」
「うるさい」
「わぁっ」
くしゃくしゃとヴァクターの柔らかい髪を触る。ああ、戻った。戻れた。だがこの図書館の有様はどうしたものか。
「しばらく休館にしようよ」
「そんなことしたら館員の生活が……」
「大丈夫でしょ、多分。それに僕は父さんがしばらく家にいてくれるなら嬉しいけど」
どう? とヴァクターが上目遣いでこちらを見る。あの頃は精神的に参っていたのもあって滅多に遊んでやれなかったのだ、仕方ない。
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